* 遠くの夏の思い出 *
雑感
さあ 夏ですね、運動の季節、以前は甲子園大会を楽しみにしたの
ですが、昨今は余り興味が無くなりました。純真な高校球児の混合
玉石、其のプレーを見るのがとても楽しみでしたですが、一生懸命
遣っている関係者の方には非常に申し訳無いのですが、大量生産工
場の出荷先の様な感じです。
さて 振り返って空手界を見ますと、 う~ん と
唸りたくなる様な事が多いです。組織の運営は綺麗事では出来ませ
んその程度は、社会人の端くれですから少しは理解は出来ます。が
どうも腑に落ちない事が多いですね、若しくは コミッションを受
けているのではないかと疑惑を持たす其の言動、注意して欲しい物
です。
武道に限らず、どのスポーツに致しても、皆 自分の
限界を知る為其処まで行かなくとも、自分の内面との接触、自分を
知る為にも行なう物だと思います、言わば自分自身の確立、若しく
は自立堅甲の精神を養う事に有ったと思うのですが。どうもそう言
う端から其の言葉が崩れてきます。
今 一人に為り以前の稽古してきた事を思い出せば、随
分と先輩に集合を掛けられた事が記憶に有ります。当時は恐怖の何
とかでしたが、今ではとても良い思いでと為っています。
不思議なのですが そう言う所で骨折事故が不思議と有
りませんでした。無論、痛みの為反吐吐きのた打ち回る事はします
が、そう言う上記した事故は有りませんでした、無論 先輩方の腕
の冴えも有りますが、くらう方が気を入れて居るので、その様な事
に成らなかった物と想像します。気を入れて居るとかなり痛い麻酔
を必要とする物でも我慢出来る物です。
茲で そんな事を話すのは、私らが遣って来たそう言う
野蛮な行為を遣れと言う事でなく、我々の時は、そう言う事さえも
後で考えれば自己確立の為に役に立ったと言う事です。
何で この様な事を申し上げるかと言うと、昨今 販売
合戦が甚だしい、最低限必要な物を買うのは良いが、商業ベースと
組み、自己の都合の良いブームさえも作り上げようとする。これは
非常に人を馬鹿にしていますね。こう言う事に躍らされず、自分の
冷静な目で見て、何が本当に自分に必要な物かを取捨選択出来る自
分自身の目を持つ事です、それが 空手に入る1歩です。
やはり 人に躍らされては駄目ですね。行動の中庸を学ぶべきです。
今でも 良く私は 私の直接の師範 そして 総師範には申
し入れています。どうして、現代の人々に説明しないのだと、返っ
てくる言葉は、昭和の20年代での言葉はこうでした、“ 言う者は
知らず。知る者は 言わず。” です。 それで二の句が継げれません
でした。
しかし 私が何時も言うので、もう 耳にタコガ出来ているでしょう
が、最近は少し 譲歩してくれまして。執筆を始めて頂けているよう
です。
人間の闘争は必要悪で有るが、人間の命は大切な物であ
る。其の為に 対戦者を傷つけぬ様に、いかに 早く 相手の動きを制
するか。この道徳感が 各流派の技の発達に 大きく貢献すた。回を
重ねる毎に各師範の逸話、各流祖の聞き伝えの話を併せて書くつもり
でもあります。 そして 形と形の中の組み手 其れ
に合った稽古法なども 説明していき、更に読者の方々から、質問が
あれば 其れに具体的に答えていきたいと思ういます。どうぞ 皆様
からの質問を御待ちいたしております。