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児戯としての現代美術

児戯としての現代美術

01: Simon Starling


001 サイモン・スターリング「Shedboatshed (Mobile Architecture No. 2)」

 まず、おそらくイントロダクションにて書くべきだったことではあるが、現代美術とは何かについて、とりあえずは僕なりの言葉で簡潔にまとめてみよう。そのためには、前回述べたとおり、近代美術とは何かを定義する必要がある(なお、ここで僕が言う「現代」あるいは「近代」というのは、純粋に時期的な区分ではない。現代においても「近代美術」作品は繁茂している)。
 無理があることは承知のうえで一言で言えば、近代美術とは単一の「真実」があると措定したうえで成立する美術である。よって、しばしば近代美術を構成する各イズムは「~でなければならない」という「宣言」を掲げる(実際的にであれ実質的にであれ)。作者の内面(の感情)が表現されなければならないだとか、絵画は再現性あるいは代行性のみに依拠するのではなく絵画それ自体として成立していなければならないだとか。
 対して現代美術とは、むしろそうした近代美術の遺産のすべてを相対化したうえで、「何が真実なのか」を問いかけるものだ(解答を出すのではない)。換言すれば、美術だとか人間だとか生活だとか社会だとか世界だとかのありようを、そこに潜在する秩序あるいは渾沌を、作品を通じてあぶり出す試みである。それを駆動するのはあらゆる既存の概念に対する「懐疑」であり、それらに切り込もうとする「批評」精神である。したがって現代美術作品の善し悪しとは、ひとえにこの切り込みの質(角度・鋭さ・深さ・持続性など)にかかっていると言える。
 
 …などと御託を並べてしまったが、この連載で僕がやるべきは、こうしたことを理屈ではなく具体例を伴って示していくことだろう。難しいなあ。


 さて、第一回にどんな作家のどんな作品を取り上げようかだいぶ迷ったのだが、2005年度のターナー賞を受賞したということに便乗して、最近ますます活躍中のサイモン・スターリングの作品について書いてみよう。ターナー賞展にも出品していた、「Shedboartshed (Mobile Architecture No.2)」である。

  ターナー賞展での展示風景
  
 木材で作られた古びた小屋とそれに添えられたテキストが「作品」として提示されている。テキストによれば、タイトル(訳すと「小屋ボート小屋」)が簡潔に示しているとおり、事の顛末はこうだ。スターリングはスイスのとある街で、ライン川の河畔にひとつの小屋を見つけた。壁にはパドルが掛けられていた。彼はそれを解体し、小さなボートへと組み立て直す。そこに残った材木を載せ、小屋に置いてあったパドルを使いつつライン川を7マイル下り、バーゼル美術館で再び元の小屋へと組み立て直して展示したのだ。

 湖畔の小屋の画像

 解体中のようす

 川下りのようす

 この作品を見て、単純な話、僕の心は高揚する。なぜ高揚するのか、自問しつつ記述してみよう。おそらくそこには、長くても100年というスパンでしか生きない僕たちが見逃しがちな、つまりは日常の中に埋もれ、隠れてしまっているような、この世界の「仕組み」のようなものが、偶然を最大限利用しながら、たったひとり(もちろん実際には他人の力も借りているだろうけど)の思考と行動によってあぶり出されている。その鮮やかな手つきにハッとしてしまうのだ。エコロジーやリサイクルという語でももちろんかまわないが、そこから喚起される「環境に優しい」というメッセージだけでは偏狭過ぎる。むしろ「万物流転」。この世界を構成するあらゆる物体は、自然あるいは人間によって、絶えず作り出され、破壊され/崩壊し、また新たに組み合わさって別の物体へと形成される。そこでは、全体として、何も捨てられないし何も新たに加わりはしない。スターリングの行為(パフォーマンスと呼ぶことも可能かもしれない)は、このことを抽出し、前景化させる。この星の自然のダイナミックなありようや、宇宙におけるエネルギーや粒子の循環、時の彼方に消えて見えなくなっている僕たちの先祖たちの営みまで、この行為の射程に含まれている。だから僕は感動するのである(ちなみに、「感動」という語が現代美術に似つかわしくないと思う人もいるようだがそうではない。問題は感動の質である)。

 この行為は、何かひとつの固定された「真実」を志向して為されたものではないだろう。ましてやスターリングの「内面」の「表現」などではない。この世界、人間(の歴史や文明)、そして美術への問いかけとしての行為であり、だからこそそれ自体が優れて芸術的な(あるいは現代美術的な)「作品」なのである。

 


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