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質屋・あなぐまの雑記帳 [全75件]
劇団TPSの質屋を題材にした演劇『お預かり致します』のゲネプロを見に行った時のお話です。
さて、物語は、その品物への想いを打ち明けないと預かってくれないという、そんな質屋に訪れる何人もの客が話す身の上話が、オムニバスのように続けられます。 もちろん演劇にリアリティーを求めるつもりはありません。今私が棲むこの世界とは別のパラレルワールドがあって、その世界では、品物に対する想いを語らないと預かってくれない...そう思えばよいのです。テレビの『世にも奇妙な物語』みたいなものとですね。
この世界の質屋ではお客さんが想いを語って預かった品物を置いてある部屋があるようです。
実はですね、この日古物市場で、神奈川県内を中心に多店舗展開している大手買い取り専門店のお●からやが質屋も始めると言うニュースを聞いたばかりでした。この店は私の店がある弘明寺にもあって、買い取り値段は質屋より全然低いのですが、歌手の吉幾三を使ったチラシを暴力的とも思えるほど毎週折り込んできて、今後影響が出てくるかなぁ~と多少凹んでいたのでした。
Two-Point Spirit 皐月公演『お預かり致します』高田馬場RABINESTで5月13日まで、 Last updated May 11, 2012 10:28:05 AM
まずは私の家族を紹介します。昭和42年頃の写真ですが、この中で一番小さいのが私です。 Last updated February 16, 2012 7:53:10 PM
映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」は、東京オリンピックが開催された1964年当時の夕日町(架空)を舞台に物語が展開します。
Last updated February 16, 2012 7:48:07 PM
この映画については、前二作の続編と言う事もあり、またテレビでも盛んに宣伝したり特集番組を組んでいたこともあって、意外性はないけど、安心して観ることも出来るということで、映画館内は50~80歳ぐらいの高齢者が多かったです。 この作品は第一段の「ALWAYS三丁目の夕日」の時から、昭和30年代をスクリーンに再現するために大胆なVFX(特殊視覚効果)で、これまで建設中の東京タワーを見せたり、首都高が出来る前の日本橋を再現したりしてきましたが、今回も完成した東京タワーや空に五輪の絵を描くF86ジェット戦闘機、それに旧丸ビルが背景に映る東京駅を100系の新幹線が出発するシーンなど、製作者が楽しんでいることがうかがえ、その楽しさは確かに観る人に伝わってきました。 物語はロクちゃんの恋の行方と、茶川家族の話で進んでゆきますが、やたらと大声を上げる男性陣の影で、鈴木オートの奥さん役、薬師丸ひろ子と、茶川の奥さん役小雪の表情による演技がいいです。 茶川が父の葬式の帰りの電車内で、「けっきょく親父に勘当されたからここまでやってこれたんだよな。」と語り始めると「な~に?」と優しく見つめる小雪。ロクちゃんが結婚することになって、月を眺めてしみじみ感慨にふける堤真一にお茶を出して寄り添う薬師丸ひろ子、この二人の女優陣が上手いのです。 特に薬師丸ひろ子は、いつまでも「セーラー服と機関銃」の印象が拭えないと思っていたら、もう昭和の母親役がこの人しかいない!という貫禄者。 この人しかいないと言えば、東北出身の純朴な美少女役のロクちゃん、この役ももう今の若手女優陣の中で堀北真希意外に考えられないでしょう。 どうせお涙頂戴の人情劇だとわかっていながら、結局胸がいっぱいになってしまい、私としてはVFXを楽しみにして、実写とCGの合成部分を見極めようと思っていたのに、涙でスクリーンが曇って見れない状況でした。 今回の映画は上大岡のTOHOシネマで見ました。上大岡の映画館は最近のシネコンブームに乗って昨年出来上がったものです。 映画館に入る直前まで Cafe clie で、美味しいコーヒーとオープンサンドを食べていましたので、今回は館内でポップコーンもコーラも飲みませんでした。考えてみればなんで映画のたびにポップコーンを食べていたのか?これでは太るわけです。 今回の「ALWAYS三丁目の夕日'64」も3D上映なのですが、実は今回妻と二人で夫婦50割引きを使いましたので、3D版ではなく、普通の2D版を観たのです。映画の随所に3D映像で脅かしてやろうという仕掛けがありましたが、おかげで驚くこともなくストーリーに没頭できました。 映画の舞台になったのは1964年、昭和39年、東京オリンピック前後の東京タワーが望める夕日町です。東京オリンピックというと、33年生まれの私が幼稚園の時。日本中の人がこの国民的行事に浮かれ、私の父も記念雑誌みたいのを買っていましたので確かに記憶にあって、水泳のドン・ショランダーという選手の名前を覚えています。 若者たちがIVYルックに身を包み、VANの紙袋を小脇に抱えて銀座のみゆき通りを闊歩していた時代。NHKの「ひょっこりひょうたん島」が放映され、子供たちには「おそ松くん」のイヤミがやる『シェ~~』のポーズが流行った時代です。こうしたものは全て映画の中に取り入れられ、菊池先生が乗っている車はトヨタのパブリカ800、鈴木オートにはその他懐かしい車が色々入庫されています。 鈴木オートの前の道はまだアスファルト舗装がされていませんね。僕が育った弘明寺でも脇道までアスファルトで舗装されたのは小学校低学年の時だったと思います。ですが最後のエンドスクロールのバッグに映し出される堤真一と薬師丸ひろ子が見上げる場面では、道の途中までアスファルトの舗装がされていました。スズキオートの前まで舗装されるのももうすぐなのでしょう。 経済白書で「もはや戦後ではない」と言われた昭和33年から、東京オリンピックの39年までは確かに「古き良き時代」というにふさわしい時代ですが、この後、日本は若者たちが髪を伸ばし、学生運動、ヒピー、フーテン、つっぱり、ポパイ、と進みバブルに至るわけですが、その未来を知っているだけに、今後この主人公たちはこの後どうなってしまうのか気になってしまいます。余計なお世話ですよね?それだけ物語に入り込んでしまったってことかな? もちろん物語がそこまで続くというわけでなく、この物語、やっぱりこの時代が舞台だから胸にぐっとくるものがあるのでしょうか? 前回のコメントにも書きましたが、劇中、町医者役の三浦友和が、医療費が払えない人達に、ヤミで診療している若い医師役の森山未来のことを説明紹介するために、鈴木オートの家族に語るのです。 Last updated February 15, 2012 2:02:00 PM
質屋さんに関係ない人は、御存じ無いことだと思いますが。 実は質屋さんのお客様は殆どがリピーターなのです。 当店の一か月の来客の中で、品物を受け戻したり、質料だけをお支払いに来て下さる方を除いた、純粋に質契約を申し込みに来られるお客様の中で、 始めていらっしゃるお客様は全体の1割にもなりません。 もちろん、私たち質屋の方でも、もう一度ご利用したいと思っていただけるように努力はしているのですが、逆に質屋に入るのは勇気がいるので、それなら一度行ったことがある、あの店にもう一度行こう!という心理が働いているのかもしれません。 今年の初め1月5日のブログにお客様に「今年もよろしく」とは言えない、と書きましたが、同じように「またどうぞ。」とは言えません。 まあ「またお困りの説はどうぞよろしく」ぐらいしか言えないのですが、それでも来ていただける事は私たちにとってはやはり嬉しい事です。 ですから、質屋へ行く必要が無くなったのか、しばらくいらっしゃらなかったお客様が、また何かの機会で再び訪れていただけることも多々あります。 先日いらしたお客様は、もう10年以上前によくいらして下さったお客様。 10年以上前と言うと、まだ私が髪の毛ふさふさの30代後半の頃、そのお客様も私の事を「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と読んで親しくお話をしてくださいました。 で、久しぶりに来ていただいた、そのお客様、やはり50を超えて髪の毛の薄くなった私を「お兄ちゃん」と呼んで下さった時には、私も一瞬肩の力が抜け「ウフ」っと噴出してしまいました。 それを見ていたお客様も、「お兄ちゃんじゃあおかしいか、でもいいわよね。」と言って下さり、嬉しいひと時でした。 Last updated January 19, 2012 4:00:15 PM
訪問買取業者が殺人!! http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00215090.html 2011年12月京都市伏見区の住宅で68歳の女性が首を絞められ殺害された事件で、警察は、貴金属買取業者の21歳の男を逮捕した。
悪質な貴金属訪問買取業者に対しての注意喚起は、一昨年から何度かこのブログで書いておりますが、ついに殺人事件にまで発展してしまいました。 「買取を断られ、奪おうと思った」と、そこまで犯人を追いたてるものは、何だったのでしょうか? 貴金属買取業者では人を殺してまで、奪い取らなくてはならないほどのノルマを、この殺人犯人に課していたということでしょうか? それより、私が以前から言っているように、古物営業法はそのお店において買い取り業務をすることが求められています。お客様の家に行って買い取り業務をすることは、行商の許可を得ることで出来るようになっていますが、こうした事件が起きる限り、この行商の許可というものそのものを無くすべきだと思います。 とにかく、今の時代、見ず知らずの人を玄関を開けて通すことは極めて危険なことだということは、肝に銘じなければならないようです。残念なことですが。 Last updated January 12, 2012 7:36:18 PM
一般的に日本におけるバブル景気と言うのは、1985年9月26日のプラザ合意から、 1990年3月の総量規制までとされています。ただ実際には、土地や株価が実際の価値に乖離して高騰したのはプラザ合意の翌年からですし、総量規制の前から景気後退は見られました。 そんなバブル崩壊という言葉がまだ使われていなかった年の12月30日のことです。 当時すでに、12月31日の夜中まで開店している質屋はなくなりました。4年に亘ったバブルと呼ばれる好景気の為に、それまでつつましやかな生活をしながらも、その年の借金はその年中に返して綺麗な体で新年を迎えよう...なんて日本人の美意識もなくなり、12月も他の月と同じようにとりわけ出質(でびち)が多いと言うことはなくなっていました。 加えて、質屋の方でも一般のサラリーマンが29日に仕事を終えるのに、なんで自分たちだけ31日まで仕事をしなければいけないんだ!という気持ちが強くなり、年内30日や29日には営業を終える質屋も多くなってきていたのです。商売人はそれではいけないと思い、当店は未だに31日までやってますが、従業員がいる質屋ではそうもいかないのでしょう。 その年も、もう他の質屋は昨日で終わってるんだなぁ~などと考えながら店を閉める準備をしていたら、大きめのワンボックス車に、毛皮やビデオカメラや着物やルイヴィトンのボストンバッグ、スーツに時計に貴金属類、それに当時大型だった27インチのワイドテレビまで、家中のありとあらゆる金目の物をお持ちになって、予定していた入金が入らず、従業員に正月の餅代が払えないから何とかして欲しいというお客さんがいらっしゃいました。 査定だけで1時間近くかかり、それだけ閉店も遅くなってしまいましたが、景気後退を印象付ける出来事であり、その後あまり景気のいいニュースは聞かなくなったのです。 それからの日本はもう殆ど毎年不景気でした。特に小泉総理大臣になってからは、「勝ち組・負け組」という言葉がもてはやされたように、貧富の差が大きくなって、レアなブランドバッグやロレックスやカルティエの高級時計を持ちになるお客様もいれば、生活保護費の支給日にしか受戻されない方まで、質屋の側からもそれはひしひしと感じられました。 ただ、世間一般に不景気が浸透すると、また「その年の借金は、その年のうちに返して、きれいな体で新年を迎える...」という美徳が思い出したようにお客様の間でも出てくるようになったのです。さすがに12月31日の夜2時3時と言うことはありませんが、12月を終えると、倉庫の中がガランとして掃除がしやすかったものです。 ところが、今年、すでに12月29日になり、公務員の人は昨日で御用納めが過ぎ、会社員の人も殆どの人が今日で終わりでしょう。質屋も、受け戻されるお客様が多くなると思いきや・・・ 今年は12月に入ってから何処か変です。入質(いりびち)や買取が妙に多く、受け戻しになるお客様が少ないのです。 それはバブルの好景気の時とは違い、出質が少ないだけではなく、入質が多いのです。買取も多くあります。ようするに不況なのです。想像を絶する不景気の嵐が吹き荒れているのです。 当店でも運転資金のやりくりが大変ですが、こんな時こそ質屋が求められている時代、12月31日まで頑張ります。 Last updated December 31, 2011 4:58:58 PM |一覧| |
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