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+夢の中のポテト+ あの日も、私はいつものようにスーパーマーケットを2件廻 り、瞬間的に目に付いた冷凍食品を買い物カゴに放り込み、 満足しながらアパートの部屋を目指していた。後ろから、誰か が急ぎ足で近づいて来ようとしているのが分かった。ただ急い でいるというより、明らかに私に追いつこうとしている感じが したので、私は少しだけ身体を硬くして身構えた。 あの、息を少し切らしながら、ようやく追いついたという感 じで知らない男が目の前に買い物袋を差し出した。私は、差し 出された買い物袋と男の顔を交互に見比べながらポカンとして いた。 「これ、忘れ物だと思って」 男は、そう言って、買い物袋の中から冷凍ポテトを取り出し て、私の手にポンと載せた。冷凍ポテトはすっかり汗をかいて いて、溶けかけの冷たさが滲むように伝わってくる。じゃあ、 と言って男がUターンしそうになったので私はあわてて呼び 止める。 「私のなら、ちゃんと持ってます」 男は、え、という顔をして、今度は私と冷凍ポテトを見比べ ていた。確かに、その冷凍ポテトを買っていたけれど、入れ忘 れることはなく自分の買い物袋の底で横たわっているのを私は 確認した。 「困っちゃいましたね」 すっかり溶け始めたポテトを見つめて、男がつぶやいた。確 かに、この状態で店に持って行って事情を説明しても、話がや やこしくなるだろう。それに、溶け始めたポテトをそのまま溶 かしてしまうこともイヤだった。 「これ、食べちゃいませんか?」 なんとなく、私はそう言ってみた。特に理由はなかった。な んだか、そう言うしかないような気がしたからだ。男は、明ら かに戸惑った様子を見せていたけれど、なんだか自分が責めら れているように思ったのか、うなずいて同意した。私の部屋に 連れて行くわけにもいかないので、私は黙って溶けかけのポテ トを男に渡して先に歩き始めた。 問題は、溶けかけのポテトをどうやって食べるかだ。 コンビニに寄って備え付けのオーブンレンジにかけてしまえ ばいいとも考えたが、それもなんだか気が引ける。冷凍食品は 一度解凍して再び冷凍したら決まって不味くなる。解凍された 時点で、命というか使命は終わっているのだ……。 私がずっと考え事をしていたせいなのか、男が恐る恐る話し掛 けてきた。 「すみません。私が余計なことをしたばっかりに」 「いえ」 そのとおりだとも、そうじゃないとも言えず、私は曖昧に返 事をする。 「ただ、すごくたくさん冷凍食品を買っているのを見たもので、 きっと入れ忘れたものだとばかり思って」 そこまで言ってから、男は、いや決してずっと見ていたわけ ではないのだというようなことも申し訳なさそうに付け加えた。 「べつにいいです。気にしてませんから。冷凍食品が好きなの は本当のことだし」 自分でも、そう話しながら少しトーンが下がっているのがイ ヤだった。後ろめたい感じなのか、なんなのかわからないけれ ど、これはそもそも自分の世界で起こったことで他人には入り 込んでほしくないことのような気がする。冷凍食品が好きといっ ても、それは世の中で交わされるどんな類の好きとも少し違う のだ。そんなのって他人に話すことでもないし、分かってもら いたくはない。 「救出ってことでいいんじゃないですか」 「救出、ですか」 「放置されて弱っていた冷凍ポテトを偶然居合わせた人たちが 助けたってかんじ」 街灯のところで私は言う。 無表情な匂いがした。あのすべての感情を均一なものに押し 固めたような。その匂いを嗅ぎながら、夢の中の私は彼の体温 で解凍されるのを感じている。そして、たぶん、もう以前のよ うに冷凍食品の均一な匂いに親密さを感じることはないのだろ うということも。 photo*hituji tanaka |