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July 28, 2009 楽天プロフィール Add to Google XML

新しいブログを立ち上げました。

今度は、もうちょっと自由に書いていこう!と

新しいブログを立ち上げました。

「一番の自分になろう!」というタイトルです。(^-^)

 http://ameblo.jp/lovian16/

 

また、皆さんと新しいブログでお会いできるのを

楽しみにしています。

 

一応、今のところ、コメント受付中です。(笑)

しばらくしたら消える可能性ありですが。(^^;;

 

それでは、新しいブログでお会いしましよう!

 



Last updated  July 28, 2009 10:03:52


July 23, 2009

振動数を高くする

さっきまで、書いていたブログの内容が

またまた勝手に消えてしまった。

 

「振動数を高くする」ことだけ書けばいいって感じで。

 

振動数って一口に言っても、バイブレーションの数値のことではなくて、

意識レベルの話。

だったら、意識レベルって言えば?というと、それとはちょっと違う。

こう言うと、余計ややこしくなって、理解しづらいらしい。

 

それもわかる。

 

うーん、でも説明するとなると、ものすごくあいまいで、

やっぱリ理解しにくいもの、それが「振動数」かも知れない。

 

振動数を理解してもらうのに、よくその「高さ」で表現している。

これはまぁ、3次元的にわかりやすいから。

内容はともかく、理解されやすいと思って、数値で表したりする。

 

私がよく使っているのは、「パワーかフォースか」という本の

意識レベルの表。

案外、キネシオロジーを知っている人なら、結構読んでいる人も

多いみたいだから、知っている人もいるだろう。

 

この数値には、1,000までしか書いていなくて、最高が1,000という数値に

なっている。

最高レベルは、「キリスト」の意識だそうだ。

多分、この著者は、キリスト教圏の人なので、「キリスト」が最高なのだろう。

つまりキリストは、1,000。

 

この意識のマップを使って、以前私は人の意識のレベルを

計っていた。

もちろん、キネシオロジーを使い、その人にもわかるように。

そもそも、キネシオロジーを頻繁に使うようになった最大の理由は、

目に見えないものを目に見える形にして見せてあげられる

素晴らしいツールだと直感したからだ。

 

それを使って、最初たくさんの人の振動数を計っていた。

 

だから、私の人間的な理解の中では、その意識のマップにある

1,000がやはり最高なのだろう、と思っていた。

 

ところがある日、私に新しいメッセージがやってきた。

魂のお仕事に関するメッセージだった。

そして、それを成し遂げるために、私自身の

振動数を30,000まで上げなければならない、

と「声」は言うのだ。

当然のことながら、私は仰天した。

友人と二人、30,000まで上げろ、という声を聞いて、

私の頭の中には、「ありえない」という思いしかなかった。

だって、そもそも、そんな数字どこから出てくるのよ!?

と思っていた。

 

キリストが1,000レベルだって言うのに、

私が30,000なんてありえないでしょー!?

というのが私の率直かつ、当然な思いだった。

 

しかし、刻々と魂のお仕事をする日は近づいてくる。

メッセージが、30,000と言ったからには、きっとそれをしなければ

ならない「理由」があるはずだ。

魂の声には従う、これが私の中での鉄則。

 

だったらもう、従うしかない。

意を決して、友人と二人、30,000を目指して、

振動数をあげることに意識を集中した。

もちろん、それはその時の私には、全く簡単なことではなく、

途中、頭は割れるように痛くなり、心臓はばくばく言い始めて、

呼吸困難に陥ったので、いったん中止。

それでも、30,000という数値には、届くはずもなく、

こんなんで大丈夫?という思いがあった。

 

結局3週間をかけて、最終30,000まで上げることに成功した。

 

やればできるものだ、というのがその時の感想だった。

面白いことにその時は、毎日朝から晩まで、あふれるような

メッセージの洪水だった。

常につながった状態にあったせいか、それがさも当然のように感じ、

ものすごく目が覚めている気がした。

 

世界は明るく光っていて、色鮮やかなのだ。

 

もっとも、その時は、魂のお仕事を終えると同時に、

そんな数値の状態ではなくなったけれど、

それもその時の私の意識が、

そうさせていたことを今では感じている。

 

なぜなら、今では、100,000であろうが、

その状態になっていることは可能だからだ。

 

その本を読んで、500以上になりたいと考えている人たちには、

信じられない事かも知れないが、私のところにきている人たちは、

セミナー中、振動数を10,000まで上げている人なんてざらにいる。

 

今では私も、それが特別、大変なことではないことを

よく知っているのだ。

 

なぜならば、エネルギーの世界は、意識したこと、

イメージしたことが現実だから。

 

イメージできることは、即座に現実となりうるのだ。

 そのことが理解できないとすれば、その人はまだ、

そのレベルに達していないだけにすぎない。

 

大したことではない。

誰でも到達可能なのだ。

 

そして、到達してしまえば、それがそうたいしたことではないことを

理解できるだろう。

できないと思う心ができなくし、無理だと考えるから、

無理になっていくだけなのだ。

 

エネルギーの世界では不可能なことなど、

存在しない。

なぜなら、単純にイメージだから。

 

嘘だと思うなら、あなたも振動数を上げに来てみればいい。

やってもみないで不可能だと思うのが、

普通の人。

できるかどうかやってみないとわからない、と

思う人が自分の望む現実を手に入れる。

 

あなたが手に入れたいものは、どんな現実なのか、

考えてみればいい。

 

問題を作りだす名人は、間違いなく、振動数が低い。

逆に楽観的に物事を見ることができる人は振動数が高いことになる。

先を見通す力は、またその上に存在する。

 

けれど、誰でもその部分に到達可能なのだ。

その方法さえ、理解していれば。

 

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エンライトメントHP

http://www.angel-support.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



Last updated  July 23, 2009 09:54:40

July 10, 2009

過去世ワークで13kgも痩せた!

なんだか、前回書いてから、ずいぶん経ってしまいました。

どうも、毎回書きますね、なーんて書いたらしく、
友人に「ちっとも書いてませんよね」なーんて、
指摘されてしまいました。


スミマセン。

 

ここのところ、オーラハーモニーやセミナーが

立て続いていたもので、プログまでなかなか手が回らず

でした。

 

明日も東京のセミナーなんですが、

まだ東京セミナーの準備もそこそこに

これを書いています。

 

毎回、セミナーでも、オーラハーモニーでも、

本当にいろいろ起きてくるのですが、

どこから話せばいいの?見たいに思っているうちに、

次が来て、前の出来事を忘れてしまう、健忘症な私です。

 

この間、京都の7回目のセミナーを終えて、

セミナーに参加してくださっているデザイナーさんが、

「皆、顔が真っ白くなって、それぞれに合う服を着て、

かわいくなってたよね。」

と言っていました。

 

そうなんです!

振動数が上がるとね、ものの見方や見え方そのものが

変わってくるから、自然ときれいになってくるんです。

 

振動数が上がると、顔や目が輝いてきて、

自然にお腹に力が入り、自分に自信がついてきます。

 

そうすると、本当に勝手に綺麗になっていくんですよ。

 

顔がくすんで見えるのは、単純に日焼けとか、

年齢とかそういうことだけではなくて、内側のあなたが、

くすんでいるのかも知れません。

 

よくね、内側を磨くときれいになるって言いますけど、

ハーモニーやセミナーに参加された方が文字通り

そんな顔をして帰ります。

 

内側からぴかって光って来ると、

不思議なくらい顔がきれいになるんですね。

 

そういえば、有名なモデルさんたちなんかも、

くすんだ顔をしているときには、マネージャーさんが

ヒーリングを受けに連れて行ったりするそうです。

 

心の問題や何かが解決すると、実際に綺麗になることが

わかってるんですね。

 

前回の会津のハーモニーの時には、前日に

過去世をやってたのですが、その中で大物の悪役

(あえて役と呼ばせてもらいます。)をやっていた人が、

その人物の問題をその時解決したら、その後、ほんの一か月くらいで

13kgも痩せた、と言っていましたから、本当にびっくりです。

実際、二周りくらい小さくなってた感じでしたね。

 

これまで彼女はお腹がすいていなくても、

つい食べてしまう癖をもっていた、と言います。

甘いものには目がなくて、ついついお腹がいっぱいにも

かかわらず、食べてしまって、後で自分を責めていたと

言うのです。

 

それが、その過去世ワークをやったあとでは、

そんなに食べたくなくなったらしいのです。

無理して痩せよう、ではなくて、心が満たされているので、

食べ物でお腹(心)を満たす必要がなくなったんですね。

それで、自然に痩せてしまった、というわけです。

 

こんな方、案外たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

食べたいわけでもないのに、つい手が出てしまう。

口に何か入っていないと、なんとなく不安になる、という人は

体ではなく、心が原因の場合がほとんどです。

 

今生で太った最大の理由が、過去世にあったの?

という不思議なパターンでした。

 

 

実際、こう言うことをいろいろとやっていると、

やっている私が「ほー」と思うこともしばしばです。

 

私は、エネルギーを封入したエッセンスも販売しているのですが、

そのエッセンスはすべてその方のエネルギーに合わせて

こちらでお選びしています。

 

たくさんご注文いただいた中で、

こんな面白いご注文をいただいたこともありました。

「飼っている犬がやせるエッセンスはありませんか?」

というものでした。

 

そのご注文をいただいた時には、「へっ?」って感じでしたが、

そのワンちゃんにもエッセンスが 効く、と感じたいたので、

「痩せるエッセンス、というものはありませんが、今、そのワンちゃんに

ぴったりのエッセンスをお送りします。」ということで、

お送りしました。

 

しばらくすると、「すごいです!本当に痩せてきました!」というメールを

いただき、こちらが゛びっくりしてしまいました。(笑)

 

基本的に、エンライトメントではいつもその方に合っているもの、

必要なものしかお渡しすることができません。

私には、その方が合わないものを持った時に、

エネルギーが落ちてしまうのが見えてしまうので、

ご要望があっても、必要でないものは販売しない、というのが

うちのポリシーです。

以前は、よくこれで夫や友人に「頑固おやじの店」と

評されていました。(笑)

 

ある意味、便利なような不便なような・・。

商売人としては、あんまり成り立たないパターンじゃないの?と

ずっと思っていましたが、ありがたいことに、うちをご利用いただく方は、

私がびっくりするくらい、リピーターの方たちで占められています。

 

本当にありがたいことです。

私自身、皆さんの顔が輝いたり、エネルギーがきれいに

なっていくのを見ると、本当に「楽」になります。

このお仕事って、やっぱりライフワークだと思います。

 

一番多いご要望は、気に入ったアクセサリーが欲しい、

というものでしたが、そもそも私が趣味で作っていてさえ、

合っているとエネルギーがどんっと上がり、合っていなければ、

落ちてしまうのを目の当たりにすると、とてもではないけれど、

下手なものをあげたりできません。

 

最初に私がアクセサリーを作り始めたきっかけは、

ちょっとしたものを自分が作れたら楽しい、という程度だったのですが、

初めて作ったアクセサリーを友人たちにプレゼントしたら、

なぜか皆が口ぐちに「このアクセサリーには金運があるよ」と

言ってくれたんですね。

 

作った私自身は半身半疑な感じでしたが、まぁ、金運がつくのなら、

私のと夫のも作っておこう♪と言うわけで、二人分のを作ると、

次の日、夫が興奮して帰ってきて、

「やっぱりこのストラップ、金運があるよ」と

言うのです。

何やらお金を拾ったらしい。(笑)

 

それからというもの、どんどんそのような噂が広がって、

次から次へとアクセサリーの注文を受けるようになりました。

その頃は、一日で20本くらい作ることもざらにありましたね。

(最近忙しいので、あまりお受けしてていませんが^^;)

 

そして、私が驚くことに、次々に、金運だのラッキーだのが

起きた、という報告が私のもとに入ってきていました。

正直、言うと、私の方がびっくりでした。

 

そのうち、ストラップやブレスレットを作ると、

勝手にエネルギーが入るようになり、

メッセージも来るようになって、最近では皆さん

それを「おみくじ」と呼んで(笑)楽しみにしてくださっているようです。

 

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Last updated  July 10, 2009 16:17:55

June 10, 2009

自分と向き合う。

今、エンライトメントセミナーのステージ1を続けています。

その内容のほとんどは、「自分と向き合う」というもの。

 

自分と向き合う内容のワークに向かうとき、たいていの人は、

頭でものを考えます。

でも頭で考えている間、本当のことは何も見えてきません。

なかなか、自分の中の本当の気持ちとか、本当の素直な

感情にたどりつくことができないのです。

 

それはなぜか。

恐いのです。人は、自分の中の本当の

感情に気づくことをものすごく恐れています。

 

たいていの人は、そんなことだとは

全く思ってもいないでしょう。

 

けれど、自分と向き合ったことのない人は、

いきなり自分の本当の感情に向き合わなくてはならなくなると、

パニックに陥るか、真っ白になってとぼけてわからなくなるか、

たいていどちらかの反応を示します。

 

一番多いのは、真っ白になってそんな感情なんてないよ、という態度を

とるパターンです。

正直、それが一番たちが悪い。でも、私自身、

自分の中の見たくない感情に向き合うとき、

本当に真っ白になったりしますから、人のことは言えません。(笑)

 

それでも、サポートしてもらって、少しずつ紐解いていくと、

何が引っかかっているのかがわかってきます。

 

自分の絡まった感情を解きほぐすと、これまで問題だったことが、

嘘のようにきれいに晴れていきます。

そもそも、問題とは、私たちの心の中にしかないものだからです。

 

そんなことはない!と断言する声が聞こえてきそうですが、

もちろん、物理的にどうすることもできないようなこと

だってたくさんあるでしょう。

 

それを人は、問題にします。

けれど、本当の問題は、それが「問題」であると、

感じる心にあるのです。

 

だからと言って、なかったことにすればよい、と

言うことではありません。

それは基本、あなた自身の学びなので、それを学びとるまで、

宇宙は手を変え、品を替え、問題を作ってくるからです。

その問題は、あなた自身が、問題だと

感じるところからやってきます。

 

ですから、一つの人間関係が問題だったとしたら、

そこから逃げてもなぜかまた、似たようなタイプの困った人が

あなたの周りに現れるでしょう。

こんな経験したことありませんか?

 

それは、あなたの心が、問題を作り出していることに

他ならないのです。

 

あなたの問題は、あなた自身がクリアしたいと

願っていることそのものです。

 

なぜなら、それをクリアしなくてもよい、と思うなら、

あなたにとってその事は、問題にもならないからです。

 

あなたが解決したいと感じる問題は、

事柄に関係なく、あなた自身の心の中に、

その問題の原点があります。

 

その原点は、あなたのものの考え方、

そして、あなた自身の物の見方によるものです。

 

物の見方を検証し、自分の考え方をしっかりと

見てください。

 

なぜ、自分がそう感じるのか、そう考えるのか、

なぜ?と思う癖をつけてみてください。

 

一つ一つ何かの気持ちや考え、感情が出てくるたびに

なぜ自分はそのように考える癖があるのか、

考えてみてください。

 

ノートに書くなら、それが一番結果が出やすいでしょう。

コツは、決してあきらめないこと。

 

あなたがあなた自身の考えや感情に気づいていけば、

次第に自分がどう行動すればいいか、理解できていきます。

どう行動すればいいか、人に聞きたいときは、

まだその答えが中途半端な時です。

 

その時は、再び、自分に聞いてみてください。

なぜ?、と。

 

一人でやっていても解決できない時は、

友人と二人でやってみる、という手もあります。

自分で気づかないことに、相手が気付く場合があるからです。

ちなみに何でも、あなたと同意見しか言わないようなタイプと

それをやってもあまり意味はありません。

 

誰かがあなたに文句を言ったら、言い返せ、というようなことでは、

何の解決にもならないからです。

 

どんなことが起きても、あなたの感情には、あなた自身が責任を

持っています。

あなたが受け取らなければ、どんなことも、

ただ起きたことにすぎません。

 

しっかりと自分自身を見つめ、検証してみてください。

 

そのことによって、あなた自身とあなたの周りの人に対して、

より寛容になり、より人生は奥深くなり、

そしてより、幸せに近づくことになるでしょう。

 **********************************

 あなたの喜びが、私の喜びです。

読んでくださってありがとう。

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Last updated  June 10, 2009 09:23:25

June 9, 2009

過去世から続く学び

この間から、また、過去生体験が始まっています。

過去世の人生だから、過去生。



また、新い学びのようです。

エンライトメントセミナーで、参加者の方たちが学んでいる

ことを私も別の形で経験する・・、ということなのでしょうか。



先日、出てきた過去生は、4つ。

最初に出てきたキーワードは、「エディンバラ」。

この言葉に引っかかった瞬間、この日一日、

「エディンバラ」に捕まってしまいました。



そのことが解明されるまで、震えが止まらないような感じ。

というわけで、ある友人に電話して、一緒に

過去世体験をしてもらうことにしました。



彼女とは、こんな感じで何度も何度も、一緒に過去世回帰をやっています。

どうも、一緒にいた回数が非常に多かったよう。

もしかしたら、これらのことを解消するために、

近くに住んでいるのかも知れません。(^^;



電話していて、最初に思い出したのが、

ただ悲しい、という感情。

なんだろう?この悲しいって・・。

以前にも、スコットランドの過去生をいくつか見たことがあり、

城主の娘だったり、パン屋の娘だったリしていたので、

この時も女性・・・かな?と最初はそう思っていました。



でも、登場する人物や背景から言って、若い女性は、

その場面に特にかかわっている様子はありません。



友人が見ていたのは、城の地下、それも拷問室に、

たくさんの人たちが連れてこられている様子でじた。



たくさんの人たち…、男も女も子供も老人も関係なく、

様々な人たちがそこに連れてこられていました。

彼女は、拷問されている人たちを可哀相に思っているけれど、

自分にはどうしようもないと感じていました。



その時私は、拷問室にこんなにたくさんの人が集められているのは、

誰かを探すためだ、とピンときました。

誰かを探していて、その居場所を探り出すために、

あらゆる手段を使っているのだと感じたのです。



そして、拷問室に連れてこられた人たちは、その人たちにとって、

大切な人をかくまっているのだと感じました。



そして、どうしてもその人たちがかくまっている人を

教えようとしないので、最悪の手段に打って出ている感じでした。

その人の行方を知っているものをすべて殺してでも、

そのものをひっ捉える、という目的の元に、拷問は行われている感じ。



それなのに、その人たちの決意は固く、決して誰も口を

割ろうとはしていませんでした。



よほど、その人たちにとって大切な人なのでしょう。



それらのことを過去世のシーンから読み取りながら、

私自身は、何の関係があるのか、さっぱりわかりません。

その時私は、若い女性だと思っていて、拷問室にいるわけでもないので、

悲しいのは、誰か女性の大切な人が拷問室に連れて行かれたのかと

思っていました。

それでどうしようもなく悲しいのかと、思ったのですが、

それならこの過去生を見ている意味がわかりません。



単純に悲しいだけ、という思いを知るだけなら、今、私が

それを見ても仕方ないはずです。



だったら、もしかすると、私は他にいるのでは?と思いました。

でも、拷問されている人たちの中に私の姿はありません。



ならば、逆にそれをとらえたものの中にいるのか?

その中にはさらにいない感じです。



すると友人が「皆がかくまっている人がYOKOさんじゃない?」と

言った瞬間、私の体に電気が走りぬけました。

なんだか、ずーん、とした感覚がありました。



それを聞いた瞬間、「そうだ、それが私だ」と無意識に感じていました。

どちらかというと知りたくなかった答え、という感じでした。



かくまわれている自分を発見したとたん、それまでの流れが

全て理解できました。



それはいわゆる世継ぎ問題でした。

血筋から言って、私はその城の正当な城主となるはずでしたが、

城の重鎮である一人の人物が、私ではない人物を城主に

据えたがっていました。

そこで、私をあらゆる手を使って追い落とし、私を亡きものに

しようと企んでいたのです。



私は、なんとかその追手の手を逃れ、

知り合いのある村にかくまわれていました。



ずいぶん、見つからずに済んでいたのですが、

ある時、追手に私がまだ生きていることを知られてしまい、

その時から再び、追われる生活は始まりました。



城の重鎮は、城の中でも大きな実権を握る人物の一人

だったので、なかなか巻き返すこともできず、ひたすら、

逃げ続け、隠れるようにして生活していのです。



けれど、そのためにたくさんの村人たちが捕まってしまったことに

対し、自分の無力さを嘆いていました。

私は、村人たちを助けるために出ていこうとしますが、

命がけの人たちに止められてしまいます。

「あなたがいなければ、この国をどうするのか」と。



このときの教訓も、自分の力を信じること。

というものです。

この過去世は、今の私がこの状態であることを示唆していました。

つまり、まだ何も始ってはおらず、ただ逃げ回っているだけの

力ない私の状態と何も変わらない、と。



このときの私は、自分の力のなさを嘆いてばかりおらず、

とっとと行動する必要があったのです。

様々な人物に協力を求め、自分を助けてくれるように頼み、

自分を本来の力ある場所に戻れるよう協力を願い出ることが。



このときの私には実行あるのみ、という感じ。

そのサインしか出ていない感じでした。



なるほど、これが今の私の状態なのね。(^^;;;;;;

つまり、まだ何もやっていない、と言いたいわけね。

以前なら、これでもそれなりに頑張っている、と思って

ぐったりしたであろう、こんなメッセージも、今の私には確かに

そのとおりかもしれない、と受け取ることができました。

もちろん、だからと言って、たいして行動できてはいませんが。



この過去生から受け取る必要があったのは、これだけでした。

と同時にこのときの悲しい気持ちは、とっくに去っていました。



しかし、この時点ですでに次の過去生への誘いは、

始まっていました。



またまた、悲しい感じです。でもさっきとは違う感覚。

あー、またこのパターンか・・・、と思いつつ。



友人に何か見えた?と聞きつつ、

私も何かイメージ化やってくるのを待っています。

すると出てきたのは、水のイメージ。

そして、平家と源氏。

一人の尼僧が水の前に立って静かに佇んでいます。

彼女はとても悲しいと思っている、

そんな風に感じます。

尼僧は私ではなく、友人のような感じ。



友人はにそのことを告げると、なんだか

「子供のことで悲しんでいる気がする」と言います。



それを聞いた瞬間私の頭には、幼い子供を連れた人が

海に身投げするシーンが見えました。

確か幼い安徳天皇は、母ではない人に抱かれて、

海に沈んだはず・・。



それ・・・?



そこからやってくる感じはただ悲しい・・。

そればかりです。



では私は?

ここでも学びが隠れているはずです。



また、平家と源氏か・・、と思いました。

なぜか、私の周りには、昔から平家の人ばかりが

集中していて、過去世で源氏だった人に会ったことがありません。

若い頃、親友だった子は、幼いころから平家のお姫様の生まれ変わりだと

言われていたと言っていたし、その時の上司も平家にゆかりがあると

言い、妹も平家の姫の過去世を持ち、そもそも住んでいた町の

集落の一角は平家の落人の末裔だらけの場所。



これまで誰ひとりとして、源氏には会ったことがない、

私は源氏なのに・・、となぜか幼いころから、ずっと

根拠もなく私はそう思っていました。



それはともかく、このときの私はやはり源氏の姓を持ち

平家にゆかりのあるもの、だったようです。

そして、出てきたのは、平家と源氏のどちらとも戦いたくない、

という根本的な思いでした。



どちらも自分にとっては大切なもの。

だから、どちらも生かすすべはないのか、と自問自答している感じでした。

このときの私の学びは、やはり自らの力を信じ、

もっと違う視点からものを見ることを知る、というものでした。



さて、長くなってしまったので、今日はこの辺で。

昨日のエンライトメントセミナーの件は、またお話しましょう。

**********************************

あなたの喜びが、私の喜びです。

読んでくださってありがとう。

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Last updated  June 9, 2009 08:58:14

June 6, 2009

家の中のことは、

皆うっちゃってます。(つまり家事をさぼってます。^^;)

でも、今日はなんだか、ブログを書く日、みたいな気がして・・。



珍しく書く気があるので。(数日前に書いてます。)



昨日、東京でエンライトメントセミナーやってきました。

参加者の人たちがすごく楽しかった、来て良かったと

言ってもらえて・・。

私も楽しかったんですね。



一緒に泊まった友達が銀座に行きたいというので、

セミナーの時間までの間にちょっぴり銀座でお買い物もしました。

なんだかそれもちょっと楽しくて。



今、セミナーをやってて、参加者の人たちにずーっと、

自分に向き合ってもらってます。

でも、同時に私自身、自分と向き合わないといけないことがいっぱい

出てきます。

なにしろ、テキストを作っておいても、人の心はそれぞれだから、

想定外の事が山ほど出てくるわけです。



自分にとって都合の悪い隠された感情に

気づいてもらおうとワークをすると、

そこにマイナスの感情じゃなくて、プラスの言葉が入ってたりするんです。



闇の部分に光を当てるはずが、そもそも隠されていたのは、

光の部分だったりして、びっくり!!したり、

そんなもの隠してるの!?????

と想定外なことだらけです。



それでも、ちゃんとなにがしか出てくれば、

対処できるけれど、ものすごく うまく自分をごまかしている時には、

全然あさってな答えが出てきて、前に進めず・・、なんてことも。



京都と東京とでは、やっている私が驚いてしまうほど、

会場の雰囲気も反応も、内容すら、全く違っていて、最後にたどりつく部分だけ

一緒なくらい、遥かに違ったことが起きてくるんですね。



本当に驚きです。



ここでは、常に自分に聞いて自分の中の答えを出してもらうので、

私がかってに相手の心の中を読み取って答えちゃいけない。

自分で気づいたことは、人から教えてもらったことの

何十倍もの価値があります。



人から言われたことは、なんとなくそうかな?程度でも、

自分で「はっ」と気づいたことは、さすがになかったことにはできないんですね。

だから、自分で自分の感情の奥にあるものに気づいてもらうこと、

それは何か物事を教えるよりはるかに難しい。



本当に毎回、頭を悩ませ、つくづくここが私の学びの場所だと思う

今日この頃。

でも、逆にだから楽しいんです。



誰かのワークに参加して、受け身でいる時には、決して

気付くことのない、私自身を育てるワーク。

それが私にとっては、セミナーをやっている最大の意味かも知れません。



そこに参加する人たちの成長とともに私も成長する。

なんだか、それって子育てに似ているな、と思ったりします。



子育てって、手探りなんですね。

育てながら、親も育っていく。



子供に教えられることはしばしばで、

そうやって本当の大人になる。



私は、自分の子供が生まれたとき、

神の目をした赤ん坊の顔を見ながら、

きっとこの子は、大人の宇宙人で、

本当は何もかもわかっていて、すごい才能もあるけれど、

突然こんな知らない星にやってきたと思ったら、

動かないししゃべれない、ものすごく不自由な体の中に

入れられて、パニックに陥ったりしているんだろうな、

なんて思ったんですね。(笑)



子育てをしながら、親が育てられる。

昔、行きつけの喫茶店のおばぁちゃん(店主)が

「人は子供を育てないと一人前になれない」と私に

教えてくれた事がありました。



結婚する気のなかった私は、それを聞いた時、

珍しく反発するよりも、「ああ、そうかもしれない。じゃあ、私は

子育てしないから、一生大人になれないなぁ・・」と

妙に納得したことを思い出します。



最近、昔から私を知っている人が、「優しくなったね」とよく言ってくれます。

でも、それは優しくなったというより、忍耐強くなった、と

言う方が正しいかもしれません。



子育てをしていたら、忍耐強くなくてはならない時間が長いんです。

相手の成長に合わせてどうしても待たなくてはいけないし、

子供のわがままにキレて、他の誰ともしたことがないくらい

喧嘩してみたりした結果、全身の力を使って喧嘩しても、

何にもならないことが理解できました。(笑)



終わった後、ほとほと疲れるんですよ。

それで、喧嘩するのは、もうやめた、と。

疲れるだけで何の益もないんですよね。



子育てしていて、一番私に身に着いたのは、

忍耐力だろうと思います。

待つことの大切さを本当に子供に教えてもらいました。



一歳で、片手をつなげば歩けるから、もう本当は歩けているのだから、

手を放してみようと一度、手を放して歩かせてみたら、それっきり

手をつないでもしばらく決して歩こうとしなくなりました。



それを見たとき、猛烈に反省しました。

私が焦っても何にもならないことをあの時、悟ったんですね。

時が来るのをただ待っていれば、おそらく子供は勝手に一人で歩き始めた

のだと思います。



私たちは、普段コンビニでテレビでパソコンで、

すごく快適な生活を送っています。



たいていのものは手に入り、さほど不便も感じない生活。

便利になる一方の日本。

その代わりに私たちは、ちょっぴり忍耐を

置き忘れてきた気がします。



ちょっと頑張る、ちょっと待つ。

ちょっと努力する。



これって当たり前みたいだけれど、

日常で案外これができない人の方が

多いですよね。



何事にも待てないんです。

私もそうですが、関西弁でいう「いらち」という奴です。

「いらち」は、せっかちとか気が短いというようなニュアンスで使われます。



快適な生活のおかげで、少しばかり待ったり、耐えたりすることに

弱くなっているのかな、と感じます。



私も以前は、「努力」とか「忍耐」とか言う言葉が

大嫌いで、私の辞書にはそんなものありませんでした。(笑)

ものすごいですよね。(爆)



でも、少し待ったり、少しばかり相手の話を聞いたりするのは、

それが余裕につながってくるんだとわかると、できるように

なるんですね。



そして、余裕のある事こそが幸せになる第一歩。

ゆとりは、私たちの思っているような自由な時間のことじゃなくて、

私たちの心が生み出すもの。



時間があっても、カリカリしている人はいるし、

逆に時間にゆとりがなくても、落ち着いている人もいる。



自分にとって何が幸せかは、自分の心が知っているんです。

自分の気持ちにゆとりを持たせれば、苦しいことも

少し、離れてみることができるようになってきます。



いつもちょっとだけ、ゆとりを持つ時間を

作ってみませんか?



朝、30分だけ早起きして、外の空気を吸うだけでも、

人の心は不思議と違ってきます。

自分の心をと体をリフレッシュしてあげれば、一日が

心地よく始められる。



自分の行動から、変えていくことは、

案外心にも効き目があります。

一度お試しあれ。



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Last updated  June 6, 2009 20:15:42

June 5, 2009

魂の歓びって?

なんか最近、ブログを書くのが楽しみになって

きたかも?

なーんて言いながら、今、ちょっとノッてるんでしょうね。(笑)

 

今も、毎日庭で、虫たちと格闘中です。

なんだか、最近、は何も虫にも詳しくなってきたような・・。

******************************************

今日のテーマは、魂の歓び。

いやー、意味わからないテーマでですね。

うーん。

 

私がこれを書くのか?って感じですが。

魂の喜びって、「愛のこと?」と思うと、

うん。でもそれだけじゃないって感じ。

 

愛を表現する、愛を受取る、愛を伝える。

それらは、どれも皆、自分を生かすため。

そんな感じがします。

 

それが魂の歓び。

愛を受取り、愛を伝えていく。

それはあなたの中の神の表現。

 

私も含めて、人は、愛を伝えることも下手だけれど、

受け取ることは、もっと下手な気がします。

 

でも、下手ってことは、上手になれるって

ことですよね!

 

以前、子供が3歳だった頃、私は、心の声に呼ばれるように

スコットランドのフィンドホーンというところに、二週間

行ってきました。

 

今思うと、そこはスピリチュアルなコミュニティだったのですが、

私にとっては、妖精が住む花がたくさんあって、植物が生き生きと

育つ美しい場所でした。

それを見たくて、どんな風に花や植物が育つのか、見たくて、

行きたかったのが、本音でした。

 

だから、そこで四六時中、スピリチュアルワークが

あるとはあまり思っておらず(笑)、なすがままって感じでしたが、

それらのワークの中に、自分で解決

したい(?ここら辺はうろ覚えです。)、と思うテーマを決めて、

行うゲームに参加したのですが、そのゲームのテーマに私は、

「愛を受取る」と決めました。

 

まだ、私がこんなお仕事を始めるずっと前です。

そのゲームは一見すごろくゲームなのですが、

それをどんどんやっていくと、本当に自分の心の中が

すっきりして行くのを感じたのです。

 

実際には、ただ自分が持っている言葉を書いたカードで、

自分の頃の痛みを消します。みたいに宣言していく

単純ななゲームだったのですが、

たったそれだけの行為、本当に自分で決めて

言葉に出して、そしてそこにカードを置いていくだけなのに、

なぜか気持がスーッとしていくのを感じた時、

ものすごく不思議な気がしました。

 

そして、たったそれだけの行為が自分の中の問題が

スーッと、薄れたり消えていくのを体験したとき、

感情というもの、感覚というもの、考えというものが、

本来非常にシンプルに単純にあるものなのかも知れない、と

すごく新鮮に感じたのをすごく新鮮に感じたのを覚えています。

 

過去生が、いつも私に語りかけてくるのは、

「自分を信じよ」ばかりです。

いつも、自分を信じていなかったのか?とびっくりします。

 

でも、全く信じていないわけではなくて、物事はらせん階段のようなものだから、

自分の学びもまた、螺旋になっていて、信じる、という気持ちも、

螺旋で上がっていくと、以前とは全く違ったものになるのだと、

今は感じています。

 

セミナーでは、結局毎回、色々自分自身に宣言してもらうことに

なっています。

物事は、順番に起きてくるのではない、という私の経験から、

このようなプログラムが組まれています。

 

物事は、自分がやりたいと思ったら、まず「やる」と決めてから、

その他のことに頭を使うことが必要なのです。

そうでなければ、たいていのことは叶う前に、あなたの心の中で考えただけで

すべてが終わってしまいます。

 

私は、自分が本当にやりたかったことは、

結局すべてやってきました。

だから、私は自分の人生に後悔はありません。

それに今が一番楽しいから、昔に戻りたいとは、

全く思いません。

この10年くらい、ずっと「今が一番楽しい」と言っています。

本当に今が一番楽しいのです。

昨日よりも今日今日よりも明日と、私の人生はよくなっていく一方です。

今の自分にとって、何一つ足りないものも、困ったこともありません。

もし、何かまだ気に入らないことがあれば、それは私が

それを変化させたり、自分が変化するための

ツールだし、楽しみの一つです。

 

変えられる余地があるのは、私にとって、表現できる場所が残されている、

ということです。

それは、非常に楽しいことです。

 

「愛は厳しい」というけれど、それは本当の愛を手にするまでのこと。

それまでは、どれが本当の愛かが理解できないから、

たいていの人は痛い方向は避けて、楽な方を取ろうとし、

結局自分をより大変な状態にしていくのです。

 

「過去に感謝できない人に未来はない」、と言った人がいます。

私は、「今の自分に感謝できない人に未来はない」と思っています。

逆にいえば、どんな状況、どんな問題を抱えていても、

あなたが自分の素晴らしさを感じ、自分の置かれた状況が

本当のチャレンジだと感じられる物の見方さえあれば、

あなたにとって、問題はチャレンジであって、

問題ではなくなるのです。

 

どこからものを見るか、何を持って、あなたがあなたの真実を感じるのか、

それを知るのか、そはあなた自身のものの見方が全てを

決めていることに気づいてください。

 

物の見方とは、簡単に言うとあなたが「これまで育った環境で

創りあげられてきた基本の考え方」と言っていいでしょう。

 

そしてその、ものの見方は、ほとんどの場合、マイナスから思考する、

という不思議なまでのパターンがあります。

過去語られてきたあなたの頭にさんざん刷り込まれてきた

マイナスのイメージがあなたの人生を決めているのではないか、と

疑ってみてください。

誰かの言うとおりにしなければ、あなたが不幸になる、と思っているなら、

それこそ、あなたは自分を不幸にするものの見方にはまっているのです。

 

つまり、それは

私がここであなたに向かって語りかけていることを全部鵜呑みに

するな、ということでもあります。

あなた自身の心で感じ、頭で考え、

「あなた」が何をよしとするのか、

そのことについてしっかりと考えて

欲しいのです。

 

それが、あなたのこれからの人生に

大きくかかわってくるから。

 

それでは、また・・。

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Last updated  June 5, 2009 10:17:53

June 4, 2009

シンデレラの魔法使いと笑うセールスマン

ずっと以前に、「笑うセールスマン」というアニメを

やっていた。



「あなたの願い事、叶えます。」と

「もぐろふくぞう」という名のセールスマンが

相手の願いごとをかなえた後に、相手が

「こんな筈じゃなーい!」と叫ぶのを聞いて

(はっきり覚えてないのでこんな感じ?)

にやりと大きな口で笑うシーンが、シュールなアニメだった。



でも、案外現実に起こる願い事が叶うパターンって、

そんな感じだと常々私は思っている。



笑うセールスマンの話をしたら、子供がなにそれ?と

聞いてきた。

そりゃー、キミは知らないかぁ。



そこでこんなたとえ話をしてみた。

「シンデレラの魔法使いは、シンデレラが「舞踏会に行きたい」と

言ったら、彼女が口に出してもいないのに、綺麗なドレスに着替えさせ、

ガラスの靴を与え、御者と立派な馬車まで与えて、お城まで懇切丁寧に

送りだすでしょ。

するとシンデレラは、りっぱなどこかのお姫様にしか見えないから、

当然のように歓迎されて、舞踏会に参加し、王子様に恋まで

されるわけよ。



でもこれが「笑うセールスマン」の場合なら、

シンデレラは「舞踏会に行きたい」と言ったので、

「それでいいんですね?」と笑うセールスマンは念を押し、

実際、ボロボロの格好のままのシンデレラを舞踏会の

真ん中に連れていき、シンデレラは曲者として、衛兵に捕まって、

牢屋入れられる、なーんていきさつになるようなパターンが

笑うセールスマンってわけ。」と。



この話って、結構シュールに聞こえるけど、

実のところ、後者の「笑うセールスマン」のパターンの方が

人を見てると願いの叶い方としては圧倒的に多くて、

意外とあのアニメ、秀逸だったなぁ、と思う私だったりする。



そもそも、皆、自分の願いってものをろくに知らないのだ。

シンデレラは、舞踏会にぼろぼろの姿で行きたかったわけでは

もちろんないだろう。



美しいドレスを着て、若い女の子らしく王子さまとダンスを踊る夢

だって見たはずだ。

そんなところまで全部、なぜ魔法使いは知っていたのだろう?

普通の女の子だったら、それが望みなのかも知れないが、

たまには違ったりもするのでは?



人によって、望みの叶い方には、違いがある。

どんなことをどんな風に望むのか、それをはっきり望んでいなければ、

笑うセールスマン的望みの叶い方、ってものが普通にやってくる。



「舞踏会に行きたい」というシンデレラの望みは、

魔法使いのやり方にしろ、笑うセールスマンにしろ、

同じようにどちらも叶っているのだ。



ここに注目してもらいたい。



どんな望みかをはっきりさせる、ということは、

単純に「舞踏会に行きたい」というだけでは足りないのだ。



シンデレラが自分の本当の目的を達成するためには、

(つまり王子様に恋をさせてお妃さまになるという夢だ・・ホント?)

「まず、私に似合う美しいドレスと靴を用意して、立派な金の馬車と

素敵な御者と従者も用意して、私を舞踏会まで連れて行って、

私を世にも美しいお姫様に見せて。」

ぐらいには、言わなければならなかったはずだ。



これを聞いたら、ものすごく高慢ちきに聞こえるが(笑)、

実のところ、宇宙にするお願いごとは、これくらいでないと

人は叶ったと思ってすらいないのだ。



実際、笑うセールスマン的望みの叶い方は、

皆が望むようなものではないだろうから、その時点で

願いが叶うどころか、ひどい目に遭った、と思っている人が

多いことを私は知っている。



けれど、残念ながら願いごとは叶っているのだ。

どのような願い事であれ、あなたが心に描いたことは、

皆叶ってしまう。



そして、常に願いごとは、私たちの頭の中で渦巻いていて、

刻一刻と、その願いごとは叶おうとしている。



よくも悪しくも。



自分の中の望んでいないことも、同じように叶ってくる。

願いごとをかなえる時は、とにかく具体的にしよう。



できるだけ事細かに思い描く。

そうすると、面白いくらいそのように叶ってくる。

叶った時を想像して感じてみる。



感じ方が実感があるほど、叶い方は早くて確実だ。

さあて、それじゃあ、何を願おうか。

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Last updated  June 4, 2009 17:24:24

June 3, 2009

黄色いクマ天使

この話は、以前何かに書いたことがあったけれど、

きっと知らない人もいるよね、ということで書いてしまいます♪

 

この前の東京のセミナーが終了した後、

一時間余分に会場を借りていたので、

そのあとお話会と称して、いろいろ皆でおしゃべりしてました。

 

その時に、私が「私って、疑り深い人間だから、

自分が見たもの以外は案外信じないんですよね。

だから、毎回、いろいろなものが見えると、本当にびっくりするんです。」

とかいう話をしてました。

 

そこで飛び出したのが、この黄色いクマの天使の話。

 

これはもう、子供がまだ2歳くらいだったころ。

10年くらい前なんですけれど。

私は夫の家族との人間関係で夫と喧嘩していて、

あまりの怒りに「明日絶対、市役所に離婚届け取りに行ってやる!!」と

息巻いて、食事の洗い片付けをしていた時のことでした。

 

ご想像いただけると思いますが、離婚までしようと思って

怒ってる私の頭の中は、夫に対する不信感や彼の家族に対する

怒りとか恨みとかでいっぱいでした。

 

当然、他のことを考える余地は、全くありません。

 

ガチャガチャとお茶碗を割りそうな勢いで

(実際、割れてもいいと思っていたんですね^^;;)

洗っていると、突然、

「まぁまぁ、そのへんで許したってぇなぁ」と

べたべたの関西弁が聞こえてきました。

 

そんなべたべたの関西弁をしゃべる人間はうちにはいないはずだけど・・?

その声に思わず振り向くと、そこにいたんです。

黄色いクマのぬいぐるみの天使が。

 

いや、クマのぬいぐるみじゃなかったのかも知れないけれど、

どう見ても、目が点しかなくて、間抜けな顔のクマのぬいぐるみにしか

見えなかったんです。

それが小さい羽をパタパタさせて、目の前に浮かんでいるのを見て、

第一声「あんた誰っ!?」って反射的に聞いてしまいました。

ものすごく怒っていたので、勢いが止まらなかったんですよ。(笑)

 

するとそのクマ天使は、夫を指さして(指ないから肉球?)

「わいはなぁ、あいつの守護天使や」って言ったんですね。

 

それを聞いた瞬間、私は腰が砕けました。(笑)

こんな黄色いクマのぬいぐるみ天使が夫の守護天使って!!って。

それもそんな姿でべたべたの関西弁をしゃべってるのが

またおかしくておかしくて、あまりにも面白くて、

私はその時、完全に怒っていることを忘れてしまいました。

 

それを聞いた参加者のお一人が「うさん臭い」と言ったんですけど、

こんなの見てなきゃ、そりゃあ、うさん臭いですよねー。

どう考えたって、作り話に聞こえますよ。(笑)

 

でも、少なくともこの時の私には、かわいいクマの

ぬいぐるみの天使なんて、

想像する余地はありませんでした。

 そもそも、私の頭の中にクマの天使の

イメージはなかったですから。(笑)

 

それから、3日くらいは、夫の顔を見るたびに、

黄色いクマのちび天使を思い出して、噴き出さずには

いられませんでした。

 

今思うと、天使は、私の性格をものすごく

把握していたんだな、と思います。

あえてあの姿、あの言葉でやってきたんだと思います。

これでも私は、たいてい不思議なものは見慣れています。

 

だからあの場面で、私が想像するような美しい大人の天使が

出てきて私に優しく語りかけて説得しようと試みたなら、

私はきっと逆ギレしていたでしょう。

(天使に逆ギレって^^;;)

 

でも、あんな間抜けな姿で、出てこられたら、もう完敗です。

怒る気力は失せ、そもそも何で怒っていたのかすら、

忘れてしまいました。

 

夫の守護天使恐るべしって感じです。(笑)

それから、離婚しようと思っていたこともすっかり頭から消えて、

なんだか元通りの生活に戻ってしまいました。

 

なにしろ、しばらくはその天使をネタに笑ってばかりいたので、

怒る気持ちにはなれなかったんですね。

もしかすると、そんな後々のことまで、考えてそんな姿に

身をやつしてくれたのか?と思うと、すごい、やるなぁって感じですね。

 

あの時、あの天使が出てきて、私をいさめてくれなかったら、

今私は、ブログを書いたりしていなかったかも知れません。

魂のお仕事に目覚めることなく、自分の生活に追われていた

可能性も大です。

そして、心のどこかで悶々としていたでしょう。

自分が本当にやることは何かを求めて。

 

そう考えると、どこまでも私のことをわかってくれていた、

あれはひょっとしたら、私の守護天使だったのかも知れません。

 

そもそも、天使も神様も存在そのものは、

形があるわけではなく、光だと感じています。

時々姿が見えたりするのは、単に私たちの意識に

わかりやすく出てきてくれるのだと、私は思っています。

だから、逆に形を持って、しっかりと存在感をもっている時、

私はいつもびっくりしてしまうのです。

 

以前、ベランダで洗濯物を干していた時にも、

ふと背中に視線を感じると思って振り向くと、

そこには巨大な龍がこちらを鋭い眼でぎろりと見ていて、

思わず洗濯物をとり落としそうになったことがあります。

 

ひ、ひぇーっ(^^;;;

な、何か御用・・・?

 

一言で言うと、その存在は迫力そのものです。

いるだけで、すくむ。

ちょうど蛇に睨まれたカエルみたいな気分でした。

 

思わず私はあたりを見回して、この龍を見ている人が

他にもいないか確かめたくなりました。

こんなものすごい存在感を誰も気づかないなんて、ありえないよね!?と

他の人に同意を求めたり、つかまったり(笑)したかったんです。

 

でも、そんなときに限って

、誰もいなかったりするんですよね。

 

それも見計らってる?とは思いましたが。

 

私が疑り深いことは、きっと、どの存在にも

ばれてるんだろうなぁ、と思います。

まぁ、それに色々メッセージをもらっても、

20数年も無視し続けてきたんですから、

それも無理もないってものですね。(笑)

 

人間の私は、びっくりするぐらい合理的なことが好きで、

非合理なことは嫌いです。

無駄遣いも嫌いだし、余分なものを家に置くのも嫌い。

我が家に遊びに来た人たちは、こぞって家を片付けたくなる、と

言うのですが、うちが片付いている最大の理由は、

単にお掃除が楽だから。

 

美しいのは好きだから、飾るのは嫌いではないけれど、

そうしたものには、ほこりがつきやすくて、お掃除が大変。

だから、うちには、あまり飾りものは置いてないんですね。

なにしろ、そんなにマメじゃないから、管理できなくなってしまうから。

 

特にガラスとか、光りものは、光らせておかないと汚く見えて、

エネルギーが落ちるので要注意です。

 

なんだか風水みたいな話になっちゃいましたけど、

綺麗にしておくって、色々な面で大きい影響を

及ぼすよね、と思うのでした。

 

今日は、この辺で。(^^)

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Last updated  June 3, 2009 09:37:58

June 2, 2009

光ってて。6

富士山のつづ゛き・・、の予定だったんですけど、

うーん、書いちゃダメって感じなんです。

どうしても、そこを避けて通ろうとする感じだったので、

何かあるの?って感じですが、いまやっている

エネルギーの流れを作るオーラハーモニーに関係としているのかも

しれません。

それが終わるまでお預けって、感じですね。



楽しみにしていてくださった方、申し訳ありません。

まぁ、それでなくても、いわゆる不思議なお話と言われそうなことは

山ほどあるのですけど。



20歳くらいの時は、いつもそんなこと続きで、

だんだん不思議たとは、思わなくなったものでしたが、

いまだに、自分が見たことのないものは信じていません。(笑)



だから、毎回、新しい体験をするたびに驚いています。

と同時に、自分が見えないから信じないという人の気持ちも実は私、

理解できるんですよね。

自分がそうだから。(笑)



自分がそういうことを見たりする人間じゃなかったら、

ものすごい懐疑主義者だったかもしれないとすら思います。



私にとって、別にそういう不思議なことは、どっちでもいいこと。

家族と仲良く暮らせて、毎日が彩りに満ちて幸せなこと、

それが私にとって一番大切なことです。



人に愛を語ることも、最近、ものすごく楽しいことの一つになってきました。

愛を語り始めてるって、感じると熱が上がってきて、楽しい!って

感じます。

人がそれに反応してくると、もう面白くてたまらなくなります。

人をマッサージしてる時と同じような快感ですね。



人が変わっていくのを見るのは、快感だけれど、

自分が変わるのは、もっと快感なのかもしれないな、と

最近思います。



実際、自分が変わった時は、変わった、とは思わないけれど、

周りが変わるんです。

「あ、この人素敵になった。」とか、「話が合うようになった」とか

「うわ―こんなに理解のある人だったっけ?」と

思うようなときは、たいてい自分が先に変わっているんですね。



人に自分の思うように変わってほしい!と思っている時の気持は、

重くて重くて、相手はどんどん強くなって、がん!として変わりそうじゃない感じ。

でも、自分が変わったら、魔法のように「あーら不思議」って変わってくる。



これが不思議の世界でなくてなんだというんでしょう。(^^)

人の変化で自分を計ると、相手を変えようとすることがばかばかしく

なってきます。



相手を変えようとすると、相手は抵抗しまくって、大変なことになるし、

自分を変えた方がはるかに効率がいいってものです。



どんどん変わって、そこから嬉しさを倍増させたい!



だから、まだまだ私、これからも変わりますよ。(^-^)

今回、なんだか書くモードって感じなので、いっぱい書いてます。

明日からも毎日ブログ更新できるかも。


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Last updated  June 2, 2009 09:43:02


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