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カテゴリ:読書日記
佐野洋子さんの「覚えていない」を読みました。これは、2006年頃、当時68歳だった佐野洋子さんご本人がよく「覚えていなかった」50代の頃にいろいろなところに書いた文章をまとめたもの。 売れる本をつくる、編集者さんの熱意って、すごいですね。 ご本人はしきりに50代の文章を恥ずかしいと書いているけど、ある意味新鮮でもあるし、多くが「本の雑誌」に書かれていたものなので、興味深い分析も多々。 私がなるほどと思ったのは、「ねずみ女房」はねずみ版「マディソン郡の橋」 である、というもの。両方とも大好きな作品なので、言われてみればそうだ、そうだ、と肯首(こういう言葉ある?)してしまいました。 佐野洋子さんも感動したらしい。=初めてこの作品を読んだ時、私は本の上のねずみ女房の上に突っぷして泣いた。泣きながら、こんなもん子供の本に書いていいことなのだろうかと?こうして本になっているところを見るといいらしい。あ~かわいそうなねずみ女房。=と書いている。 チーズのことしか考えない夫との暮らしの中、囚われの鳩に恋をしたねずみ女房は鳩の去ったあとの人生を家族という組織の一員として孤独に生きるのです。 =家族とは互いの孤独に互いが気が付かない様に仕組まれた組織なのだろう=と書く佐野洋子さんは、深い。 もう一冊、佐野洋子さんの「ふつうがえらい」に、「本は読まないことにしているの」という文がおかしい。 「私ねえ、本は読まないことにしているの」という友達に、洋子さんはびっくり。その友だちは「だって、おばあさんになって老人ホームに行った時、普通の人と話が合わなくなると思うから」という。 別の友達に、老人ホームでゲートボールや踊りをするかと聞くと、その友だちは「本でも読んでるわ」という 「あなた一緒に行って。同じ老人ホームに入ってよ。だって私、今は忙しくて読めない本、楽しみにとってあるのに。」 「2人でドストエフスキー読むわけ?ドストエフスキー読んでる80代のバアさんてどんなものだと思う?」 「でも私は楽しみで読んでいるのよ」 「それが、隠しても生意気な匂いがオーラみたいに80のババアから立ちのぼるのよ」で、関係者に嫌われたりするらしい。 洋子さんの知人の母は83で「群像」や「新潮」を読む人。 近所の大工の女房のおばあさんは毎日夕方になると花に水をやってそのへんをぶらぶら歩いてふ~と空を見上げたりしている安定感は、「新潮」を読む母とは発散するものが全然違う安らかさ、だと友は言う。 ☆佐野洋子さんのお母さんたちと時代は少し変わって、いつもいつも「北国の春」体操ばっかりじゃなくて、読書会やる老人ホームもできてるかもね♪
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最終更新日
2016.06.13 16:07:01
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