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あなぐま質店

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質屋・あなぐまの雑記帳 [全75件]

May 11, 2012楽天プロフィール Add to Google XML

劇団TPS皐月公演「お預かり致します」
[ 雑記 ]  

パンフレット

劇団TPSの質屋を題材にした演劇『お預かり致します』のゲネプロを見に行った時のお話です。
私はこの日、質流れ品を売却処分する古物市場があって、私はこの市場の役員でもあり忙しかったのですが、早退してゲネプロを観に行きたいがために定休日だった先輩を呼び出して私の仕事をやらせてしまいました。まあ先輩と言うか同業の親友なのですが先輩の優しさが身に沁みたのでした。

 

さて、物語は、その品物への想いを打ち明けないと預かってくれないという、そんな質屋に訪れる何人もの客が話す身の上話が、オムニバスのように続けられます。
 実際にはそんな事はありません、理由など言わなくてもいいのです。ただご自分から理由を言って、どうしてもお金が必要なんですとおっしゃるお客様は多いです。
最近印象に残ったのは、昨年の3月12日、東日本大震災の翌日に、家にある金目の品物を全て持ってきて、これから陸前高田の実家に帰るから...というお話が印象に残ってます。
あの時はお客様の実家の様子を思い描きながら私も一緒に泣きました。

もちろん演劇にリアリティーを求めるつもりはありません。今私が棲むこの世界とは別のパラレルワールドがあって、その世界では、品物に対する想いを語らないと預かってくれない...そう思えばよいのです。テレビの『世にも奇妙な物語』みたいなものとですね。

 

この世界の質屋ではお客さんが想いを語って預かった品物を置いてある部屋があるようです。
私の世界の質蔵とは違って部外者でも入れるようで、この部屋で質受け人が取にこない品を買いに来る常連さんのような人が出てきて、その人が言います。
「あ~~あ、オヤジまたあんなこと言って、これじゃあ全然儲からないじゃないか!」
 儲からない商売って普通はないですよね。でも実際質屋では結果的に儲からない商売をする場合はあります。極端な話、価値が無い品物でもお客さんが必要な金額だけお貸しして、期限までに元金と質料を持ってきていただければ質屋は損をしません。本当に価値が無かったら金融の類似行為になるのでやってはいけない行為ですが、価値があるかどうかは質屋が決めることです。
 
で、お客様が本当にお困りの様子だったら、その品物の価値には目を瞑ってお客様の必要な金額だけお貸しすることはあることなのです。その場合そのお客様が元金を返しに来なかったら、質屋は請求するわけにはゆきませんので、質屋には価値が無い品物だけが残って、まる損になるわけですが、
 
実は私、この日の市場では、そんなふうにお客様を信じて相場以上の金額をお貸しして、結局返してもらえなかった品者を売却する、いわゆる「損売り」をしてきたのでした。これは心が痛みます。
『俺って馬鹿だな、お人よしだね、どうしようもないな』と反省するのです。でもきっとまた信じてしまうのでしょう。


この演劇で質屋を訪れるお客様は色んな種類の方がいらっしゃいます。
色んなお客さんが色んなお話をしながら、回想シーンが小さな舞台で繰り広げられるのです。


品物に対する想いを語らないと値段をつけない...というのは言い過ぎですが、
骨董の場合はその品物にまつわる物語を大切にします。お客様が
『この刀は関ヶ原の合戦以降、代々我が家に伝わるもので、祖父が西南戦争に従軍した時も...』
とおっしゃったとすると、刀と言うのは制作年代で反りや形が違いますし、刻印を見れば何処の国の刀鍛冶が何年に作ったものかはわかります。
お客様のおっしゃる話につじつまが合えば、その話は骨董の価値としてその刀と一緒について回ることになるのです。・・・だから、お客様のお話には価値があるのですね。


初めにこの演劇の質屋にリアリティーを求めてはいけないと書いたのに、こう言うのもなんですが、この劇の質屋はとっても無愛想です。それに着物を着ています。今の質屋でこういう主人は少ないと思います。こういう役作りでこうなのか?世間の質屋のイメージってこうなのでしょうか。


ところが私が質屋を継いだ時、周囲のお店の先輩質屋というのはこんな感じでした。
本当に無愛想な爺ばかりで、セールスマンから転身した私には不思議でしかたありませんでした。
ただ当時のお客さんの中にはヤクザや人を騙そうとする輩も多かったので馬鹿にされない為には愛想よくてはいけなかったのでしょうね。


この質屋を訪れる様々な客達が語る話は私には関係が無いはずなのに、母への想い、子供への愛情、絵画への情熱、その他色んな事が、どれも自分の事を言っているようで、劇を観ながら我が人生を考え直してしまいました。

実はですね、この日古物市場で、神奈川県内を中心に多店舗展開している大手買い取り専門店のお●からやが質屋も始めると言うニュースを聞いたばかりでした。この店は私の店がある弘明寺にもあって、買い取り値段は質屋より全然低いのですが、歌手の吉幾三を使ったチラシを暴力的とも思えるほど毎週折り込んできて、今後影響が出てくるかなぁ~と多少凹んでいたのでした。
 
ところがこのTwo Point Spirit の『お預かり致します』を観せていただき、自分は自分らしく、質屋と言う商売に誇りを持って営業してゆこう!と、プラス思考になる事が出来ました。


ところで、今回この演劇を観るきっかけを作ってくれた女優の大岡綾子さん、舞台上でもとっても綺麗 で、その器量だけでなく役柄上、その所作・立ち居振る舞いも綺麗に演じておりました。
天使のような女の子という表現がありますが、彼女こそホント、天使のようでした。

Two-Point Spirit 皐月公演『お預かり致します』高田馬場RABINESTで5月13日まで、
詳しくはhttp://www.tps-theater.com/stageguide.html
 




Last updated May 11, 2012 10:28:05 AM


February 16, 2012

ALWAYS三丁目の質屋さん'64(その3)

Image2.jpg

まずは私の家族を紹介します。昭和42年頃の写真ですが、この中で一番小さいのが私です。
私は三人兄弟の一番下で、長男とは6歳の違いがありましたので、この写真で私が小学2年とすれば、
兄は中学2年ということになりますね。
 
左の写真は母が3人の子供を連れて何処かへお出かけするところのようです。たぶん父か母の実家ではないでしょうか?現在でしたら遊園地とか動物園といったところでしょうが、母も父と一緒にお店を手伝っていましたので、家族でそうしたレジャー施設に行った記憶はあまりありません。
 
それと、質屋はお客様の大切な品物をお預かりしているんだら、という理由で、お店の定休日でも
父か母かどちらかが留守番しなければいけなかったので、両親と一緒にお出かけしたことは一度もありませんでした。よくテレビの『チャコちゃん』で、パパとママと一緒に遊園地に行く場面がありましたが、
別に羨ましいとは思いませんでしたが、まあ、うちではありえないことだと冷めた目で見ていました。
 
そのかわり二人の兄がおりました。幼稚園から帰ると、一緒にテレビを見たり、トランプやボードゲームをやって遊んでくれました。雨の降る日は新聞紙を糊で貼って大きな紙にして折り紙で船を作る要領で、
自分が乗れるような大きな折り紙船を作って海に出た気分になったり、母が使っていた和裁用の板を
窓枠に立てかけて滑り台にして遊んでくれた思い出があります。
 
当時の営業時間は朝9時から夜9時まで、世間一般ではまだお父さんが夕方会社から帰ってきて、
家族揃って夕食を食べるというのが常識なのでしょうけど、それもありません。
幼稚園の頃は早寝早起きだったので、1階で父と母がお店で仕事をしている音を聞きながら布団の中で眠りについたものです。
 
少し大きくなり、遅くまで起きているのが許されるようになると、毎日夜は家族揃ってテレビの前に集合したものです。色んなテレビドラマや科学番組をみんなで一緒に見ました。
それも10時ぐらいまでかな?その時間を過ぎると、「はい、子供は寝る時間よ」と母に言われ、
私達兄弟は布団を並べて寝ると、両親は一階のお勝手でウィスキー(サントリー・レッド)を飲む時間になったようです。
 
それから普段は両親は忙しかったのですが、正月だけは家族5人揃って楽しむことが出来ました。
それが右二枚の写真ですね。
正月3ヶ日だけは質店もお休みでしたので、朝、代わりばんこに朝風呂に入って身を清め、
神棚にお参りをして、お節料理をたべます。その後、お年玉をもらって、みんなでゲームをしたり、
弘明寺観音に初詣に行ったりして、この3日間だけは家族揃って過ごす事が出来たのです。
 
子煩悩だった父も正月を楽しみにしていたのか、毎年色紙に今年の目標を寄せ書きしていた事も
ありました。
 




Last updated February 16, 2012 7:53:10 PM

ALWAYS三丁目の質屋さん'64(その2)

img_1585949_54442247_0.jpg 

映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」は、東京オリンピックが開催された1964年当時の夕日町(架空)を舞台に物語が展開します。
1964年と言えばこの映画の第一章が始まった昭和33年から6年後、もはや戦後ではないと言われた高度成長の幕開けから、一つの目標としてのオリンピックの開催が達成された年です。
 
何度も書いていますが私が生まれたのも昭和33年、人の記憶は何歳ぐらいからあるかは人それぞれでしょうけど、私はこの東京オリンピックの事は記憶にあります。ちょうど幼稚園の年長さんの時ですね。
 

img_1585949_54442247_1.jpg


映画にも出てくる「東洋の魔女」の活躍や、アベベと円谷のマラソン等、ゲームの詳細までは記憶にありませんが、父が東京オリンピックの記念メダルを買ったり、朝日グラフの写真集や、記念テープ(オープンリールのテープレコーダー用の録音テープ)を買ったりして、我が家でも盛り上がっていたことは覚えています。
 
東京オリンピックそのものの記憶は、その程度ですが、
この年、オリンピックの開催に合わせて東海道新幹線が開業しています。
 
映画の中でも最後の方のシーンで、
新婚旅行の為に東京駅から旅立つ
六ちゃんを鈴木オートの家族が送りに行くシーンがCGで再現されています。
 
上の写真はCGではありません。
新幹線の開業は1964年の10月1日
オリンピック開催の10日前ですね。
 
実は父が10月7日に開業したばかりの東海道新幹線に乗って大阪まで遊びに行っているのです。
開業したばかりだったので、パンフレットや小冊子など色んなグッズをお土産に持ってきてくれたことを覚えています。
 
このブログは「・・・三丁目の質屋さん'64」なので、ごく普通の1964年ではなく、当時の質屋さんの生活を少しでも書かなければいけません。質屋の普通の生活は前作「ALWAYS続三丁目の質屋さん」に書いていますが、
この当時、思い返してみると、親父達はよく働きましたが、よく遊んでもいたなぁ~!と思います。
 
当時の横浜市南区(現在の南区と港南区)の旧大岡警察署管内の質屋さんの組合員は40軒以上あったそうです。その組合内部で懇親会をやったり、旅行も毎年行ったり、当時はどこも夫婦で営業していたので、店を奥さんに任せて二泊も三泊もかけて旅行に行くのはあたりまえだったようです。
 
もちろん宴会と言えば芸者さんも来るでしょう。いわゆる「飲む、打つ、買う」ではありませんが、
麻雀や博打が好きな人もいて、宴会の後は朝まで麻雀が繰り広げられていたという話は聞きます。
賭け事が嫌いな父は、同じく賭け事が嫌いな地元のO質店さんと一緒に、二人だけであるいは芸者さんを入れて複数での旅行をしていたようです、店を母に任せて。。当時はそれが当たり前だったようです。
 
このブログを書くために古いアルバムを見直してみたら、父たちが行った旅行先の写真がたくさん出てきました。北海道や京都、松山、東尋坊等々。開業したばかりの新幹線で大阪に行けたのも、そんな時代が背景にあり、もうひとつ、当時は自営業者の方がサラリーマンより豊かな生活が出来たからというのもあると思います。
 
その後、日本はどんどん発達し、中小の自営業者と大企業のサラリーマンとの年間収入は逆転し、
どんどん離されて行くのですが、今後、今のまま日本経済が低迷を続けると、
もしかしたら、また自営業者の方が年収が多い時代が来るかもしれませんね。
 
 
 
 
父がお土産代わりに持ってきたパンフレットの中の運賃表を写してみました。
img_1585949_54442247_3.jpg




Last updated February 16, 2012 7:48:07 PM

February 15, 2012

映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」の感想

この映画については、前二作の続編と言う事もあり、またテレビでも盛んに宣伝したり特集番組を組んでいたこともあって、意外性はないけど、安心して観ることも出来るということで、映画館内は50~80歳ぐらいの高齢者が多かったです。  

この作品は第一段の「ALWAYS三丁目の夕日」の時から、昭和30年代をスクリーンに再現するために大胆なVFX(特殊視覚効果)で、これまで建設中の東京タワーを見せたり、首都高が出来る前の日本橋を再現したりしてきましたが、今回も完成した東京タワーや空に五輪の絵を描くF86ジェット戦闘機、それに旧丸ビルが背景に映る東京駅を100系の新幹線が出発するシーンなど、製作者が楽しんでいることがうかがえ、その楽しさは確かに観る人に伝わってきました。  

物語はロクちゃんの恋の行方と、茶川家族の話で進んでゆきますが、やたらと大声を上げる男性陣の影で、鈴木オートの奥さん役、薬師丸ひろ子と、茶川の奥さん役小雪の表情による演技がいいです。  

茶川が父の葬式の帰りの電車内で、「けっきょく親父に勘当されたからここまでやってこれたんだよな。」と語り始めると「な~に?」と優しく見つめる小雪。ロクちゃんが結婚することになって、月を眺めてしみじみ感慨にふける堤真一にお茶を出して寄り添う薬師丸ひろ子、この二人の女優陣が上手いのです。  

特に薬師丸ひろ子は、いつまでも「セーラー服と機関銃」の印象が拭えないと思っていたら、もう昭和の母親役がこの人しかいない!という貫禄者。  

この人しかいないと言えば、東北出身の純朴な美少女役のロクちゃん、この役ももう今の若手女優陣の中で堀北真希意外に考えられないでしょう。   どうせお涙頂戴の人情劇だとわかっていながら、結局胸がいっぱいになってしまい、私としてはVFXを楽しみにして、実写とCGの合成部分を見極めようと思っていたのに、涙でスクリーンが曇って見れない状況でした。  

今回の映画は上大岡のTOHOシネマで見ました。上大岡の映画館は最近のシネコンブームに乗って昨年出来上がったものです。  

 映画館に入る直前まで Cafe clie で、美味しいコーヒーとオープンサンドを食べていましたので、今回は館内でポップコーンもコーラも飲みませんでした。考えてみればなんで映画のたびにポップコーンを食べていたのか?これでは太るわけです。  

今回の「ALWAYS三丁目の夕日'64」も3D上映なのですが、実は今回妻と二人で夫婦50割引きを使いましたので、3D版ではなく、普通の2D版を観たのです。映画の随所に3D映像で脅かしてやろうという仕掛けがありましたが、おかげで驚くこともなくストーリーに没頭できました。  

映画の舞台になったのは1964年、昭和39年、東京オリンピック前後の東京タワーが望める夕日町です。東京オリンピックというと、33年生まれの私が幼稚園の時。日本中の人がこの国民的行事に浮かれ、私の父も記念雑誌みたいのを買っていましたので確かに記憶にあって、水泳のドン・ショランダーという選手の名前を覚えています。  

若者たちがIVYルックに身を包み、VANの紙袋を小脇に抱えて銀座のみゆき通りを闊歩していた時代。NHKの「ひょっこりひょうたん島」が放映され、子供たちには「おそ松くん」のイヤミがやる『シェ~~』のポーズが流行った時代です。こうしたものは全て映画の中に取り入れられ、菊池先生が乗っている車はトヨタのパブリカ800、鈴木オートにはその他懐かしい車が色々入庫されています。  

鈴木オートの前の道はまだアスファルト舗装がされていませんね。僕が育った弘明寺でも脇道までアスファルトで舗装されたのは小学校低学年の時だったと思います。ですが最後のエンドスクロールのバッグに映し出される堤真一と薬師丸ひろ子が見上げる場面では、道の途中までアスファルトの舗装がされていました。スズキオートの前まで舗装されるのももうすぐなのでしょう。  

経済白書で「もはや戦後ではない」と言われた昭和33年から、東京オリンピックの39年までは確かに「古き良き時代」というにふさわしい時代ですが、この後、日本は若者たちが髪を伸ばし、学生運動、ヒピー、フーテン、つっぱり、ポパイ、と進みバブルに至るわけですが、その未来を知っているだけに、今後この主人公たちはこの後どうなってしまうのか気になってしまいます。余計なお世話ですよね?それだけ物語に入り込んでしまったってことかな?  

もちろん物語がそこまで続くというわけでなく、この物語、やっぱりこの時代が舞台だから胸にぐっとくるものがあるのでしょうか?  

前回のコメントにも書きましたが、劇中、町医者役の三浦友和が、医療費が払えない人達に、ヤミで診療している若い医師役の森山未来のことを説明紹介するために、鈴木オートの家族に語るのです。
「今はみんなが上を目指している時代だ、もっと豊かになろうとしている・・・だけど彼は人の役に立つことを喜ぶ、役に立って感謝されることを目標にしている・・・」
と言うのですよね。私達質屋さんも同じです。
お客さんに『たすかりました。』と言われるのが一番嬉しいですものね。




Last updated February 15, 2012 2:02:00 PM

January 19, 2012

リピーター
[ 質屋のお仕事 ]  

質屋さんに関係ない人は、御存じ無いことだと思いますが。  

 実は質屋さんのお客様は殆どがリピーターなのです。  

 当店の一か月の来客の中で、品物を受け戻したり、質料だけをお支払いに来て下さる方を除いた、純粋に質契約を申し込みに来られるお客様の中で、

始めていらっしゃるお客様は全体の1割にもなりません。  

もちろん、私たち質屋の方でも、もう一度ご利用したいと思っていただけるように努力はしているのですが、逆に質屋に入るのは勇気がいるので、それなら一度行ったことがある、あの店にもう一度行こう!という心理が働いているのかもしれません。  

今年の初め1月5日のブログにお客様に「今年もよろしく」とは言えない、と書きましたが、同じように「またどうぞ。」とは言えません。

まあ「またお困りの説はどうぞよろしく」ぐらいしか言えないのですが、それでも来ていただける事は私たちにとってはやはり嬉しい事です。  

ですから、質屋へ行く必要が無くなったのか、しばらくいらっしゃらなかったお客様が、また何かの機会で再び訪れていただけることも多々あります。  

先日いらしたお客様は、もう10年以上前によくいらして下さったお客様。 10年以上前と言うと、まだ私が髪の毛ふさふさの30代後半の頃、そのお客様も私の事を「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と読んで親しくお話をしてくださいました。  

で、久しぶりに来ていただいた、そのお客様、やはり50を超えて髪の毛の薄くなった私を「お兄ちゃん」と呼んで下さった時には、私も一瞬肩の力が抜け「ウフ」っと噴出してしまいました。  

それを見ていたお客様も、「お兄ちゃんじゃあおかしいか、でもいいわよね。」と言って下さり、嬉しいひと時でした。  




Last updated January 19, 2012 4:00:15 PM

January 12, 2012

貴金属買取業者に殺された
[ 雑記 ]  

訪問買取業者が殺人!!

 http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00215090.html  

 2011年12月京都市伏見区の住宅で68歳の女性が首を絞められ殺害された事件で、警察は、貴金属買取業者の21歳の男を逮捕した。
強盗殺人の疑いで逮捕されたのは京都市右京区の貴金属買い取り会社社員・奥山喜裕容疑者(21)。
2011年12月20日、京都市伏見区の住宅で、この家に住む辻 艶子さん(当時68)が、首を絞められて殺害されて遺体で見つかり、指輪数点がなくなっていた。
近隣住民からの情報などをもとに警察が調べを進め、12月10日に貴金属買い取りのため辻さんを訪ねた奥山容疑者に事情を聴いたところ、殺害を認めたため、逮捕した。調べに対して奥山容疑者は、 「指輪の買い取りを断られ、奪おうと思った」と話していて、警察は、殺害に至るくわしい経緯を調べている。

 


  悪質な貴金属訪問買取業者に対しての注意喚起は、一昨年から何度かこのブログで書いておりますが、ついに殺人事件にまで発展してしまいました。

「買取を断られ、奪おうと思った」と、そこまで犯人を追いたてるものは、何だったのでしょうか?   貴金属買取業者では人を殺してまで、奪い取らなくてはならないほどのノルマを、この殺人犯人に課していたということでしょうか?  

それより、私が以前から言っているように、古物営業法はそのお店において買い取り業務をすることが求められています。お客様の家に行って買い取り業務をすることは、行商の許可を得ることで出来るようになっていますが、こうした事件が起きる限り、この行商の許可というものそのものを無くすべきだと思います。  

 とにかく、今の時代、見ず知らずの人を玄関を開けて通すことは極めて危険なことだということは、肝に銘じなければならないようです。残念なことですが。




Last updated January 12, 2012 7:36:18 PM

December 31, 2011

不景気と質屋.2

img_976164_54321344_0.jpg

一般的に日本におけるバブル景気と言うのは、1985年9月26日のプラザ合意から、 1990年3月の総量規制までとされています。ただ実際には、土地や株価が実際の価値に乖離して高騰したのはプラザ合意の翌年からですし、総量規制の前から景気後退は見られました。  

 そんなバブル崩壊という言葉がまだ使われていなかった年の12月30日のことです。   当時すでに、12月31日の夜中まで開店している質屋はなくなりました。4年に亘ったバブルと呼ばれる好景気の為に、それまでつつましやかな生活をしながらも、その年の借金はその年中に返して綺麗な体で新年を迎えよう...なんて日本人の美意識もなくなり、12月も他の月と同じようにとりわけ出質(でびち)が多いと言うことはなくなっていました。

  加えて、質屋の方でも一般のサラリーマンが29日に仕事を終えるのに、なんで自分たちだけ31日まで仕事をしなければいけないんだ!という気持ちが強くなり、年内30日や29日には営業を終える質屋も多くなってきていたのです。商売人はそれではいけないと思い、当店は未だに31日までやってますが、従業員がいる質屋ではそうもいかないのでしょう。

   その年も、もう他の質屋は昨日で終わってるんだなぁ~などと考えながら店を閉める準備をしていたら、大きめのワンボックス車に、毛皮やビデオカメラや着物やルイヴィトンのボストンバッグ、スーツに時計に貴金属類、それに当時大型だった27インチのワイドテレビまで、家中のありとあらゆる金目の物をお持ちになって、予定していた入金が入らず、従業員に正月の餅代が払えないから何とかして欲しいというお客さんがいらっしゃいました。

   査定だけで1時間近くかかり、それだけ閉店も遅くなってしまいましたが、景気後退を印象付ける出来事であり、その後あまり景気のいいニュースは聞かなくなったのです。

   それからの日本はもう殆ど毎年不景気でした。特に小泉総理大臣になってからは、「勝ち組・負け組」という言葉がもてはやされたように、貧富の差が大きくなって、レアなブランドバッグやロレックスやカルティエの高級時計を持ちになるお客様もいれば、生活保護費の支給日にしか受戻されない方まで、質屋の側からもそれはひしひしと感じられました。  

ただ、世間一般に不景気が浸透すると、また「その年の借金は、その年のうちに返して、きれいな体で新年を迎える...」という美徳が思い出したようにお客様の間でも出てくるようになったのです。さすがに12月31日の夜2時3時と言うことはありませんが、12月を終えると、倉庫の中がガランとして掃除がしやすかったものです。

   ところが、今年、すでに12月29日になり、公務員の人は昨日で御用納めが過ぎ、会社員の人も殆どの人が今日で終わりでしょう。質屋も、受け戻されるお客様が多くなると思いきや・・・   今年は12月に入ってから何処か変です。入質(いりびち)や買取が妙に多く、受け戻しになるお客様が少ないのです。

   それはバブルの好景気の時とは違い、出質が少ないだけではなく、入質が多いのです。買取も多くあります。ようするに不況なのです。想像を絶する不景気の嵐が吹き荒れているのです。   当店でも運転資金のやりくりが大変ですが、こんな時こそ質屋が求められている時代、12月31日まで頑張ります。




Last updated December 31, 2011 4:58:58 PM

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