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apple(^o^)の日記 [全729件]
5月21日の朝、日本国内の広い範囲で「金環日食」という天文現象を観測することができます。 太陽の手前を月が横切るために日光が遮られ、晴れていればドーナツ状の太陽を見ることができるでしょう。 ほかにも日食には、部分的に太陽が欠けて見える部分日食、「ダイヤモンドリング」という美しい現象を見ることができる皆既日食があります。 完全に太陽が隠れてしまう皆既日食は、長い間人々に恐れられてきました。 ハレルヤコーラスで知られる「メサイヤ」を作曲した、18世紀を代表するドイツの作曲家・ヘンデルは、1741年に発表したオラトリオ「サムソン」の第一幕で、「皆既日食」を題材にしています。 宿敵にとらえられ、両目をえぐられた主人公のサムソンが、視力を奪われたことを皆既日食に例え、嘆きの歌を歌うのです。 ほかにも、現代作曲家のジョン・タヴナーが、1999年にそのものズバリ、「皆既日食」というタイトルの作品を発表しています。 タヴナーは、キリストの処刑から昇天までの間に起こったと言われる天変地異の様子を音楽で表現し、曲名を「皆既日食」と名付けました。 キリストが生きた時代もまた、日食は不吉な現象ととらえられていたのでしょう。 間もなく観測できる金環日食を「滅多に見られない天文ショー」ととらえ、ワクワクしながら心待ちにしている現代人の感覚は、昔の人たちから見たら信じられないものかもしれません。 Handel ヘンデル / ヘンデル/オラトリオ「メサイヤ」 鈴木雅明指揮 鈴木美登里(ソプラノ)他 【CD】
![]() デコに頼まれていた PSPケースが完成しました。 なかなか満足なでき上がりです。 デコも喜んでくれたし…良かったよ。
卒業式シーズンの到来です。 卒業式で歌われる歌といえば、「仰げば尊し」「蛍の光」などが定番でしたが、最近では「旅立ちの日に」という曲が多くの学校で歌われています。 「旅立ちの日に」が誕生したのは、1991年のこと。 埼玉県秩父市にある市立影森中学校の小嶋登校長が、「卒業生を送る会での教員の出し物用に」と、音楽家の坂本(現姓:高橋)浩美教諭の依頼を受け一晩で作詞。翌朝には坂本教諭がメロディをつけ、あっという間に完成した曲なのだとか。 とはいえ、そこにたどり着くまでには、小嶋校長の地道な努力があったようです。 同校に赴任した小嶋校長は、「明るく歌声の響く学校」を目指すことで、学校の風紀を保とうと決意。 当初は生徒から不評だった合唱への取り組みも次第に盛り上がりを見せたのだそうです。 そうした背景のもと、「世界にひとつだけの歌を生徒に贈りたい」と考えた小嶋校長と坂本教諭によって、名曲「旅立ちの日に」が生まれました。 一連の逸話がワイドショーなどで紹介されると、卒業式で歌う学校が増加。 2007年には、アイドルグループSMAPがCMの中で歌い、認知度はますます高まりました。現在は、多くのアーティストにカバーされています。 作詞者の小嶋校長は、残念ながら昨年この世を去りましたが、この曲に込められた想いはずっと歌い継がれていくことでしょう。 [CD] PREMIUM ORGEL 桜ソング~旅立ちの日に~
2012年は閏(うるう)年。 4年に1度だけの2月29日がある年です。 2月29日はオペラの名曲を残した作曲家、ジョアキーノ・ロッシーニの誕生日。 ロッシーニは1792年に生まれ、生涯で39作のオペラを手がけました。 彼の作品の中で有名なのは、1829年に発表された「ウィリアム・テル」の序曲でしょう。 ラストを飾る「スイス軍の行進」は、 アップテンポで華々しいトランペットの演奏が印象的。 運動会のBGMとしてもよく耳にしますよね。 最盛期には年に3~4作のオペラを書き上げていた彼の才能は、ベートーベンから認められ、ワーグナーから崇拝されるほどでした。 ところが、ロッシーニは「ウィリアム・テル」の発表後、37歳の若さで音楽の世界から引退してしまいます。 病気を患ったわけでも、才能の限界を感じたわけでもなく、その理由は……なんと「料理家に転身したいから」。 「音楽も食も人生の楽しみ」と語り、後の約40年の生涯をパリに構えたレストランの経営と、トリュフを探すための豚の飼育に費やしました。 音楽界では「ウィリアム・テル」で有名なロッシーニですが、料理界でも「ロッシーニ風牛ヒレ肉のフォアグラ添え」というメニューで、いまもその名が知られています。 来たる2月29日には、音楽で、料理で、ロッシーニを偲んでみては? オペラ・クレスタ ロッシーニ:歌劇《モーゼとファラオ》ミラノ・スカラ座2003年
今年は印象派の音楽を生んだフランスの作曲家、クロード・ドビュッシーの生誕150周年にあたる年です。 国内でも、すでにドビュッシーにちなんだ音楽祭が企画されています。 今年は、ドビュッシーの曲を耳にすることが多い一年となることでしょう。 ドビュッシーは、ムソルグスキーの自由な音楽性に影響を受けたほか、1889年に開催されたパリ万国博覧会でインドネシアのガムラン音楽をはじめとするアジア文化に触れ、革新的な音楽を追究するようになりました。 その結果、それまでの音楽家たちが築き上げてきた調性や旋律のルールから逸脱した作品が生まれたのです。 また、ドビュッシーは、同時代の画家や詩人に共鳴し、幻想的なイメージを音楽で表現することにも熱中。 こうして生まれたのが“印象派”と呼ばれる音楽です。 ドビュッシーの音楽性は、1910年に発表された、全24曲からなる「前奏曲集」で完成したといわれています。 中でも有名なのは、「亜麻色の髪の乙女」。 ドビュッシーは、当時の詩人、ルコント・ド・リルの「スコットランドの歌」という詩集に書かれた美少女をモチーフに本作を作りました。 調性はきっちりしているものの、五音音階による独特な旋律が実に画期的です。 ちなみに「亜麻色」とは、黄色がかった褐色のこと。 また、リルの詩では、夏の情景が描かれているそうです。 曲を聴くときに、ぜひイメージしてみてくださいね。 【ポイント10倍】送料無料!!【CD】ドビュッシー:ピアノ作品全集第2集アース [SHM-CD] [WPCS-12255]【a_2sp0106】
今年は、作曲家にして偉大なるピアニストとしても知られる、フランツ・リスト生誕200年のアニバーサリーイヤー。1811年10月に生まれたリストの功績を讃えて、今年はイベントも数多く開催されます。 幼少期からピアノの才能を開花させていたリストは、19歳の時にバイオリン奏者・パガニーニに接触。驚愕の演奏技術に魅せられ、ピアノで超絶技巧を極めることに熱中します。やがて、リストは「ピアノの魔術師」と呼ばれるようになり、その腕前は「指が6本あるのでは?」と噂されるほどでした。 演奏スタイルも“アクロバット”と評されるほど過激で、あまりの力強さにピアノの弦が切れ、ハンマーが壊れるほどだったとか。アクシデントに備え、舞台に3台のピアノを置いて公演を行ったこともあったといいます。 リストにまつわる逸話はたくさん。作品に触れるだけでなく、ちょっと調べてみると、ますます彼の魅力を感じられるかもしれません。
![]() おやつにサーターアンダギーを作りました。 大好評で…。 20個くらい作ったのに、あっという間に食べちゃった。 また作るからね~。 |一覧|apple(^o^)さんのお買い物 |
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