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昨日は薬大学長のお話を聞き、黄緑野菜などが何故必要かよく分かりました。 私たちは、生命を維持するために、食べ物から吸収された栄養素を原料にしてエネルギーが作り出します。それには酸素が必要不可欠だが、その過程で必ず活性酸素というものが発生してしまいます。また、紫外線や放射線、ストレスなどによっても体内で活性酸素が多量に発生します。実はこの体内で発生した活性酸素は、私たちの体を酸化させて悪影響を及ぼしてしまうのです。 鉄を放置しておくと次第に錆び付いて、硬い鉄も脆くなってしまうが、これは鉄が酸素と結び付くことによる酸化反応を起こして酸化鉄に変化してしまうからです。鉄が錆びるのと同じ様な現象が体内でも起きます。細胞の一つひとつが酸化されると、細胞が本来の姿を失い正常に機能しなくなってしまいます。そうすると、体ではよからぬ様々な異変がおこります。 つまり、体が酸化するということは、ほとんどの病気や老化の根元なのです。 実は、放射線やタバコの害も、この酸化の問題なのです。 私たちは生きていくためには酸素が必要不可欠であるにもかかわらず、酸素を体内で利用してエネルギーを得るときに生産されてしまう活性酸素の害に悩まされるという矛盾を持って生きています。 抗酸化を私たちの体レベルで考えると、『体を酸化という状態から守ることによって、病気など体の異変を引き起こす原因をなくすこと』といえます。 抗酸化酵素の手助けをしてくれる抗酸化物質には、尿酸やビタミンE、ビタミンC、ビタミンA、フラボノイド、ポリフェノールなどがあり、体内で合成されるものもあれば、食べ物から摂取しなければならないものもあります。 ポリフェノールとは、植物がもつ色や苦みなどの成分の総称で、ほとんどの植物に含まれています。色の濃いものや苦みや渋味が強いものほどポリフェノールが多く含まれており、特に果実の皮や種に多く含まれています。ポリフェノールは大きく分類してフラボノイド系とフェノール酸系に分けられています。 カロテノイドとは、動物や植物が持つ赤色や橙色、黄色の色素の総称で、光合成や紫外線によって発生する活性酸素から身を守るために蓄えた成分です。 動物は体内でカロテノイドを合成することができないため、食べ物から摂取しなければなりません。動物でもカニやエビの殻や鮭の身のピンクがかった橙色のように、カロテノイドを持つものもいますが、それらは体内で合成したものでではなく、食べ物中に含まれるカロテノイドを代謝・蓄積したものです。
![]() 何十億人の人間がいようと、この世に命を受けた「あなた」はたった一人のスペシャルな存在で、他の誰だろうと代わって生きることもできません。 生まれたままの自分と向き合い、本当の自分を知ること無しには、やりたいこともわからないし、自分を好きにもなれないし、自信も生まれるはずがありません。 この世でオンリーワンとしての、自分の存在意義を見つることです。 でも、よく「自分探し」ということが言われるが、自分の内面的なものなどなかなか見えないものです。 それよりも、「なりたい自分」を明確にして、それに向かって自分を創っていくことだと思います。つまり、自分創りです。 1920年 インドでオオカミに育てられた姉妹が発見されたが、彼女たちはオオカミのように行動し、救助後も変わらなかったということです。 ということは、私たちは置かれた環境と意志次第では自分を創れるということです。 その時、彫刻家が素材たる木自身がこんなものを彫ってくれと語りかけてくると言うように、人間もまた、自分という素材をよく知って、その素材にあった人生設計を創り上げることです。 そして、その後は、その念いを情念まで高め、執念深く一歩一歩確実に歩み続けることです。
今日は5月度の断食明け、食事が美味しい。 一昨年までは20年近く休肝日を兼ねて年末年始に3日断食をしていたが、この半年ばかり毎月1回行っています。 私の場合、毎日お酒を数合以上飲むので、休肝日のついでに行っているのだが、身体もすこぶる快調で、一時は70キロを超えていた体重も標準体重65キロを維持し、愛用のジーパンの腰回りがだぶついて困っています。 その他、今年は花粉症も目が少し痒い程度で、終わりがけに数日鼻の調子が少しおかしくなった程度で終わりました。白内障が出始めたかなと思ったときも、断食をしたら何ともなくなりました。私に断食を教えてくれた信州の友達などは、膵臓ガンが治ってしまい医者もビックリです。 貴方も如何ですか? 第一日 朝 普段の半分(但し動物性タンパク質は不可:よく噛む) 昼 食パン半枚(6枚切り);ミルクティー(砂糖なし)一杯 時間をかけて食べ、ティー一杯を飲み終わると同時に食も終わるように。 夜 クッキーかビスケット2枚;ミルクティー(砂糖なし)一杯 第二日 終日水のみ・・・ゆっくりと飲み、夜は白湯に塩少々を入れたものを。 (ヨーグルト断食を併用しヨーグルトと豆乳で過ごすのもよし) 第三日 朝 梅湯(湯飲み一杯の白湯に梅干し一個をほぐしたもの) バナナ一本か野菜サラダ少々 昼 食パン半枚;ミルクティー(砂糖なし)一杯 ゆっくりと飲む 夜 普段の半分(但し動物性タンパク質は不可) 三日間とも 水分は多めにとる;酒とタバコは不可 通常と同じ生活をすること 便意をもようしたら直ぐに行くこと 風呂はあまり暖まりすぎないこと 睡眠時には腹式呼吸(息を吸う時に下腹をしぼませる)をゆっくりと10回以上行う(四つ這いになれば自然と腹式呼吸になる) 何ものにも囚われない心・・・そこまでは無理でも、一風の爽快さを味わうことはできるかも知れません。余録として体重が落ちるが、一度だけでは直ぐに戻るでしょう。 時々実行すれば、意思の強いあなたなら体重も精神も安定するでしょう。 こんなブログも見つけました http://petitdanjiki.yumesites.com/cat0004/1000000010.html
![]() 高村光太郎は「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」と言ったが、松下幸之助も「道」という題で次のように書き残しています。 自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。 どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない。二度と歩めぬかけがえのない道。 広いときもある。狭いときもある。のぼりもあればくだりもある。坦々としたとこもあれば、かきわけ、かきわけ汗するときもある。 この道がはたしてよいのか悪いのか、思案に余るときもあろう。 なぐさめを求めたくなるときもあろう。 しかし、所詮はこの道しかないのではないか。 あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まずに歩むことである。 自分だけしか歩めない大事な道ではないか自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。 他人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は少しもひらけない。 道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。 それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。 深い喜びが生まれてくる・・・。 そんな道、見えてきましたか?
![]() さあ、あなたのなりたい姿を思いっきり膨らませ総合的に判断してみて下さい。 人間の思いは風船のようなもので、どんどん膨らませることも、小さく萎んだままにしておくこともできます。 大きな夢に、諦めずに挑戦し続けることでしか輝かしい人生は開けてきません。 大風呂敷でも良いから、大きな夢を描いて自分を創っていくことが大切です。 あなたの「やりたいこと」には、どんな才能が必要でしょうか。 「やりたいこと」とあなたの「良くできること」が一致すれば、それはあなたのはまり役だから前進あるのみだが、不得手な才能を必要とする場合にどうするかです。 完全無欠な人間など存在せず、誰にも得手不得手があります。 必要な資質が部分的に欠けている場合は、メインのもの以外であれば、お互いに欠点を補い合い、シナジー効果で1+1が3にも4にもなる相棒を見つければいいのです。 長所だけを見つめてそれを限りなく伸ばしていき、決して人後に落ちない優れた能力を獲得することができたら、短所はその人の愛嬌や面白みに変わります。 自分のメインとなる資質が、自分としてはあまり魅力を感じない分野に向いている場合は、その分野の意義やビジョンを考えてみて得心することです。
今日のブログに関連して追記(メルマガの日曜日配信分ですが) 成功の秘訣は、困難、気づき、感動の3K。 1番目のKは「困難」のKです。 あるユダヤ人大富豪が社会人になった私にくれたはなむけの言葉に「人は失敗から学ぶ」というものがありました。困難に立ち向かい、それを乗り越えた時、人は多くの学びと自信、そして謙虚さを身につけます。世界のできる男や富める男達は決して困難を苦労とは取りません。なぜなら、彼らは「困難の中の希望」を見出すからです。 ところが、成功しない人たちは、「希望の中の困難」を一生懸命探します。ちょうど日本で言う「重箱の隅をつつく」行動ばかりとるのです。その結果、大局を見失い「無理だ」とあきらめて、せっかくのチャンスを自分でつぶしてしまうのです。 2番目のKは「気づき」のKです。 私の友人が言うように、「なぜ成功しないか? それは『してはいけないこと』をわかっていて、わざわざするからだ」という、非常にカンタンなことに気づくだけでいいのです。 「今、自分はいったい何をしているのか?」と「パレートの法則」にのっとって、完璧でなくても、80%建設的で善い行いをすればOKなのです。 自分を高めることを怠らず、究極的には「真の豊かさはお金だけではない」ということに「気づく」ことが大切なのです。 最後のKは感動のKです。 お金がほしいと思ったら、感動する心を持って、正しいメッセージを自分から発信しなければなりません。無神経、無関心、無感動では、心がかたくなになってしまいます。さらに、無神経、無関心、無感動な心の人とは、はっきり言って利己主義な人間です。だから、まわりの人とのコミュニケーションや、人から学ぶという姿勢に欠けるので、せっかくのチャンスを逃してばかりいます。 そのためには聴くことです。 ユダヤ人大富豪たちは口をそろえて「耳が2つあるのに、口が1つしかないのは、人の話を聞くほうが自分のことをしゃべるよりもっと大切だから」といいます。このルールを実践するのです。 具体的には「すごい!」を口ぐせにしましょう。人が話したら、良いことにも悪いことにも、「すごい!」と言います。そうすると、自然にその人や出来事に関心を持ちます。その次に「なぜ?」とか「どうやって?」と質問すればよいのです。 子供のころを思い出してください。見るもの、聞くものすべてが珍しく、何でもかんでも「どうして?」「どうして?」と言って、親を困らせた経験がありますよね。親元を離れて社会人になった今、まわりの人々から教わりましょう。「人、これ皆、師なり」です。 良いことにも悪いことにも、「すごい! どうやったんですか?」「すごいですね! それはなぜ?」といつも口ぐせにしていると、自然とあなたは周りの人や出来事に無関心ではいられなくなります。 また、人のことがわかってくるので無神経の代わりに思いやりの気持ちが芽生えてきます。そして、感動。良いことにも悪いことにも感動する。こうしていると、心のストレッチ体操になり、あなたの心が大きく振動して「お金の波動」を出すようになるのです。 そして、次のことを心掛けることです。 その1 好きなことをしなさい、できれば良い仲間達にかこまれて。 その2 ネバーギブアップ(決してあきらめない) その3 自分のために時間とお金を投資する」 「好きなことをする」とは、「継続は力なり」につながります。「お金のため」ではなく、「好きだから」と、仕事に生きがいを見つけると、どんな困難や失敗、激務も乗り越えることができます。その理由は、「好きだから楽しくって、苦労と感じない」からです。 「自分は何が好きなのか」を見つけた人は幸せです。なぜなら、お金のためではなく、好きなことをしているから楽しい。楽しいから続けられる。続けるから強くなれる。強くなるから困難を乗り越えられる。
![]() 自分の能力なんてなかなか分からないものだが、とにかく好きなことを見つけることです。 何かが好きであるということは、すなわちその人の才能なのです。 まず好きなことを見つけ、自分の特徴をつかむ。 それが人生で自分を生かす道に繋がっていきます。 心から好きでやりたいことならどんなに苦しくても頑張り通す力も湧いてくるし、それが運をも呼び込む原動力となります。 やりたいことが分からない人は、14歳頃にやりたかったことを思い出して下さい。 それが、人生で一番自分のやりたいことである場合が多いものです。 宇宙飛行士を目指す角野直子さんは、中3の時にスペースシャトルの事故で女性教師が亡くなったのを見て「宇宙から授業をしたい」という夢を抱き、その夢を実現させるために東大で航空宇宙学を学び、宇宙開発事業団に就職した。 宝塚歌劇団月組娘役トップの映美くららさんは、中学の修学旅行で初めて宝塚を訪れ、ロビーの赤い花柄の絨毯を踏みしめた途端に魔法に掛かったように「ここに絶対に入ろう」と決心し、2回目の受験で合格し夢をつかみました。 悔しい思いをしたことを、思い出してみるのもいいでしょう。 悔しかったということは、自分の関心が深いことであり、好きなことにも通じます。
![]() 前章でも書いたが、魚に木登りを、猿に速く走ることを、馬に泳ぐことを期待するから上手くいかないのです。 一人前になるとは、魚は魚なりに、猿は猿なりに、馬は馬なりに、自分に備わった個性を全うすることだと思います。 大切なことは、ありのままの自分を受け入れ、変えることのできないものを冷静に受け入れる心と、変えることのできるものを変える勇気、そして、変えられないものと、変えられるものとを見極める知恵を持つことです。 あなたは、変えることのできないものを変えようとしてイライラしていませんか? 生まれてくる場所も、親兄弟も、境遇も、才能や性格も、自ら選ぶことはできません。 そんな宿命を港とし、自らの命をそこに浮かぶ船とすれば、その後何処に出航するかはあなたの意志次第です。 人生は、境遇や環境で決まるのではなく、自分の意志で決まります。 つまり、自分の人生は、意志次第でいかようにも変えることはできます。 自分が自分である証を見つけ、それを手放さなければ、人生は絶対に裏切らないはずです。 そうやって、「自分は自分であればいい」「貴方は貴方であればいい」と悟ったとき、イライラや欲求不満は消え去り、心安らかに、明るく、楽しく、素直な人生が送れるはずです。
今日は、20代から50代初めの女性方と飲み会。皆アルコールに強く4時間ばかり飲みながら話題沸騰。多彩なタレント的女性が多く、盛り上がる。 世の中には、通行人・タレント・プロデューサーの三種に人間がいるというのが私の持論である。 世間のほとんどの人は通行人である。自分では服は作れなくても、ショーウインドーに自分の好きな服が飾られていればつい買いたくなる。自分で上手に料理を作れないが、食べるのは好きだし、おいしい料理で雰囲気のいい店があればまた来ようとも思う。通行人はそれぞれに行く先を持っているが、わき目も降らずに邁進するほどの行き先なぞめったに日常生活にはないから、大概はそぞろ歩きである。だから、ちょっとした誘惑にもすぐ引っかかる。楽しいコンサート、格好の良い洋服、おいしい料理、誰かのゴシップ話・・・。通行人は、いつも心の隅のどこかに刺激や誘惑を待っている。こうした通行人の対極にいるのがタレントである。通行人の足を止め誘惑する役割を、自分のタレント(才能)でやろうという人たちと、それをプロデュースする人たちがいる。通行人でいる間は楽だが、人を楽しませる側となるとさまざまな苦労が伴う。だから、必然的に通行人にとどまる人が多くなる。 タレントにも二種類の人間がいる。 今日の職種で言えば、インストラクターとコンサルタントである。 インストラクターは様々なパーツを持っているが、それを忠実に教えるだけである。 コンサルタントは、そんなパーツ個々については詳しくないが、全体を見通していま何が課題かを見通し最適の解を提供する。個々の詳しいことについては、インストラクターに任せるだけである。 インストラクターとコンサルタントでは、日銭が数倍から10倍違う。 でも、最も大切なのがタレントを上手く転がすプロデューサーである。 良いプロデューサーを持ったタレントが一番強い。
![]() だが、能力といっても、何を能力というかとなると難しい問題です。 「私は東大でビリだったからノーベル賞をもらえた」とノーベル賞学者小柴昌俊さんが言われたが、テストで測れるのは記憶力などごく一部で、創造力は測れません。 記憶は得意だが思考は苦手な人、記憶は苦手でも創造が得意な人、ゼロからの発想は苦手だが情報を編集し直して発展させるのが得意な人など、人間には様々なエキスパート・パワーがありそれぞれに違います。 華やかなフィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングを例にとってみよう。 選手は新しい技の創造はできなくても技能表現が巧ければいい、コーチは自分自身では巧く技能表現ができなくても新しい技を創り出して指導できればいい、審判は自ら何もできなくても優劣を判断できる審美眼があればいいというように、役割によって必要な能力は違います。 名選手が必ずしも名監督にはなれないように、自分の能力を見極め間違って別のパートを演じようとすると、幾ら努力しても報われないという悲劇が起きます。 だから、自分の能力が何かをよく知ったうえで、それが最大限に生きる場を見つけることが大切なのです。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |