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![]() 宜野湾の伊波さんの応援の意思表示として、ブログをシンボルカラーの黄色にしています。関東には、沖縄の一地方市、ということでしょうか?選挙の「せ」の字も聞こえて来まへんのや! さて、先日NHKEテレで見た、幸徳秋水が興味深かったのですが、今、東京新聞の夕刊で連載している、瀬戸内寂聴さんの半生記「この道」がすごいです! 取材した沢山の人たちについて、書き記してらっしゃいます。先日まで大逆事件で殺された人たちの経緯。 今は、伊藤野枝と大杉栄についてです。 幸徳秋水たちと親交のあった人たちは、語学にすぐれた知識人たちで、新しい思想を知り、それを取り入れようとして、時の権力者たちから 「お前ら、生意気なことを言ってはしゃぎすぎるとこうなるぞ!」と痛い目に合わされた、ということろでしょうか。 この政府によるマインドコントロールは、現在にいたるまでの100年の間、日本国民をずっと覆って来ているのではないか、と私は思います。 「おかみに逆らうとああなるのだ。触らぬかみにたたりなし。クワバラ、クワバラ」 そろそろこの呪縛から抜け出したほうがいいとは思います。 大逆事件は、天皇の暗殺を企てたとして、秘密裁判ののち、24人が死刑の判決を受け、うち、12人が天皇の恩赦ということで、死刑をまぬがれました。 その中の一人、土佐出身の坂本清馬について丹念に調べた、鎌田慧さんの本を読みました。 金曜日社の「残夢ー大逆事件を生き抜いた坂本清馬の生涯」です。 坂本清馬は、中村市の染物職人の息子で、高知市内の薬局で働いていた時に、読売新聞に連載されていた河上肇の「社会主義評論」を読み、是非とも東京に出たいと思うようになります。 友だちのつてで、小石川砲兵工廠の警備員の仕事にありつき、幸徳秋水のもとに通います。 そののち、秋水の書生となりますが、秋水が菅野須賀子との仲を疑ったため、清馬は怒って秋水のもとを出奔したりします。 そののち、大逆事件に連座され、死刑の判決を受けます。 死刑を免れた清馬は、極秘のうちに秋田刑務所に送られます。貧しい故に秋田まで面会に行けなかった母の死を知り、自殺を企てる清馬。 久留米絣を織る労働をさせられながら、夜は英文、仏文、独文の本を読みます。それは、大杉栄の妻の堀保子からの差し入れでした。 箒のコウリャンの枝を削ってペンを作り、細かい字で書き物をしました。 21年の秋田刑務所ののち、高知刑務所に移されます。 「秋田の21年間が冬の時代だとすれば、高知の4年間は早春の時代だったともいえよう。 南の明るい太陽のもとで、私は比較的開放され、のびのびとした受刑生活を送ることができた。高知は幼い頃の思い出を一杯たたえている土地である。 鳥の鳴き声、看守の話しぶり、何かにつけて小さい折が思い出され、私の心は和んだ。姉も、早速面会に来てくれた。」(自伝より) 刑務所は、今の場所ではなくて、高知城の土佐藩校「致道館」のそばだったそうです。清馬はそこで、鳥を飼ったり野菜や花を植えたり、猫を飼ったりすることを許されたそうです。 清馬は、「特赦」ののち、中村町の町会議員になったりしますが、次に落選。近くだと熱過ぎるのかもね。 再審請求を起こしますが、一生をかけた悲願はあっさり棄却されます。(司法が自らを守るためにした行為に見える) 最後に入院した西南病院は清馬が建設運動をした結核療養所の後身でした。清馬はそこで、アカとクロという雑種犬を飼っていたそうです。 クロは、クロポトキンのクロ、だそうです。清馬さんとの写真も載っているけど、真っ黒で凛々しい! 89歳の生涯でした。 読みやすくてすごく面白い(と思う)ので、皆さん、各地の図書館でリクエストしたらいかがでしょうか?
薔薇様、良書をお教えいただきありがとうございます。
早速アマゾンで注文しました。 今、姜さまの歴史本を読んでおりました。丁度、石原莞爾の満州からの流れで、満州国のその後、朴大統領と岸さんの話です。姜さまは、愛想のない武骨な文章ではなく、優美なチェーホフの桜の園の訳のような美麗な文章なのです、たとえて言えば、フランツヨーゼフが好んだヨハンシュトラウス的旋律とでももうしましょうか、、。 だから、もったいなくて、ゆっくり読んでるんです、噛みしめながら、、ふううって。 また、お教えください(ぺこり)(2012年02月11日 12時03分25秒)
清馬さんは、「政府に逆らう」ことをどの様に整理していたのでしょうか。この10数年後の社会主義者は、多くが「転向」して行きました。まるで「流行」のように。それは、政府が作った「流行」ではありましたが、一方では、自ら「流行」に乗ろうという気持ちもあった様に思うのです。
清馬さんは、自ら「総括」することは時代が許さなかったでしょうが、全共闘後の活動家がきちんと「総括」しなかったことは、現代に続く問題として未だ許せません。ただ、最近やっとその呪縛が取れて、デモすることは「怖いことじゃない」という様になって来た気がします。(2012年02月11日 13時11分06秒)
milkのmamaさん
>薔薇様、良書をお教えいただきありがとうございます。 >早速アマゾンで注文しました。 >今、姜さまの歴史本を読んでおりました。丁度、石原莞爾の満州からの流れで、満州国のその後、朴大統領と岸さんの話です。姜さまは、愛想のない武骨な文章ではなく、優美なチェーホフの桜の園の訳のような美麗な文章なのです、たとえて言えば、フランツヨーゼフが好んだヨハンシュトラウス的旋律とでももうしましょうか、、。 >だから、もったいなくて、ゆっくり読んでるんです、噛みしめながら、、ふううって。 >また、お教えください(ぺこり) ----- こんにちは!資料にもなりますので家に置いておくべき本ですね。私の頃は(今も?)日本史といえば大化の改新あたりで先生がパワー全開で、近代史は全然頭に入っていないんです。だから、坂本清馬の事も知りませんでした。 姜尚中さまの本、まだ読んでないので、読もうと思います。あのお声を連想しつつ読むといいかな? インフル予防にもなるので、マスクして、ご活躍を!(2012年02月11日 14時20分26秒)
KUMA0504さん
>清馬さんは、「政府に逆らう」ことをどの様に整理していたのでしょうか。この10数年後の社会主義者は、多くが「転向」して行きました。まるで「流行」のように。それは、政府が作った「流行」ではありましたが、一方では、自ら「流行」に乗ろうという気持ちもあった様に思うのです。 > >清馬さんは、自ら「総括」することは時代が許さなかったでしょうが、全共闘後の活動家がきちんと「総括」しなかったことは、現代に続く問題として未だ許せません。ただ、最近やっとその呪縛が取れて、デモすることは「怖いことじゃない」という様になって来た気がします。 ----- この本にも書かれていますが、共謀罪で大逆事件を画策した政府(桂太郎内閣とか)は、ヒステリックに社会主義者たちを「せんめつ」しようとして、常識外れのありえないこじつけで逮捕しているし、釈放後、清馬が再審を申し出ても、却下の理由も司法関係者たちが自分たちを守るためみたいな感じ。 歴史の中で、今では考えられないようないろいろな落とし穴が掘られていたと思います。 きちんと検証することは大事だけど、これからは「門戸、出自」の垣根を越えて、未来のために政府のマインドコントロールから抜け出す時代になっているのではないでしょうか。(2012年02月11日 14時32分15秒)
わが町の清馬さんのことを、あまり知らないので恥ずかしいかぎりですが・・・・
よく覚えていないけど私は、清馬さんを見かけたことはあるのです。話好きなのか町内を出歩いていたようで、わが家にも上がり込み父と話しこんでいたようです。 妹は清馬さんと話したことを覚えていると言っています。す。(2012年02月11日 15時37分23秒)
Mドングリさん
>わが町の清馬さんのことを、あまり知らないので恥ずかしいかぎりですが・・・・ >よく覚えていないけど私は、清馬さんを見かけたことはあるのです。話好きなのか町内を出歩いていたようで、わが家にも上がり込み父と話しこんでいたようです。 >妹は清馬さんと話したことを覚えていると言っています。す。 ----- 私も、全然知らなくて、坂本龍馬の追っかけの人かと思ってました。昭和50年に89歳で亡くなったのですね。瀬戸内寂聴さんは「清潔な人」という印象だったそうです。看守がだらしないのが気に入らなくて文句を言ったみたい。 清馬は公民館を建てようと運動したけど、町長は配給の材木で劇場を建ててしまったので、清馬は猛然と抗議した、、、なんていう中村町の歴史も。(2012年02月11日 16時52分59秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |