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真珠湾攻撃70周年 (そのほか)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
カリフォルニアで思うこと
LAのつるかめさんの日記

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2011.12.08 楽天プロフィール Add to Google XML

真珠湾攻撃70周年

今日(日本は8日、アメリカは7日)は太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃の70周年でした。若い方には遠い歴史かも知れませんが、その年に生まれ、その歴史と共に生きて来た70歳の私には深い思い入れがあります。今日はロサンゼルス時間の午前10時55分、私は妻と一緒にあるアメリカ人のお墓にお参りしました。それはハワイ時間では午前7時55分、最初の日本の爆撃機による爆弾が投下された時間です。

お参りした人の名前はエディー・ブルックスと言います。2006年の5月に87歳で亡くなりました。彼は真珠湾攻撃のアメリカ側の英雄でした。真珠湾攻撃の有名な写真に燃え盛る戦艦ウェスト・バージニアに救助に向かう5人の救助隊の姿があります。救助船の一番後ろに立っているのがエディです。ホノルルのアリゾナメモリアルを訪れると当日の記録映画が上映されていますが、そこにもエディの姿があります。

エディは海軍のボクシング・チャンピオンで、前日土曜日の午後には戦艦アリゾナの乗組員たちにボクシングのコーチをしていました。その後、シャワーを浴び、夕食をご馳走になり、映画を観ました(映画のタイトルを聞きましたが、彼は思い出せませんでした)。アリゾナの艦長に「エディ、君の船の艦長に連絡して置くから、今日はアリゾナで過ごし、明日も皆にコーチして呉れよ」と依頼されました。

しかしボクシングはチャンピオンでも海軍のクラスではまだ若い下っ端の水兵だった彼は恐縮して遠慮し、自分の所属する船(アラゴン)に戻りました。翌日午前7時55分、アラゴンで朝食を取っていた彼は大きな爆発音で甲板に飛び出しました。見上げる空にはうんかのごとく日の丸を両翼に付けた日本の飛行機が飛び回り、爆弾や魚雷を発射していました。
一波の攻撃が終るとすぐに彼はウェストバージニアの乗組員の救助に向かいました。

ウェストバージニアの上で零戦の機関銃攻撃を受けました。その一発が左の足のかかとに当たりましたが、何と言う幸運か、ゴムの部分に当たり負傷は免れました。しかし彼はアリゾナのボクシング仲間や艦長、そして同じ故郷の親友を一夜にして失いました。アリゾナは三日間燃え続けたそうです。四日目に鎮火した後、彼は大半が海中に沈んだアリゾナを訪問しました。彼はその時に日本軍が落とした800キロ爆弾の破片を拾いました。

その破片と、彼をウェストバージニア上で撃ってきた機関銃の弾を、親しい仲間を失った悲しみや日本軍への恨みを忘れないように、ずっと60年余り大切に持っていました。2004年のことですが、私が父の潜水艦がボルネオ沖で沈めたオランダの潜水艦の乗組員家族や、父の潜水艦をマラッカ海峡で沈めたイギリスの潜水艦の艦長の家族と和解し、友情を結んでいることを地元の新聞に掲載された記事で知りました。

元敵同士だった日英蘭三家族の友情の物語を知ったエディは私に電話して来て、私にその爆弾の破片と機関銃弾を貰って欲しいと言いました。彼もその時85歳、死も遠くないと感じ、悲しみや恨みも昇華して死にたかったのかも知れません。その後、お互いの住まいが近いこともあって、彼の死までの2年間、本当に親しい交流が続きました。今日の墓参りには花と一緒にその爆弾の破片と機関銃弾も備えて祈りました。

今日は雲ひとつない青空でした。心地良い太陽の光でした。彼の眠る墓からはロサンゼルス港やロングビーチ港が見えます。それはハワイに続き、更に彼が戦ったガダルカナルなど、広い太平洋に続いています。彼の霊の安からんことを祈り、この太平洋がいつまでも平和な海であるよう祈りました。日米は今は緊密な友好関係にありますが、またぞろアメリカと中国の間には経済や軍事面などで対立関係や懸念も浮かび始めています。

母国日本の平和と安寧を祈り、私の思いを日本への提案として書きました。浅学非才も省みず、失礼や恥ずかしさも省みず、多くの方にお送りしています。もし宜しければ下記のサイトよりお読み頂ければ、嬉しく思います。私は一見問題山積の日本ですが、実は今こそあらたな躍進と豊かさの機会が訪れていると感じています。(終り)
https://docs.google.com/document/d/1-TMbCkQBA62vD6F9Q_ljNJBJzM8Y6yizzcPMe2XjyAE/edit

Last updated  2011.12.08 10:12:39
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2011.12.04

人生

カナダからメールが届きました。大学の後輩のM君です。ロサンゼルス地域では一昨日強風が吹き荒れ、一部には家が倒壊したり、大木が走行中の車に倒れて来たりとかなりの被害がありました。そのテレビ報道を見て、私の家は大丈夫だったかと聞き合わせて来たメールでした。ロサンゼルスと言ってもかなり広大で、我が家の一帯からはるか北の方で、我が家には何の被害もありませんでした。テレビ報道は被害のあったところだけを集めて映します。被害のないところは全く映しませんから、ついつい離れていると心配してしまいます。

M君はもう43年前になりますが、突然私のロサンゼルスのアパートに飛び込んで来ました。カナダでの農業移民に応募し、裸一貫でモントリオールに飛ぶ途中でした。何やら日本で心から愛していた人に振られ、全てを捨てて新天地に移住したのでした。その時、23歳だったでしょうか。何年かの農業研修の後、モントリオールの田舎の方で養豚業を始め、懸命に働き、かなりの成功をしました。知人の紹介で知りあった日本人女性を日本から呼び寄せ、結婚し、その後は二人でがんばりました。子供も生まれ、現在では孫も三人います。

しかし、四年ほど前に豚肉の価格が急落し、豚農園一本に集中していた彼は大変な窮地に陥りました。毎月のエサ代よりも販売価格が下回り、赤字の時が続きました。このままでは一家路頭に迷うことになると思い、思い切り、養豚業に見切りを付け、広大な豚農園も売り飛ばしました。そのお金で農地を借り、小麦や大豆やとうもろこしの栽培を始めました。子供達の手伝いも得て、夫婦が心を一つにして頑張りました。今日のメールにはいずれも今年は大豊作で、所得税の支払いが心配だと言っていました。「所得税を心配するなど、嬉しい悲鳴だよ。こちらは年金生活でショボショボしているのに」と返事に書きました。

しかし、人生いろいろですね。失恋がきっかけとなり、誰一人知る人のないカナダに飛び込み、彼ももう60代後半になっています。今日は私は屋根に昇り、屋根の下のトイの剥げたペンキを塗っていた時に、「ところでM君は今頃どうしているのかな。彼も裸一貫カナダに飛び込み、よう頑張ったな」と思っていたところなので、シンクロニシティと言うか、以心伝心と言うか、パソコンを開けて吃驚した一日でした。(終り)



Last updated  2011.12.04 11:19:38
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2011.12.02

映画試写会

今日の午後はサンタモニカの試写室で開催されたあるドキュメンタリー映画の試写会に招待を受け、参加しました。映画のタイトルは「MIS - Human Secret Weapon」と言います。前回米陸軍史上最強と言われた442日系人部隊のドキュメンタリーを制作したすずきじゅんいち監督の最新作です。MISはMilitary Intelligence Serviceの略で、太平洋戦争で米軍の情報機関として活躍した日系米人部隊の名前です。太平洋の戦場に約3千人の日系二世兵士が送られ、日本軍の無線連絡を傍受したり、捕虜になった日本兵の尋問などに当たりました。

彼らの活躍のお陰で太平洋戦争は二年早く終ったとすら言われていますが、米国陸軍は彼らの存在を長く秘密にして来ました。それほど米軍に取っては貴重で有益で、そして余り知られたくない情報機関だったのです。日本の敗戦後には占領軍の一員として、占領軍と日本政府との話し合いの通訳などにも約3千人のMISが当たりました。ある意味では日本の戦後の復興を円滑にした縁の力持ちの役割も担いました。その一方で親や先祖の母国である日本に敵対した米国生まれの二世としての苦悩や複雑な感情もあったようです。

映画は素晴らしい出来でした。欧州戦線で華やかに壮烈に戦闘成果を上げた442部隊の映画と違い、隠密裏に行動したMISの映画を飽きさせず長時間楽しませるのは難しいだろうと思っていたのですが、私の懸念は全くの杞憂でした。心に迫る証言者達の話の間に貴重な写真や記録映画が挿入され、最後まで感動の時間でした。親兄弟は敵性外人として不法にも収容所に入れられている中で、米国に忠誠を示すべく、あえて親の母国である日本と戦った人々の記録です。中には兄弟四人が二人は米国兵として二人は日本兵として戦った家族などもありました。証言者達が一応に言った言葉は「戦争ほど残酷なものはない。決して二度とすべきではない」でした。

この映画の日本での公開は来年6月頃になりそうですが、是非ご覧になる事をお勧めします。それまでは下記の英文サイトでさわりは観れるかも知れません。
http://www.mis-film.com
すずきさんはこの映画を昨年夏に一時生死が危ぶまれる大きな交通事故を起こした後、痛む身体を押さえながら撮影を続けていました。今日の試写会の後で体調を聞きましたが、今でもリハビリが続いているそうです。彼の根性と言うか、ねばりと言うか、使命感にも心から感服した今日の試写会でした。(終り)

Last updated  2011.12.02 15:02:04
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2011.12.01

生活苦

ニューヨーク・タイムズの電子版を読んでいたら、アメリカで給食制度がある学校区で子供のランチ代補助を申請する親が急激に増えているという記事がありました。州によっては、学校区の制度が違い、子供達は親に作ってもらったサンドウィッチなどをブラウンバッグ(茶色の紙袋)などに入れて持って行く学校もあるのですが、給食制度のある学校では補助制度を設けています。全額補助もあれば、6割補助もあります。その全額補助を受ける子供達の数が5年前の1千8百万人から今年は2千百万人に増えたそうです。17パーセントの増加だそうです。

その理由は経済不況です。親が失職し、子供の給食代も払えないとして補助申請が増えているそうです。アメリカには貧困層の数もかなりあり、以前から生活援助としてフードスタンプと呼ばれる食料援助などがあり、当然そのような家庭の子供は学校でも給食費の全額負担を受けています。しかし最近では従来の中間層の家庭の子供が親の失業のために給食補助を受けているそうです。ミネソタ州では住宅建設不況のために木材業界が不振で解雇者が増えたり、フロリダ州では観光業が不振でホテルやレストランで働いていた人々が職を失っているそうです。4人家族で年収2万9千ドル以下の家族の子供であれば全額補助、4万1千ドル以下であれば6割補助だそうです。

日本では子供の給食代を滞納している親がモンスター・ペアレントの一種としてテレビなどで取り上げられていましたが、ずるいのではなく、中には家計が苦しいためと言うのもありそうです。アメリカでも日本でもそして欧州でも従来の中間層が親の失業のために、貧困層に落ちているようです。その一方で一部の富裕層は過去20年間でその資産を増やしたといわれています。今もアメリカ各地で経済格差のあまりの大きさに反撥する人々のデモが続いています。やはり何としてでも失業率を減らす必要があります。しかし、そのためにはどうしたら良いのでしょうか。

リーマンショックが諸悪の根源のようですが、単に金融界の暴走だけでなく、従来の「産業社会」から現在の「ネットワーク社会」への移行、縦型垂直社会から横型水平社会への変換に伴う混乱と痛みかなとも感じます。環境問題や原発問題なども含め、資本主義のあり方そのものにも大胆な時代的変換が必要なのかなと思います。それが何なのかはまだはっきりしませんが、少なくともそれは商業主義や物優先ではないのは間違いありません。思いやりや助け合いと言った、一見経済生活とは関係ないような価値観を追及するところに見付かるのではないかなと思います。(終り)

Last updated  2011.12.01 17:27:44
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2011.11.29

政治家の女性スキャンダル

米国の大統領選挙は一年以上続く長丁場の戦いで、時にはまるで超長距離の競馬を見ているような感じになります。現在は共和党の候補者同士の激しいトップ争いが続いています。一時急速に追い上げてきた黒人のハーマン・ケインさんでしたが、女性スキャンダルのため、脱落しそうです。現在まで5人の女性が彼に昔セクハラを受けたと名乗り出て、彼は必死に否定していましたが、大分追い込まれています。今日のテレビのニュースではそのうちの一人との不倫スキャンダルが出て来ました。「単なる友達だ」と説明していた女性と奥さんのグロリア・ケインさんに隠れて13年間も付き合いがあったことが明らかになり、奥さんが大いに怒っていると伝えていました。

今日のCNNのニュースでは「性的なつながりはなかった」と弁解していましたが、奥さんに隠れて13年間も付き合い、生活費を援助し、一緒に旅行したこともあることが判明した現在ではその弁解は虚ろに聞こえます。恐らく近日中に候補者撤退となる気配が大です。保守派の代表だった彼が脱落すると、共和党の保守層はギングリッチ元下院議長の支持に回り、俄然彼の人気が上昇します。現在本命視されているマサチューセッツ知事のロムニーさんを凌ぐ勢いです。その変化をいち早く察したのか、テレビ取材に対し、ギングリッチさんは「自分も完全な人間ではない」と切り出し、自分の過去の不倫騒ぎがまた再燃しないように防衛線を張っています。

ギングリッチさんは現在の奥さんは三人目で、極めて今は家族安定のようですが、彼女と知り合ったのはギングリッチさんが二人目の女性と結婚している時でした。その際に彼の不倫騒ぎがマスコミにばれて、結局彼は二人目の女性とは離婚し、それからしばらくして現在の奥さんと再婚したそうです。大統領選挙は長期に渡るだけに、過去の歴史や記録がとことん洗われます。お互いに候補者同士の叩き合いもあれば、マスコミによる暴露もあります。それにしても、女性スキャンダルで沈んでいく政治家の数の多さに驚きます。政治家を志す者は女性スキャンダルを起こさない覚悟を候補者になる何十年も前から持たなきゃいけないようです。(終り)

Last updated  2011.11.29 15:06:06
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2011.11.28

スカイプの有り難さ

私はかなりスカイプを利用させて頂いています。何せ無料でいつでも世界中とテレビ会議が出来るのですから有り難いものです。仕事の上でも仲間との打ち合わせや私的にも友人・知人との情報交換や歓談に使っています。昨日の土曜日も鹿児島県の沖永良部にお住まいの89歳の東さんというおじいさんご夫妻と歓談を楽しみました。東さんの弟さんと私の父親が同じ潜水艦で戦死した繋がりで、6年前には一緒にマラッカ海峡で海上慰霊祭を一緒に行ったことがあります。東さんは元小中高の教師で、今でもいろんなことに関心をお持ちになり、現在は息子さんに教えて貰ってイーメールなどもなさいます。さすがにスカイプ会議だけは息子さんの手伝いが必要のようですが。

沖永良部は鹿児島市から飛行機や船で通いますが、人口1万5千人ほどの南の島です。農業や漁業が中心で、サトウキビから作る黒砂糖やオキエラブ・ユリの名前で知られる百合の花の栽培なども良い収入源になっているようです。西郷隆盛が藩主島津久光の怒りを買い、流された島としても知られています。西郷さんはある時は雨嵐が吹きつけ、ある時は灼熱の太陽が直接焦がす獄舎の中で筆舌に尽くせないほどの苦難の時を過ごしたそうです。しかしその苦労の中から有名な「敬天愛人」の思想に辿り着いたとも言われています。東さんは西郷南洲翁の遺徳を継承する地元の会のメンバーでもあります。週に三日はディケアセンターで10数名の仲間と歓談し、それ以外は子供達と話したり、イーメールをしたり、そしてたまには私とスカイプ雑談をしたりの生活のようですが、とてもお元気です。終戦の日からずっと現在まで毎日かかさず日記を書き続けていらっしゃるそうです。もう66年以上になります。凄いものですね。(終り)



Last updated  2011.11.28 08:22:48
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2011.11.26

七面鳥ディナー

感謝祭の四日連休で久し振りにノンビリしています。昨日はいつものように七面鳥ディナーでした。今日もまだ食べ残した七面鳥が銀色のアルミフォイルに包まれてダイニング・テーブルの上に鎮座しています。スタッフィングやヤムやクランベリージュースやコーンやポテトサラダなどもプラスチックのボックスに入れられ、丸で空母(七面鳥)の後ろに並ぶ駆逐艦隊みたいな感じです。妻はいつも20ポンドの大きな七面鳥を焼くのですが、いつも一日では食べ切れず、二日、三日と掛かります。妻や息子は七面鳥の肉が好きで、ターキーサンドイッチにしたり、サラダに入れたりと楽しんでいます。

七面鳥の肉は白身が多く、脂身が少ないので、ダイエットには良いそうです。チキンよりは少し淡白な味です。私も渡米してから三・四年はその大味なところとわずかな特徴ある匂いが苦手でした。独身時代、会社の社長の家で毎年ご馳走になりましたが、お付き合いで、少し食べる感じでした。しかし数年経ってからは味が楽しめるようになり、今ではサンクスギビング・デーやクリスマスには喜んで食べています。私の妻の七面鳥料理はとても美味しく、焼き過ぎず、ジューシーな感じで皆に人気があります。サンクスギビング・ディナーにはいつも準備されるパンプキン・パイも甘くて美味しいです。糖尿の私にはあまり良くないのですが、それでも食べます。

アメリカでは毎年感謝祭に4千6百万羽の七面鳥が殺されるそうです。因みにアメリカの人口は3億2千万人近くです。七面鳥にとっては感謝祭はとんでもない災難の日ですね。1621年にイギリスからプリマスに上陸し、殖民地を開いた開拓者達が地元のインディアンと共に感謝祭を祝ったことから始まったようです。今日では感謝祭には欠かせない料理となりました。我が家のテーブルの上の4千6百万分の一の七面鳥に感謝の気持ちで手を合わせました。(終り)



Last updated  2011.11.26 16:48:12
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2011.11.24

今どきの若者

大阪にNPO法人スマイルスタイルという組織があり、代表理事を務めているのは塩山諒さんという27歳の若者だそうです。ネットを通じて若者に呼びかけ、大阪市内の繁華街や公園などで夜ゴミひろいのイベントなどを行ったりしているそうです。それ以外にも若者たちの夢を集めるイベントなど若者らしい面白いイベントを楽しみながら企画・実行しているようです。

その団体が主催して大阪の北区で「100人のニート」を集めての集いを行ったそうです。ニート自身がいかにそこから脱却するかを話し合ったそうです。私はアサヒドットコムの今日の記事で読んだのですが、タイトルには「100人のニート文殊の知恵」とありました。記事には二人のニートのコメントが紹介されていました。

私はその集いでどのようなコメントが出、どのような意見や提案が出たのか、もっと知りたいと思い、スマイルスタイルと塩山代表理事のことをネットで調べて見ました。スマイルスタイルのスタッフによるブログを見つけました。なかなかに楽しく面白いブログです。見知らぬ若者たちがオフやオンラインで出会い、ボランティア活動を行っているようです。

ゴミ拾いで知り合った若者二人が結婚し、それをゴミ拾い仲間が祝うユニークな結婚式もあったようです。二人の幸せと、それを祝う仲間達のかもし出す楽しい雰囲気がこちらにも伝わる感じでした。婚活パーティにうつつを抜かすより、このような社会のために役立つボランティア活動に参加する方がより良い相手に出会えるのかも知れません。

もう一つ嬉しかったのはりそな銀行や大阪商工会議所などがこのNPO法人とコラボしていろんなイベントを実行していることです。私は「絆」こそ、個人や社会が必要とするものだと感じているのですが、このように企業とNPOがその枠を越えての絆、そして世代を越えた絆作りが大切だと思っているので、このコラボもとても嬉しいニュースでした。

ついつい年寄りの私たちは「今どきの若者は根性がない」とか「自分勝手でひ弱だ」とか悪口を言うのですが、なかなかどうして、新しい社会状況の中で彼らなりの発想と行動で、面白いことをやっているようです。悪口の言いぱなしでなく、彼らと一緒に何か行動するのも必要かと思います。私は塩山代表に声援のメッセージを送りました。

因みに彼らのブログのサイトは下記です。
http://blog.zaq.ne.jp/smilestyle/
若者たちが希望を持って頑張れることがとても大切だと私は思っており、「ニート」や「ひきこもり」の若者が自分達で立ち上がるこのような行動がそのきっかけになると信じています。(終り)


Last updated  2011.11.24 05:56:52
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2011.11.23

豊かさについて

先週忙しかったもう一つの理由は私と妻が心から尊敬するある空手家を彼のサンタアナ市にある道場に訪ねたからです。サンタアナ市はオレンジカウンティにあり、我が家からは約1時間ほどの運転距離です。名前を出村文夫さんと言い、道場の名前は玄武館と言います。出村先生は知る人ぞ知る有名人です。ブルース・リーにヌンチャクを指導した師匠でもあり、ハリウッド映画の「カラテキッド」で主役のパットモリタさんの吹き替えを務めたりしています。ショーン・コネリーはじめ多くのハリウッド映画スターのアクション指導なども行っています。10日ほど前もチャック・ノリスに依頼されて彼が主催したラスベガスでのイベントにも友情参加していました。弟子の中にはショーコスギさんや生島ひろしさんなどもいます。武道を通じて米国に貢献したとして、クリントン大統領やブッシュ大統領、オバマ大統領などからも表彰状を贈られています。

しかし私と妻が彼を尊敬するのは彼のそんな有名人との繋がりではありません。空手を通じて日本の武道の心と誇りをアメリカを中心として世界の人々に伝えたいと願う彼の気持と、その実績です。一年半前に聞いた数字ですが、彼のお弟子さんはアメリカのみならず世界30数ヶ国に2万5千人おり、その孫弟子まで含めると6万人位になるそうです。現在ではその数字はもっと増えているでしょう。空手道場の運営は世界どこでも経営的に必ずしも楽ではないそうで、出村先生はいわゆるフランチャイズ料金を取りません。世界中の道場運営者はそのお金の心配がないために、各国で極めて健全で安定した運営を行うことが出来、そして安心して指導にあたることが出来るそうです。もし出村先生が一人10ドルのフランチャイズ料金でも徴収すれば、すぐに60万ドルです。簡単にお金持ちになれますが、それを彼はしません。

それだけに彼のサンタアナの道場も過去40数年間変らない極めてオンボロな道場です。見かねた弟子達が最近も入り口の門や道場の壁などを率先して直したそうです。数多くの弟子の中には大工さんや左官屋さんなどありとあらゆる職業の人がいるそうです。一昨日もオレンジ郡で検察官をやっている弟子の依頼で、検事や警察官を2百名ほど集めて日本の武道の心について話をしたそうです。私はあまり人を羨まない方なのですが、出村先生の生き方だけは本当に羨ましいです。1960年代に三度も日本の空手選手権で優勝した出村先生ですが、1965年にアメリカに渡り、好きな道をひたすら邁進して来ました。現在ではアメリカを中心に、世界30数ヶ国に彼を慕う弟子がおり、いつも順繰りに先生の訪問を待ち構えています。行くと大歓迎だそうです。また出村先生は独身で、あまり財産もなさそうですが、お金はほとんど必要ないと言っています。

スーパーマーケットの経営者である弟子が常に食料品や果物などを届けてくれ、着るものなどもお店を経営する弟子が時折届けてくれるそうです。最近も先生の家に日本式のお風呂を作って贈りたいと、何人かの建築や内装をなりわいとする弟子がわいわい言いながら工事を進めているそうです。出村先生は現在72歳で今年6月に脳出血で倒れたそうですが、医者をしている弟子が手術し、現在はリハビリもうまく行き、歩いています。私たちが訪問している間も老若男女のアメリカ人が次々に先生に挨拶に来ていました。道場に入る前と出る前は日本式に深々と頭を下げ、先生とそして対話している私と妻にも極めて丁寧な挨拶です。また出村先生が弟子達に注ぐ目も優しいです。中には以前は手の付けられないような暴れ者だった男の子などもいるそうですが、今は目を輝かしながら嬉々として練習に励んでいました。昔家が貧乏で空手の授業代を払えなかった子供には道場の掃除をさせ、無料で学ばせたそうです。それから18年が経ち、その子供はオレンジカウンティで一番大きい高層ビルの窓拭き会社の社長になっています。現在では800人を雇っているそうです。そのような話が出村先生の周りには一杯あります。私と妻が心から尊敬する理由です。彼は「お世話になったアメリカのために今後も日本人として武道を通じて恩返しがしたい」と言っています。彼こそ、日米友好と共に日本人としての誇りをアメリカ人に伝えている人だと思います。そしてお金や財産ではなく、人間関係や心の喜びや生き甲斐という点で、最高に豊かな人だと感じています。(終り)

Last updated  2011.11.23 15:58:16
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2011.11.22

やっと一段落

先週はやけに忙しい一週間でした。ブログを書く時間もありませんでした。今日からやっと落ち着き、妻のお供で買い物に行き、たった今、戻ったばかりです。いつもは食料品の買出しはもっぱら妻が行ってくれており、私が行くことは少ないのですが、今日の買い物は今週木曜日の感謝祭のディナーの準備で、冷凍した七面鳥が重いので、私の出番となりました。我が家はいつも20ポンドの大きな七面鳥を焼きます。今日から三日掛けて、ゆっくりと自然に解凍するのが美味しく焼くコツだそうです。

忙しい理由の一つは突然のオランダからの来客でした。インテルの関係の会議に参加すべくカリフォルニアを訪れていた女性が帰国前に一日時間が出来たとのことで、急に電話が入りました。クレア・ブーンストラという36歳の女性です。夕食を一緒にしようとのことで、彼女が帰国前の一泊だけ予約したLA空港近くのホテルに行きました。ところがあいにくそのホテルの近くで大掛かりな電気工事が行われており、騒音が大きいでした。部屋も綺麗ではあるが、エアコンの音が煩いとのことで、急遽我が家に一泊することになりました。

ところが我が家にある四つの寝室は塞がっています。一つはコンピューター・ルームになっており、私たち夫婦のマスターベッドルームの他に居候中の息子や妻の弟が二つの寝室を占拠中です。結局、ゲストルームのフロアーにマットレスと布団を敷いて寝ることになりました。クレアはオランダで注目されている起業家です。天下のインテルから多額の投資を受けた有望企業の共同創業者です。そんな彼女をフロアーに寝かすなどは誠に失礼なことですが、彼女はそれでも良いと言いました。なるべく私たちと長く一緒に過ごしたい希望もあったようです。

彼女の写真と彼女の会社Layarの情報は下記のサイトにあります。とても美人で魅力的な女性経営者です。
http://www.layar.com/company/founders/
彼女は私の親しいオランダ人女性、カチャ・ブーンストラの娘です。2004年にオランダのカチャの家とアイルランドのお城で会いました。今度が三度目の出会いです。2004年の8月にアイルランドのお城(オーランモア城)で会った時にはまだ起業前でしたが、私の息子やクレアの妹や弟たちと一緒に寝袋で過ごしたことがありました。

あの時の寝袋よりはうんと我が家のフロアーのマットレスと布団の方が快適です。クレアは大学生時代にはグライダー部のキャプテンをしたり、戦死した祖父の潜水艦を探してボルネオ沖で潜水したりと、極めて活発で元気な女性です。因みに彼女の祖父が乗っていたオランダ潜水艦を沈めたのが私の父親が乗っていた潜水艦でした。つまり彼女の家族と私の家族は第二次世界大戦中の仇同士なのです。

クレアは私の息子と彼女の会社の仕事の内容などを話していました。私の息子もウェブのデザインやプログラミングをなりわいとしており、二人の話は盛り上がっていました。これから将来が大いに期待されているAugumented Realityという技術分野の話のようですが、技術に疎い私にはもう一つ付いていけません。楽しそうに話す二人を見ながら、私は一種の感慨に耽っていました。もし二人が仕事の上で協力して行うようになれば、その発端は今から70年も前に祖父同士が殺し合ったからです。世の中には本当に不思議な出会いもあるものですね。(終り)

Last updated  2011.11.22 16:37:58
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