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今朝公園で出会ったのは、ヒヨドリ2羽、ヤマガラ2羽、背黒セキレイ2羽、ツグミ1羽、カラス3羽、それから、ウグイスが初めて鳴きました。姿は見えず。
今日の友達との会話 友・「おとといウグイスが鳴いたよ」(千葉市稲毛区) 私・「うちの方は今日初めて鳴いたよ」 友・「ケキョ、くらいでまだ下手だけどさ。だけど、毎年初めは下手って、なんでだろね。1年たつうちに忘れちゃうのかね」 私・「・・・・・」 同じ個体が、1年経つとまたリセットして鳴き方のお勉強をするんでしょうか?それとも新人?とすると上手に歌えるウグイスはどこへ・・・?本日の疑問です。 3月ですね。3月といえば、東京下町が無差別爆撃にさらされた3月10日がやってきます。今日の東京新聞、TOKYO発のコーナーは、東京大空襲・戦災資料センターが、リニューアルオープンしたという記事でした。 記事には 『小さな毛糸帽子の後頭部に、赤茶けた焦げ穴がぽっかり開いている。1945年3月10日未明。浅草で被災した故高木寿重さん=当時38歳=がおんぶした三女(六ヶ月)にかぶせていたもの。 あの「炎の夜」、高木さんは逃げる途中に二男(9つ)と二女(3つ)を見失った。警防団の夫は行方不明のまま。三女も、その後疎開先で息絶えた。 センター館長で作家の早乙女勝元さんは、高木さんが80歳の時にその経験を聞き書きした。帽子の焦げ穴を見て「どんなに熱かったろう」と、思いをめぐらせたという。 会場では、焼け残ったはんてんなども一緒に、高木さん一家の説明をメモで記した。「遺品だけ見ても、その意味を想像する人間の力が弱くなってきた」と。 空襲被害の研究もセンターの主要テーマだ。今回は米軍資料をなどをもとに、新たな被災地図を作製。米軍がリストアップした下町地区の軍需工場位置と、実際の爆撃照準点が大きく異なることなどが明確になった。』 とのことです。 開館して5年目とのことですが、4年ほど前にこの戦災資料センターに行きました。小さな建物で、民間の寄付を集めて作ったということでした。 中で見た記録映画は、米軍の撮影したもので、見ている私たちの中からは「ああ」とか「わあ」とかいう小さな叫び声が何度も上がりました。町がまず照明弾で照らされそれから焼夷弾で焼かれて行く様子が、眼下に広がっていくのです。 無数の焼夷弾がばらばらばらばら落ちていくのです。 記事に寄れば 『東京大空襲は、下町地区を中心に1夜にして10万人以上の死者が出たと推定される。 センターはこの惨禍を語り継ごうと、2002年3月、約4000人の市民から募金約1億円を集めて建設された。』 とあります。 今回、建物の広さは倍増し、展示資料も600点もあるとか。 私が伺ったとき、語り部として話してくださったHさんのことも記事にありました。現在85歳の彼女は、父母と妹さんと、逃げる途中で見失ったときのことを話して下さいました。 記事にも「思い出すのは苦しいが、どうしても伝えていかなくては」と語っていらっしゃいます。 センターは、開館は正午から午後4時まで。月・火曜日は休館だそうです。入館料は300円。 開館5周年の「東京大空襲を語り継ぐつどい」を、3月10日午後1時30分から亀戸駅前のカメリアホールで開くそうです。 井上ひさしさんの講演「日本の空襲」があるそうです。参加費500円。 このセンターに行くと、無差別爆撃の恐ろしさをまざまざと見せつけられます。早乙女さんや被災した生き残りの人々、平和を願うたくさんの市民たち・・・多くの人に支えられいつまでも歴史の証人としてがんばってほしいと思います。
前回の上京時に地下鉄に乗っててこの資料館のことを思い出し携帯で検索、最寄り駅で降りて地上には出ましたが残念ながらすでに閉館してて行けませんでした。
風向まで計算して木と紙の家と人を焼き尽くしたルメイに勲章贈ってるのは許せませんね。 (2007年03月02日 20時44分03秒)
巴里雀さん
>前回の上京時に地下鉄に乗っててこの資料館のことを思い出し携帯で検索、最寄り駅で降りて地上には出ましたが残念ながらすでに閉館してて行けませんでした。 > >風向まで計算して木と紙の家と人を焼き尽くしたルメイに勲章贈ってるのは許せませんね。 ----- 国や東京都に応援してもらえれば、人件費もでるんでしょうが。短い時間しか開けられないんですね。 思い出しました、当日の風向きや風速のことも、この館の映画で言ってました。ルメイ将軍に日本が勲章をあげたんですよね。もう、皆さんが亡くなってしまうので、資料の散逸を防ごうとした早乙女さんたちの努力には頭が下がります。 (2007年03月02日 21時51分13秒)
東京に行くのです。ここによれなくて残念だ。ほかの成果を持って帰ります。
去年の日本平和大会で、日本政府を相手に東京空襲の保証を求める訴訟を起こした人たちが壇上に上がりました。勝つことよりも、歴史に埋もれさせないことが目的だそうです。万雷の拍手でした。(2007年03月02日 23時48分26秒)
KUMA0504さん
>東京に行くのです。ここによれなくて残念だ。ほかの成果を持って帰ります。 >去年の日本平和大会で、日本政府を相手に東京空襲の保証を求める訴訟を起こした人たちが壇上に上がりました。勝つことよりも、歴史に埋もれさせないことが目的だそうです。万雷の拍手でした。 ----- 東京に来るんですね。^^ 空襲被害者のみなさんは、この9日に国を集団提訴するそうです。これに合わせて、資料館では補償を求める運動の歴史も取りあげたそうです。国家が再び罪を犯さないように、だと思います。 (2007年03月03日 08時11分39秒)
中東のあたりの空爆の映像など、よくニュースなどで放映されたりしていますが、同じことがあそこで今起きてるのかな?なんて思うと想像に耐えないですね。
実際に空襲にあったことは当然ありませんが、ちょっとした映画、アニメなどをみているだけでも耐えられなくなります。空爆の映像を見てなんとも思わなくなってしまっているのがまさに平和ボケなのか・・・ 戦争を語れるお年寄りもどんどん居なくなっていきますし、息子がある程度大きくなったらどんどんそういう資料を見せたいものです。(2007年03月03日 11時59分28秒)
今日9729さん
>ご紹介有難う御座います。 > >一度、孫、3人を連れて行ってみたいです。 ----- 遺品や映像も多くて、戦争の被害を一番受けるのは子どもたちだということがよくわかります。私が行った時には、戦争中の教科書も展示されてありました。開いている時間を確認して行ったほうがいいみたいです。 (2007年03月03日 12時44分50秒)
ez8367さん
>中東のあたりの空爆の映像など、よくニュースなどで放映されたりしていますが、同じことがあそこで今起きてるのかな?なんて思うと想像に耐えないですね。 >実際に空襲にあったことは当然ありませんが、ちょっとした映画、アニメなどをみているだけでも耐えられなくなります。空爆の映像を見てなんとも思わなくなってしまっているのがまさに平和ボケなのか・・・ >戦争を語れるお年寄りもどんどん居なくなっていきますし、息子がある程度大きくなったらどんどんそういう資料を見せたいものです。 ----- 記録された映像は真に迫って、すごかったです。灯火管制で真っ暗な町が、どんどん火の海になっていくんです。米軍は、軍需工場を爆撃したといっているんですが、全くの市街地なんです。上野公園には海老名香代子さんが建てた悲しみの東京大空襲の碑があります。(2カ所)。お花見や動物園の帰りにでも。 (2007年03月03日 12時49分34秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |