カテゴリ:★Back to 60's★
こんなブログを見つけて、思い当たる記憶が数珠つなぎの様に甦ってきた。
ささやかな回顧録だが、記録しておこう。 ・以下〔アメーバブログ〕より抜粋 【著者は語る・その4 背景は1960年代でなくては】 絵を描く才能を持った青年が、ふとしたきっかけで仕事として絵を描くようになり、ほどなくそれは彼の仕事として確立されていく、というようなことが可能だったのは、僕の知っている範囲内では、1960年代の前半しかないのです。 当時の世のなかは、隅々まで管理がゆき届いてすべてが細かく規定されている、といったことはまだなくて、当事者たちが好きにすることが出来る隙間がたくさんあったのです。なんだ、きみにはそんなことが出来るのか、だったらこっちへ来てちょっとこれを手伝ってくれよ、というようなかたちで、会社に勤める中年の男性が青年にきっかけをあたえることが、自在に可能だったのです。 『都電からいつも見ていた』や『もう痛くない彼女』に登場する青年は、その典型ですね。バーでたまたま隣り合わせにすわった雑誌の編集者が、青年の絵を見て感心し、自分が編集している雑誌に挿絵を描かせる、そしてそれを入口のようにして、絵を描く能力を推進力のようにして、青年は世のなかへと出ていく、社会的な関係の端著をそこに見つける、というようなことが、この時代にはまだ可能だった、というのが僕の実感です。僕自身がそうだった、と言ってもいいです。 ほんのちょっとしたところに、青年はきっかけを見つけることが出来たのです。いまはまったくその反対でしょうねえ。いまいちばんつらいのは青年たちでしょうか。 片岡義男 ・以上〔アメーバブログ〕より抜粋 隙間は探せばあるのか、他人を認める余裕は何処へ・・・!「お粗末! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年03月09日 19時25分59秒
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