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ここのところ、私が気になっていることは、怒りなどの、俗に「良くない」と言われている感情についてのことです。
生徒さんは出てくるものをそのまま言葉にしてくれたのですが、「怒り」は移動していきます。仕事の問題から、家庭の問題へ、生い立ちの問題から社会の問題へ...。現在から過去へ、過去から未来へ、そしてまた現実へ...。 人に迷惑をかけぬよう、そしてまわりとうまくやって行くために、私達は意外と自分の感情を後回しにしています。 身体が動き出すと、心も動き出してくる...。 アレクサンダー氏が言っています。こんな言い方ではなかったのですが、私達は身体とか心とかではなくて、ただ全体があるのみ。身体も心も私自身の全体の動きとして、一緒に動いているのです。
今回のレッスンで思うのです。 表現されてこなかった「思い」とか「感情」とかは、表現されないまま、自分と一緒にいるのでしょうね。 「怒り」が表現されていくうちに、生徒さんにちょっとした変化が現れました。今までとは違った考えが浮かんできて、今までと違った見方に気付いたようでした。
古舘武先生だったでしょうか? 「感情とはマインドの反応である。」とおっしゃっていたのは。 自分の感情に気付くことは、自分のマインドの反応を知ることかもしれません。 反応として現れたものに対して、一生懸命蓋をしたり、隠したりする必要はないかもしれません。 それは、自分のことをもっとよく知るための道具となってくれるでしょう。 自分の感情をもっと認めてあげよう! 自分なりにそんなまとめをした、2011年の年末でした。
1月にワークショップを企画しています。
カラダのキセキ 学校では学べない 親と子のふれあい講座 『カラダで伝える』
ただ伝えたいことの他に将来の不安とか、心配とか、責任とか、 さまざまな思いが頭の中に浮かんでいることに 気付いていますか?
私達のカラダはそのことに気付いて、さまざまな表現をしています。 お互いに本当に伝えたいことは、 もっとシンプルなのかもしれません。
今回のワークショップでは、一緒にゲームなどをして、 シンプルに伝える、あるいはお互いに伝わるものを探求します。
<実施要項> 日時:2012年1月6日(金)10:00~12:00 場所:BODYCHANCE目黒スタジオ 講師:荒川克美 ファシリテーション:福井けんたろう 定員:10組 (最低試行人数4組) 料金:おとな2,000円 こども1,000円 対象:5歳から上は何歳でも(親子で是非どうぞ)
<お申込> tel/090-1802-9191(福井) e-mail/kentaro.f91@gmail.com
<講師紹介> 荒川かつみ ATI認定教師。BODY CHANCE 東京目黒スタジオ教師 ピアノ教師、ピアニスト。趣味のバレエを通してからだの使い方について興味を持ち始めた頃、アレクサンダー・テクニークと出会う。レッスンを受けてみて、自分がいかに自分自身を知らないでいるかを実感しました。「動くこと」は生きている私たちの最大の喜び。「発見」は自分の可能性を広げること。このワークを通しての「質」の変化に大変興味があります。 1988年 武蔵野音楽大学卒業 2009年 ATA東京校(BodyChance)卒業 2010年 ATI認定 <ファシリテーター> 福井けんたろう BODYCHANCE 東京目黒スタジオインナーマネージャー 専業主夫時代に体調を崩し、ココロとカラダを合わせることの大切さに目覚め、アレクサンダーテクニークに出会う。カラダのことについてを深く学ぶうちに自分自身への信頼を取り戻し、自分を表現する事に目覚める。現在10歳の息子をもち、カラダについての興味を共に探求しあう。 2000年 中央大学理工学部卒業 2009年 BODYCHANCE一般コース終了
<地図> 1. 目黒駅西口を出て目黒通りにでる。 2. 権之助坂(目黒通り)を下り、目黒川を渡って大鳥商店街へ入る。 進行方向左手。セントヒルズ目黒10階。1階は天津飯店とリサイクルショップ。リサイクルショップの右にビルのエントランスがあり、エレベーターで10階までお越しください。 〒153-0064 目黒区下目黒2-21-28?セントヒルズ目黒10階(部屋番号1000) お問い合わせ:tel/090-1802-9191(福井) e-mail/kentaro.f91@gmail.com
今、アレクサンダー・テクニークの先輩、田中千佐子さんを中心としたワークショップを企画しています。その名も「晴れ晴れ小顔ワークショップ」です。
見て下さい、この違いを! 小顔になったというばかりか、肌の透明な質や首から下の違い、ご覧いただけますか?
中心となる田中千佐子さんはクロワッサンに掲載されたジェレミー・チャンス&鈴木重子さんの「小顔」についての記事の原案を作成した、福島出身のアレクサンダー教師であり、薬剤師、アロマトリートメント、オーラソーマ、ヨガ・・・、いろいろな顔を持った楽しい人です。 今回のワークショップでは、千佐子さんの知識を総動員して、楽しく和気あいあいと、気楽に進めてゆきます。 アレクサンダー教師、田中千佐子の魔法のトリートメントタッチを体験したい方、この機会にぜひいらして下さい。 私も少し、お手伝いします。
<ワークショップ開催日時&場所> お申し込み
レッスンの中では、特定のシチュエーションに対してワークすることがあります。 誰にでもいると思いますが、自分が苦手に感じている相手とコミュニケーションをとるとき、当然居心地の悪さを感じます。 先日も、会話を重ねていくうちに、苦手な上司に尋ねるというレッスンになりました。 職場全体の雰囲気が悪く、誰もがたくさんの仕事を抱え、殺伐としている中で、自分が苦手な上司に仕事のことを尋ねる、というものでした。 二言三言、再現して頂いた時、生徒さんが相手の方を見ないで話をしていたのでそれを尋ねると、相手がとても嫌いで、顔を見たくないとのことでした。たいてい返って来る返事は不愉快なものに決まっているし、職場の仲間も嫌がっているし、「これは戦いです。」とおっしゃいました。すごく決意を固めて、話しかけていました。
仕事について尋ねる必要があるのですが、尋ねた結果まともに答えてもらったことがない経験を何度かしていて、生徒さんは自分のやっていることに意味がないように言っていました。
過去のたくさんの経験と、そこから予想される未来、生徒さんの頭の中はたくさんの思いでいっぱいで、なるべく自分が最低限やりたいことを思い出し、相手に伝える時に本人のコーディネーションを手伝い、同じ状況を再現しました。
生徒さんは、ただ上司に話しかけるというだけのことに、必要以外のエネルギーを何倍も、下手すると何十倍も何百倍も使っていたことに気付きました。 「仕事がとても忙しい」、とおっしゃっていましたが、仕事ではないことにこんなにたくさんのエネルギーを使っていることに気付き、驚かれたようです。
相手が嫌いなことは仕方がないけれど、この経験によって、相手に対しての見方も、違った角度から見るという事も起きてきたようでした。
本人は、ただ「相手の顔を見たくない」くらいの思いの自分の行動だったと思いますが、そのエネルギーは職場の殺伐とした雰囲気を和らげるものではなく、殺伐としたものに更にエネルギーを注ぎ、その状態を維持するのに一役買っていたことになります。
日常のちょっとした選択が自分の居場所を決めている、そんな感想を持ちました。 ささいな事に気付いた時、見えなかったものが見えるようになった時、現実は少しずつ変化していくのではないでしょうか?
先日ピアノの生徒さんのお母様より相談がありました。 娘さんにピアノを続けてもらいたい。だけど最近練習していないので、アニメや歌謡曲を取り入れてレッスンしてもらえないだろうかと。学校の教科書などでよくいたずら弾きをしているので、そういった曲なら練習するだろうと。
私は特に曲を強制しているつもりはないので、本人に「アニメや歌謡曲、持って来ていいよ」、と伝えると、本人はきょとんとした顔をしていました。 私自身、その子にいつも「何か弾きたい曲ないの?」と尋ねているので、ちょっと驚きでしたが。 「何で?」という顔をしていたので、お母さんが連絡帳に書いたこと、いたずら弾きの話を伝えたら、「何でそんなこと言うんだろう?」みたいな表情をしました。
彼女が帰ってから私自身のことを考えてみると、練習の途中で何か前に弾いた曲とか、好きな曲とか弾いて遊んだ覚えがあります。というか、ほとんど練習しなかったのですが。どちらかと言うと、気が向いたら練習する、という感じでした。 その、自分の弾きたい曲を弾いている時間がとても楽しかったことを覚えています。
親にしてみれば、きちんと課題を練習して上手になれば、ピアノが上達すると思っていらっしゃるとは思うのですが、私の経験からすると、ピアノで遊べない子は続かない、と思っています。音を出して遊べる子は、音楽が自分にとってどういうものかを知っていると思うのです。いたずら弾きしているような曲をレッスンに持ってきたら、彼女にとってはつまらないかもしれないなあ、と少し思いました。
「遊べる」って才能だと思いました。 自分で何か心地の良いものを創り出しているんですよね。 本当に学んでいるのは、実はこういう時間だと思うのです。
レッスンでは曲をまとめたり、仕上げたり、ある程度の価値観を伝えていますが、それはその子の学びにとっての一部分でしかないと思います。 それをどうやって自分のものと結び付けていくか、その時間が大切だと思うのです。 教えられた情報だけを出来るようにしていく、それは学びとしては不十分だと思うのです。
アレクサンダー・テクニークのレッスンでも、実はレッスンでない時に気付いたり、変化が起こったりします。レッスンが自分の一部分になって身に付いた時、内側から変化が起こる、教育ってそういうものかもしれない、と思いました。 レッスンを受けて、「すぐそれを身につけなければならない。」なんて自分に課してしまいがちですけどね。
先日面白い体験をしました。 ある方と知り合ったのですが、その方は英語を専門的に学んでいらした方でした。 その方は、小さい頃から学校の先生に「相手に失礼だから、相手の目をきちんと見て話さなければいけません。」と言われ、外国で学んだ時も、相手の目を見て話すのがマナーだと知らされ、常に失礼にあたらないよう、相手の目を見て話すようにしてきたそうですが、ある時、習い事をしていた先生に、「あなたは私のことをじっと見て、失礼だ。」と言われる体験をして、憤慨していました。
私自身、小さい頃から「目を見て話しなさい。」と言われたので、とにかく相手の目を見なければいけないと思っていたので、どうしてその方は「失礼だ。」と言ったのか全く理解できなわけだったのですが、そばに座っていらした、小さい頃に戦前の教育を受けていらした紳士の方が、驚くことをおっしゃおました。
「私は戦前の教育を受けてきたのですが、小さい頃に教えられてきたことは、相手の目を見て話してはいけません、と言う事でしたよ。相手の目を見て話すと、自分の言いなりにさせるような、そういった力を出すから、相手に失礼だと言うんです。だから失礼のないようにいつも目をそらしていました。」とおっしゃいました。ついでに「戦争が終わって、まったく違う価値観を教えられたのです。」ともおっしゃいました。
そのお話を聞いて驚きましたが、でも自分でも何か納得したものがあります。 相手を見ないと失礼だと思う反面、じっと見ては失礼だとも感じる事があるからです。 アレクサンダーのレッスンの中でも、相手をじっと見る事に、多くの人が戸惑いを感じているのをよく目にします。 そして私が小さい頃から見てきた大人たちの中にも、同じものを見ていたことを思い出します。
今日合唱シニアの方々が集まったので、この話をしてみました。 戦後派は、当然のごとく「相手の目を見なさい」と習ってきたと言っていましたが、戦前の教育を受けた方がいらして、「私は相手の目をまっすぐに見たら失礼だ、と言われてきたんですよ。」とおっしゃいました。その方が語る時に、ちょっと視線をはずされたのですが、その仕草の美しかったこと...。浮世絵のようでした。
戦後シニアは、「そんな価値観があったなんて...。」とショックを受けていたようでした。
私達の長く続いてきた文化は、こっちの戦前の考え方なのでしょう。こっちの方が感覚に合うような気がします。私にとって、自分の中の闘いが少ない気がします。 そう言えば、おばあちゃんもそうでした。 私達の文化は、自分の主張をするものではなく、相手を尊重する文化なのだなあ、と思いました。 奥ゆかしい、繊細なものですね。 今でも私達日本人の多くの人達の魂に、細胞にこの感覚を持っているような気がします。
相手の目を見て話す、欧米の文化も、相手を尊重するための表現であると思いますが、目的は同じでも表現の仕方が違うのは、面白いですね。
ふとした会話から借りて読んだ、千賀一生さんの「ガイアの法則」。 すごく素敵な文章で、書いてある内容も面白く、理解できたかどうかは別として、気になっていました。 そしてたまたま図書館で見つけた、やはり千賀さんによる「タオ・コード」という最新作。 やはり文章の美しさと、書いてある内容の面白さに惹きつけられました。
不思議だったのが、この千賀一生さんという方が、ダンサーであったことです。 なぜこの方が、このような内容の本を書かれるのか、この方の主催される「わの舞い」とはどういうものなのか、とても気になって、先日練習会に参加してきました。
手続きを済ませ、教室の中に入ると、たくさんの方がいらっしゃいました。 インド人のような白い衣装を着て、やわらかく、すっと美しく立っている方がいて、あの方が千賀さんだと直ぐ分りました。
いきなり踊りの練習に入り、経験者と初めての人に分けようとしたら、半数が今日初めて来た人なのに驚きました。まずは人数を半分に分け、その半分の人達の中で経験者数人が中で小さい輪を作り、私達新人はその外側で中の踊りを真似て踊りました。 私は最初のグループで、何をするのかわからないまま参加しました。
音楽はクリスタルボウルのような音から始まり、どこの国のものとも思われないようなイメージのものでしたが、はじめの踊りは東洋的な、私のイメージでは韓国舞踊のような感じのものに見えました。 千賀先生が中で踊って下さったので、私の眼はそちらに釘付けになりました。
流れが、動きが、とても美しいものでした。 千賀先生はとても美しく動いていらっしゃいましたが、でもそれは全体の中の一部で、全体と溶け合っていました。私自身、今真似しながら参加していただけですが、全体の中に含まれていて、それが何とも心地の良いものでした。 そして「全体」というものも、部屋のことではなく、果てしなく遠い宇宙や、広がった空間、大地、そういったものと繋がったもののように感じました。 「祈り」とか、「感謝」、そういったものを感じました。
踊るということの意味、人間という存在の意味、あるいは地球とか宇宙とか。 とてもシンプルで美しいものを感じました。
「流れ」とか「動き」とか、それは「生きている」とか「存在している」とかと同じ意味なのですね。 私達はアレクサンダー・テクニークの中で「何もしない」って使っていますが、何もしなくても「流れ」や「動き」の中にいるのですね。 シンプルに楽しい経験でしたが、いろいろなものが新しくなった気がします。
北海道に行ってきました。 ボディチャンスでレッスンを続けていらっしゃる声楽家、皆方純子先生が主催してくださり、函館でのボディチャンス流アレクサンダー・テクニークのワークショップが実現しました。
純子先生は、とても賢明な方で、私の拙い言葉や説明をよく理解して下さり、アレクサンダー・テクニークが声楽や音楽の技術の向上に役立つものだけのものではなく、日常生活や無意識下の考え方、あるいは反応の仕方など、ご自身の人生がこのレッスンをきっかけにどんどん変化して行くことを体験され、「どの人にとってもとても良いものだと思うので、ぜひ函館で紹介したい」と、この機会を作って下さいました。
ひとこと付け加えさせて頂きますと、純子先生にたくさんの変化が起きたのは、すべて純子先生の力です。 レッスンで起こったことに対してどのように考えていくか、この経験をどのように日常に生かすか、過去に対してはどう考えるか、日常のひとつひとつの選択が意識的にできる可能性に気付いていかれたと思うのです。
私が出来る事は、ただ動きを観察してサポートするだけ。 私は声楽なんてど素人ですが、純子先生はわたしのアイデアを素直に受け入れて、実験にお付き合いくださいます。
函館のワークショップは、純子先生の広いレッスン室で行われました。 午前中に1回と、午後に1回。 参加して下さった生徒さんは、下は小学校3年生から80歳の方まで。 声楽、トロンボーン、バレエ、ソシアルダンス、体操、字を書く、などたくさんの実験をしました。 小さいスケルトンや頚椎の模型を、はじめは怖がっていらっしゃったけど、次第に興味を持ち始められ、お互いの実験を観察し合って、感想を言い合って、とても良い学びの場となったと思います。
私がこのワークをとても素敵だと思うのは、このような学びの場が出来上がることです。 それぞれの人の学びを皆で共有してゆけること、お互いの変化を喜びあえること、そしてアレクサンダーの先生もその一人であること。 生徒さんの感想が学びになります。 観察している人達の意見が学びになります。 このような学びの場が増えて行くと素敵だな、と思います。
そしてこのワークを理解し、支えて下さる方々。 私の先生のジェレミー・チャンスもそのひとりです。 日本という、彼にとっての外国で、私財を投じて夢のような学校を実現してくれました。
「良いものだから、たくさんの人に伝えたい」 純子先生のシンプルで情熱的な思いに感動し、このワークが世界中のたくさんのそういう方たちの支えで今に伝わっているのだなあ、と思いました。
学びの場がもっと広がりますように。
月1回のゆるいペースでTAZUKOさんにジャンべを習って2年くらいでしょうか、もっとかな、経ちました。 おそらくアレクサンダー・テクニークを使えるようになったことと、ものごとを習う、ということには、ものすごく相乗効果があって、習得の時間の短縮が出来たと思うのです。
もちろん楽器ですし、全く知らないジャンルの音楽ですし、価値観も何もかも違くて、「習得する」なんてずうずうしいことは言えないのですが、これはあくまでも自分の今までの経験と比べての感覚です。 違った世界が垣間見えてきたのです。 今までの経験だと、習い始めて5~6年はかかるものだったと思うのです。
私はピアノをずっと弾いてきましたが、大きな括りでは、ピアノもジャンべも椅子に座って手を使って音を出すことには変わりがありません。 私の情報の処理の仕方として、この入ってきた情報に対して、ピアノで持っている情報から、処理をしようとし始めるようです。また、音の聴き方も、習慣的なものがあって、瞬時にだいぶ情報を削って処理していることが分かってきました。
TAZUKOさんはアレクサンダーのトレーニングを重ねている人ですし、ピアノを教えてきた経験もたくさんあって、私にどう伝えたらよいのか、どうしたら表面ではなく、本質に近いものを伝えられるか、私がどのように受け取っているのか、よく見ていてくれます。 この辺りのことは、どの先生も考えていらっしゃるとは思うのですが、アレクサンダー・テクニークを学んでいる先生は、実際に役に立つ手段を持っているので、全体的なバランスを見てくれて、無理なく楽しく学ぶことが出来ます。
ピアノを勉強してきて、ピアノを通して音楽を教えてきた私達ですが、「人間にとって音楽とは何なのか」という根源的な問いを、TAZUKOさんはアフリカンを通して学び続け、私はアレクサンダー・テクニークやバレエを通して学び続けています。
そんな彼女から伝わってくるのは、力強く聴こえるアフリカの音楽、ジャンべと言う楽器の繊細さ、人や世界とのかかわり合い方、多様さです。
こんなたくさんの情報が短期間で手に入れられるようになったのは、もちろん先生が素晴らしいことと、自分自身の今までの経験もあるかもしれませんが、デーヴィッド・ゴーマン先生が「ラーニング・メソッド」と呼んでいるこのアレクサンダーで、「学ぶ」自分自身の態度が飛躍的に変わったからだと思うのです。
アレクサンダー・テクニークを使える人が増えたら、私達の文化はもっと容易に先に進める事が出来るようになると思います。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |