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アルタクセルクセスの王宮址遺跡

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2006年11月16日
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カテゴリ:歴史・考古学
 ドイツの雑誌「シュピーゲル」に自分の専門にやや関係する記事を見つけたので、概略とコメントを記しておく。

 11世紀末、「聖地」パレスチナに遠征したヨーロッパの十字軍兵士たちは、敵のアラブ(トルコ)軍の兵士が持つ刀の切れ味に驚嘆した。それは空中に放り投げた絹の薄布に触れるだけで切り裂くほどの切れ味でありながら、きわめて弾性に富んでいる。そして錆びにくい。
 鉄というものはそれだけでは硬さが足りず(ぐにゃぐにゃの針金を連想されたし)、炭素と合わせることでより硬い鋼(刃金)となり、初めて刃物としての実用に耐えるのだが、鉄の宿命として硬くなればなるほど(=炭素含有率が高くなるほど)衝撃に弱くなる、つまり折れやすく欠けやすくなるという欠点をもつ(刀は曲がるだけで滅多に折れないが、硬い南部鉄瓶を地面に叩きつけたら割れる)。十字軍兵士たちのもつヨーロッパの刀は分厚く頑丈だが切れ味はいまいちで、言わば腕力で叩き切るようなものだった。ところがアラブ人のもつ刀は切れ味が優れている(=硬い)のに、折れにくかったのである。
 アラブ人たちのもつ刀を見ると、細かい波状の模様が全面を覆っている。聞けばインドから輸入した特別な鋼で作っているのだという。ヨーロッパ人たちはこの鋼をアラブ軍の拠点となった都市の名に因んで「ダマスカス鋼」、その鋼で作った刀を「ダマスカス刀」と呼んで恐れたという・・・・

 このダマスカス刀、18世紀には作られなくなり、「伝説の金属」となった。その後ヨーロッパの科学者によって研究が進み、現在では鋼と別の金属を合わせて鍛えた、波状の模様を持つ鋼が作られるようになり、現代のナイフ収集家などに愛用されているが、現代のダマスカス鋼は厳密には「本物の」ダマスカス鋼に外見(波模様)を似せて作られたものに過ぎないという。ダマスカス鋼の科学・技術的な背景などについてはこのページに詳しい。
 ここで「独特な刃の模様」というと、すぐに日本刀の模様が連想されるが、ダマスカス鋼の模様が全面に細かくあるのに対して日本刀のそれは部分的に、一本の波でしかない。日本刀の刃模様は焼き入れ(鍛えて熱した鉄を水に漬けて急冷することにより鋼に硬さを与える技法)に際して硬くしたい部分(刃先)とそうでない部分(本体)を分けるために刃に土(粘土や味噌)を被せることによって生じるものだから、ダマスカス鋼とは本質的に模様の出来方が違う。日本刀も鋼と鉄(鍛鉄)を合わせ、何度も何度も曲げたり折り返したりして均一に鍛える工程によりダマスカス鋼に似た品質を持っているが、模様に関しては別物である。
 
 ちなみに僕はダマスカス(シリアの首都)の軍事博物館でダマスカス刀の本物を見たことがあるが(軍の施設なので写真撮影は禁止)、錆びにくいというダマスカス鋼らしく、数百年もののはずなのによく光っていた。
 ついでに書いておくと、よく時代劇でやたら刀がポキポキ折れるのだが、相当粗悪な刀(成分が不均一、つまり鉄に混じり物がある)でなければああはならない(幕末の勤皇の志士が使った粗悪な大量生産品である「勤皇刀」でならあったかもしれない)。もちろんチャンバラをすれば衝撃で曲がるが、鋼と鉄の精緻な組み合わせである日本刀の特性によって、少々の曲がりなら大抵は一日放っておけば元の形に戻ったそうである。

 ここでようやく本題である。既に2001年にアイオワ州立大学のジョン・ヴァーホーヴェン博士が「ダマスカス鋼の歴史的製法の再現に完全に成功した」と宣言していたが、なぜダマスカス刀がしなやかでいて鋭いのかという問いには答えていなかったという。
 今回ドレスデン工科大学のペーター・パウフラー教授らのグループは、このダマスカス鋼の謎に挑んでそれを解明し、雑誌「ネイチャー」に発表した。教授らは17世紀ペルシアの刀工アサド・ウッラーの作を分析、初めて高精度の電子顕微鏡で構造を観察し、また塩酸をかけるなどの実験をした。観察によれば鋼の中は細かいセメンタイト(鉄炭化物)の他に、ナノ(0.000 001mm)単位の筒状の構造が確認されたという。塩酸をかけるとセメンタイトは溶けるのに対し炭素は溶けないが、このダマスカス鋼に塩酸をかけてもセメンタイトが残り、おそらく直径がナノ単位の炭素の筒の中でセメンタイトが保護されたのだろう、と結論付けたという。これならば錆びにくいというダマスカス鋼の特性も説明できる。
 さらに教授らは、セメンタイトが炭素よりも硬いことに注目する。つまり刀の使用によって炭素が先にちびてもセメンタイトの部分は残ることになる。つまり刃先は使うにつれナノ単位で見ればどんどんギザギザのノコギリ状になるのだが(言わば刀を使えば使うほど刃先が磨がれる仕組みになる)、これがダマスカス刀の伝説的な切れ味に繋がっているのではないかと推測しているという。同時に炭素によって弾性も保たれるというわけである。
 ではこうした鋼がどうやって作られたかというのは未だに謎であるが、教授らは複雑な加工と温度操作(製鉄の際の炎の色で判断したのだろう)を想定している。ダマスカス鋼はインドで作られていたウーツ鋼という特別な鋼で作られていたのだが、このウーツ鋼は1.5%という高い含有率の炭素の他、クロム、マンガン、ヴァナジウム、コバルト、ニッケルなどの微量元素も含んでおり、これがナノ単位での化学変化に影響しているのではないかとのこと(ヴァナジウムは日本刀の素材となる、砂鉄から作られた玉鋼にも含まれていたと思う)。
 僕は実は化学や物理にはてんで弱いのだが、この記事によれば、つまりは特定の鉄鉱石と特定の加工技術(一定温度の維持)による「中世のナノテク」であると結論している。切れ味するどい日本刀は機械工作レベルだが、ダマスカス刀の切れ味は化学・物理レベルという違いである(もちろんその原理を知っていたのではなく、多分に経験や口伝による知識の蓄積に頼っていたのだろう)。

 僕としてはなぜ18世紀にダマスカス鋼が作られなくなったのかという事にも興味があるのだが、それはやはりイギリス(とフランス)のインド進出(植民地化)が大きいのではないかと思っている。ダマスカス鋼の原料となるウーツ鋼の生産には熟練した職人の伝統が不可欠だが、この時代にその伝統が失われてしまったと考えるのが妥当ではなかろうか。
 イギリスはじめヨーロッパは、中国では既に紀元前に行われていた銑鉄(鋳物)の技術を15世紀に獲得し(高炉製鉄)、枯渇する森林資源に対応して18世紀にコークスによる製鉄を発明、鉄生産量を飛躍的に拡大して国力を伸ばした。その物量の前にはインドや中国の伝統的製鉄は形無しだったのではなかろうか。
 時は流れ、世界の粗鉄生産は上位から順に1位中国(2億トン)、2位日本(8千万トン)、3位ロシア(5千万トン弱)、4位アメリカ、5位ブラジルとなっている(なおドイツは7位、インドは9位、フランス10位、イギリスは13位)。そして世界最大の鉄鋼会社は昨年インド人が経営するミッタル・スチールになった。品質はともかく、世界で最初に銑鉄を生んだ中国と、ウーツ鋼の故郷インドの躍進が著しい。なんだか本卦帰りしたようにも見える。


(追記)
 同じ内容のニュースの日本語版はこちらで読める。

 一方、この記事を冷静かつ皮肉たっぷりに批判する記事(ドイツ語)も見つけた。その要点をかいつまんでおくと、
1、マスコミ発表や「ネイチャー」の記事は、ダマスカス鋼・刀の定義があいまいであり、また歴史的・文化的背景(論文の最初の三分の一)の説明が「伝説」「小説」の域を出ず、的外れである。例えば実験に使われた刀は16世紀にイランで作られたものだというが、どうしてこれが「ダマスカス」刀と呼べるのか?
2、この「ネイチャー」誌の論文の要点は「ダマスカス鋼」内部の「ナノチューブ」の発見だが、この刀がダマスカスは鋼の原料とされるウーツ鋼で作られたのか否か、鋼の出所や特徴の追及・比較・説明がない。この発見をもって「ダマスカス鋼」一般の秘密の説明できない。
3、そもそもダマスカス鋼の高性能ぶりは多分に文学作品に依拠するもので、例えばヨーロッパ初期中世の刀を見れば、同じような文様や高度の炭素分をもつ刃がダマスカス鋼以前や他地域にもあることは明らかである(日本式にぴかぴかに研げば分かる)。つまり「ダマスカス鋼」の伝説は実体がない。これらの刀を同じ方法で調査すれば、同じ結果が出るかもしれない。
 そして最後に、「マスコミのセンセーショナリズムに陥ち込んでいる」と、「中世のナノテク」などと報じる研究グループやマスコミの論調を批判している。

 うーむ、読んでみると確かにこっちのほうが説得力がある。確かに僕も踊らされたというべきか。こうした資料に対する歴史的・文化的背景の大雑把な一般化は、考古遺物の化学分析では往々にあることだが、化学のことがよく分からんので僕らも引きずられるんだよな。いかんいかん。
 ところでこの文を書いた人、「シュテファン・メーダー博士」とあるが、なんと所属が國學院大学とある。どういう人だろう?





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最終更新日  2006年12月07日 17時38分17秒
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