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というわけで、いまさらの感もありますが、「トオサンの桜」についてご紹介しておきます。 「トオサン」(多桑)というのは、いわゆる台湾の日本語世代の方々を指しています。 台湾中部の埔里から霧社にかけての道路沿い20kmほどの距離に、桜並木を作った王海清さんという方がいます。 えー、この場所を「お茶好き」の観点から説明しますと、台中から梨山へ向かっていく道の途中です。 霧社で、清境農場・合歓山を抜けて大禹嶺(梨山)方面に行く道と廬山に行く道に分かれますが、その手前ということですね。 梨山へ行く時に通ったので、そういわれてみれば、並木道のようになっていました。 しかし、まさかあれが桜だったとは意識していませんでした。 桜の咲く時期にもう一度通ってみたいものです。 ストーリーは、この方のお話が物語の中心にあり、そこから色々なトオサンたちの話を聞いていくというものです。 どの方のエピソードも、それはそれは壮絶なものです。 なにしろ、日本の統治時代に少年時代を過ごし、その後、国民党による統治に移ったという激動の時代を生きた方々です。 その時代は、映画「悲情城市」などでも描かれていますが、とても過酷な時代だったのです。 #「ひじょうじょうし」と入力したら、変換の第一候補が「非情上司」でしたw 外省人の優遇、不当な差別、そして白色テロなどなど。。。 多難な時代を生きながらも、今の台湾を形作ってきた方々の人生の話ですから、それはもう大変な話です。 そんな時代を生き抜いてこれたのは、日本教育の恩恵が大きいとトオサンたちは語ります。興味深いアンケートの結果も載っています。
さて、ここで重要なのが、この本は 決して良い話ばかりを採りあげているわけではない
きちんと当時の日本人との差別などにも触れていますし、それによって悲しい思いをしたというところをきちんと聞いています。
なので、その手の礼賛本を読んで、どうも嫌な感じを持った方にも読みやすいと思います。 それにしても、この本にまとめるまでの経緯を考えると、聞きにくいことも聞いているので、取材の苦労は相当あったと思います。 そこをあえて突っ込んで、話を聞いているのが素晴らしいです。
ここのところ、「台湾は親日」と言われることが多いです。 良いことばかりをしているから、日本に好印象なわけではなく、マイナスもプラスもたくさんのことがあったのです。 とすれば、現在とこれからを生きる我々としては、好意に単に甘えることなく、悪いことはきちんと見つめ直し、良いことを積み重ねていかねばなりません。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |