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![]() ![]() ![]() 今回珍しく3連休になり、13日日曜に仙台市へ行き、14、15日と三陸海岸・陸前高田市のキャンプ場へ行った。アウトドア世界ではけっこう有名なオートキャンプ場で設備が整っている。友人と行くのならテントを持っていくが、今回は母やら親戚のおばさんを連れての旅行なのでバンガローを借りた。 この不景気の中、いいキャンプ場はどうしても限られてくる。ここはその点、申し分なく、料金は若干高いが、ロッジ内も手入れが行き届いている。母も叔母さんも喜んでいた。 この陸前高田市、広田半島、黒崎仙峡は奥州からそんなに遠くはないが、道が狭く、そうたやすく行ける場所ではないがその分、自然が残っている。 「日本外史」を書いた幕末の歴史家、頼山陽(らいさんよう)は、もの凄い母親孝行で有名だった。故郷の広島と京都の間を度々行き来して見舞ったり、何度も母を京都に呼んで一緒に旅するなど大変な孝行息子だったらしい。 日頃は親孝行では無いので、この時ばかりは、こんなエピソードを思い出した。 その後、この旅行のDVDを作成したが、ビデオ編集ソフト・パワーディレクター8は、音楽編集ソフトと操作性が似ていて、けっこう凝った作りが出来ました。
![]() ![]() ![]() ケアマネ資格勉強で家にいる時間が長くなると、もはや音楽を聴くぐらいしか楽しみがなくなってくる。その点、iPodクラシックだと容量が大きく、数万曲が入る。現在5000曲近く入っているので聴き飽きることは無い。こうなると、かつて使っていたコンポはほとんど聞かなくなり、iPod用スピーカーで聴くことが多くなった。が、出力が5W×2ぐらいで音はよくても音量はどうしても限られていた。 我慢すること5年、ついに出力55Wのスピーカーを導入してみた。BOSE社製はどうしても高いので、ネットで比較してプリンストン社製にした。購入場所は例によってアマゾン、量販店での価格と比べると、5000円以上安かった。同程度のBOSE社製と比べると20000円の差がある。正確な値段は秘す。しかし重量は5キロ近くあり、やはり前のと比べるとかなり大きいが、その分、いい音が作れそうな外観だ。 聴いてみると、やっとコンポで聴いていた頃の音質、音量で聞けるようになった。iPodの操作性と合わせると、かなりいい感じで曲を聴ける。ELT「Time goes by」も何度も繰り返し聴いているが、聴こえて いない音がけっこうあったことに気づく。 「音の広がりと低音の伸びがいい」、「中低音の厚みがよく、使い込むと音の堅さが取れてくる」、「低音から中高音の切れががなかなかだ」、「低音はウーハーが効いて心臓に響く」など、安スピーカーの割にはネット上の評価がそれなりに高い。実際に聴いても、そんな感じがする。 貧乏ならではで、安くていい製品をネット上で探すのが面白い。 こんにちは、厚蔵です。夜勤明けで日中は仮眠していた。今日届いたスピーカーを試していた。やっと体調がかなりよくなり、たまっていた作業を再開している。mixiにも、やっと行けるようになりました。 いろいろご心配おかけしましたが、またお邪魔します。
![]() ![]() ![]() 6月1日、施設利用者の家へ故郷帰りの行事で運転をしているあたりから、風邪気味かな、と思っていたが、3日ぐらいにはかなり悪化し、たまらず病院へ、「扁桃腺炎ですね。」との事。いつも行っていた病院ではなく、クチコミで教わった診療所へ行くと、やはりいつもとは違った診断だった。こういう業界にいるので自分で判断して、自宅にあった、ある程度強い薬を飲んでいて症状を抑えていたが、やはり専門医にかかると、薬の軌道修正をされた。 あれから1週間、症状のピークは過ぎ、かなり体調もよくなったが、その間、なかなか休みが取れず、夜勤などもやったので、決定的に長引いてしまった。どうしても8日までにまとめなければならない報告書もあり、ついに7日は在勤6年で始めての病欠有給休暇をとり、2回目の病院へ行った。また薬を延長してもらった。施設の看護師・婦長は、「○○さんも病気になるんだね、失礼だけど笑ってしまったわ」と語っていた。失礼である。 確かに新年度で忙しさに拍車がかかり、介護支援専門員試験の勉強もあって、睡眠時間はかなり削っていたが、体調はいい状態が続いていたと思っていた。が、きっかり2ヶ月で、あまり経験の無い悪性風邪症状に陥ってしまった。1年ぶりに風邪をひいたので、なんで具合が悪いのかよくわからなかったが、利用者へバイタルチェックをするように自分にやってみると、かなり状態は悪化していた。 慌てて治療にあたったが、仕事は休めないのでやはり長引いてしまった。写真1枚目は、2日前その腕のいい診療所の近く、近所なのにやっとの事で行った。2枚目は施設の行事でのドライブ、かなり体調もよくなってきて運転手として胆沢城址へ向かった。3枚目も胆沢城址、その一角の鎮守府・八幡宮、801年、蝦夷征伐の坂上田村麻呂創建以来、周囲の風景はあまり変わっていないような感じがする。それが貴重だと言われている。 そんなこんなで、すっかりマイミクの方々とはご無沙汰になってしまいましたが、またお邪魔します。やっと報告書作りのサービス残業が終わり、これから帰宅です。明日は休みです。
![]() ![]() ![]() 奥州ではありえない気温28度、天気図もまあまあ、明日以降は天気は下り坂・・、というか明日も施設勤務。今日は夜勤明け、仮眠をして15時に起きた。友人も親戚の兄ちゃんもつかまらず、あまりにももったいないので、30分でキャンプ装備を準備して郊外へ向かった。たまにはこうしてテントの設営、撤収やキャンプ道具を使っていないと感が鈍ってくる。 写真はワンタッチテント、5人用テントでありながら1分で設営が可能、2枚目はトランギア・アルコールバーナーの焚火、これで湯を沸かしたり、炎を眺めたりしている。3枚目は全景、日没後もランタン、LEDヘッドライトがあるので活動できる。この広さだと、3人ぐらいは余裕で生活できる。ベースにして周辺の観光地へ行く事もできる。 20年前の漫画「パイナップルアーミー」の主人公、ジェド・豪士のサバイバル技術が模範で、今でも真似ごとをしている。が、これが友人とのキャンプでも役立ち、キャンプ料理にも生かされている。
![]() ![]() ![]() 先月から6日間連続で勤務が続き、昨日はやっと休みだった。気がつけばもはや5月になっていて、桜も満開になっている。が、さぁ、午前10時には山へ向かおうと思った矢先、けたたましいサイレンと近所からの喧騒が聞こえてきた。火事だぁ、という声が聞こえる。慌てて外へ出ると、そんなには遠くない所で大量の煙が上がっている。 野次馬根性は無いが、延焼するかしないか、知り合いではないかの確認のために走った。幸い広い国道から近く、用水路も近いため、10台以上の消防車で消火活動が始まっていた。隣り合った近所のお爺さんに聞くと、建物は駄目だが、怪我人は出ていない、消火活動も早かったとのこと。知人に消防士がいるので、詳しい出火原因を聞こうと思っている。 写真はその5月3日の火災写真 以下の文は、携帯で見た消防本部通信司令伝達 奥州消防火災情報(消防団用) Vol.605 奥州市水沢区○○町○○番地地内で発生した建物火災は鎮火しました。 発行担当者 奥州金ケ崎行政事務組合消防本部 通信指令室 幸い、延焼は隣の家のビニールハウスぐらいで済み、自分の家の方へは全く影響が無かった。が、午前中はその対応で終わってしまった。その後、奥州市競馬場の桜を家族と見に行き、14時過ぎになったが、一関市・東山町の前から気になっていた林道へ向かった。廃道に近い林道で、路肩の崩壊が始まっている。景色はいいのだが、2度ほど転びそうになった所で引き返した。 こんにちは、厚蔵です。現在16時半、やっと昨日が1週間ぶりの休みでしたが、今日は夜には施設夜勤、これから少し仮眠を取ります。写真は2枚目が競馬場の桜並木、3枚目が一関・東山の廃道。
![]() ![]() ![]() 「73 年の政府大分裂には関係せず,事件後空席を埋めて参議兼海軍縁に進んだが,西郷には深い同情をもち,西郷の真意は征韓論ではないと晩年まで主張し続けた。 75 年元老院議官に転じたが,同年それも 辞任,以後 10 年余は野にあって,旧幕臣の生活救済につとめ,また逆賊となった西郷の名誉回復に心を配った。 87 年伯爵,88 年枢密顧問官となって,再び活発な意見陳述を開始,清国との敵対や朝鮮への出兵には終始反対,日清戦争に批判的だった。足尾鉱毒問題では廃山のほかはないと言い切っている。」 世界大百科事典(平凡社)より 勝海舟の伝記は子母澤寛(しもざわかん)の勝海舟が有名だ。大河ドラマの原作にもなっている。自分も高校時代、無理をして読んだが、それでも片言隻句は残っている。京へ向かう途中、富士山に向かいながら決意を述べるくだりは、今でも映像のように残っている。アマゾンでの評価を見ると、最近でも読者が多い。司馬遼太郎の文章とは違うが、熱のこもった、それでいて流れるように読める文章だと、誰かが評していた。 この世界大百科事典、海舟晩年の記述は、知る人ぞ知る通説の事実だろうが、こうして改めて読んでみると、伯爵となり栄達を極めながら、その実、地道な旧幕臣の生活救済や、西郷隆盛の名誉回復への努力を続けていた。あの、べられんめぇ調で、いかにも調子のいい江戸っ子の姿をしつつ、その実、金儲けに走るのでもなく、威張りかえるのでもなく、自然体で、地道な努力を続けていた。 こんばんは、厚蔵です。現在20時15分、施設勤務後、あまりの空腹でファミレスで腹ごしらえをしつつ、例によって途中で、ミクシィで油を売っている。明日は貴重な休み。先日も早番勤務後、奥州・江刺の山中へ向かった、ちょっとそこまでのつもりが往復100キロ、なにしろ田舎なのでほぼノンストップ、先行車無しで走られた。写真は田瀬湖(たせこ)、東北地方の多目的ダム湖では屈指の規模だそうである。山中では桜はおろか梅でさえ咲いていない。
![]() ![]() ![]() 「キノボリウオ科の魚。全長6cm。タイの原産。熱帯魚として広く飼育される。赤,青,白,紫など色彩はさまざまで,ひれが発達していて美しい。なわばりをもつ雄は相手が倒れるまでたたかう性質がある。この性質を利用してタイでは闘魚が盛ん。」、このために一匹ずつ別水槽で飼う必要がある。 マイペディア(日立デジタル平凡社)より こんばんは、厚蔵です。昨日は夜勤、今日は施設夜勤明けで午前11時から、夕方6時まで休んでいた。休みの取れない夜勤だったので、疲れてしまっていた。 写真は、熱帯魚ベタの水槽、去年7月に購入したベタ2匹がまだ元気に泳いでいる。よく小さい容器に入れられて売られているが、冬を越すためにはヒーターがいる。そのためにある程度の大きさの水槽、温度計、濾過するためのフィルタ、水質を弱酸性に保つための特殊な砂、水草にはウィローモス、など、用意していくと、けっこうな装備になる。しかし、エアポンプはいらないのでその分は静かだ。 2枚目の写真は、熱帯魚、水草用のライト、光量を調節するために2つの蛍光灯を使い分けている。3枚目はベタの細菌性感染症の予防に治療薬を入れたため、水草を避難させたところ。この場合、水槽が4つ並び、そのそれぞれにヒーターが設置してある。 簡単に飼えますなどと、ショップや雑誌には載っているが、実際に寿命の2~3年を生きさせようとすると、意外に装備品がいる。ショップで売られる時にはすでに成魚なので、それより短い寿命になる。 介護福祉士の仕事が忙しい、ケアマネの勉強だ、などと言っていても、こういう熱帯魚の世話などをしていると、けっこう面白く時間を忘れる。何より元気に泳いでいるのを見ると、うまく育っているだろう、などと興味のない友人にも無理やり見せている。
![]() ![]() ![]() 昨日見た、映画「2012」は異論のある方もいるだろうが、脱力だった。期待して見ただけに、その反動も大きかった。ネタばれになるので詳しくは書かないが、CGの凄さと内容があっていない。その分、今日はしばらく見ていなかった「ひかりTV」を見てみた。「CSI:NY シーズン2」は吹き替えだったがハイビジョンで、緊迫感のあるドラマ展開 でよかったし、長崎「軍艦島」の廃墟も久しぶりに見た気がする。 いろいろ批判もある「ひかりTV」だが、自室で手軽にハイビジョン映画を見られるのはありがたい。 こんばんは、厚蔵です。現在、21時半。今日はやっと休み、家の用事、ケアマネ勉強、夕方友人と話す、「ひかりTV」を見る、などやっている内に一日が終わり。写真は時間が無い中でもバイクや車で散歩に出た。しばらく工事していた堤防が完成し、驚くようないい道になっていた。が、どこにもつながっていない。交通量は1時間でお爺さんの散歩のみ。 最後の写真は最近設置したキャノンのプリンタ、無線LANでつながっているのでどこにでも置ける。使い勝手が格段に良くなった。隣の箱は、iPod用バックアッププログラム、やっと5000曲近くのデータのバックアップが出来た。 「空腹時血糖、75g経口糖負荷試験(OGTT)、糖化ヘモグロビン検査(ヘモグロビンA1c、HbA1c)、などによって、糖尿病の診断を行う。」などと、ケアマネ試験の勉強を2時間も続けると、面白いなどと言っていても、疲れてくる。昼過ぎから天気がよくなったので車で山へ向かった。新年度から新体制での激務も一段落ついてきた。
![]() ![]() ![]() 同僚だった剛直の士、南町奉行だった矢部定謙(やべさだのり)と一緒に戦うが、矢部は鳥居の讒言により失脚し、絶食して憤死する。遠山金四郎も、鳥居と刺し違えようとするが、矢部に、「お前が残らないと誰が江戸市民を守るのだ」、と一喝され思いとどまる。 江戸南町奉行、勘定奉行などを歴任した鳥居耀蔵は、時の老中・水野忠邦に取り入り、政敵の追い落とし、苛烈な政策の実行に奔走した。しかしなにより、「蛮社の獄」で渡辺崋山や高野長英ら洋学者を弾圧し、葬り去った罪はあまりにも重い。最初は鳥居の意見のいい所をだけを取り入れていた水野も、最終的には鳥居に取り込まれ、なりふり構わず一体の動きをするようになってしまった。天保の改革が行き詰ると鳥居にも裏切られ失脚した。 自分として一番気になるのは、世の中に鳥居耀蔵的人物が多くいる、ということだ。鳥居は確かに江戸市民からも忌み嫌われていたが、上司からは仕事が出来る奴と評価され、同僚からは恐れられていた。ごく一部の幕閣が彼の本質を見抜き戦っていた。 晩年は失脚し、讃岐国丸亀藩のもとに永のお預け処分になり、20年の幽閉生活を経て、明治6年まで生きた。 しかし勝海舟は「残忍軽薄甚しく」と断じつつも、その信念の行動に は「亦一丈夫と謂うべき者か」と評している。78歳まで生きる最晩年には丸亀藩の一部藩士、周辺の民にも慕われる存在になった、というから、そこでも人間の複雑さを思ってしまう。 おはようございます。厚蔵です。現在11時、年度末の人事関係も決まり、鳥居耀蔵的人物と仕事をする事になった・・。というのは言いすぎだが、そういう人間的傾向をもっている、などとその人物が読んだら怒るだろうが、当の本人はそれが正義だと思ってやっている。そういう生活歴で、そうせざるを得なくてやっている。 そういう信念の人間という事は認めるが、その手法には同意出来ない。当然ながら協力する事は協力するが、意見も言っていくつもりだ。来年度から、また気合のはいった毎日が始まる。 写真は施設内廊下、夕暮れ時、増築を繰り返しているので廊下が長い。2枚目は人事発表当日、早晩勤務後、17時半に山へ向かった。100キロほど走ってしまった。3枚目は施設夜勤明けの朝日。
![]() ![]() 司馬遼太郎の歴史も好きだが、心理学にも興味があって読み続けている。高校時代から100冊以上読み、今でも読み続けている。そのテーマは何か、というと、詰まるところ「素直で迫力のある」人格を目指しているのではないか、と思っている。 坂本龍馬などはその究極の存在だろう。土佐藩、土佐勤王党・武市半平太の影響を受け攘夷派だったが、幕臣・勝海舟に会うやいなや、開明派に転ずる。勝を斬りにいくつもりで乗り込み、勝と話し終えた後には開明派になっていた。 その柔軟さ、同時にその信念を貫き通す剛毅さ。 前から何度も書いているが、人生の目標は、「自己実現」と「いい人間関係」を作ること、逆に現代では「自己疎外」と「利害関係のみの人間関係」に陥りやすい。 勇気のある人間の謙虚さ、逆に傲慢な人間は、いざというときに卑怯な振る舞いをする。自己実現した人間の自信ある「安定」と、いい方向へ常に「流動」する柔軟さ、逆に自己疎外の方向へいってしまう人間の「硬直」、自分には自分のやり方があると言いながら、実際には内面の葛藤、衝突で疲労してしまい、行動は「だらしなく」なってしまう。 硬直とだらしなさから、安定と流動へ、どうしたら変革、成長できるのか。坂本龍馬の成長の軌跡は、その実践例をしめしている。 今日、夜に会う知人は「翔ぶが如く」に出てくる辺見十郎太のような人物だ。侠気はあるが同時に思いこみも激しい。どうしても話をしたい事があるという。自分も「素直で迫力」のある態度でのぞもうと思っている。そういう心づもりがあれば、どんな話が出ようとも平常心でいられる。いい話は聞き、駄目な話には断る。 こんな事をブログで書くものだから、地域の友人にはなかなか見せられない。友人は少ないながらも個性派ぞろいで、どんな人間であっても信頼のおける大事な友人だ。 今晩は、厚蔵です。今日は休みで現在、友人宅、blogの間違いを見つけてなおしている。写真は奥州市内、北上川河畔、冬景色、気温は最高で3度、バイクで走るにはまだまだ寒い。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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