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今日は京大での「地球環境フォーラム」に参加し、ブータンの幸せ度に関する考察や仏教に求められる役割などの講演を聴きました。 まあ、これといって感銘を受けることもありませんでしたが、こんな一文を今書いている人間関係論に追加しました。 「幸せさえも人間関係次第」 幸せ度の高い国ブータンでは、「幸せは物質のみでは得ることはできない。精神的な和=人間関係が大切」との観点から幸せ度の向上を目指しています。 鍵山秀三郎さんは、「してもらう幸せ」「できる幸せ」「してあげる幸せ」の三つの幸せがあると言います。 小さいうちは、父母の愛に守られて「してもらう幸せ」を一身に受けて育ちます。 大きくなっても、「してもらう幸せ」はたくさんあります。 やがて歩けるようになり、遊びやスポーツができ、絵や字が書けるようになりと、いろんなことができるようになってきます。 当たり前のように思っているこれらも実は大変幸せなことで、体が不自由になってみて「できる幸せ」が初めて分かります。 大人になっても、欲しい物が買える、美味しいものが食べられる、仕事がうまくできるなど、「できる幸せ」を一杯味わっています。 そして、お手伝いでも何でも良いから他人に何かをしてあげて心から喜ばれた時、何とも言えない喜びを感じたはずです。 人は共に喜ぶ時、喜びが人の数だけ増幅され、感動を呼び起こします。これが「してあげる幸せ」です。 人に優しくしてもらって幸せになった人が、次の人に優しくする、まさに絆の輪です。 そうやって分け合っていくことができれば、誰もが幸せになります。
![]() 「いまというとき いまはなし まの字来たれば、いの字過ぎゆく」という古歌があるが、人生はすべてのことが一期一会。「いま」の「ま」の字を発音をしたときには、「い」の字はもう過ぎてしまって帰ってはきません。 それほど時は貴重なものであり、総ての機会はあっと言う間に通り過ぎて行きます。 そして、「アッ、失敗した。もう一度やり直したい」と思っても、後悔したときにはもう遅く、ゲームのようにやり直しはできません。 だから、「いま」という瞬間、瞬間を大切に生き切ることが大切です。 何もせずに無為に時間を過ごすことは、生きながら死んでいるようなものです。 ときには、そんな仲間に人を引きずり込むということは、相手を殺すことと同じともいえます。 親鸞上人が得度しようとしたとき、夜も遅かったために周りの人に「明日になさいませ」と言われ、「明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」と詠みました。 誰にも怠け癖があり、つい生き方が甘くなりがちです。 やろうと思えは直ぐにできることでも、何かと理由をつけて(嫌なことほど)後に延ばそうとしがちです。 「ときは今 所は足元 そのことに 打ち込む命 永遠の御命」(増上寺椎尾法王)の歌を、よく噛みしめたいものです。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |