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中年うつ患者の人生やり直しの闘い [全1340件]
ダイエットからのリバウンドが加速してきました。 50kg台まで減少してから増えるばかりでしたが、なんとま60kg台キープ。 その期間は1年以上あったのですが、ついに先月、禁断の70kg台に突入。 腎臓結石の痛さはあったものの、食欲は衰えることなく。 そして今週、ぎっくり腰で動けないと言うものの、これまた食欲全開。 土日に体を動かすこともできず、テニスもできず。 しかし、食べることは日常以上。 となれば、体重は増加して当然。 明らかにズボンがきつくなっているし、覚悟はしていたのですが。 痩せた時に、LLや3Lサイズの服は、ほとんど処分したのですが、急に必要に。 残っていたのはTシャツ2枚ぐらい。この夏は、この2枚を繰り返し着ることになる? 来週末には、軽い運動ができそうなので、再びダイエットに向けて努力するつもりです。 まずは60kg台に戻れるよう頑張ってみます。 次の土曜日はテニス、日曜日は葛城高原にトレッキング予定。 行ければいいなあ、と思っています。
今朝、いつものように電車に乗って出勤。 更衣室で着替えて、部屋を出ようと振り返った瞬間に、それはやってきました。 腰の下あたりを、鋭く引き裂くような激しい痛み。 その瞬間に激痛に襲われ、全く動くことができません。 冷や汗というか、脂汗というか、体中から吹き出てきます。 誰もいない更衣室で、助けを呼ぶのも不可能。 何とかして仕事場まで行かなきゃ、と思うものの、足が思うように動かない。 タイミングが悪いことに、大便にも行きたい・・・・・・ 何とかトイレをすませ、かなり時間がかかりましたが、仕事場に到着。 老人のように、かなり腰を曲げ、歩幅はせまく、のそのそと歩いて。 すぐに仕事を離れて医者に行くべきだったのでしょうが。 どうしてもやらなきゃいけない約束が2件あって、何とかそれを午前中に終わらせて。 午後からは休ませてもらって、帰宅することにしました。 いつもなら、10分もかからない、駅までの道のり。 今日は20分ぐらいかかってしまいました。 とはいえ、まだ、何とか歩けるぐらいまで復活したほうです。 痛みに耐え、安静を保ちながら、夕方になるのを待って、整形外科に行きました。 やはり、かなりひどい「ぎっくり腰」とのこと。 いままでに経験のない、ひどい痛みでした。(軽いぎっくり腰しか経験なかった) ぎっくり腰対策用ベルトをもらい、あとはシップと痛み止めで様子をみましょう、と。 まあ、仕方ないところです。 それにしても、5月になって、腎臓結石、ぎっくり腰と、災難続き。 この土日には、おはらいにでも行こうかな、って思っています。
職場に無理言って、今日も休ませてもらい、泌尿器専門医に行きました。 以前にも腎臓付近の痛みで通院していたので、その時の結石の状況も参考に。 さっそく、エコーで確認してもらいましたが・・・ 痛みのある右の腎臓だけでなく、左にも、尿管にも、いっぱいごろごろと。 まあそれ自体は、特に珍しいことではなく、悪い状態なわけでもないのですが。 ただ、腎臓から尿管へのルートを塞いでいると思われる結石もあるようで。 そのせいで、ある程度の腎臓の腫れもありました。 このまま放置することは危険、とのことですが、とりあえず薬を飲んで様子を見る、 ということになりました。 強烈な痛みが発生すれば、鎮痛剤で耐える。 あと、結石が流れやすくなるような薬を処方してもらいました。 次回の検査で、石の状態を見て、治療方針を考えるそうです。 タチの悪い結石であれば、爆破手術も必要かな、と。 ずっと右側の腎臓は、重くじんわりとした痛みがあり、数時間ごとに強い痛みがあります。 これじゃあ仕事は無理だなあ、と、自分に言い聞かせています。 でも、明日からは、こんな感じを抱えたまま、仕事に行かなきゃなあ、という思いも。 大事な、大切な場面で激痛に襲われたら、と思うと、それなりに怖い部分もあります。 あの激痛の最中は、息をするのでさえ苦しい痛みですから。 いやいや、日常の不摂生のせいなのか、とんだ病気に見舞われたものです。 1度、2度ならず、3度目の石との闘い。 「慣れ」がある分有利か、なんて勝手に自分を納得させています。
5年ぶり?にやってきました。あの激痛との闘いが。 昨晩、仕事から帰る電車内で、右腰あたりに違和感がありました。 その後、激しい痛みで、体中に冷や汗、立っているのが精いっぱい。 そんな時には、電車内に空席がない、という、まあ、そんなもので。 15分ぐらいで奇跡的に痛みがやわらいで、帰宅時には何もなかったかのよう。 場所的に、たぶん、腎臓結石なんだろうなあ、と思いながら、普通に過ごしました。 過去に3度、尿管結石をやっている私、あの痛みを忘れるはずはありません。 ただ今回は、初めての腎臓の痛み。 昨年の検査で、腎臓に石があることは知らされていたとはいえ・・ そして今朝、呼吸をするのも困難なほどの激痛に襲われました。 痛み止め(ロキソニン)を探そうと思っても、あまりの痛みに体が動かず。 そこに長男が起きてきて、息も絶え絶えに、薬をとるように頼みました。 何とか痛み止めを服用したけれど、しばらくは激痛に耐えなければ、と。 そういえば、5年前の時にもらったボルタレンの座薬が冷蔵庫にあるはず、と。 しかし、相変わらず痛さで体が動かず。 長男に、妻を起こしてくるように頼み、座薬をゲット。 情けないことに、痛さのせいで自分で座薬投入することできず、妻に入れてもらうことに。 20分ぐらいは、体をくねらせながら痛みを耐えていましたが、ようやく効いてきたみたい。 行きつけの泌尿器科が休診日なので、仕方なく、近所の内科に行きました。 そこはエコーがあるので、ある程度のことは期待できるかなあ、と。 エコーで医師の状態は確認できました。幸い、腎臓もそれほど腫れておらず。 ただ、専門医ではないので、痛み止めを処方するだけの処置。 あくまでも、泌尿器科を受診して、その後の対応を相談して下さい、とのことでした。 処方された痛み止めは「ブスコパン」という薬。 これって、子供がおなかいたでもらった薬と同じだなあ、と。 帰って調べたら、やっぱりそうでした。大丈夫なんだろうか? 比較的、痛さも落ち着いているので、遅刻して仕事に行こうか、とも思いましたが。 軽い発作というか、にぶい痛みは、ずっと継続しています。 仕事場や電車のなかで、あの激痛に襲われたら、と思うと、やっぱり怖い。 ということで、今日は会社に無理言って、休ませてもらうことにしました。 明日も、泌尿器科を受診して、今後の対応を相談することになると思います。 やっぱり痛み止めを持ち歩いて様子を見るのか、石の爆破を行うのか。 まあどちらにせよ、久しぶりに、あの痛さとの闘いが始まりました。 負けないように頑張るぞ!!
世間さまは、GWの真っ只中。 うちの近所も、豪華に9連休の方がソコソコおられるようで。 カレンダー通りの私は、「うらやましいなあ」と思いながら出勤しています。 とはいえ、明日から4連休。天気は悪いものの、のんびりゆっくりできるなあ、と。 本来ならば、子供たちと一緒にどこか・・・と思うのですが、 長男はクラブ活動、次男もクラブ活動。一緒に行けそうにありません。 退屈になる三男と、一緒にどこかへ、ということになりそうです。 でも、三男だって、親と一緒よりも、兄弟一緒のほうが楽しい。 なので、親子3人でどこか行こう、って誘っても、なかなかついて来ません。 当然といえば当然なんですけれどね。 人ごみに突入することになるのか、ダラダラノンビリと過ごすことになるのか? どっちに転んでも、GW後半戦は目の前です。
仕事の関係で、久しぶりに大阪・ミナミに行きました。 仕事といっても、飲食を伴うもの、まあ、「飲み会」ですね。 夜のミナミ、多くの人でにぎわっていました。 そこでびっくりしたのが、私がミナミで遊んでいた20年前とは大違いで、 とにかく、外国の方が多いことにびっくりしました。 耳に聞こえてくる言葉は、日本語以外の言葉があまりにも多くて。 大好きな、とあるラーメン屋さんに入ったのですが、店員さんも、お客さんも、 そのほとんどが中国の方だったのには、本当にびっくり。 会話を見ていると、どうやら日本人は私だけ?といった感じでした。 お店の看板や案内も、数か国語で書かれているところが多く、国際的になったなあ、と。 不景気の日本にあって、外貨を落としてくれる外国の方、歓迎すべきなんでしょうね。 我々が、ハワイや香港に行くのと、全く同じだと思えば、理解できます。 めったに都会に出ないので、ちょっとびっくりしました。
仕事で九州に行きました。 メインは宮崎県、鹿児島にも少し寄りました。 飛行機で行きましたが、宮崎空港を下りて、マットにいきなり「口蹄疫・・・」 と書かれた消毒用マットがあって、そんなこともあったなあ、って。 まだまだ現地では、気の抜けないことなんだと改めて実感しました。 バスに長時間ゆられて、人口5万人ぐらいの街に行きました。 時間がとてもスローに流れていることを、肌で感じます。 あまり街を人が歩いていない。 コンビニを見つけるのも困難、というか、この街のメインターミナル駅近辺にはなし。 マクドナルドも見つけられず。 これは、「ない」ことをどうこう言っているのではなく、なくても不便を感じないということ。 必要があれば、お店を出して儲かるのであれば、きっとあるはずですから。 そんな街に泊まり、翌日は宮崎県第2の都市と言われる「都城」へ。 ここへ行くには、単線のディーゼル車で1時間余り。 車内には「JNR 」と書かれた扇風機が現役で残っていて。 旧国鉄を感じることができて、鉄道ファンだった私は、かなり嬉しかったです。 都城の人曰く、「日本一のシャッター街がある」と、残念な自慢。 さまざまな理由で、人口流失、街の低迷が続いているそうです。 仕事が終わり、昼ごはんでも・・と思いましたが、そんな適当なお店が見当たらない。 そのかわり、駅の売店で「駅弁」を買って食べることができました。 これも嬉しい誤算の一つです。 鹿児島中央駅から、新幹線に乗るために移動。 運よく、新大阪行の直通新幹線に乗ることができました。 新幹線から見える鹿児島の街は、今まで見てきた宮崎とはまるで違う。 「都会」と言う言葉がピッタリの街に見えました。 そして新幹線は、博多へ。 そこで見えた博多の街は、都会ではなく「大都会」。 一言で九州と言っても、全然違う顔を見せてくれました。 仕事とはいえ、とてもいい経験をできて、本当にラッキーです。 なによりも九州の人は、暖かく、優しく、とてもいい方が多かったことが嬉しかったです。 |一覧| |
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