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ちょっと休憩タイム [全289件]
先週の土曜日、伏見のミリオン座で「しあわせのパン」という映画を見たついでに、栄にある愛知県美術館まで一駅歩いて、そこで開かれている、「アーツチャレンジ2012」を見ました。 風車のようなものの周りに笛がついていて、ぐるぐる回ると、「風の谷のナウシカ」に出てくる虫笛のような音が出てくる作品です。実際のところ、その虫笛からインスピレーションを得たのだとか。いくつもの笛が立っていて、回転する速度や、笛自身の音程の違いで、不思議な和音を奏でます。しばらくたたずんで、聞きいってしまいました。 他にも窓ガラスに人々の幸せそうな絵の描かれた作品や、安全ピンでできた山とか、吹き抜けに浮かんだオブジェとかいろいろありました。
ギャラリーはビルの1階で、部屋に入った正面に大きな窓があって、その向こうに高い白い壁があり、小さな中庭になっています。壁の上から遠くのビルや空が見えていい感じでした。そんな空間にぴったりのやさしい雰囲気の展覧会だと思いました。
我が家の体重計は、体重だけでなく、体脂肪率や、基礎代謝量、筋肉量、体内年齢などが表示されます。 いつも私が乗ると、体脂肪や体重は着実に増えているのですが、体内年齢は不思議と10歳くらい若く出ます。 毎日デスクワークで、これといって運動もしていないし、これはゴマすり体重計かなと思いつつも、なんとなく気をよくしていました。 娘が最近ダイエットをして、ようやく体内年齢が自分の年齢と同じになったというので、思わず自分のことをちょっぴり自慢していたら、横で聞いていた主人が、そんな機能があるのかと参加してきました。 そこで体重計に乗せてみたら、なんと主人は体内年齢が36歳(20歳も若い!!)と出たのです。 さすが毎週毎週、自転車で100キロ以上も走りに行っているだけあります。 まだ乗り始めて3年ぐらいですが、メタボおじさんが、一気にアスリートに変身しています。 私も主人に見習って、少しは運動しなくては。 体内年齢はともかく、最近ちょっとなにかやると、からだのあちこちが痛くなって、筋肉の衰えを感じるこの頃なので。 ところで、いったいあの体内年齢というのは何を根拠にでてくるものなんでしょうね。
市内にある三岸節子記念美術館に行ったところ、美術の学校という催し物で、映画評論家の森卓也氏の講演とありました。 http://s-migishi.com/moyooshi/index.html 森卓也氏はアニメーションの評論家として有名で、手塚治虫に“アニメの生き字引”と称されたほどの人だったそうです。学生時代、友人がたいへん尊敬しておりました。名古屋でのアニメーションの自主上映会などによくいらしていたそうです。 今から30年近く前の大学生の頃、アニメ好きの友人がいました。卒論もアニメーションについて書いたような人です。彼女の影響で、現代のビデオアートに通じるカナダのノーマン・マクラレンや、幻想的な作風のロシアのユーリ・ノルシュタイン、繊細な人形アニメの日本の川本喜八郎など、芸術的なアニメをたくさん見ました。 まだ宮崎駿さんが「風の谷のナウシカ」を出す前でしたが、彼女は宮崎さんの大ファンでもあって、「どうぶつ宝島」「未来少年コナン」(NHKでやっていたアニメ)、「ルパン三世カリオストロの城」などについて熱く語っていました。 さらに彼女は、自分でアニメも作っていました。8ミリフィルムをじかに引っ掻いて絵をかくカリグラフという方法です。 セルのように重ねて移すわけではないので、ひとえに作者のカンひとつで描くものです。小さなフィルムの絵が、ちゃんと動いて見えるのがすごかったです。 大学の先輩に、同じ技法を使ってアニメを作っている人がいて、プライベートアニメーションフェスティバル(PAF)という、自主制作のアニメーションの上映会で入賞した腕前でした。その先輩、二木真紀子さんは、宮崎駿さんが当時いたアニメ制作会社に入社し、今はフリーですが、ジブリの映画の原画担当として参加されているようです。最後のタイトルロールでいつもお名前を見かけます。 二木さんとは大学の寮でご一緒していて、部屋へ遊びに行ったりしていました。ささやかな私の自慢です。(サインをもらっておけばよかった!) あれもこれも懐かしい思い出です。 森卓也さんのお名前を見て、そんなことを思い出しました。 その森さんが同じ市内の方だということを、最近知って驚いたことです。
この間の夜のこと。 仕事で遅くなった娘を主人が迎えに行った時のこと。 もう帰ってきてもいい頃と思っていても、なかなか帰ってこないので気にしていると娘から電話が。 「帰ってくる途中で道で倒れている人がいたので、今救急車とパトカーを呼んだとこなの。ちょっと遅くなりそう。」 「えーっ、その人どうしたの?」 「歩道のコンクリートのところに自転車ごと倒れていたの。」 ドキドキしながら待っていたら、思ったより早く帰って来ました。 主人と二人、興奮冷めやらぬ様子で、 「他の車がみんな通り過ぎてしまうから、もう止まるしかないなと思って」 「でも意識がないし、どうしようかと思っていたら、他に2台止まってくれて、そのうちの一人が介護士の人で、若い女の子だったけど、さすがにしっかりしていて、テキパキと声かけやら、気道確保やらしてたら、『うーん』ってちょっと意識がもどったみたいで」 「私がパトカー呼んで、もう一人の人が救急車呼んでくれたの」 聞いてもびっくりです。主人たち、よく止まってあげたなあと思います。時刻は夜10時半ごろ、早く家へ帰りたいところです。私だったら、見かけても、「あれっ」と思いつつも、止まれないと思います。 他の場面でも、「やってあげたらいいな」と思っても、知らない人だと、なかなか行動に移せません。 その点、主人も娘も、わりとサッと行動できます。 身内ながら、偉いなあと思います。 ちなみに今回一番のお手柄は、介護士の女の子だったと思いますが、彼女いわく、主人と娘が何もできずに立ちつくしていたので止まったんだそうです。 なかなか習っていても、実際救助ってできないですよね。 って言っていてはいけませんが。
今年も一宮市美術展に作品を出せました。 今年はP40号にグレードアップ。 搬入前日に額縁屋さんに持ち込んで、なんとか額を間に合わせていただきました。 (額縁屋の方々、無理を言いましたが、ありがとうございました!) あいもかわらず毎年同じ稲田の風景ですが、やはりこの風景の前に立つと、心がスーッとします。(ちょっと写真だと色が違って見えます。)ありがたいことに奨励賞もいただきました。 でもまわりの人の作品のレベルが年々上がっていて、深く反省。 もっとがんばろうと思いました。
24、25日と東京へ、息子の大学の学校祭を見物して来ました(親ばかですね)。 ジャズオーケストラのサークルに入っているので、それが聞きたくて。 学校祭は25日からだったので、24日は岡本太郎記念館や、森美術館を見て回りました。 ![]() 岡本太郎記念館では、ちょうど好きな作家ヤノベケンジの「太陽の子・太郎の子」という展覧会をやっていてうれしかったです。 森美術館は、「メタボリズムの未来都市展」という建築関係の展覧会で、偶然にも万博会場の模型なども展示されていて、関連性がありました。 森美術館の展望台から、東京タワーのライトアップなど、すばらしい夜景も見ることができました。 ![]() 息子の演奏は、ピアノなのでバンドの中では裏方の方で、よくわからなかったのですが、友人たちとのコンボではソロ部分があったにもかかわらず、ぱっとしなくて、後で聞いたら、いきなりメロディが頭の中から消えてしまったとのこと。そんなこともあるんだと思ったことです。 ![]() まあ、息子が大勢の友人たちと楽しそうにしているのを見て、よかったよかったと思って帰ってきました。
京の夏の旅というキャンペーンが9月30日までということで、平日お休みを取って、出かけて来ました。 このキャンペーンは、瀟洒な洋館から数寄屋建築まで、京都に残る魅力的なお屋敷や、画家や茶人が作り上げた趣の異なる様々な庭園などの文化財が特別拝観できるというものです。 駒井家住宅/白沙村荘 橋本関雪記念館/南禅寺大寧軒 並河家住宅 並河靖之七宝記念館/木戸孝允旧邸・達磨堂/下鴨神社 本殿・大炊殿が、会場です。 1日では全部回れないので、白沙村荘・橋本関雪記念館と、並河家住宅・並河靖之七宝記念館と、木戸孝允旧邸・達磨堂を見てきました。 銀閣寺の近くにある白沙村荘は、東山の山々を借景に、建物も含め、橋本関雪が、こつこつと設計した広い庭園が見事でした。制作を行っていた大画室「存古楼(ぞんころう)」に上がり、作品を見たのですが、動物がとても生き生きと描かれていて感動しました。 関雪の持仏で重文の地蔵菩薩も公開されていました。 ![]() 次は、並河家住宅。地下鉄の東山駅の辺です。並河靖之は、明治・大正に活躍した七宝家で、海外で高い評価を受け、国内に残る作品は少ないといわれている人です。 ![]() 古い建物が残る路地に面していて、それほと大きい敷地ではありませんが、中に工房もあり、そこにあった昔の七宝焼きの炉がたいへん素朴で驚きました。その窯で、京友禅のような繊細な作品を焼いていたとは信じられないほどです。 ここの庭も琵琶湖疏水から水をひいた池が家の下にまであって、風情のある造りでした。 ![]() 最後に木戸孝允の旧宅。とはいえ、残っているのは離れだけだそうです。 幕末の志士であり、明治政府でも活躍した人の建物としてはわりと質素な造りでした。でも明治天皇が木戸を見舞いに行幸したというありがたい場所だそうです。鴨川のほとりなので、さわやかな景色が眺められるところがよかったのでしょう。私たちも三条から鴨川沿いにぶらぶら歩いていって、人や鳥が思い思いに過ごしている様子を楽しみました。 ![]() このイベントでは、各会場にボランティアの方が、平日にもかかわらず、5,6人はいて、見学していくと、それぞれの場所で説明をしてくださいました。 そういった方たちのお話もおもしろかったです。 京都は街中が史跡のようで、それほど広くもないので、自分たちで迷いながらも回っていくのは楽しい旅でした。平日でもけっこう観光客がいる理由も納得です。これが土日だったらすごい人で、たいへんだったかもしれませんね。 |一覧| |
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