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駆け出し記者の一期一会
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harvestみのりの日記

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2008年10月08日 楽天プロフィール Add to Google XML

ブログ休止のお知らせ
[ 日常 ]    

おひさしぶりです。

更新しないまま時が流れ、すっかり秋です。
今年も金木犀の季節がやってきました。
それで、思い出したのです。

昨年秋、思い立ってブログを始めたのは10月1日。
今読み返したら10月10日に金木犀のことを書いています。

毎日忙しくて、文字通り心を亡くしていて、
周りを見ているようで見ず、聞いているようで聞いてなくても、
この香りには気づく。生きて呼吸をしている限り・・・そんなことを昨年書いていました。

今年もほぼ同時期に金木犀が香るとは、地球の健気さやら宇宙の偉大さを感じます。

わけもわからないままに、ブログというものをやってみよう!と始めてみたら
いろいろなことがあり、生活が随分と変わりました。

ブログのグリーンの背景の文字をあらためてよく見ると
The internet has truly changed the way people live today.
読みもせずに雰囲気で選んだのでしたが、ずばり言い当てています。
あとから驚きました。

確かに、インターネットは生活を変える力を持っています。
5年前にパソコン教室にワードとエクセルを習いに行っていた私のような者ですら
いつの間にかパソコンと携帯なしでは暮らせなくなっています。

今もこれからも自分なりにネットを使うでしょう。

でも、ネットが生活を変えるのはいい面ばかりじゃありません。
隣にいてくれる人と話すより、ネットの中で過ごす時間が長いのは明らかに不健全です。
子どもが話しかけているのに、うわの空の母親なんて最低でしょう。

一日が24時間であることは変わらないのだから、
ネットに使う時間の分、何かが削れらるわけです。
睡眠時間がどんどん短くなり、今までもう少し心を込めていたはずの食事の支度も、
単なる手抜き以上に殺伐としたノルマと化していました。

大急ぎでやろうとするから「やけど」なんかするのでしょう。
「注意力散漫」と子どもの頃よく父に言われていた言葉がよみがえります。

このへんで、少し生活をリセットしようと思いました。

尊敬するアン・モロウ・リンドバーグの『海からの贈物』を読み返してみると、
ネットなどなかった50年以上も前に、同じような葛藤が描かれています。

「私は夫や子ども達に何かを与えるとともに私も向こうから何かを与えられ、友達や私が住んでいる社会とものを分け合い、それから女、また文筆家、そしてまた市民として人間の世界に対して私が負わされている義務を果たしたい。」

「しかし、私は何よりも先に、私自身と調和した状態でいたい。私は今言ったような義務や仕事に私の最善を尽くすために、ものをはっきりと見て、邪念に悩まされず、私の生活の中心に或るしっかりした軸があることを望んでいる。」

「子どもを生んで育て、食べさせて教育し、一軒の家を持つということが意味する無数のことに頭を使い、いろいろな人間と付き合って旨く舵を取るという、大概の女ならばすることは、芸術家、思索家、あるいは聖者の生活には適していない。それで問題は、女と職業、女と家庭、女と独立というようなことだけではなくて、もっと根本的に、生活が何かと気を散らさずにはおかない中でどうすれば自分自身であることを失わずにいられるか、車の輪にどれだけの圧力が掛って軸が割れそうになっても、どうすればそれに負けずにいられるか、ということなのである。」

50年前に書かれている本に、
20年ほど前に自分が傍線を引いたところを抜粋してみました。
ちっとも進歩がないようで笑ってしまいますが、
かのリンドバーグ大佐の妻で、自分自身も飛行家で、5人の子どもの母で、
さらに文筆家だったというスーパーウーマンのアン・モロウ・リンドバーグにして、
そういうことに悩んでいたのだということに勇気づけられます。
そりゃあもう、お忙しかったことでしょう。

問題を解決するための第一歩は、自分の生活を簡素にして、気を散らすことの幾つかを切り捨てることなのだ…家族を離れて一人、無人島での休暇を敢行した彼女はシンプルで美しいほら貝を眺めて、そう書いています。

というわけで、私も自分の生活をもっと簡素にしようと思います。
リンドバーグ夫人の表現によれば、
「本や、乳母車や、日傘や、台所の椅子を頭にのせて綱渡りする」ような、
または「眼に見えない糸を使ってあやとりをする」ような日々の生活の現実を踏まえ、
それを前提として、身の丈に合った仕事をしていこうと思います。
無理をしても続きませんから。
ちゃんと眠り、ちゃんと起きなければ、
ろくなことを考えないし、
ろくなことを言えないし、
ろくなことを書けません。

そういうわけで、このブログも当分お休みすることにします。
既に長らく休んでいましたが、何も挨拶もなく、
放置するのもよくないと思いましたので、
金木犀の香りに促されて書いておくことにしました。

いずれ「またブログでもやろう!」という気持ちになったら、
新たな気持ちで始めることもあるでしょう。
そのときにはお知らせいたします。

このブログはこの一年間の記録として、このまま置いておきますが、
スパムコメントがしつこいので、トラックバック&コメントを受け付けないモードに切り替えます。
そうすると、過去のコメントも読めなくなってしまうのですが、
削除したわけではなく、私の手元に大切に置いてあります。
これまでの温かいコメントに心から感謝します。

よかったら、時々英字新聞のサイトにアクセスしてみてくださいね。
名前のローマ字表記で検索できます。記事がいろいろ出てきます。

また、クラシック音楽情報サイトMusic Sceneにも、
ひょっとしたら何か掲載されているときもあるかもしれません。

そのように、ネットは遠い所にいる人ともつながれるのが魅力ですが、
しばらくお会いしていない皆様に、またお目にかかれると嬉しいです。

一年間お読みいただきありがとうございました。
実り豊かな日々をお祈りいたします。

harvestみのり


最終更新日  2009年01月18日 13時01分56秒


2008年09月02日

やけど
[ 日常 ]    

やけどをしてしまった。

洒落た比喩ではない。本物の火傷である。
たいしたことはないと思うが、右手の甲に2か所、尖った二等辺三角形ができている。
大きい方を測ってみたら、長い2辺が3センチずつで頂角15度ぐらい。
これは今までに経験した小さなやけどの中では一番大きい。

日曜日の夕方、中華鍋で油が熱くなっていた。
ゴーヤチャンプルーの豆腐は先に焼いたほうが美味しいから
と思ったのは別に間違いではないが、豆腐の水を切り足りなかったのだろう。
「あつッ!」と思ったときは遅かった。大粒の油(のような気がした)が手にはねた。
しばらく水をかけ続けて冷やすが、やばーい感じに赤くなってくる。

ふつうの温水でもヒリヒリしみる。
翌日には水ぶくれになり、
今日は水ぶくれが破れてまだらになっている。
剥けた部分がまたしみる。

小さいやけどは何度もやっているので、こういう経過は毎度おなじみ。
まあ、わざわざ病院に行くほどでもないだろう。
だいいち、病院なんかに行っているヒマはない。
病院に行こうが行くまいが、どっちみち跡が残りそうだな。。あーあ。
まあ、手に何億も保険をかける手タレじゃあるまいし、しょうがないよ。

だいたい、私は子どもの頃からそそっかしいので、あちこち傷だらけである。
・5歳頃だったか、ブランコから飛び降りてしゃがみこみ、何も考えずに立ち上がったら、
 戻ってきたブランコが、前からおでこを直撃した。その部分いまだに髪がない。
・藪の中で、棘だらけの茨のようなもので、脛をこすり、何本もの細い切り傷から
 あちこち血がじわーっと染み出してきた。傷としては浅いものの見た目が派手で驚いた。
・階段で転んで向こう脛を思い切り強く打ち、そこはいまだに青く、少しへこんでいる、

そのほか、乳幼児の頃に、煙草を飲み込んだり(記憶なし。親からの伝聞)、
甘いシロップ状の飲み薬を1瓶全部飲んでしまったり(これはかすかな記憶あり)で、
いずれも胃洗浄。ずいぶん親を心配させたようだ。

大人になってからも結構失敗している。
・硬めのフランスパンを切ろうとして滑り、よく切れるパン切りナイフで親指を切った。
・床のものを取ろうとして、低いタンスの角で額をガツンと切り、数針縫った。

この最後のなんて魔がさしたような信じられない出来事で呆然としたが、
幸いにも上手な形成外科の腕のおかげで、さほど目立たないようになった。

まあ、これぐらいで済んでいるのはまだ幸運というものだろう。
骨折など、大きな怪我はしていないが、生傷が絶えないという感じ。

かすかな傷跡が残っているのを見ると、何だったかを時々思い出す。
ぼーっとしていた。考えごとをしていた。すごくあわてていた。
…いや、誰のせいでもない。いけないのは自分です。すみません。
ケガをしたのがまだ自分でよかった。人にケガをさせてしまったら、これはまた大変だ。

このやけどもきっと跡が残るだろう。
その頃どのように過ごしていたかをセットで覚えていることにしよう。戒めにするために。
傷跡は、失敗の多い人生の証であり、それなりの回復力も証でもある。


最終更新日  2008年09月03日 02時41分09秒

2008年08月26日

ホットケーキ・ブーム@ホーム
[ 食 ]    

このあいだ帰省から戻る機内で読んだ新聞(確か日経だったと思うのだが)に
「ホットケーキがちょっとしたブーム」という記事があった。
原油高騰の影響?!で食糧も高騰!? 暴動が起こるほどではないから日本はマシだが、
しばらくは店頭からバターが消えたり、身近な食が脅かされる感じはある。
で、ケーキも値上がりしたり小さくなったりで、つい買い控える中、
ホットケーキが見直されているというのだ。

私はモノの値段がなかなか覚えられない数字オンチなので、
ホットケーキミックスが値上がりしたのかどうか自信がないが、
ホットケーキミックスお徳用600gが300円弱というのは
そんなに変わった気がしないし、まあ、許せる値段だ。
というか、200gの小袋が3つ入っていて1袋で4枚焼けるのだから、
1個400円近くするケーキを5人分買うのに較べたら、うんと安い。

そして、家庭のフライパンで焼くという「手作り感」も人気の秘密だそうな。

偶然なのか、それとも我が家も無意識にブームにはまっていたのか、
帰省前の週末、中学生の次男がふと言った。
「おかあさん、ホットケーキ食べたいなぁ。一年ぐらい食べてない気がするんだけど」
一年って、それはあんた大げさでしょ~~とは思うものの、しばらく作っていなかったのは確かだ。
それにしてもホットケーキって、まだまだガキだねー

私にとっては、ホットケーキとは「心のゆとり」のバロメーターのようなもので、
値段よりもむしろ時間のほうが問題なのだ。
もちろん、もっと本格的なケーキを焼くのに較べたらずっと手軽だが、
(自分でケーキを焼いていた頃もあったんだなあ。。なつかしい)
朝食にホットケーキが登場しうる条件とは、
・休日である。
・早朝からのサッカーの試合がない。
・冷蔵庫に卵も牛乳もある。
・面倒がらずに混ぜたり焼いたりする気がわく。

これらが意外と満たされていないことが多かった結果、ひょっとしたら
「一年ぐらいホットケーキ食べてない」のは本当かも知れない。

ともかく、久々にホットケーキを焼いたらえらく好評だった。つましい生活だな。。
小学生の三男はすでに大阪の祖父母宅に行っていたので4人分。焼いては食べ、焼いては食べる間に結構待ち時間がある。そうそう、だから時間に余裕のあるときしかできないのよ。
ときどき様子を見に来る長男が「なんだ、簡単だな」と言うので、
「そうよ、あんたでもできるわよ」と言って交代してもらう。

さて、このあいだの土曜日、長男と次男は朝からサッカーの練習だか練習試合だかのため、
早起きして出かけたのだが、私は日頃の睡眠不足を解消すべくというか、要は起きられなくて、
「気をつけて行ってらっしゃいね」ぐらい言ったような気はするが、
悪いけど11時頃まで寝倒していた。まったく最低な母親だ。ごめんね。

帰宅した次男が言う。
「今日の朝めし、うまかった~」
高校生の長男がホットケーキを焼いてくれて、二人で食べたんだと。
日頃いばっている兄が弟のためにホットケーキを焼いてやるとは。うるわしい図ではないか。
親はなくとも子は育つなー 

それを聞いた三男が怒る。
「ええーっ!ぼくホットケーキ全然食べてないよー!」
そう言えば、先週焼いたときは不在。今朝は寝坊。で、逃したというわけだ。
「わかったわかった。また買ってくるから」
とようやくなだめて、またまたホットケーキミックスを買ってきた。
食べ物の恨みはこわいからね。。

で、翌日曜日の朝は三男にホットケーキをたくさん食べさせた。
さらに、月曜日、私が仕事で出かけていた留守宅で、
お昼にまたホットケーキを食べたらしい。
長男が、今度は末弟のために焼いてくれたそうな。(次男は試合で不在)

というわけで、お徳用600g入りを2回購入して600円弱。
このお値段の割には、かなり満足度は高かったようだ。


最終更新日  2008年08月27日 00時46分59秒

2008年08月21日

オペラの余韻
[ 書く ]    

少し前に書いたことだが・・・
清水の舞台から飛び降りる気持で大枚はたいて、私はオペラに行ってきた。

やはり、清水の舞台から飛び降りる気持で決断すると、何事か起こるもので、
このオペラについて、新しくできた音楽サイトMusic Sceneに書くことになり
その数本の原稿のおかげで、パリ国立オペラの「トリスタンとイゾルデ」に行った7月31日から
3週間ほどオペラの余韻が続いていたことになる。

無論、余韻に浸るというような優雅なものではなくて、「書く」からには、
「結局、その高いオペラに行ってどうだったんだ?」ということを自分に問い直すわけで、
書くからこそ、自分の思っていることが自分にとっても明らかになるのを実感した。
そして、書いたからこそ、後々まで残るので、「言葉にならない感動」とか言ってないで、
なんとかして言葉にしておいてよかったと思う。言葉にしきれないものはどこまでも残るにしても。

一観客にすぎない自分が感じたことに、自分以外の人がどれほど興味をもつものなのか?
日頃、他人が書いた文章について自分が思っていることが、そのまま自分に返ってくる。

それでも、オペラ自体についてのレポートは、一観客として開き直って書くことができたが、
勝手が違ったのは、
今週アップされたパリ国立オペラ総裁ジェラール・モルティエについての記事だった。

そもそも、私は音楽業界にもオペラにも全然詳しくないので、
「ヨーロッパ・オペラ界の風雲児」と言われても、へーえそうなんだと思うほかなかった
そういう人物について自分が何か書くのは、とても大それたことに思えた。

しかし、たとえば、自分の親や子どものことを客観的に書くのはきっと難しいだろうし、
熱烈なファンだったりシンパだったりする対象だと、思い入れが強くて浮足立ちそう。

そういう意味では、初めて知るモルティエ総裁という人に対して、普通の好奇心をもって、
講演を聞いたり、インタビュー記事を読んだり、実際のオペラを見たりして、
「こういう人だと自分は思う」と言うことはできるだろう。いずれにしても
何かについて書く場合、それは必ず自分というフィルターを通して伝えることになるのだから。

というわけで、今でも「大それた」感は払拭できないものの、書いてしまった。
おかげで、「書かない」場合より、モルティエのことをずっとよく知ることができた。

それを読んだ人はどう思うんだろう?

・モルティエは好きだけど、この文章は嫌い。
・モルティエは嫌いだけど、この文章は好き。
・モルティエなんて知らないし、興味もないので、この文章はパス。
・モルティエなんて知らなかったけど、この文章を読んで少し興味が湧いた。

このほか、長いとか、くどいとか、硬いとか、つまらないとか、
さまざまな反応があって当然だろうけど、結局、どんな読み手に対しても
「私は、このように考えます。なぜなら、かくかくしかじかだからです」
という以外に、書きようがない。それは、いつだって同じだ。
と思って、謙虚に開き直るのであった。

なんだか言い訳みたいな話を聞いていただき、失礼いたしました。
駆け出しまるだしでお恥ずかしいです。
少しでもお読みいただけると嬉しく思います。

Music Scene 毎週水曜日更新中
http://musicscene.jp/



最終更新日  2008年08月28日 00時44分31秒

2008年08月18日

夏の終わり
[ 日常 ]    

お盆の帰省から東京に戻ってくると、妙に涼しく感じる。
実際に、関西・四国方面よりは多少気温が低いということもあるし、
時期的にそろそろ夏の終りに向かうのか、なんとなく寂しくなる。
昨日の朝なんて、突然秋になったのかと思うような空気に驚いた。
さすがに、そのまま秋になるわけではなく、今日は残暑の日差しだが。

ほかにそんなに重大な事件も天災もないのか(そんなはずはないのだが)、
新聞紙面はオリンピックと高校野球がメインである。
どっちも早く終わってもらわないと、夏休み中の息子達の生活がぐちゃぐちゃだ。
なにしろ、オリンピックのせいで、「熱闘甲子園」の放送時間が大幅に後ろにずれて
12時半からとか。それを観ないでは気が済まないスポーツオタクの三男が
小学生のくせに夜中の1時まで起きているというのは、どう考えても異常事態だが、
常に原稿の〆切に追われて非常事態の私は、子どもの生活を管理しきれず放置したまま。
今日の決勝で高校野球が終わるかと思うとほっとする。あんたも早く宿題をやれ!

帰省から戻ってきたときに、「東京に帰ってきた」という感覚を持つようになったのは
いつ頃からだろうか?
夫の実家の徳島が異文化圏であるのはもとより、生まれ育った大阪のニュータウンでさえ、
もはや親の家を訪ねて行く先であり、東京の我が家が今は自分の唯一の居場所である。
仮住まいの狭い集合住宅でも、帰ってくるとほっとする。
その手前でも、たとえば2分間に1本来る山手線とか、乗り換えのスムーズさとか、
人が歩くスピードとか、地方の人から見れば「東京はせかせかしててかなわん」というペースを
快適に感じる自分は、もはやすっかり都会に適応してしまっているのか?!

もしも首都圏直下型大地震が来て、東京が灰燼に帰すならば、一緒に死ぬか、
運良く生き延びたら首都の再建に尽くすかどっちかだな。。ほかに行くところもない。
このように、もはや気持もすっかり東京都民ではあるが、それは、親子三代の江戸っ子で、
東京の地域コミュニティに属している人達とはまた違った感覚だろう。
どこのコミュニティにも属している感じはしないが、そういう「根なし草」都民を
とりあえず居させてくれる包容力と、適当に放っておいてくれる距離感が、
きっと、東京の居心地の良さなのだと思う。
もちろん、自分を「異邦人」と感じている人間も、家族や学校、職場その他の仕事でのつながり、
薄いとは言え、近所付き合いなど、タテヨコナナメのネットワークを
自分なりに張り巡らす努力はしているだろう。
自分ひとりで生きていけるわけではないし、将来、孤独死するのも悲しいからね。。

今のところは、東京は私にとって仕事のチャンスの宝庫だし、
仕事でなくても面白いものを見聞きするチャンスに満ちた場所であるが、
今回帰省中に感じたのは、
「自分が興味を持っていることなんて、世の中全体から見たら超マイナーな、
いわば一種のオタクと言える範疇のことなのだ」ということであった。
だから、まあ当然ではあるが、徳島では自分の仕事の話はほとんどしなかった。

そういう自分のマイナーさは重々自覚しておいたほうがいいと思うし、
それはまた「異邦人」感覚を強めるものだが、
一方で、どうも共通の関心事が全くなさそうに思われる人達と
共感し合えるものは何だろうか?と真剣に考えたくなる。

そういう意味では、オリンピックとか高校野球みたいなスポーツイベントも重要かもしれない。
もっと基本に帰れば、そもそも、人が生まれて成長して仕事を見つけて結婚して子どもを産み育てて年をとってやがて死んでいく、ということは誰にとっても共通の問題だろう。
そのプロセスの各時点で結構な苦労をするというのがそれぞれの人生の中身だから。

自分にとって興味のあるごく限られた分野の話が、そういう普遍的な問題と結びついてくるならば、
もっと多くの人と共感を分かち合えるのかもしれない。

帰省の旅は、いろいろと自分の位置を感じさせ、なんだか謙虚な気持ちになるのである。


最終更新日  2008年08月18日 18時52分29秒

2008年08月15日

踊る阿呆に見る阿呆
[ 日常 ]    

帰省の旅は続き、夫の実家の徳島に来ています。

年々子ども達は大きくなり、大学生や高校生は帰省に不参加となってきます。
そして、帰るたびに親は年老いていきますが、今のところ元気でいてくれるのは
ありがたいことです。

たった2泊でしたが、今年も海に行きました。
市内から車で2時間弱、県境に近い高知側の白浜海水浴場。
四国の良さはそのマイナーさにあり、車の渋滞も人の混雑もなく、海を楽しめます。
太平洋に面しながら、両側に突き出した小さな半島に守られた穏やかな砂浜は遠浅で、
子どもでもかなりの距離まで足が届きますし、水もきれいです。

こういう海水浴に行くのもあと何回ぐらいだろうか、とぼんやり考えながら、
次男三男(←まだガキです!ホント)が父親や伯父達、従兄妹達と
はしゃぎながら波と戯れるのをカンカン照りのビーチから眺めていました。
本当は自分だって泳ぎたいところですが(そりゃ同じ阿呆なら泳がにゃソンソンです)
ここは、義母や兄嫁達にならい、おとなしくビーチにすわっている三男の嫁でした。

海水浴疲れで、夜は誰も繰り出そうと言わないのは無理もありませんが、
ここは、「今年も私は阿波踊りを見に行きたい!」と自己主張して、
夕食もそこそこに後片付けはサボって、夫だけつき合わせて
徳島市内中心部へと出かけたあつかましい嫁でした。

だって、わざわざこのお盆の時期に徳島に帰省して、
阿波踊りを見ないなんて、もったいなすぎます。

ふだん東京で、お祭りの類に行くことは滅多にありませんが、
阿波踊りには行こうと思うのは、
・自分が休暇中だから
・子どもに手がかからなくなったから、連れていくのも置いていくのもカンタン
・都心に出るよりずっと近くてタクシーでも700円程度の距離
・都内のイベント類に比べたら混雑も知れてる
などの理由も挙げられますが、それよりなにより大きいのは
やっぱり阿波踊りの魅力でしょう。

  ♪チャンかチャンかチャンかチャンか チャンかチャンかチャンかチャンか…
   ドドーンッドッドッド ドドーンッドッドッド…

あちこちで鳴り物の音が響いてます。8月12日から15日までの4日間熱気に包まれる町は、
最終日の今日は夜中まで盛り上がります。

大通りや公園などに数か所、囲いと桟敷席のある有料の演舞場があるほか、
無料の演舞場も何か所かあり、それ以外にも商店街のアーケードでも、ただの通りでも
そこらじゅうでいろんな団体が踊り、見物客でごった返しています。

今日は、子どもも連れていないので、ビール片手に気ままに見物しました。
紺屋町の演舞場をちらっと見てアーケードを抜け、無料演舞場のある新町橋商店街をぶらぶら歩くと新町橋に出ます。徳島市街の中心を流れる新町川沿いの細長い公園にしつらえられた藍場浜演舞場はよくテレビの中継にも登場し、映画「眉山」にも出てきました。川べりの屋台や川面に映る提灯はお祭り気分も満点。切符がないから中には入れないけど、桟敷席の端っこ、踊り終わりのゴール地点にいたら正面から見えるのです。ただ、同じことを考えている見物客や写真マニアがすでに柵に鈴なりで、熱気の中でうちわで扇ぎながら、少しでも隙間があると、見える方へ前に詰めます。

前方100メートルぐらいから、有名連や企業とタイアップした連が順番に踊り込んできます。
桟敷席ではゆっくりすわって横から見るわけですが、正面から見るのもなかなか迫力があります。
(そう言えばここ数年そうやって見ています)

・・・人の列、鳴り物の響きがだんだん近づいてくる。

  ♪エ~ヤットサ~ヤットサ~! ヤットサ~ヤットサ~!
    ッ踊る阿呆に見る阿呆、ッ同じ阿呆なら踊らなソンソン!♪

揃いの着物に笠を被ってうつむいてるとみんな美人に見える女踊り。
掲げた両手の動きと下駄でつま先立った足さばきが優雅で、
一生に一回やってみたいな…憧れる。
その後ろには、太もも丸出しで激しい男踊りが来る。
両手を振り回し、地を這うように腰を落として、がに股の足が、いち、に!いち、に!
のリズムで跳ぶ、はねる、しゃがむ、また跳ぶ!  
ふだん穏やかな(と私には思える)徳島の男衆が見せる思いがけない情熱にハッとする。
全速疾走の後のような大汗と勇ましい掛け声。
そして、鐘、太鼓を打ち鳴らし、三味線を弾きながら歩く鳴り物の列が続く・・・

今回はタイミング良く、有名連の娯茶平連(ごぢゃへいれん)を見ることができました。
伝統ある本格的な連(団体)は年がら年中練習しているらしく、さすがに上手です。

2008-08-17 14:20:36

そういう正統派の踊り以外に、そこらへんの通りでは大学名の入ったのぼりを掲げ、揃いの浴衣を着た学生なども雰囲気で踊ってますし、観光客も参加できる「にわか連」というのがあって、輪の中に適当に入れます。私もほんの少し真似してみました。適当に手足を動かすことはできますが、きっとはたで見ていたら「ヘン!」でしょう。夫などは、ステップも腕の振りもそれなりに様になっているように見えるのはさすが徳島生まれというものでしょうか。我が家のシャイな息子達を連れてきていたら絶対に引きそうですが、確かに、同じ阿呆なら踊らにゃソンソンです。

踊りのランクはピンキリでも、それを丸ごと受け入れるような大らかな雰囲気が、
県外からも大勢の人が見に来る、あるいは踊りに来る阿波踊りの魅力であり、
だから高円寺や越谷にも広がっていったのかもしれません。
それにしてもみんななんで踊るんでしょうね。。

   ♪ッアやっぱ~りおーどりはやーめられない!

やっぱり見にきてよかった夏のお祭りでした。


 

最終更新日  2008年08月23日 00時11分12秒

2008年08月13日

Music Scene更新
[ 音楽 ]    

暑いですねー!!
お盆の帰省で、今日、大阪の実家に戻ってきました。
東京も暑いけれど、大阪の暑さと言ったら!

さて、音楽情報サイトMusic Sceneは毎週水曜日更新です。

先週の続きの「パリ国立オペラ体験記 本番編」などもアップされております。

また、世界的アコーデオン奏者の御喜美江さんの特集が充実していて、
アコーデオンという楽器にとても興味が湧きました。
9月のコンサートにぜひ行ってみようと思っております。
御喜美江さんご本人の文章も素敵です。

よかったら、読んでみてくださいね♪

それでは、明日は夫の実家がある徳島へ向かいます。
たぶん、今年も阿波踊りを見に行くでしょう。
わずかの日数ですが、娘&嫁をやってきます。


最終更新日  2008年08月23日 01時04分50秒

2008年08月11日

夏野菜
[ 食 ]    

夏バテ対策に栄養のあるものを・・・

と言っても、わざわざ買ってきたわけではないが、ありがたいことに、
毎月始めに、夫の実家から野菜の宅急便が送られてくる。
たまねぎ、にんじん、じゃがいも、さつまいも、キャベツといった基本野菜のほか、
今月は、旬の夏野菜が満載だった。

りっぱなキュウリが10本ぐらい。つややかに黒光りするなす。鮮やかな緑のピーマン。
自家菜園の作品とおぼしき不揃いのトマトたち。
たぶん、よその自家菜園からのいただきものとおぼしき小ぶりのゴーヤが5本。

野菜は鮮度が命だが、こう気温が高いと、宅急便の中でいたんでしまうものもある。
ゴーヤのうち、1本はカビが生えてふやけてしまっていた。
ほかの野菜も、食べられるうちにさっさと食べなきゃ。お盆には帰省することだし。

というわけで、昨日、夏野菜のトマト煮込み「ラタトゥイユ」を作った。

ラタトゥイユなんてものは、実家の母のレパートリーにはなかったので、
子どもの頃には食べたことがない。
初めて食べたのは、15年ほど前にスイスのジュネーブに赴任して、
夫の当時の上司の奥さまの手料理をごちそうになったときだ。

「これ美味しいですね!」
「ラタトゥイユって言うんです。南仏のお料理ですよ」

まだ結婚3年目で専業主婦歴数ヶ月目だった私は、「ラタトゥイユ」という響きに幻惑され、
その奥さまに習うということはしなかったが、手持ちの料理の本でレシピを発見して
「これじゃん!」と早速やってみた。
以来、試行錯誤で改良しながら、ラタトゥイユは我が家の定番の一つになっている。

作り方はいたって簡単。要するに、野菜のごった煮である。
たまねぎ、にんじん、なす、ピーマン、ズッキーニなどをざくざくと適当に切り、
にんにくのみじん切りを炒めたオリーブ油にどんどん入れてざっと炒め、
完熟トマト缶をひと缶全部空け、スープの素とこしょうとローリエの葉を入れて、
厚手の鍋で、野菜がクタクタになるまでしばらく煮込む。
煮えたところへ塩を入れると野菜の甘みが引き出される感じ。
水を入れないのがコツ。野菜からの水分だけのほうが美味しい。

今回はゴーヤも一緒に入れてみた。
なにしろ、残り4本もあって、さすがにゴーヤチャンプルーばかりでは飽きるし、
以前に試してみたゴーヤのたたきや和え物系は苦味が強くて不評だったので、
そうだ、トマトで煮込んだらどうだろう?とやってみたのだ。
ズッキーニがないから代わりにゴーヤということでどうだ?
……うん、悪くなかった。煮込むと苦味が適度に緩和された上で、
ちょっとしたアクセントになり、味に深みが出る気がする。
家族からも特に文句は出なかった。よし、使える。

作ってすぐは、もちろん温かいラタトゥイユを食べるわけだが、
残ったものを冷蔵庫で冷やして翌日食べるのもまた美味しい。
一晩寝かせると、さらに味がなじむ感じ。
トマトをベースに、夏野菜とオリーブ油とにんにくのハーモニーがひんやりと気持ちいい。
例えばフランスパンのスライスに乗せて食べると、気分はヨーロッパ♪
今日は、これまた残りものの、よく冷えたそうめんにかけて食べてみたら結構イケた。
お洒落な前菜によくある冷製パスタ風、なーんて、あり合わせでいい加減きわまりないが、
美味しければいいんです。野菜のビタミンの力で元気も出ます!

そんなことを書きかけてたら、ひさびさに料理雑誌のボスから電話がかかってきた。
不思議なもんだ。
しばらくすっかりご無沙汰していたので、もうクビかなあ…と思っていたが、
どうやらまだしばらくクビがつながっているようだ。

おいしい「食」は言葉や民族を超えて、人を幸せにします。
某料理雑誌「世界の味シリーズ」のキャッチである。

やはり、旬の野菜は美味しい。
野菜をたっぷり食べて、夏を乗り切りましょう。



最終更新日  2008年08月12日 09時54分57秒

2008年08月09日

かわいい子には旅をさせよ
[ 日常 ]    

今日、三男をひとりで私の実家の大阪に行かせた。
高校生の長男は多忙につき、この夏は帰省しないことに決定。
中学生の次男は多忙につき、お盆休みに親と同じタイミングで短期間の帰省。
小学生だけヒマなので、学校のプールも終了した今週末から一足早く帰らせたのである。

「かわいい子には旅をさせよ」ということで、新幹線一人旅。
と言っても、私が東京駅の新幹線のホームまで送って行き、新大阪では私の弟がホームまで
迎えに来る手筈であり、本人は新幹線に座っているだけだからどうってことはないのだが、
それでも到着するまでは何となく心配だった。

お盆前の週末で、新幹線乗り場はそろそろ帰省ラッシュに入る感じの混雑。
予定がはっきりしていなかったのと、まあ、一人ぐらいなら席は見つかるだろうと思い、
指定席をとってはいなかった。自由席で乗れるものに乗せようと。
幸い、さほど待たずに一席空いているところを見つけた。

隣にすわっている中年のおじさんは、悪くない(失礼!)親切そうな人に見えた。
「すみません。おとなり空いてますか? あ、どうも。
いや、小学校6年生でおとなしくしていると思いますので。
去年も一人で乗ったことがあるので大丈夫です」
と聞かれもしないのに、つい説明してしまう愚かな母は、さらに
「よろしくおねがいします」
なんて言ってしまい、おじさんもわが息子も困惑気味だったが、やっぱり心配なんですもの。
本当は、大阪まで送っていきたいが、そうも行かないので、
「気をつけてね。なんかあったらメールして」
と言い残して、車外に出る。

発車まで外から眺めると、おじさんが息子に何やら声をかけて少し会話しているようだった。
ま、大丈夫そうだな。
ベルが鳴って、手を振るとのぞみはゆるゆると動き出して行ってしまった。

弟にメールする。
「12時40分発新大阪行きののぞみに乗せました。よろしく」

しばらくしてから息子にメールする。
「お弁当食べた?連絡しておいたからね。なにかあったらメールしてね」
すると、返信が。
「食べたよ。もうすぐ電池きれそう」

えーっ!なんで充電しておかないのよ、バカ者!

…ああ、途中で地震や雷で新幹線が止まったりしませんように。
あの良い人そうに見えたおじさんが、実は悪い人だったりしませんように。
トイレに行った途中で誰かに誘拐されたりしませんように。
途中で具合が悪くなったりしませんように。
間違えて名古屋でおりたりしませんように。

小学校6年生にもなってそのぐらい平気だよ、心配しすぎだよ、大げさだよ、と思うが、
親たる者は、あらゆるリスクを負って「かわいい子に旅をさせる」のである。

3時20分、弟からメールが来た。
「ただいまピック完了[警官](←auの絵文字がdocomoでは文字で表示されて間抜け)」

やれやれ、ほっとした。

後で電話したら、

「え?おじさんはほとんど寝てて名古屋でおりたよ。ぼくはずーっと景色を見てた」
淡々と語る息子。親が心配するよりはしっかりしているんだね、君。

「あ、そう。ま、無事についてよかったわ。じゃあね。
おじいちゃんおばあちゃんの言うことよく聞いて、迷惑かけないのよ」

あくまでも小うるさい母をやってしまう。
お盆には合流するからね。


最終更新日  2008年08月23日 00時03分51秒

2008年08月08日

北京五輪開会式
[ パフォーマンス ]    

北京オリンピックが始まった。
オリンピックの開催自体、国家の威信をかけて為されるわけだが、
とくに開会式にはその意気込みが凝縮され、過去それぞれの開催国が趣向を凝らして企画してきたものだから、この日、中国がどんな開会式をやるのか興味津々だった。

8月8日午後8時。縁起の良い「八」を並べたとか。
日本時間では午後9時。今回は時差がほとんどないので助かる。
休憩なしで4時間に及ぶ、オペラも真っ青な長大な式典だった。
204カ国・地域からの選手の入場行進が延々と続いていた頃は、つい一眠りしてしまい、
息子達もその間に「熱闘甲子園」に変えていたようだ。

冒頭のパフォーマンスと入場行進の後半からラストの聖火の点火までは
とりあえず目撃することができた。
見守りながら最も強く感じたのは、中国という国を構成する人間の数の膨大さである。

人口13億。気の遠くなる数だ。

ここまで人口が多くなかった「三国志」の時代でさえ、子ども向けの本にも
「百五十万の軍勢」なんていう表現がしょっちゅう出てきて、息子から
「おかーさん、150万人ってどのぐらい?」と聞かれて答えられなかった。
こういう人数は、○○市全体と同じぐらい、という言い方はできても、
具体的に人が並んでいるところをイメージすると気が遠くなりそうだ。

だから、「空前の厳戒で警察と軍を約140万人」と聞くと、やはり具体的にはイメージできないものの、中国ならそれぐらいは軽く動員できそうだと思った。
メイン会場の国家スタジアム「鳥の巣」の観客10万人はもちろん、全土のテレビでこれを見守る国民。四川大地震の被災地でも、被災者の人々が数少ないテレビに集まって見る。

もちろん、オリンピックなんて見る気がしない、と苦々しく思う人も大勢いるだろう。
途方もない貧富の差がある。チベット問題も難しい。聖火リレーはあちこちで大混乱だった。
大地震も起こる。ついこのあいだはまたテロ事件も起こった。

それでも、中国にとって「百年越しの悲願」だった、この一大イベントを実行し、
なんとしてでも成功させようとするという国家の意志は、たとえ何事が起ころうとも阻むことはできず、各天災人災による五輪反対派が仮に全国民の何割か存在しようとも、残りの五輪支持派だけで、じゅうぶんに膨大な数なのである。
「鳥の巣」開会式のチケットをゲットした幸運な人々は、感激して涙を浮かべている。
そういう人が全体の何割かいるだけで、国家はその意志を遂行できるようだ。

この膨大な人口からみれば、開会式のパフォーマンスに出演していた人達なんていうのは、
何段階あったのか想像もつかないほどのオーディションで選びに選び抜かれた
トップ中のトップエリートなんだろうか。そういう人達が、マスゲームのパーツとして
各人の動きを完璧に身につけ、かつ、個人個人を完全に消し去ったように演じているのを見ると、
空恐ろしくなるのだった。

最初に出てきた、開幕のカウントダウンの際、2008人の演者が四角い台のような太鼓をたたく動きに合わせて闇の中に光る人文字の数字が現れるパフォーマンスがあり、それだけでも、
何と高度なマスゲームだろうと感心したが、さらにそのあとの活版印刷を表わすマスゲームや
「鳥の巣」の形に輪になる組体操みたいな演技など、あれは全部同じメンバーだったのか?
そうだとしたら、ものすごい練習と記憶力の壮絶なパフォーマンスだ。
それとも各演目によって違うチームが出てきたのか? 
そうだとしたら、ものすごい人海戦術である。

そして、これだけの人数の中で、ソロパートを演じた人達。
中国を称える歌を歌っていた女の子は(口パクのように見えたが)何者だろう?
ピアニストのラン・ランはやっぱりすごいのか?
その隣で一緒に弾いていた女の子、あれもまた何者だろう?

スタジアム内のトラックを走る聖火ランナー達は、往年の名選手である国家的英雄達。
最終聖火ランナーは、元「体操王子」の李寧。84年ロサンゼルス五輪の金メダリストにして、
現在はスポーツ用品の有限公司の会長というビジネスマンである。
年齢を見ると同世代なのだが、宙づりのまま「鳥の巣」の壁面上部で360度展開されるスクリーンの上を重力の法則を無視した横向きで走っていく姿は、もはや人間とは思えなかった。

13億人の国民のうちの一人だという自意識はどんなものだろう?
また、13億人から選ばれた代表だという自意識はどんなものだろう?
それでも、「私は私」と思えるものだろうか?
人間の感性を超えた人数に個人が対峙するのは耐えがたい気がしてしまうのだが。

とにかく数のパワーに圧倒され、こんな国と喧嘩してはいけないと畏怖するのであった。


最終更新日  2008年08月10日 13時50分59秒


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