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あやっち工房の記録 アマゾンの人々、泥染めグッズ、新着・新作情報、南米のくだもの など [全552件]
人気シリーズを一気にいくつも作りました。M女史が同じ作業はいっぺんにやりたいというので最近はひとつ注文があるとひと固まりにして作業をするのだけど、結局はついつい色々なバージョンをつくってしまう。 1.梅模様の厚底ミニバッグ黒に茶玉 ちょこっと高さがあるので中身を山盛りにして巾着を閉じると四角い形になるが、すっぽりと沢山入る。小さな手土産を入れて、ちょこっとお出かけするのに最適!この泥染黒のシンプルなデザインは無難でとっても使いやすい。 ![]() 2.梅模様厚底ミニバッグ・ダブルピンク 慎重にピンク系を染めてグレーと合わせた新しいバージョン。この色自体が偶然生まれた色だったし、ほんの少しの布しか染められなかったので、今後再現できるかは分からない。ピンクを一色だけにしたりも試している。さて、お客様の反応はどうなのかな~?意外と黒の方が人気が高いと思ってるケド。 ![]() 3.梅模様の厚底ミニバッグ・ぶどう色と黒アレンジ・赤玉 このブドウ色はグレーの泥染をさらに染めて生まれた。実は新しい色ができて感動している。今回のシリーズは、巾着のふたの部分をガーゼの柔らかいコットンを染めたものを使い、裏地はほとんど見えないのに厚手の生地を草木染めたものを用いてとても贅沢!!。 ぶどう色っていうか、「小梅ちゃん」の色!!まさに。 ![]() 4.梅模様の厚底ミニバッグ・オレンジとグレー・緑ビーズ オレンジっぽく見えるのは、マホガニーの木の皮の染料で染めた茶色で、最初の数回だけだと鮮やかなオレンジになることがある。 ![]() どれも梅の模様だから、大きな一枚の布を切って分けていると思われるかもしれないけど、実はすべてバッグに必要なサイズに切った小さい布に、一枚ずつ模様を描いてもらったので、梅は梅でも、ちょっとづつ違う。 もしも梅ではない模様の一部を中央に使用したとしたら、全然違うバッグになってしまう。 今回は昨年作った梅模様のミニバッグを気に入られて、「色もサイズも同じものを」と希望されたので、色々試してましたが、模様が違うと同じには見えないのだ。なので、「梅模様」にこだわっていたのだけど、何カ月もかかって、やっとそれができてきて、その後もさらに梅、梅、梅、でどんどん梅が仕上がって届いたのでびっくり。どんだけ作ったんじゃい。 ![]() これはまだそのままです。カットして使うつもりだったけど、なんだかもったいないので。 ちなみに、「梅」と私が勝手に名前をつけているだけで、彼らは花のつもりでもないと思う。 梅の花のとなりに並ぶ模様がメインだと考えると花は存在しない。割と昔から出てくる安定した繰り返し模様がベースになっているのが分かる。南十字星かな。 ふむ、私は泥染&シピボ模様の研究家であるぞ笑。 それにしても。使えないほど大きな梅や、小さな梅や、雑な梅もあったから、すぐに求めた梅には出会えなかったのだけど、やっとやっと長い経過の後に、望むものに近付けた次第。
4月前半残暑の強い太陽の下。子供たちの春休みの最後に「泥染め体験会」を企画し2日間にかけて開催しました。 5月に入ってつい先日は5名様が秋空の下で体験。最近は晴れない日も出てきました。 晴れているシーズンを無駄にしたくなかったのだけど、日陰を作りにくい屋上のセッティングに苦労もしました。テントを買うか、レンタルの天幕を頼むかとギリギリまで悩んだ末、物干しスペースに布を張り影を作ることができました。 人数が多い場合は特に床にひいた絨毯の上で作業をしてもらうのですが、実際に現地の人がやるように再現しているとはいえ、作業はしずらくて大変だったと思います。 ![]() 一日に大人と子供を合わせて12人くらいづつ合計24人が泥染を体験してくださいました。 それぞれが自由な作品を描き、泥で染める作業をし、泥をつけることで黒く染まる瞬間は驚いていました。 ![]() 今回もそれぞれの個性を発揮した素晴らしい作品がたくさん生まれました。子供は小学生低学年が中心でしたが、扱いにくい小さな竹棒をうまく利用して力強い線を生かして描きました。大人も子供も十分に楽しんでくださったので私もとても嬉しかったです。御苦労さまでした。 すぐに実際に描き始めることになり、「シピボ族の泥染」の話は十分な説明はできなかったのだけど、子供たちの中にも作業の中で「どうして泥で茶の線が黒く染まるの?」など疑問を投げかけてくれる子供もいました。また機会があったらいろいろなことを伝えたいです。 泥も染料もいつもあるわけではありません。これらの天然の染料を利用して染物体験ができるということがどれだけ貴重であるかということも、お伝えしきれませんでした。 それでも昔ながらの伝統工芸と同じ手法で、竹棒で模様を描くことがとても大変な作業だということや、鉄分の多い特別な泥を塗りつけると一瞬で茶色の染料が黒に変化することなど、実際に体験したことが、記憶に残るだけでも、体験会の意味があるとも思えます。 また、毎回のことながら説明も準備も不十分で、反省しています。 しかし無理にでも何かを実行していかないと前へは進めないので、何度も経験を重ねながら改善していきたいと思っています。ご意見ご要望など、是非よろしくお願いします。
パソコンの調子がいよいよ悪くなり修理に出していました。買ってから8年にもなるので、最初に相談した技術者に寿命だから無理といわれ何もしてもらえず諦めるところでしたが、念のためにセカンド・オピニオンを求めて他のところで相談すると、再インストールすることで、とりあえずは生き返ったような感じです。なんとなく怪しいけど。 VISTAの日本語でしたが、勝手にWindows7のスペイン語版を入れたようです。XPが良かったんだけど。 それでブログもずっと更新できませんでした。 アイフォンから楽に更新できるようになると便利なんだけど。 それで、これまでのことは、少しずつさかのぼって記録していくことにします。 最近新しいことというと、帆布に模様を描いたものに、さらに茶色の木の皮を煮出した染料で色をつけていくという新鮮なアイデアを生み出したこと。 秋晴れの日の屋上でたまたま思いついた名案でした。 ![]() 茶色のグラデーションが出るように工夫すると、さらに表情が楽しめます。 なんだか、一度色をつけたら、色がないものが物足りない感じになって、次々に染めてしまいました。帆布の模様を塗る作業は不思議なほど楽しく、織り目がしっかりしているからか、線の外側に色がにじまず、とてもきれいに塗ることができます。 このような作業は時間の余裕のない私には無理だと思ってましたが、天気の良い日に屋上に出るとついやってみたくなって、ちょこっと試し、始めると止まらなくなり無心になれ、気持が良くなるのです。 いつもアレコレ精神的にも落ちつくことができない私にとっては、なんだかとっても嬉しい発見でした。ほんのひとときでも一人で静かに無心になって過ごすのにもいいし、お友達とおしゃべりしながら、自分の好きな部分を塗って遊ぶのも、とっても楽しいです。一枚一枚がオリジナルに仕上がります。 ![]() ちょこっとシミを作ってしまったので作業部屋に持ってきて、休憩のカフェオレのカップを置いてみたらアラ素敵。お気に入りのマイカップがしっくり落ち着きました。 コーヒーが美味しく感じられる色合いだからでしょうか。 ちょっと息抜き、そういう余裕を、もう少し取り入れたい今日この頃です。
1.木の色グラデーション縦バッグ 40cm×50cm かなり大きいサイズ。スケッチブックやA3が入る。この大きさがあると、何かと便利でやっと二代目を作れた。一番厚い接着芯をいれて丈夫そのもの。お気に入り。いってんもの。予約可。 ![]() 1.裏側 裏というか、こちらが表かも。刺繍のワンポイントが、とてもかわいい。両面とも素敵です。 ![]() 2.途中図のショルダー 途中図を思い切ってシックなバッグに仕立てた。模様が目立たないけれど、わざとチョコレート色に2度染して抑えた。A4を横にして入れても他にもごちゃごちゃ入る。販売中 ![]() 3.泥染白にカラフル草木染の厚底大型バッグ たっぷり厚底で紐は長めで、とにかく軽い。巾着フタがないけれど、使いやすそう。販売中 ![]() 4.へび模様に茶のグラデーションショルダー 茶色は木の皮を染めた無地で、これを重ねると、とってもきれいなグラデーションになる。茶はその時によってさまざまになり、同じ色に染めることはできなくて、とっても貴重。それを重ねるのは贅沢。 販売中 ![]() 5.へび模様とシピボ模様3色の厚底巨大バッグ 超軽い大型バッグ。旅行にも行けるし、フタ付きなので溢れても安心、厚手のコートも入っちゃう。ママバッグとしても人気のサイズ。飛行機旅行の手荷物用に、足元に置いても倒れた時フタがあるから安心。大型はなかなか作れないので、ある時に、早いもの勝ち。 販売中 ![]()
これから紹介するのは、2009年頃にデザインが生まれて、ずっと作り続けている人気シリーズで、「同じようなもの」としてご注文を受けることが可能なものです。 ただ、模様や色の風味は常に異なるため、「同じ」を期待されるのは困りますので、毎回新しいものとして楽しみにしてほしいものでもあります。 またこの厚底シリーズはすべて巾着のフタがついています。 1.薄紫の泥染模様の厚底バッグ ![]() 2.茶系泥染模様の厚底バッグ ![]() 3.泥染と刺繍の厚底バッグ ![]() 4.泥染黒に白刺繍の厚底バッグ ![]() ご希望がある場合、数か月待ってもらいますが、予約が可能です。日本にも夏に持って行くつもりです。 実は、さっき、それぞれの素材についての詳しい説明を描いて仕上げそうになったところで、手違いがあり消えてしまい、書き直すのは困難、とりあえずアップすることにします。 このブログでの作業は写真や投稿が私にはとっても面倒で、FBに偏りがちになっています。どうにかお客さんに見てもらいやすい方法を考えてます。 近いうちに、カタログ的HP&ブログをリニューアルするため乗り換えを準備中です。お楽しみに?
家は高床式、っていうのかな。全て身内の男衆による手作りだ。 広い縁側は、人々の憩いの場所いなる。また、大きい布に模様を描く時にも広いスペースが必要なのだ。 ![]() 通りかかる知り合いがその縁側に座り込んでおしゃべりしていく。子供も大人もおじいさんもおばあさんも。静かにハンモックで揺られることができるのは、蚊も寝静まった深夜だけ。 今回は私が滞在する小屋の中に台所が作られていた。もともと薪を探してきて、煮たり焼いたりは外でするわけだけど、最近は薪が見つからないこと以外に、雨季で材木が湿って燃やせないことや、嵐で色々なものが飛んだり料理ができないため、屋根の下へ、家の中へと台所が移って行ったという。 ![]() 実は去年作ったばっかりだった「COSINA=台所」は今回閉鎖されていた。上写真奥 下写真の左側部分が台どころだった。屋根もちゃんとあった。通常彼らの家の台所は家の中ではなく外の棚にあった。しかし食料や食器などが盗まれることがあるなどで、台所を作り、扉も作り、さらに鍵をつけていた。 ところが。屋根といっても、耶子の葉を重ねた屋根と板の壁の間には隙間があり、密閉されていないため、よじ登れば人も出入りすることができたらしく、去年の暮に、泥棒に入られた。 実はその時の話を直後に聞いてはいたんだ。砂糖を5kg入れた壺がなくなり、 そのあと、テレサさんが大事に大事に持ち帰ったクリスマス用の「パネトン」が消えた。 これにはテレサさん激怒!!リマで食べるように私が渡したものだったが、母親と分けて食べようと残しわざわざ持ち帰ったものだった。 犯人をほどなく捕まえた。隣人の青年だったという。家族がおらず母親は地方へ出稼ぎ、食えない日々、空腹のあまり・・・・とのこと。コテンパンに説教したが、やはり気の毒に思ったようだ。 (その話を聞いた後、お友達が寄付してくれたパネトンをテレサさんに送った。) 」家は分解可能で、屋根も板もそのままはずしてまた別のことに使う。まるでブロックの家。いとも簡単に作っては壊し、作り直す。 屋根ぶき用のヤシの葉は100枚単位で売られているようだが、安くもない。板も無料ではない。 腐るので定期的に作り替えなければならない。ここでもお金が必要になる。 それで今は途中まで取り壊してある状態。 本当は良いイメージを壊したくないし、きれいな部分だけを写真で紹介して、汚い部分は何も知らないことにしちゃいたいけど、観光局のPRじゃないので、やはり真実を伝えようと思う。 長袖で長ズボン&靴下の装備でも、どうしても数日滞在すると、蚊にさされてボコボコになってしまう。夜中に鼠やらゴキブリやら大きな雲やらが寝床付近をウロウロすること。水道の水は出ないことが多く、バケツの水で水浴びすること。まだまだ気軽には友達を誘うことはできない。日帰りなら良いけど。現地の人と同じような生活?虫に刺される限り、簡単じゃあない。 ![]() 赤い粘土質の道はずっと森の奥へと続く。 この赤土がアマゾンの難点だろう。雨が少し降るだけでぬ?かるんで車だとタイヤが泥に沈み動けなくなる。アリ地獄?みたい。雨が降っている時よりも、止んだ後がひどい。 歩く場合はサンダルだとサンダルが泥の中にくっついて脱げてしまうので裸足がいい。 重ければ重いほど深く沈み動けなくなる。 アマゾンのジャングルを走る道はどこもそうだった。コンクリートを入れるのは難しいらしい。 写真のピンクの女性はベロニカさんで、この坂の上あたりに家がある。その先も集落はどんどん奥へと続いていて、どんどん奥地からこの集落へと移ってきていて、どんどん人口が増えているようだ。 サンフランシスコのメイン通りはテレサさんの家があるところで、2本の通りが並行して走っていてそこに集落は集中していた。が、今はどんどん外側へ集落は広がっていて、内陸側に、とても大きな広場がある。 シピボ族はサンフランシスコ集落だけではなく、ウカヤリ川に沿った流域にいくつもの集落を作っている。 奥地ではもっと大きなシピボ族の集落があるし、もっとまとまりのない小さな集落もいくらでもある。 奥地に住むということは、町まで遠くて簡単にはアクセスできないため、自給自足は必要不可欠だ。 原始的ではあっても、金銭を使わずに、田畑で主食を作り獣を狩り魚を捕り、自力で生きられる。 テレサさんたちはあまりに文化に近く、中途半端に文明を取り入れているため、物欲に囚われ、金銭で買うことを覚えて、自力で生産することがおろそかになっているように思える。 土地が痩せて、昔のように実りが少ないということもあるようだけど、努力はしてるようには思えない。 それでも、地球が滅びそうになる時に、この人たちは生き延びるだろうと確信する。 果てない密林で酸素を作りだす「地球の肺」=アマゾン地帯。 ここは地球最後の地になるだろう。
朝からよく晴れる。ハンモックでゆっくりしたくても、テレサが「太陽が出ているうちに染めちゃおう」と張り切る。輝く太陽は貴重である。雨が降ると染物ができない。染めている途中で降られると最悪で、せっかく手をかけて染めた布がダイナシになる。 ![]() 何度も染めては日に干し繰り返す。灼熱の太陽の下、この作業だけでもフラフラだ。 泥に含まれる鉄分で反応させて黒に染めるのが「アマゾンの泥染」なのだけど、その「黒」を出すためには、最初にタンニンを含む木の皮の茶の染料で深く染める必要がある。黒に変化させるためには、少なくとも7回以上はこれを繰り返さなければならない。私は前回も今回も3回目でギブ・アップ。しゃがんで染めて絞って、それを天日干しする。布を広げるのも炎天下で腰をかがめての作業。若いうちは良いけど年寄りには無理だ。暑くてフラフラする。頭が痛い。 テレサさんもたまに頭が痛いと言っていて、集落唯一の雑貨屋で薬を買った。売られてるのはデンゲ用(デンゲ=蚊による伝染病)の頭痛薬と子供用の頭痛薬の2種類だけ。テレサは、なぜかデンゲ熱用の薬を買ってたまに飲んだりしている。私には「太陽が強いから頭が痛くなるのだ」と説明する。 ![]() 茶に染めた後で泥で模様を描き、乾いてからその泥を川の水を利用して洗い流す。泥がついた部分は黒く染まる。これが茶地に黒の模様。 もうひとつの白地に黒の模様は、茶で模様を描き、そのあと布全体に泥を塗りつけて、模様の部分だけを黒く反応させて染めつける。最後は必ず余計な泥を洗い流し、黒の模様を残して完成させる。 今回は帆布をカットして持ってきていたので、さっそく試作を頼んだ。帆布に泥染模様を描く試みはアマゾン屋ならでは。コットン100%なのでしっかりと生地にしみ込むが、折り目がでこぼこしているので竹棒で模様を描くのには苦労する。 ![]() 大きな布の時は特に、川岸まで出て、水の中に入って、ブラシを使って泥を丹念に洗い流す。 これがまたけっこう体力のいる作業なのである。ブラシを使ってごしごしとやっても、木綿の生地にめり込んだ細かい泥の粒子はなかなか落ちない。布の表面に泥が多く残ると、乾いた時に白っぽく泥の汚れが浮き出てしまうことがあるので、きっちりと洗い流さなければならない。これは私自身が小さい布を洗う作業をたまにやっているのでよく分かっている。簡単に見えて、予想以上に腕も疲れるし体力を消耗する。 しかも、テレサさんがいうのに、水の中に入ると、後からリウマチで足が痛くなってくると。ひどい時には足が動かなくなる。先日は痛くて何日も泣いて暮らし、痛みどめの注射を何本も足の関節に打ち込んでだという。薬代でずいぶんお金もかかったらしい。 テレサさんの作業をじっとみつめながら、これは、年取ったら無理だな、やばいな、と改めて考えていた。泥染の作業はきつい。テレサさんはまだ55歳だけれど、体はボロボロみたいだ。 ![]() テレサさんの庭には蛇口があって、通常はそこから朝と夕方の決まった時間に水が出て、水が出る時にいくつものバケツに水をためてそれを使っていた。 ところが、私たちの滞在中、水が、ぜんぜんでなかった。 食事の支度も片付けも、洗濯も、水浴びも、暑い日は特に水は絶対必要だ。そうなると、バケツで何度も水を汲んで近所から運んでこなければならない。小さな普通のバケツではない、私だったら持ち上がらないような大きなバケツだ。これを何度も運ぶ。 たまたま近所では水が出ていたからラッキーだったけど、2日間水はたまにちょこっと出ただけだった。原因は不明。今もたまにしか出ない。誰かがいつか修理してくれることを祈りつつ・・・ いずれにせよ、水を汲んで運んでくるという仕事は、昔から日常繰り返す仕事だったから特に問題に思ってないようだけど、年寄りにはキツイ。誰かの助けが必要になる。 水道のパイプが壊れていたのか、原因がよく分からない。いずれにせよ、細いパイプが地面からむき出しになって曲がりくねっている。 今回テレサさんの家に来て、なーんとなく感じたことは、彼女が明らかに老いていってること、今までほど若くないということだ。いつもだったらあちらこちらの掃除が行き届いて清潔感がある、基本的にはきれい好きで、きちんとしている。あちらこちらが壊れたままで、掃除もできてない。 ![]() テレサさんのお母さんのアナスタシア、いつも笑顔がチャーミング。彼女もリウマチの持病で苦しんでいる。最近は腰がずいぶん曲がってしまった。孫と一緒に住んで助けてもらっている。ひとりでは生きられない。 彼らの肉体は骨太だし、男並みに鍛えられていて、我々に比べたらものすごく頑丈だけど、体が純粋な反面、抵抗力がない部分があるみたいで、病気になる人も多いように感じる。 小学生くらいの子供たちがどうにか年寄りを助けて水汲みをしたり、薪を運んだり、掃除をしたりして手伝ってはいるが、逆に若者は少ない。中学を出る頃には集落を離れ都市に出て行くことが多いのだ。 どこも高齢化の問題は深刻なわけだが、子供がどんどんできること、は異なるか。 ![]() 伝統を守る泥染の作業は、私が15年前に見て驚いた時と作業自体は何も変わってはいない。 気が遠くなるほど、手間がかかり、大変な作業である。 作業や染めの手法は何も変らない一方で、染めるための材料を入手するのはかなり困難になってきている。 まず染料を煮るための薪がない。遠くから運ぶのも困難。 染料も手に入らない。ちょっと前だが、ベロニカさんは染料を探すためにボートで1週間上流を旅し、さまよった結果、伐採などのため染料になる木の樹皮はそこになかった。 たまたま泥染に使う鉄分の多い泥を見つけたことで、大きな収穫となったが、この泥を見つけることは簡単なことではない。 信じられないほど、呆れるほどに、手間がかかる、体力もつかう、この泥染の工芸を、誰がいつまで続けられるのか。こんなに手間をかけて染め、ちゃんとそれだけの価値を伝えられるだろうか。 何故ペルー政府は、この染物の価値をもっと評価し援助しないのだろうか?よくわからん。 今のところ、私にできることは、彼らがせっせと作る泥染を、正しく評価し買い続けることだけだ。 私は彼らに伝統工芸を続けなさいと命令するつもりはない。ただ彼らが選ぶ道を見守っていきたい。 買いとりを続けるための資金づくりとして泥染バッグつくりを始めたが、すっかりハマっている。 泥染を最大限に生かしてこだわる布バッグを作ること。それはこの神々しい泥染布を、じぶんの手で新生させる挑戦であり、ある種の「使命感」なしでは続けることは不可能だ。たまになんでこんなことをしているのかなと思うけど、神さまの導く方向へ行くのだろうか。今のところは止める予定はない。 |一覧| |