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今年の信行目標
素直に今現在を大切にして、起った全てをお蔭として受けさせて頂く安心の心で、毎日を楽しく過ごさせていただこう。 祭典(午後2時より執行) 月例祭(毎月4日、14日、《霊祭》24日) 元日祭(1月1日)。春季霊祭(春分の日)。 天地金乃神大祭並びに布教記念祭(5月3日) 夏越感謝祭(6月30日)。秋季霊祭(秋分の日)。 生神金光大神大祭(11月3日)。越年感謝祭(12月31日)。 行事予定 5月24日(木)月例霊祭 6月2日~3日 管外共励会(箱根) 6月 4日(月)月例祭 6月16日(日)月例祭 6月24日(日)月例霊祭 6月30日(土)夏越感謝祭 住所(〒167-0032) 東京都杉並区天沼2丁目3-9 ogikubo-amanumaの日記 [全3696件]
何程神信心するとも 神の力にかなわぬ事もある 悪なりと思うことは 何事もなすことなかれ 上に立つ人にも 聡明な人と愚かな人がいる
平成24年5月24日(木)12251 金光教荻窪教会 教会長 1、天地書附 教会には神様に祈りを捧げる「広前」があり、正面には「天地書附」が掲げられています。 天地書附は、神と人との関わり、信心する者の姿勢が端的に表現されたものです。 その内容には「生神金光大神様のお取次を通して天地金乃神様に一心に願いなさい。おかげは和賀心(和らぎ喜ぶ我が心)にあります。今月今日で(今日をかけがえのない日として)頼みなさい」と、私たちが信心して助かるためのあり方が示されています。 明治6年(1873年)、国の宗教政策が大きく変わり、布教が困難を極める状況の中にあって、 教祖は金光教の信心の本質を様式化し、この天地書附として示しました。 (人間は自然の中に生かされて生きている。) 教祖金光大神様を通して、天地自然・森羅万象を 生み出した神様である天地金乃神様に一心に願いなさい。 おかげは、和らぎ喜ぶ自分の心にあり、 今月今日、今の瞬間を大切にする気持ちで なんでも頼むこと 2、選択 人間は、選択することで生きている。 何をするのか、どうするのか、 誰とするのか、いつするのか。5W1H。 性格の大部分は生まれ育った環境で作られる。食べ物や飲物、周りの人間関係や権限と責任を果たすことができるように様々なことを学習し、仕事を覚えこなす。組織を作ったり、組織の一員となり、組織を動かしたり、人を動かしたりもする。家族を作り育てる。 その総てが集まり自己ができる。ゆえにいつでも現在進行形。いつでも始まりである。もう遅いと言うことはない。 3、マナーとモラル。 マナーがなっていない、モラルの低下が叫ばれている。 マナーとは紳士淑女的なふるまい、作法である。 マナー(manner)の語源は、ラテン語で「手」を意味するマヌス(manus)である。マヌスに関連した英単語に manicure(マニキュア)があるが、この言葉には、「manus(手)を cureする(世話する) 」というニュアンスが認められる。 自分がソースをこぼさない事ではなく、他人がソースをこぼしても気にしない人である。 マナーは、最低限の知識を得る事である。社会生活の中で、双方が立ち行く処世術でもある。 モラルという言葉がある。 日本語の「道徳」に相当する英語としてはモラル(moral)がある。この言葉はラテン語の mos(モース)に由来し、その基本的意味は「習慣」、「風習」である 。古代ローマ人は、mos majorum (モース・マイヨールム)を尊重したが、これは「祖先の習慣」、意訳すれば「祖先の生きた道」のことである。 親祖先をを大切に致せ 根を断ちて枝葉の栄えたためしはあるまいぞ モラル(道徳)はマナー(作法)と違って、身振り手振りで教えることのできるものでなく、個々人の心の中で日々蘇らせるものである。
親先祖を大切に致せ 根を断ちて枝葉の栄えた ためしはあるまいぞ 信心する人は木の切り株に腰をおろして 休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
昨日は関東では173年ぶりの金環食、次回は300年後だと言う。 今日22日は、スカイツリーの開業で町おこし。 東京タワーから半世紀と少しで主役の座を明け渡した。 自然と人工の織りなす毎日のイベント。 改めて、自然の持つ計り知れない力に畏敬し、 天体の運行を意味づけしていた遥かな先祖の事を思い、 改めて天地自然の有難さを感じた瞬間であった。
体だけ休めても心が安らかでないと 安静とは言えない 安心もわが心 心配をつくるものわが心
若者には学力も大切だが 明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けて ちょっとやそっとでは へこたれない自信を持つ人になること
生命は天地の神の造り下されたものである 天地の心を心として 御神意の侭に 事実をあるがままに見て 何事も大切にすること |一覧| |