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水上滝太郎 「芥川竜之介氏の死」
昭和二年七月二十四日芥川竜之介氏|逝去《せいきよ》。その日私は朝から他出して、夕方帰宅した。入浴し、食事をして、机にむかおうとしているところへ久保田万太郎氏から電話がかかった。
「芥川さんが薬を嚥《の》んで死にました。」
久保田さんの声はふだんよりも高く、ふだんよりも一層せき込んでいた。私は電波を全身に感じた。
「自殺ですか。」
「そうです。九時に新聞社の人に集ってもらって発表します。」
久保田さんの昂奮《こうふん》している様子を感じて、私は多く訊《き》く事を差控え、直に芥川さんの御宅へ出向く事にして電話を切った。
「誰か、どうかしたんですか。」
最初に電話を取次いだ家内は顔色を変えていた。
「芥川さんが自殺したそうだ。」
私は直に出かける身支度《みじたく》をした。
「芥川さんが? どうなすったのでしょう。」
たった一度、拙宅へ来られた時しか御目にかかった事はないのだが、家内は平生《へいぜい》芥川さんを尊敬していた。もとより文学なぞはわからないのだが、宅へ集まる人々の口から伝えられる氏の風格を敬慕していた。しきりに事の顯末《てんまつ》を訊《き》こうとするのだが、私とても何も知らない。想像をたくましくして人の死を噂《うわさ》するのは礼を失する事だと思って、一種の不機嫌《ふきげん》な沈黙をつづけた。
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最終更新日
2005年03月09日 00時10分32秒
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