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ブログ版 「THE DAYS IN THE LIFE」 [全657件]
それから30分が経っただろうか。 まさにふらっという感じでクルマの前に大きな男の影が現れた。 「おお!マツ!」と前の列の誰かが慌ててクルマのドアを開けた。 マツと呼ばれた男は片手でクルマの屋根を支えにして靴を脱ぎ始める。 どうやら相当なケガをしているようだった。 「クルマどうした?」と聞くとマツは「流された、たぶん」とポツリと言った。 マツのいうことでは、多賀城の明月というところで津波に追いつかれてあとはクルマを乗り捨てて走って逃げたが、波が膝あたりまできたときに激しい痛みと水圧に耐え切れず転倒してそのまま四つんばいの姿勢のまま波に攫われたのだという。 「よく助かったな」というと、マツは「うん…まあな」というと何かをこらえるようにただ黙りこくった。 マツは不思議なことを口にした。クルマで津波から逃走中渋滞に捕まっていたときに携帯の電話が掛かってきて出てみるとそれがこの自分からだったというのだ。 しかし自分はそのころマツと携帯で電話などしていない。 マツは「かまたさんが『いいからクルマ捨ててすぐ走って逃げろ!』」っていってくれたから踏ん切りがついてクルマ出られた」 というのだが…
自分はその女性のことは直接には知らなかった。ただ、さっき自分のPHSに電話をかけてきた男の口から、支払いのことであるいはなにかしら事務的なことなどで窓口になっているのが、30前後の既婚の女性であることをうっすらと記憶している程度だった。 タカと呼ばれた男の口から、ついさきほどその不在の男から携帯電話が繋がり、彼がこれからこちらの駐車場に向かうというので、それまで国道45号線から少し入ったところ道端でクルマを止めてこれからどうしようか思案していたのだが決心がついてこちらに来たのだという。 要するに、タカと呼ばれた男が行動をともにしていたもう一台のクルマにひとりで乗っていたのが不在の男その人だったということだ。 「それにしても上手く繋がったねぇ」みたいにこちらの誰かが言うと「んだがら。びっくりしたよ!突然繋がってさ、またつうじねぐなったっのっしゃ!」と当時の状況を思い出し思い出ししながら答えた。そしてそれはさっき自分が体験した不在の男との携帯(PHS)での通話状態そのままだった。 「だめなんだべねぇ電波とか電源とか全部」と言いかけてから、こちらを見ると「こっちかまたさんっていうんだけど…この人、PHSも持ってて…さっき◎◎◎(不在の男)から電話あったのっしゃ」 タカという男はこちらを見て「ああ、あなたがかまたさんなのね、ブログで有名な…」と言いかけて、しまったというような顔になった。 あるいはこちらがその話題だけは今ここでは止めてほしいという顔になっていたからかもしれない。
それから五分も経たないうちに、まばらにクルマが停めてあったこの駐車場に一台のバンが入ってきた。 他車のヘッドライトやらなにやらで時々浮かぶように暗闇の中におぼろげに見ることのできるそのクルマが仕事での知り合いが所有する自家用車だと気がついた者がいた。 自分もそのこちらに向かってやってくるバンを見ていて何かがヘンだなとは感じた。 凝視してよく見ると、クルマ自体の挙動もどこかおかしかったし、なにより色がくすんで見えていたのだ。 「うわーボコボコじゃん!」二列目の席にいた男が声に出した。それは明らかに入ってきたバンのことを指していた。 自分もやっと気づいた。クルマの全体、特にサイドが黒っぽく見えるのは塗装がところどころ剥がれていたり、まるで多重の接触事故をかいくぐってきたかのようにいたるところベコベコに潰れていたからだった。 助手席側のドアをギコギコさせてからのバリッという破裂音をさせて扉を開けて男が出てきた。見覚えのある立ち姿だった。 やはり前列二列目にいた男が「おー タカさんや・・・」と言うとスライドドアを開けるとクルマから駆け下りた。車内に冷たい空気がなだれ込む。 「タカさん!」と呼ばれてバンの男はこちらを向いた。特に驚いた様子もない。クルマを飛び出した男が駆け寄る。タカと呼ばれた男が何かを伝えると、駆け寄った男はその場にまるで崩れるようにへたり込んでしまった。 何があったのだろうか。おおよそは見当はついた。このふたりは仕事でも仕事以外でも一緒にいることが多かったので共通の仕事仲間、友だち、知人は多いはずだからだ。 こちらのクルマの中で「誰かが行っちまったんかなぁ…」とか呟いた者がいた。 おそらくは、そういうことなのだろう。 タカと呼ばれた男は名取市にある仙台空港から利府まで移動のため、数台の車で海岸沿いを走行中に地震に遭遇したのだという。そしてそのうちの一台は空港近くにある直接の雇用主の派遣事務所の営業所に戻ってしまったらしいのだ。 たまたまだが、ほとんど隣り合うような形で緊急停車したこのバンを含む二台は、このまま利府に向かって行くこと、そして海側からはすこしでも離れて内陸部を行こうということで意見が一致して、余震の収まった三時少し過ぎには動き出した。しかし彼らを待ち受けていたのは交差点ごとに段々ひどくなる渋滞だったという。 この白いバンがすんでのところで津波に飲まれずに済んだのは、途中で道路の反対車線を逆走したり、明らかに民家、あるいは有刺鉄線で囲われたような私有地をまるでバリケード突破でもするようにして潜り抜けることができたからだという。やっていることは決して褒められたものではない。それはタカというその男の語り口ぶりで伝わってきた。 タカというその男が一番悔やんでいたのは、途中まで同乗していた女性を彼女の実家があるという荒浜近くで降ろしてしまったことだった。
2011年3月12日の未明まだ夜が明けない時間、クルマの中でウトウトとしかけていた全員のあいだに緊張が走った。 ラジオのニュースで仙台市若林区から宮城野区多賀城の沿岸部までが2メートルの津波で壊滅状態であること、孤立して救助を求める人数が万単位で、その中には学校で閉じ込められ防寒対策も何もないままの小学校や重病人を抱えた病院も多数あることを伝えていた。 ひとりが「ここでじっとしているより災害救助のために動くべきではないのか」というようなことを切り出した。再び車中を重い沈黙が支配する。「でも… 行ってどれだけのことが出来るのか俺たちで」ともうひとりが口にする。最初に口火を切った男が再び「わからんよ行ってみないとそれは ただ大切なのは 事実として 今でも凍えそうな救助を待っている人が何万人も ついそこに 沢山…」とそこで絶句してしまう。 人の声や犬の鳴き声がしたのでふと外を見ると、並んで停めてある赤い乗用車の中が騒々しかった。 夜半前に自分達のクルマがここに来る前にすでにその赤い乗用車はアイドリング状態のまま停めてあった。ドライバーシートの若い女性が曇ったガラス窓越しに見えた。ほかにも乗車しているのは皆同年代の女性だけのようだった。彼女達が交代でクルマを降りるとタバコをふかしながら携帯電話を掛けていたのを目撃していたからだ。 「るっせぇなぁ」こちらの車中の誰かが呟く。別の誰かが「行ってきて注意しようか?」と言うと全員が「やめとけ」と口を揃えてたしなめた。自分も辞めたほうがいいと思わず口にしていた。 その直後だったと思う。自分の携帯(PHS)が鳴ったのだ。回線全滅で死んだものと思い込んでいた自分のPHSが先日の午後3時以来はじめて突然音を立てはじめたのだから本当にビックリしてしまった。慌てて取り出して折りたたんだ端末の正面の小さな液晶画面を覗き込む。 全員が無事を心配していたその男の名前だった。 「今どこよ?」と平静を取り繕い問いかけると「(かまたさんたちの)仕事アパートの前」という答えが帰ってきた。 自分達がそこから徒歩30分ほど離れた駅前の駐車場にいることを伝えると「じゃそっち向かうわ」と言うと電話は不自然な形で切れてしまった。回線の状態がまだあまりよくないからかもしれない。 不在の男が無事であることを確認したために車中は一気に安堵に包まれた。 気がつくとクルマのウィンドウをコツコツと叩く音がした。隣のクルマに乗車していた中の誰かだった。 ウィンドウを開けると彼女は「携帯通じるんですか?」と聞いてきた。「うんさっき突然だけど」と答えると「どこの携帯ですか?ドコモじゃないですよね?メーカーとかあるんですかね?」と質問を矢のように浴びせかけてきた。 自分が「それがウィルコムで」と言うと「あっ、そうなんだ…やっぱりウィルコムって別なのかな」とすっとぼけたようなことを口にした。 聞けば、赤い乗用車の中は同じ店で働く女性とその妹の4人で、さらにそれぞれが飼っているペットの犬と猫計3匹も同乗しているという。
○ その数年前(1998年ころ)に下北沢の事務所にアルバイトとしてやってきた女の子が事務所でニルヴァーナのアルバムを大音量で流していたことが思い出される。 自分はそのアルバイトの子に「とにかくその音楽だけは止せ!」みたいにかなり強い口調でCDプレーヤーの音量を落とすどころか「切れ」と命じたのだ。 鳩が豆鉄砲を食らったようなキョトンとしたような表情になったその女の子は「なんで…、ねぇ?」みたいに側にいた同僚に了解を求めたが、その同意を求められた女性は顔も向けず、自分のデスクを向いたまま仕事に熱中していた。あるいは振りをしていた。 不満顔の「何がダメなんですか?」という彼女の問いに自分は間髪を入れずに「ふたつあってね、音が大きいのと、ここにいる連中は(君と違って)このバンドの曲の詞の内容がわかるからね」と理由を挙げた。 なぜ間髪を入れずにすぐに答えられたかというと、これが二度目というか二人目だったからだ。 前に、自分とその事務所の新しい責任者がともに扱いに閉口していた女性アルバイトの子が好んで聞いたのが、これまた「JOY DIVISION」だったのだ。 「(聞かされるこちらは君と違って)詞の内容がわかる」という言葉に相当のショックを受けたのだろう。それ以来彼女は事務所で自分の好きな曲を流すことはなくなったようだった。そして半年も経たない年の暮れには姿を消していた。辞めたのを聞いたのは年明けすぐのことだった。 JOY DIVISIONとかNIRVANAの音楽はともかく、そういう特異点、つまりリードボーカルが絶頂期に自殺してしまったバンドとしてのみ捉えて語られることは、私たちとそして当時からの熱心なリスナーである人たちの気を滅入らせるものでしかなかったはずだ。 むしろこういうのに喜んで飛びつくアフタカマーの若い人たちはバンドのフロントマンの自殺という出来事からこのバンドの曲になにかしらそういう「死」の臭いを嗅ぎとれると勘違いしているのではないだろうか。それは今でも思うことである。 ○ 自分が1994年4月、ニルヴァーナのバンドリーダーにしてほとんどの曲を手がけるボーカリストのカート・コバーン(コベイン)の自殺のニュースを知ったのは五反田のレストランみたいなところだった。「みたいな」という言い方も失礼だが。 いつものようにして地下にあるその店のドアを開けると、濃厚なオリーブオイルと溶かしたバターの交じった濃厚な香りが鼻をついた。ドア正面にあるカウンターにいつもののように背を見せて座っている顔馴染みのギリシア人の男がこちらを振り返るとまるで挨拶のかわりのように「知ってるか?シアトルの左利きが死んだぞ。銃で自殺だ」というようなことを(もちろん英語で)言ってきた。 「シアトルの左利き」というのは、彼も自分もともに左利きだからだ。ギリシア人の隣にいたあまりここでは見みかけたことのない男が流暢な英語で「彼に本物のニルヴァーナが来たんだ(The Nirvana comes true on him)」と皮肉なことを口にする。 わたしは「冗談は止めてよ」というニュアンスで「ジーサス」と言い首を横に振ると、男は「なぜジーサス?ブッダじゃなくて?」みたいなジョークにもなんにもなってないことを口走った。 そのカウンターに彼らと並んで座るのが嫌だったので、自分はあまり使ったことのない、店の隅の方のジメジメとした感じのする古い革張りの低い椅子を四つほど並べたボックスに席を取ることにした。 注文をとりに来た真面目そうなウエイターのお兄ちゃんに「何、カートコバーン死んじゃったんだって?」と聞くと「ライフルでアタマぶち抜いたのが見つかったってさっき(CNNだったかの)ニュースでやってましたね」と神妙な面持ちで教えてくれた。 「なんかイアン・カーティスのときに似てますよねぇ」と言われたのだけれど、そのとき自分はイアン・カーティスが誰のことなのかわからなくなっていて「誰だっけそれ?」と聞き返していた。「え?ホラ…あのぅ…ニューオーダーの前の…死んだリーダーの」みたいな感じの説明を始めた。彼もまた「JOY DIVISION」というバンド名のほうは度忘れしていたようだった。 しばらくして四・五人の客が入ってきたのでボックス席をあけてカウンターに移った。 そのときウエイターのお兄ちゃんに「イアン・カーティスって首吊りでしたっけ?」みたいな感じで聞かれた。自分もそのように記憶していたので「たしか…」とあいまいな返事をした。 ウェイターのお兄ちゃんは「いやさっきあのガイジンたちがね、『アメリカ人は銃(ガン)を使いイギリス人はロープを使う』とか言ってるんですけど…それのことかなと」と付け加えた。 「つまんねぇことを言いたがるヤツだなぁ」とその知り合いのギリシャ人と並んで座っている謎の外国人のほうをチラっとだけ見た。 そのレストランを出て階段を登ると、そこには先に店を出たふたりの外国人がいた。 目が合う。嫌な雰囲気だった。顔馴染みのギリシア人ではないほうの謎の外国人の男が声を掛けてきた。 「さっきは済まなかった。仏教徒を屈辱するつもりはなかった。許してほしい」 ほっとして自分も「いいよわかってるそれは気にしなくても」と言った。 そして三人はゲラゲラと大声で笑った。通り過ぎる人が振り返って不審な顔でこちらを見てたのを目の端で感じていた。でもかまわない。おかしいものはおかしい。自分も「NEVER…」まで言いかけたところですで笑いがこみ上げてきていたのだ。 そのあとではじめて紹介された。男はやはりイギリス人だった。 「イギリス人はロープを使う」というのは自虐ギャグのつもりだったようだ。 ![]()
3月11日の日曜。 大震災の日から一年が経ったわけだが、その日があまり「あれから調度一年」という感慨を持ちづらかったのはこの日が日曜だったことと、もうひとつは今年が閏年で2月29日があったためだろう。 実際自分も「一年か」としみじみしたのはむしろ前々日の9日の金曜日だった。昨年の3月11日が金曜日だったからだ。 その後、昔の知り合いと電話で話していてそのことを話題にすると向こうも「そうだよねぇ、金曜日だったよねあれ。だから帰宅難民があんだけ増えたんだもんね」という感じで当日の夜の自分の行動などを語り始めた。 その日の午後から夕方、自分はいつも通り慣れた国道沿いに立ちすくんでいた。そしてたくさんの本当は見てはいけないはずのものを目の当たりにしていた。 自分の目の前をありえないものが次から次にといくつもの通り過ぎてゆく。あれは本当に現実感のない不思議な空間だった。 夜遅くにやっと連絡の取れた仕事仲間たちと、川からすこし離れたところの駐車場に停めた乗用車の中でラジオが伝えている各地の被害の状況を耳にして「これはとんでもないことが起きているのだ」ということをはじめて実感した。ラジオでは高荒葵というベテランの女子アナが淡々とここからわずか5キロほどはなれた海岸地区のことを事細かに伝えていた。 どれもがまるで嘘のような数であり出来事だった。 車の中の誰かは「嘘だろ だいたい、誰がどうやって数えたんだよ!」と憎憎しく半分怒鳴るように呟く。誰も反応できずに、ただ黙り込んでいた。おそらく全員がラジオの伝えていた惨状というものを頭の中に浮かべていたのだろう。自分もスピルバーグ監督のSF映画「宇宙戦争」でダコタ・ファニングの目を通して描かれたワンシーンのことがアタマをよぎっていた。 そして、その耳からの情報がさっき目の当たりにしてきた光景と結びつき、「今この宮城の沿岸、それどころか茨城から岩手までのすべての太平洋岸のいたるところであのような出来事が起きているのだ」と実感したくらいだった。 それからだった。それまで自分が生きてきて一度も感じたこともないような虚無感というのかどうしようもない寂寞感というものを感じたのは。これを言葉で説明するのはとても難しい。 このクルマの中には本来ならばもうひとりがいるはずだった。その男が来るのかどうかをみながずっと気にかけていた。もし彼が戻ってこなければ、それは彼がどこかで命を落としているということになるのだろう。時間が経てば経つほどその可能性は高いということでもある。 数年前、JOY DIVISIONというイギリスのバンドのアルバム「アンノウン・プレジャー」と「クローサー」の二枚のCDを手にしてその男は自分にこう言った。 「聞いたらどっちもなんか陰気臭いだけなんですけど、これ本当に当時(1980年)売れてたんですか?」みたいな感じの問いかけだったと記憶している。 彼がJOY DIVISIONなんて過去大昔のバンドのアルバムCDなんかに手を出したのはニルヴァーナがきっかけだったというのを聞いたときに、自分は「正直、趣味良くないね」と言下にそれを批判した。 彼も「そういうのはわかるんですけど、やっぱりなんか…あるんですよ、そういうに興味を惹かれるのが」と困ったような顔で弁解をはじめた。 これももうだいぶ前のことだが2006年に死んだ花沢という親友の男がやはり最後に電話してきたときもそんな感じのことを呟いてたことをふと思い出していた。 そのころ つまり、1980年当時仙台市内の輸入盤レコード店で働いていた自分には良くない記憶しかない二枚のアルバムではあったが事実は事実である。 「ああ売れてたよ」と答えた。そして「俺は嫌いだったけどね」とも付け加えた。 男はぐふっという感じで脱力して相好を崩すと「ひと言余計っす」と言って、そして笑った。 ![]()
![]() 実に久しぶりにこのアルバムを聞いた。フルアルバムで聞いたのは15年ぶりくらいか。 リミックスされたものが実に意外なくらいにオリジナルに忠実に(つまりスピーカーで聞いたときとの音像のズレがなかったという意味)再現されていて、15年前の、いや30年前、つまり1981年にこのアルバムをはじめて聞いたときに自分が感じた切なさみたいなものを思い出していた。 それを説明するととてつもなく長いストーリーになる。 割と最近、このNewOrderのデビューアルバムと、そしてこの前身バンドであるJoyDivisionの二枚のアルバムと「STILL」というラストアルバムに関わる自分の体験というか不思議な関わりみたいなものをかいつまんで(酒の席で知り合いに)はなしをしたら妙にウケたことがあった。 「かまたさんのハナシって観念的っつーか、具体性乏しくてよくわかんないのが多いけど、これはイイ!」みたいな褒め方をされた。よく考えると批判されてるんだけどね。よーくと考えると。 さらに最近もうひとつエピソードが加わり、自分の中での位置づけとして、このNewOrderのMovementというアルバムは決して抜かしてはならないものとなってしまっている。 Bungee Price CD20% OFF 音楽New Order ニューオーダー / Movement 【CD】
月曜日の昼間の休み時間なんかは、前の日つまり日曜日のテレビであるとかの話題になりそうなものなのに最近そういう話題にはならない。あっても今日みたいにスカパーで放送したハロプロの正月コンサートとかのほうが「話題として成立する」みたいな感じなのだ。 仙台出身のモーニング娘。のメンバー石田亜佑美のパフォーマンスの話題だけで30分も話が咲くっていうのも…、まあなんていうのか、かなり世間ずれした集団だということには違いないだろうが。 当然、月曜の昼間このNHK大河ドラマ平清盛の話題になったこともほとんどない。むしろ放送前のほうが多かったのではないかな。「○○よりはマシになるだろうね」という期待を込めたものだったが。 じゃ誰も見てないかというとそうでもない。見ている人は見ているだろうし、なんとなくだが話題にしにくいというのが本音のところではないだろうか。端的にいうと「何をどう見ればいいのよ」という感じか。 自分みたいに「源氏パートは結構よくできてる」なんていう評価をする人間なんて誰もいない。いたとしてもそれはあくまでも皮肉としてそう言ってみただけの人だろう。 帰りのクルマの中でようやく気づいたのだけれども、この「平清盛」を録画したものを見ているという人はけっこう多いようだった。 「ああ、なんとなく録画しておいて水曜日とかほかに見るものがないときに見る、みたいな感じっすかね」と言っていた人間もいた。 自分もそれに近いか。大体は日曜日中に見ることはみるのだけれども。 その友人もまた日曜八時に家族(や友人の家族)と一緒に見るということはほとんどなくなったという。 なにしろ「こっちはともかくとして向こうが嫌がることが多い」というからだ。とくに若い女性がいるときなんかは八時になると容赦なくチャンネルがほかに替えられた、みたいな経験をしているみたい。 前に書いた「家族とは見にくい」とぼやいていた病院のおじいちゃんたちと同じである。 この第八回目、内容的なことをいうならば今までの中では一番見ごたえがあった。最大の功労者は藤原頼長の山本耕史につきるだろう。[追加] なんとなくだが頼長が出ている時間帯だけはこのドラマ実に安定していて楽しむことができていた自分である。 頼道はこのドラマでは「腐敗した」とされている宮中にあって、その腐敗した宮中の中心に非常にちかいところで政(まつりごと)に携わってながらも、どこか居心地の悪さを感じながらもなすすべもなくただ学問の道に暮れていた人物として描かれている。 ところが「平清盛」という異端児の存在によってかつての野心に再び火をつけられ、それをどうしてやろうか、どういう方向にもっていこうかと画策して源氏と平氏をともに利用しようとして、製作者サイドとしては「それが後の保元の乱の発火点になるのだ」ということにしたいのだろうが。
第六回目 熱田神宮で物盗りたちに矢を射ったあとでの源義朝(玉木宏)のセリフだが 「あれはやはり『民のもの』で正しいのではないでしょうか。自分もそう聞えました」という意見を頂いた。 詳しい次第については下の記事(2月16日)を見ていただくのが手っ取り早いと思う。 果たして義朝が物盗りどもに吐いたセリフが『神のもの』なのか『民のもの』なのかはむしろストーリーをよく考えれば明らかだろう。 もしここで義朝が物盗りに向けて「民のものにまで」と言うつもりで『民のものにまで』に聞えるような言葉を吐いたら、側に仕えていた従者に「若君、そこは神のものでは」とやんわりたしなめられていたはずだ。というかもし自分が従者だったら直接口にはしなくても心の中でそう思っただろうね。「義朝、それ違うから」みたいな感じで。[註] そもそも「物盗り(ものとり)」って何なんだということになる。当然立場の弱いものから力ずくで金や食い物(米)を奪うから「物盗り」だろう。つまり「民のもの」を強奪するから物盗りなので、ここで義朝がわざわざ「よりによって」の感情を込めて「民のものにまで」とか言うはずもないのではないだろうか。そうは思いませんか。「民のもの」を強奪するのは普通の物盗りだもの。 そうではなくて、義朝が怒りを増大させたのはその物盗りが強奪しようとしていたのが神社に運ぶ途中の奉納米だからだろう。だからここで義朝が「神のものにまで!」と物盗りたちへの怒りを露わらしたことが(視聴者も)納得できるのだ。 というわけで玉木義朝がここではっきりと「神のもの」と聞えるような言い回し(とイントネーション)で「神のものにまで」ととうセリフを口にしていたのが正しくて(民のものにしていた)字幕のほうが間違っていたという結論なんだが。 (字幕とおりの)民のものと受け取ったという人がいたとしてもそれはしかたないだろう。 それはその人のドラマの見方に問題があるのかもしれない。字幕というのはあくまでも補助するものであってドラマの主体ではないのだから。 もし玉木のセリフが「民のもの」に聞えたとしたら、それは自分の耳というか聴力であるとか日本語の聴き取り能力を疑ったほうがいい。(こういう人がいるのが問題なのかもしれない) 中には(掲示板にあった書き込みらしいのだが)字幕はオリジナルの脚本と連動しているのだから脚本上は「民のもの」だったのではないかという意見というか推測もあるらしい。 もしそうだとしたら(それこそただの妄想レベルだが)脚本を読んで「ここは民じゃなくて神でしょう」とばかりに現場で勝手に「神のもの」にしてしまった玉木宏は恐るべき俳優ということになるのでは。 まあどうでもいいことだけど念のために付け加えてみた。 結論。「神のもの」で正しいんだってここは。 [註] 何を言いたいかというと、つまり、義朝の従者としていつも画面に映っているのが鎌田正清(政清)ということになっているからだ。つまり「かまた」つながりね。
あるコラムニストがこの「平清盛」のことを「画面の中に右下がりの折れ線グラフが見える大河ドラマ」と評していた。 んーなかなか上手いことを言うものだと感心した。いやいや、感心している場合ではないのだけれど。 なんだろうな、この見るたびにこちらの期待を少しづつ裏切るような微妙な展開というもの。 さらに今回はタイトルも少し腰砕け気味だ。源氏物語の主人公光源氏にひっかけた「光らない君」。 後に正室となる明子(加藤あい)と時子(深田恭子)を同時に登場させ、後妻となる時子の清盛の印象が「光らない君」というわけだ。いや、こうなるとドラマとして、つまりフィクション(嘘)だからいいとはいえ、このようなふたりの姫君の登場のさせ方では、あとあと「誰か」を悪役にしないと納まりがつかなくなりそうなのだけれどそれでいいのだろうか。不安だな。 なんかこのドラマの作り、視聴者の興味を引くために用意したいくつもの仕掛けが、悪いほうに悪いほうにと転がってばかりいるような気がしてならないんだが。 何故こうなったのだろう。思うに、やはりドラマの最初のほうで、宮中のドロドロとした人間関係をこれでもかとばかり露悪的に描いてしまったのがそもそものつまづきだったのでは。 少し前のことだ。病院の待合室にいたら、テレビ(当然NHK1が流れている)で平清盛の番宣が流れていて、それがどういうわけかその宮中のドロドロエロエロなところばかりをピックアップしたようなものになっていた。 自分の後ろ(厳密に言うと背中合わせのベンチ)にいたお年寄りたちがそれを指して「なんだがなぁ、こんどの大河はこういうのばっかり(つまり軽いエロ)で家族でみらんないんだもんなや」とぼやいていた。 つい先日(土曜の午後)なのだが、自分は某ディスカウント店でこんな光景を見てしまった。テレビ売り場でいくつものテレビモニターでは平清盛の再放送が流れていたのだが、そういう、つまり三上博史の鳥羽上皇と璋子(金麦れい)とか得子(松雪)が出てるようなシーンになった途端、子供連れの母親が困ったような顔になり、子供の手を引っ張ってテレビ売り場を足早に立ち去ってしまったのだ。 いや、この「平清盛」を作っている人たちがどんな思いでこんな宮中ドロドロをドラマのもう一方の柱として重要視しているのかはまだよくわからない。 わからないが、結果こういう現象(おそらく日本全国中でだ)を生んでいるということだけは刮目して、少しでも見るものを減らことだけは避けるような施策をとるべきではないのか。 また、自分の友人なんかはこうも分析している。 「この平清盛、オープニングタイトル(CG)だけはここ数年の大河でもトップクラスの出来だと思うんです。あまりによく出来たオープニングを見せられてから本編に入ると…なんかしょぼいですよね、比較として」 自分もそれはあるのかなと思っている。もう少し具体的に言うと、今回のオープニングのタイトルも、順番からすると先に音楽が出来上がっていて、それにあとから音楽にあわせた映像を編集しているのだろうと思う。その映像素材の「つなぎ」がとても工夫されているのだ。 で上で触れた病院の待合室にいたお年寄りであるが、とても含蓄のあることも言っていた。 「いくらドラマだとはいえ、皇室のことを悪くかいて、日本人が喜ぶとでも思ってんだべか? そんなのは韓国のドラマに任せてればいいのっしゃ」 その言葉のオモテの意味と、もうひとつ裏にある意味を感じとった自分はただ「すげぇ そのものずばりの正論だなぁ」としみじみとしてしまった。 まあ、この平清盛、史実まるっきし無視のなんでもありの韓流史劇ドラマと比べたらいけないんだけれどね。韓流ドラマと大河はそもそもの視聴者の層というか質がまったく違うからね。 |一覧| |
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