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◆お知らせ:

『akioteam_TextStudio_2F(仮)』では
各学府及び企業様向けに講演依頼を受け付けております。
現在講演内容は

『あっぱれEVチャリティツアーがデキルマデ』

『中林あきお的夢の叶え方』

からお選び頂けます。ご興味、ご関心のある方は

akioteam@@gmail.com(@マークを一つ削除してください)

またはTwitter、Facebookまで、お気軽にご連絡ください。

【参考】現在までの講演、ライブ、各種メディアへの露出実績

after_the_dream [全2058件]

2012.05.04楽天プロフィール Add to Google XML

借金男のペイバックタイム!  (5)

6月に退職する佐賀地区管理責任者(SVと呼ばれている)の後任募集につき、期せず同世代の面接を仰せつかる機会に恵まれた。
学の無い俺なんかと違っていい学校を卒業し、某有名企業に就職していた彼は、ステレオタイプさながらリーマンショックの年に就職先ごと失ってしまい、履歴書によればそれ以降はアルバイトでどうにか食いつないでいたらしい。
パッと見てもジッと見てもコミュニケーション能力に難のありそうな彼は、なかなか定職に就く事ができなかったようで、一年前の某ファーストフードのアルバイト退職以降、職歴が途絶えていた。

「最初の二ヶ月くらいは優しく教えてくれたんですけど、急に厳しくなって」

頬肉だけで笑う彼と目を合わせる事は終始困難だったが、コミュニケーション能力すらあれば俺くらい無能でもとりあえずなんとかなる今の仕事を彼に託すのは大変酷であると総合的に判断した。
俺はその場で履歴書をお返しする事で、面接の返事と変えさせて頂き、その上で生涯においてやりたい事...つまり夢はなんなのかを、彼に尋ねてみた。
彼はそもそもが漠然たる表情をさらに漠然とさせ、口を開けたまましばらく考え込んで

「保父になりたいです」

と消え入りそうな声で返事を打った。
俺は些かホッとして

「男37歳!今から出来ない事なんてないですよ!なりたい自分があるってーのは、素晴らしいことじゃあないですか!」

と笑い飛ばし、その上で

「ただ何も行動を起こさず叶う夢はありません。保父さんになるにはきっといろいろと難しい勉強も必要だろうし、食べて行くためのお金も必要です。例えいっときは厳しい仕事でも、それを耐える事が夢への道ならば、幾らかのキツさは試練だと思って乗り越える事も大事ですよ」

と、真顔でアドバイスをした。

夢見がちな男と言われる。

後先を考えない男だと言われる。

しかし俺には基本的にいつもやりたい事が明確にあり、仕事はその本懐を遂げる為の手段に過ぎぬと心得ているので、幾らか理不尽な士気系統の元に身を寄せていようが、月の給料の殆どを貯金に回す為、一日平均三百円の食生活に身をやつそうが、まぁそこそこやって行けるのである。




「百万円貯めたら、訪ねてきますよ」

同じ温泉の硫黄の匂いのする梶田さんを、故郷大牟田の空の下そんな言葉で見送って九ヶ月…三十万の借金を背負い、当時は自販機のジュースすら自分の財布で飲めなかった俺は、今ようやく約束の折り返し地点に立った。
今の仕事は六月一杯でこちらから契約を切ったが、今のペースで資金を積み上げれば、七月末に支給される最期の給料で目標金額の百万円にピッタリと到達する。
今回のプロジェクトは、この百万円の元手を建築家である梶田さんに託し、北九州門司港地区に在を成す中央市場へ出店を果たし、同商店街の再生にに寄与することで、街づくりのノウハウを学びとる事だ。
ゆくゆくはこのプロジェクトで得たコミュニティ形成の経験を一つのパッケージとしてラーニングし、故郷大牟田の活性化に生かすつもりである。
ゴールデンウイークの連休には出店候補の空き店舗も見学してきた。鮮魚店だったという元店舗は古いコンクリートが剥き出しの見事な居抜きだったが、無駄な構造物が取り除かれた店内は施工もかかりやすく、豪華三階建てという物件にも関わらずテナントそのものの家賃は三万円と格安だ。
計画では一階フロアを長年の夢であったBARに、二階はブロードバンドやFAXなど通信設備や簡単な事務機を完備した書斎兼フリースペース、三階は住居にしてしまおうと画策中だ。
七月からは早速門司港地区へ移住し、梶田さんの施工のお手伝いをしながら、九月の開業を目指す予定である。
自分の店を自分の手で一から創り上げながら、その様子をTwitterやFacebookでリアルタイムに更新するのだ…これほど胸踊るクリエイティブもそうそうあるまい。

賽はいよいよ投げられた

今後の計画は断固として粛々と実行に移される

有言実行が好きだ

夢と現実はより良き人生への両輪とも心得ている

やりもしないウチから

「出来ない」

なんて言い出す無責任な他人の意見は

腹いっぺーに聞き飽きた

俺はただ今までの俺がそうしてきたように


言った事を、必ずやる





Last updated 2012.05.04 22:00:47
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2011.12.08

transitの胎動  (4)

壊滅的な荒廃から奇跡的な復興を果たし、高度成長期へと突入してゆく1958年の北九州門司港地区『中央市場』・・・そこにはかつて確かな夢が、熱を帯びた力強い律動と共に凛と息づいていた。
鮮魚、青物、惣菜、小間物に仕立て屋・・・個人の生活向上が至上命題だった時代、市井に溢れるモノは豊かさの象徴であり、しばしば夢そのものであった。
商店主は小さな軒先に持ち前の夢と希望をありったけ詰め込み、訪れる客たちはまるで競う様にして、札束という名の夢の欠片をそれぞれの夢と次々に交換していった。
全幅2mにも満たぬ通路は行き交う人々の肩と肩が回避の暇も見出せぬほどの人いきれで賑わい、全長160mに渦巻く豊かさへの欲望は、それがまるで一個の巨大な生命体でもあるかの如く、幾重にも幾重にもアーケードを往復した。
それはその時代の日本のどこにもで在った『ジャパン・ルネッサンス(日本文芸復興)』に他ならなかった。



あれから50年余の時が流れ『門司港地区中央市場』は、およそ全国の商店街がそうであるように歴史的役目を終え、閉ざしたシャッターの数を一枚、また一枚と増やしてゆく緩慢な終焉へと、黄昏の時代を過ごしていたかに見えた。
俺がそんな商店街と出会ったのは・・・いや、その薄暮の商店街に新しい息吹を送り込もうとしている男に出会ったのは2005年秋・・・空き缶を拾いながら九州を旅している最中であった。
その男の名は梶田昌嗣。
リノベーション的手法に独自の視点を加え、空間を自在にデザインする建築家である。
ある日招かれた酒席で普段物静かな彼が

「リスクだなんだとしのごの言わず、黙って100万持って来い、そしたら店は俺が作ってやる」

と酔態のグラスを振り上げたのを、今でも俺はハッキリと覚えている。

夢見がちな男と言われる

後先考えなしの男と言われる

しかし

歩いて日本一周(予算総額200万円)
ゴミ拾い九州一周(予算総額100万円)
バイクで日本一周(予算総額80万円)
電気自動車で大阪~九州間往復(予算総額120万円)

こんな旅をしてきた俺にとって、梶田さんの主張は、厳冬の引き締まった空気に粉雪の気配を知るのと同じ感覚で、スルリと府に落ちた。
現実と夢って奴はしばしば対義的に語られるが、気がつけば半生を捧げてきた旅人生で俺はいつしか、この両者を両輪だと捉えるようになっていた。

夢のない現実は物語のない小説であり

現実の伴わない夢は、単なる絵空事に過ぎない


明確な夢は明確な行動を要求し

夢を現実に引き寄せる不断なる行動こそが、その本懐を遂げるのだ

夢は、ある日突然叶ったりはしない

全てはアクションに対するリアクションだ

行動を起こさずに叶う夢は寝ている時だけで

活きたリスクの向こうにこそ現実の成功がある

人生を賭し、叶えるに足る夢がある

今から17年前・・・ホテルのバーテンダーだった二十歳の頃

福岡の街の片隅で、俺は一つの確かな夢を見た

『いつか自分のBarを持つ!』

この夢はその後台頭してきた

『30歳までに出版して作家になる!』

という夢を叶える過程で一度は色を失ってしまった
しかし時が過ぎて今
この瑠璃色に染まった夢が新たな色彩を纏って叶おうとしている
しかもその新たな夢はその後の転がし方次第によって
現在60歳まで頃を目標としているもう一回り大きな人生設計に

密接に、関わってくるのだ



2012年秋『中央市場』に開店予定の『Bar・transit』

それは現実と夢が交差する、人生の乗り換え駅

世界の酒を飲みながら現実の夕に夢を語らい

そして本当は痛い程の現実の積み重ねこそが

夢の正体である事に気づく大人のBar

この『transit』は

かつての夢の跡『中央市場』に

『ーBar・transitー』が立ち上がるまでの記録を克明に記載し

読者の皆様と一つの夢が叶う瞬間を共有して頂くブログです



新しい挑戦は今始まったばかりですが


どうぞ応援よろしくお願いします






Last updated 2011.12.09 00:15:04
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2011.11.18

砂漠が美しい理由  (2)

満潮を迎えた唐津の街は、立冬過ぎの澄んだ陽光をキラキラと反射する海面が、橋桁の際を穏やかにさざなみ、街と海との境界をまるで夏の終わりの薄い蜃気楼の様な曖昧さで分かっていた。
自然はただ、自然というだけで美しい。
のんびりとした交通量の松浦橋を制限速度一杯に減速しながら、少しだけネクタイを緩めた指先でパワーウインドウを全開にする。
河口にほど近い風が瞬く車内を満たす、磯の香が胸に心地いい。
九州北門、関門橋の旅を空中散歩とするならば、佐賀伊万里方面より唐津郊外を、やがて唐津城下へと誘う松浦橋のドライブがクルージングであるという感慨に、些かの逡巡も誤謬もない。



柔らかな日差しにのんびりと子猫寝そべる石段を、年齢並みに息せき切りながら思い出の場所へ。
唐津城へは二十歳頃、当時働いていたホテルのバーの慰安旅行で来たきりだ。
普段はカマロやジャガーを乗り回す社長以下従業員全員で天守まで登り、真砂の浜が翼をひろげた鶴のようである事から『舞鶴城』と揶揄される眼下の眺望に、若輩ながら感銘を息を漏らした事を、今でも鮮明に覚えている。
白亜の藤棚に幾重にもしなだれかかる滝の様な紫苑の花幕も実に見事で、唐津の旅の記憶はその後旅館の敷地内で執り行われた突発性ゲートボール大会と、正体を失うほどの酩酊に追いやられた宴席のほろ苦い思いでと共に、記憶のタンスの奥深くへ、実に丁寧に仕舞い込んであった。
今にして思えばあの全社員でゆく二泊三日のバス旅行というのは、大変楽しいイベントだった。
金満オーラ全開の社長も、のべつ怒っている気難し屋の料理長も、昼間っから好きなだけビールを飲んでスッカリただのオッチャンだ。車窓を流れる風光明媚もほどほどに、ガイドの娘さんがただただ呆れるばかりの猥談に存分に花を咲かせたかと思えば、やってきたマイクにアカペラのオハコを、酔態の抜けた手拍子で叩き込む。
誰もまともにゃ聴いてないんだから、演歌でもポップスでも、なんだって構わない。ただ嫌われ役だった料理長がしみじみ唄った美空ひばりの「柔」は

「勝つと思うな、思えば負けよ」

というフレーズに大人の哀愁を感じたのか、不思議と耳へ残っている。
無論当時はそれが殊更楽しいとは思っていなかった。
学生時代の修学旅行なんかは無礼講でもっと楽しかったし、それはある意味無理からぬ事としても、今改めてページを繰ってみるあの頃の俺はこの慰安旅行も含めて、かなりの幸せ者であった。
トレンディードラマ程では無いにせよ、駅にほど近いマンションを寮として、そこそこお洒落なシングルライフを楽しんでいたし、食堂では二食まかないが出たので、金欠でも食うに困ったという記憶もない。
1990年代半ばの九州に東京で弾けたバブルが津波の如く押し寄せてくるのはもう少し後の事で、青年から大人へ、その往きかかる夏の蜃気楼のような曖昧さで訪れた人生の旅支度には、今で言う自分探しやモラトリアムなど、コレっぽっち必要なかった。
あぁ、あれはやはりいい時代だったのだ。



不況なのかも知れない、自己責任の世の中なのかも知れない。厳しいい椅子取りゲームなのかも知れない。
しかし今の労働人口を取り巻く労使環境は醜聞聞くに耐えず、眉を顰めるほど酷い。

「会社の業績が落ちたので拠点を移動しなければならない」

仕事で知り合った俺と同い年くらいの方が、ため息混じりにそうもらした。
新しい勤務地は車でタップリ二時間、住宅手当は出ないらしいので、現地より通いになるのだそうだ。

「僕は派遣が長いんで、もしそんな事言われりゃ速攻でケツ捲っちまいますが・・・仕事とは言え、社員さんは大変ですね」

と無難な相槌を打ったそばから

「社員じゃ無いんですよ、俺」

と不意を打たれ、返事に勢いすっ転んでしまう。
なんじゃそらである。


経費節約の為に三国志のモンタージュ型量産武将を片っ端から解雇し、シムシティでは真っ先に原発を建ててしまうような合理主義者の俺が言っても説得力を欠く事なのかも知れないが、なんと言うか労働力を調整弁と考える昨今の風潮はちょっとどうかと思う。
ヒトコトで言うとただひたすらヒドい。
ものの十数年くらい前までの派遣制度は、夢追い人が現実との折り合いをつける為に、会社組織を利用するという構図だったが(俺は今でもそう思っているし、現在のBOSSである竹中社長もそのつもりで俺を使っているが)、現在は必要な時に必要な労働力を、いい様に使い捨てにしているというのが制度の現状であろう。
某有名企業が100パーセント出資で運営する派遣会社で働く営業の知人など、40歳から給料が下がり始めるシステムというらしいから、ここまでくると真意の程を二度聞きしてしまう。
もはや酷いを通り越してひたすら醜い。
この手の話を聞いていつも思うのは、人生丸投げが孕む危うさだ。
よって来る運命を極力直視しない丸投げは自分で考えない分確かに「簡単」だけど「簡単」の向こうにはたいてい「狡猾な搾取」が待ち構えているのが今の世の常。

だからこそ己の殺生与奪の権利は、自らの切り札にすべきである。

そしてそのカードは人生を賭すに足る勝負にこそ、リスクという大枚をはたいて切るのだ。
未来を自ら選ぶ事を恐れ、そのカードを誰かに委ねちまうのは、俺に言わせれば最も危険で恐ろしい行為と言い切れる。
長い人生、一部を除き安全地帯なんて基本無い。
黒海沿岸の某ユーロ圏では、日本なら安全地帯であるその一部すら、既に危険地帯だ。
銀行も巨大企業も、ある日突然跡形も無くすっ飛ぶ時代である。
唐津行のバスで『無責任一代男』を唄っていた俺は、あの頃働いていたホテルのバーが、それからものの5年も保たず店をたたむ事になるなんて、夢にも思わなかっただろう。

不況なのかも知れない

自己責任の世の中なのかも知れない

険しい椅子取りゲームなのかも知れない

あののんびり然とした日本は

・・・ウインストン・チャーチル卿の言う

「ゼア・ファイネスト・アワー(彼ら最良の時)」

で、今の日本にもう二度と戻ってこないのかも知れない。

ならば俺は

「自分の事は自分で」

という小学生・・・いや幼稚園で教わったこの初等哲学へ、今また回帰しよう。






てなわけで去年4月の俺がブログ上でそうした様に

今年の12月はまた一枚、このブログで勝負の札を切ろうと思う



切り札は誰にも見せず


微笑を湛えた掌中に秘めるからこその切り札になりうる


必勝のカード?そんなモノは必要無いね



・・・勝負は常にブタの可能性を秘めているから楽しいんだろ?







Last updated 2011.11.18 15:27:56
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2011.11.02

家電量販キャンペーン血風録  (7)

三週間のぺーぺー研修を経て分かった。
今度の仕事であるスーパーバイザー・・・佐賀地区量販店管理責任者の仕事とは、どうやら自分自身が売る事では無く、販売店様や販売員の皆様に如何にご協力頂いて、効率よい拡販を目指すかに要諦があるらしい。
そしてやってきた怒涛の8連勤中日である4週間目の週末は、遂に自身がキャンペーン隊を率いて指揮官としての初陣だ。
俺は今家電量販店を戦場として、とある通信インフラの販売に携わっている。
業界三位・・・決して第一の選択にはなり得ない、花束に例えるならばバラの真紅を引き立てる、カスミ草のようなキャリアだ。
今までの慣例で言えば間違っても店舗内一位を取れるポジションにない。
しかもキャンペーン直前に業界最大手のインフラ会社が、当方の倍の人員である8名という大キャンペーン部隊を、突如として投入してきた。
この事態に本部は大いに浮き足立つ。

「なんでキャンペーン同士が鉢合わせるのか?お前にはそれを阻止する調整力もないのか?」

とはキャンペーン直前のミーティングで頂いた本部長の有難いお言葉だが、それはあくまでも店舗様を頂点とした彼我のヒエラルキーが生んだ現象なので、その調整は間違っても着任一ヶ月にも満たない派遣社員に期待する事では無い。
キャンペーンにキャンペーンをぶつける。しかも相手方より大きな予算規模で・・・そもそもこれは都内の家電量販店等ではよくやる手法だ。
多少の出血は厭わない、敵方初となるキャンペーンを全力で潰し、費用対効果に著しい打撃を与え、以後の継続的キャンペーン投入を断念させようという立派な戦略だ。
戦術ならともかく前線指揮官である俺に戦略を云々できる権限はない。

「負けはしょうがなくても最低6契約は取らないと、君の契約そのものを見直す事になるかもだぞ」

そんな露骨な恫喝と惨敗確定ムードの中、俺には静かな勝算はあった。

・・・あくまでも戦術レベル、しかもこの時点では先方の指揮官次第ではあったのだが。




キャンペーン当日の朝がやってきた。
当方は一階の玄関フロアキャンペーンブースへ集中、業界最大手は2階の売り場全域に散らばるというフォーメーションだ。
後出しジャンケンの業界最大手にメインの売り場を抑えられた事も本部長の機嫌を悪くしたが、玄関フロアと言う事は先制攻撃権が悉く全てコチラにあるわけで、作戦次第では決して悪い地の利では無い。
作戦はまず無料の抽選会でご来店のお客様を足止めし、それでも止まって頂けないお客様には『抽選券』と大書されたポケットティッシュを

「ゆっくりとお買い物をお楽しみの後、また遊びに来てください」

とお配りする。
こうする事によって来店のお客様だけではなく、退店するお客様の導線をキャンペーンブースに向ける事ができる。
そして抽選会ではなるべく1等を多く出す。そして1等が出る度に俺が大声で

「おめでとうございまーす!」

と、2階にも響く様な大声で叫ぶのである。するとそれが呼び水となってキャンペーンブースが盛り上がる。つまりお客様へアピールする相対的時間が増えるのである。
これは後に店内の活気付けにもなると言う副産物を産んだ。

上長より直前に落とし込まれたキャンペーンの目標は9件。
通常の土日を1~2件で勝負している店舗だ。
しかも業界最大手のキャンペーン隊が投入されている事は前述の通り本部も戦慄を持って知っている。
ハッキリ言ってこの9件という目標は、間違っても達成できる数字ではない。


「6件の間違いでは無いのか?」

という俺の問いには

「6件です。しかし最初から6件と言うと6件すら行かないので、9件を目指す過程で必達の6件を達成してください」

との回答だった。
なるほど上が考えそうな事だと笑って電話を切る。
生憎の雨空に潤んだ駐車場へ、やがて4人のキャンペーン隊がやってきた。
初対面の緊張に表情が硬い彼らを前に、俺は

「今回のキャンペーン目標は二日間で5件です!楽勝でしょ?」

と、のっけから本部指示を無視した目標を提示して大声で笑った。
目標は適正であってはじめて機能する目標になりえる。
達成の困難な高すぎる目標は、むしろ士気の著しい低下を招くだけだ。ならばまず目標を達成させ、なるべく早い段階で目標達成の喜びを存分に味合わせてやるのである。
すると勢いが生まれる。
この勢いを活かすのが次の一手だ。

「・・・実を言うとこの5件っていう目標は本部が立てた計画なんだけど、俺自身はみんなの実力はこれくらいじゃないと思うんだよね。ハッキリ言ってみんなのスキルを過小評価してる・・・そこでだ!もしこのキャンペーンを通して君たちが5件を越えて6件以上獲得したら、その6件目から1000円を、俺のポケットマネーから即金で支払おう」

そう言って俺は前日から準備していた金一封の封筒を胸ポケットからチラつかせた。

「これは僕と君たちのゲームだ。こちらとしては5件でもうお腹いっぱい十分だし、6件目からなんかは逆に俺は自分の財布が寒くなる。でも君たちは6件目からがボーナスステージだ。普通にお給料が出る上に即金でお小遣いまで貰えるんだからさ」

彼ら学生はお金が欲しいから貴重な時間を削ってバイトをしているのである。時間から時間までいればとりあえずのお金は貰える。しかし頑張れば即金払いというのは、お金の欲しい彼らにとって嬉しいか悲しいかの二択であるなら100%嬉しい話だろう。
彼らの瞳が明らかに輝きはじめた。
そしてこちらとしても5件プラス報奨金の出る1件で本当の最低目標である6件は達成だ。確定すれば本部としてはここまでで十分な数字である。
しかし実はここからが今回のギミック・・・トドメの一手だ。

「ケドまぁそうするとさ、報奨金の出る6件目から頑張ろう!って思う人もいるじゃない?それはとてもフェアじゃないね。だから報奨金の出ない1件から5件目までの件数×100円を6件目以降の報奨金毎に加算しようと思う。つまり5件目までにA君が3件、B君が2件、C君が0だったとすると6件目以降A君は1300円、B君は1200円、C君は1000だ。5件目までの頑張りは、6件目以降にもしっかり生きるってワケさ」

どうよ?面白いだろ?

と、大きく手拍子を「パーン!」と打って魔法完了、キャンペーン開始!
一日目は彼ら4人に与えた目標である2件を1件越える3件獲得。
ちなみに業界最大手は8人で初日0件だった。
彼我の相対的戦果も含め、もう以上は無いというくらい盛大に褒め称え、テンションを上げて上げて最終日に備える。
論功行賞に「褒めすぎ」と言う事は無い。
減るもんじゃあるまいし、よい成果を残した人は、精一杯褒めればよいのだ。
こういう事を言うと

「褒めすぎると調子にのる」

なんて方もいらっしゃるが、調子にのせることによって売れる・・・つまり目標達成に好ましい力を発揮してくれるのなら、それこそ猟矢連弓の如く徹底して褒めちぎればよい。



二日目である。

午前中、彼らはあっという間に5件を達成・・・というより三人がほぼ同時に6件を
達成したので、俺は特別ルールとして4件と5件目の彼らにも金一封の即金をその場で手渡しした。
この時点で彼らの士気は、もうこれ以上無いという程高まっていた。こうなるとこちらが

「売れ!」

と言わなくても、自分たちで知恵を出し合って、創意工夫で勝手に売ってくれるようになる。
そんな嬉々的状況の中、実に申し訳なさそうな表情で逐一、接客の末売れなかったお客さんの報告をしてくる彼がいた。
聞いてもいないのに不思議に思って、一体なんでそんな報告をしにくるの?と尋ねると、彼はキツネに頬をつままれたような表情で

「いつもさっきのお客さんなんで逃がしたの?って聞かれるから、聞かれる前に言うようにしてるんです」

と答えた。
俺はひとしきり笑った後真顔になって

「いいかい?俺にはそんなツマラナイ報告、今後一切しなくていい。貴方に売れなかったって言うことは他の誰にも売れなかったって事だ。だってそうだろ?あの打席に立ったバッターは君だ。その打席の球を打てるのは君しかいないじゃ無いか?そんな報告する暇で、次のお客さん当たってよ」

と優しく肩を叩いた。
彼はパッと明るい顔になって、また元気に接客をはじめた。
件数はあれよあれよと積み上がり7件、そして8件へ。
キャンペーンの残り時間は3時間というところだった。

「中林さん!こうなったらもう10件目指しましょうよ!」

金一封を受け取りながら販売員の一人がそう言った

「え?マジ?まだ売るの?俺もうみんなの販売能力の高さにお財布スッカスカだよ!」

キャンペーン隊一同ゲラゲラ笑いつつも集中力、士気共に軒高。
そうこうしているうちに無理難題と思われていた本部の目標を越えて、契約は本当に10件に到達。
俺は一旦全ての・・・といってもたった4人のキャンペーン隊を集めてみんなの顔を見渡しながらこう言った。

「この店舗でウチの契約件数が、一日に二桁に乗った事は、開店以来一度も無いそうです。いいですか?みなさんは今まさに伝説のど真ん中にいます。ここから先はトビキリの笑顔でお客様をお迎え、お見送りするだけで結構、ウチとしてはもう1件だって売らなくていいです。」

と宣言した。するとキャンペーン隊のみんなが口々に

「せっかくだから行くところまで行きましょうよ!」

「俺、もっと売りたいです!」

「やっぱ中林さんをスッポンポンにしないとね!」

という反応が返ってきた。
販売員としての彼らが

「これ以上売らないでいい」

なんて言われたのもはじめてだろうが、俺としては全てが胸のすく程完璧に計算通りだった。

『やらされ仕事』で人は決して動かない。

大切なのは

『やる気仕事』だ。

究極まで高めた士気は自分から高い目標を設定し、それを精神論ではなく、誠に理にかなった具体的手法で次々と実現してゆく。

これは実は俺の夢の叶え方と、全く同じ方法論だ。

最終的に彼らは2日で12件と言う快挙を成し遂げ、本部目標をダブルスコアで達成。
俺は足りなくなった報奨金の小銭を作るため寄った近所のコンビニで、不可能を可能にした素晴らしいスタッフに一人缶コーヒーの祝杯を挙げた。

業界最大手は二日で9件と追い上げを見せたが、費用対効果、シェア率では惨敗と言わざるを得ない。まず業界三位である当方に件数で負けるという発想は、キャンペーン以前の彼らの脳裏に閃きすらしなかったはずである。
組織戦の勝因を分かつのは頭数ではない、戦術の徹底しない8人より、武器は脆弱でも目標を共有し戦意の高い4人が十分に勝るのだ。
一部からは

「初っ端からハードル上げたね?」

とも言われる今回のイベントだが、果たしてそうだろうか?
俺から言わせれば勝手が分かればもっとうまく立ち回れたし、はじめてという事もあって準備もまだまだ足りなかった。
ここまでの経緯を知らず、結果だけ聞けばそんな取り越し苦労もやむなしなのかも知れない。
これが味方ならまだしも、敵方が今回戦果をビギナーズラックのラッキーパンチだと侮り、再度のキャンペーン投入を考えているなら、彼らは次回強烈なアッパーカットを覚悟せねばなるまい。



それにしてもやはり仕事ってヤツは面白い

面白い上に夢へ近づけるのだから、こんなイイ事はナカナカ無いじゃないか


そして俺は今、早速計画中の次のキャンペーンへ向けて既に三手ほど



新しい仕掛けを作っている最中だったりするのである








Last updated 2011.11.02 17:56:00
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2011.10.24

腕白でもいい、育ってくれりゃあ

テレビを見たという大学休学中の学生さんから

『僕も旅が大好きなのですが、好き勝手(ややカチン)やっている中林さんがとても羨ましいです。(中略)僕も中林さんみたいな夢を叶えたいのですが、どうすれば良いでしょうか?』

行数40に迫る、およそそんな内容のメールがあったのは、残暑厳しい旅の終わりかけだった。
俺はその日の日記を書き終えたインスタントラーメンダブル喰いで苦しい腹を「よっこいしょう」と抱えながら

『◯◯さんの夢がこの通りで叶うかどうかは微妙ですが、僕が夢を叶えようとする時はまずお金を稼ぎます』

と、忌憚無いお返事を、自分的精一杯の2行に託した。
それから数ヶ月彼からはレスポンスが無いので、ともすれば余りにも現実的な回答に愛想を尽かされたのかもしれない。
しかしなんのかんの綺麗事を並べて見ても、正直何かをヤリはじめるためには、大抵種銭というか頭金というか、いわゆる一つの『まとまったお金』が必要だ。
2003年、歩いて日本一周を開始する時には昼夜を問わず働いて、実家約200万円のお金を貯めたし(旅途上実家での半年間のアルバイトも含む)、2008年バイクの旅では、バイク本体と免許、そして旅費を総合して約100万円が必要だった。その後とある旅雑誌から自転車日本一周企画のオファを頂いたが、バイク旅直後の生活再建にあえいでいた俺には日本一周の旅費と弾き出された60万円がどーしても捻出できず、そうこうしているうちにその企画は流れてしまった。
その反省から一ヶ月15万円を猛烈に貯金しはじめ『あっぱれEVプロジェクト』に出会い頭の体で巡り合った昨年4月には、手元にどうとでも動かせるお金が120万円あったのだから、塞翁が馬の倣いではないが、自転車で日本一周なんて、つくづくしなくて正解だったのかもしれない。



まぁそんなワケで中林あきお的現下の課題は、このスッテンテン状態を一刻も早く抜け出し、可及的速やかに『まとまったお金』を貯める事だ。
次に仕掛けるプロジェクト、そこへ対する予算規模は実を言うと既に定数が出ているので、先日履歴書を買う為三百円そこそこを引き出して預金残高をZEROにした通帳へ七桁の残高を打刻せねばならない。
そこまでと、そこから一段落までを包括してがプロジェクト・・・つまり今回はお金を貯めはじめるところから、物語がスタートするのだ。
プロジェクト内容は今年の12月1日まで内緒だが、副題は

『中林流夢の叶え方』

とでもなるのかもしれない。
新聞、ラジオ、出版、雑誌連載、講演、記者会見・・・先頃ではテレビ出演と、俺は今まで主だった夢の殆どを叶えてきた。
そして次はいよいよ約二十年越しとなる夢に、再びチャレンジするチャンスが巡ってきたのである。

その夢を叶える為、一に仕事、二に仕事、三四が無くて五にダイエットなのだ!




・・・末筆ながら初任給は来月末、所持金千円未満である事を付け加えておこう。




■10月24日

【朝】
なし・・・・・・・・・0kcal

【昼】
おにぎり・・・・・200kcal

【夜】
おにぎり・・・・・200kcal
キャベツの千切り・100kcal


計・・・・・・・・500kcal


ダイエット二十三日目
スタート時体重       81.8kg
現在体重          76.4kg
ダイエット効果        5.4Kg

今日のダイエット一言
「お前の脂肪は何色だ!?」


Last updated 2011.10.24 22:14:02
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2011.10.13

『ダイエット道場 中林寺 十一日目』

今の俺の仕事は表向き、とある営業所の一部門における『佐賀地区の管理責任者』という、字面だけはなんだか偉そうな肩書きであるが、竹中さんに言わせると

「最前線のお仕事をして貰ってる常駐の女の子が、現場で少しでも動きやすい様、身を粉にしてサポートする役よ」

との事らしい。
しかも俺が担当する佐賀地区にはこの常駐の女の子が一人しかいないというから、なんというかこう、全面的に頑張らないとイケナイのだ。
そんなワケで本日はその女の子と初顔合わせであった。
小柄で色白のお色気系だったが、落ち着いた声音と柔らかな物腰は隙あらば盗んだバイクで走り出す、行く先もわからないままの俺なんかと違って社会的常識美に溢れていた。

今の仕事は無論、次のプロジェクトの運転資金調達のための仕事だ。
しかしその仕事が『夢を叶える為の手段』である以上、今までがそうであったよう目前の仕事に全力を投入し、礼を尽くさねばならない。

代表的な初対面の印象が『嘘くさく胡散臭い』上にその後の評価もあまり変わらないダイエット中年である俺が彼女のうら若き瞳にどの様に映ったかは後日談に任せるとして、決して長い時間ではないかもしれないけれど、彼女といい仕事ができればいいなぁと思う初顔合わせなのであった。





■10月12日

【朝】
おにぎり・・・・・200kcal

【昼】
おにぎり・・・・・200kcal

【夜】
野菜味噌おじや・・600kcal

計・・・・・・・・800kcal


ダイエット十一日目
スタート時体重       81.8kg
現在体重          79.0kg
ダイエット効果        2.8Kg

今日のダイエット一言
「ダイエットの一里塚3kg減まであと僅か!」



Last updated 2011.10.13 12:40:34
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2011.10.12

『ダイエット道場 中林寺 十日目』

これもドンズバ旅のご縁なのだが、道中お世話になった竹中さんの計らいで、一ヶ月前は電気自動車で車中泊の旅をしていた男が、今では支給の携帯電話を片手にスーツ姿で営業車を乗り回している。
しかもこの仕事にはとにかく普通免許が必須であり、旅に出る以前無免許だった(というか旅に出るために免許をとった)事を考えると、これはMeguruちゃんのおかげであるといえる。
長旅を終えると俺はいつもだいたい旅のおかげで寝食ままならなぬスッテンテンからの再スタートとなるのだが、旅でのご縁が再起のきっかけだったりして、なんだかんだと生活再建も早い。
そう言えばかつて叶えた夢である処女作出版が決まったのも、旅先で出会った小林さんとの旅の後のご縁だ。
こう言う事を総合して考えると、やはり人生ってヤツはつくづくなんとかなって行くのだなという

「あなたのそんなところがキライなのよ!」

と、元嫁さんに叱られた、運命論的結論達するんだよなーーー!。



でも人生には夢や目標が必要で

そこへ至る明確なイメージが不可欠って事は知ってるんだぜ!







■10月11日

【朝】
おにぎり・・・・・200kcal
ゆで卵・・・・・・100kcal

【昼】
おにぎり・・・・・200kcal

【夜】
野菜味噌おじや・・600kcal

計・・・・・・・・900kcal


ダイエット十日目
スタート時体重       81.8kg
現在体重          79.2kg
ダイエット効果        2.6Kg

今日のダイエット一言
「さすがデブは痩せるのが早いぜ!」


Last updated 2011.10.12 12:18:16
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