傳書目録迄傳書目録迄
右剣
霊剣 左剣
爰に霊剣と名付く太刀筋を教ゆ。夫霊は精神也。
神者聖而不v可v知v之、所謂精神之伸者為神、屈者為鬼と云う。亦 大載礼に陰気為霊霊祐也。祐は易に曰く、
自v天祐v之無不利云霊は陰気なるれど祐v之時は陽気と為る
陽気発して活物となる。剣は亦死物也。人我精神をん以て剣に
移し活物と為し自在する所の術也。
先ず太刀の鋒尖を敵の両眼の間に対して把持す。是は孩児生まれ出未だ手足も伸ばさざる体を表す。是を太刀生まれと云う。亦混沌未分の位とも云う。天地未だ開けざる形を表称す。其時三焦虚実往来の気に通ずる所ろの気、是天地陰陽昇降する所の理也。其の習いと云ふは、我心胆を臍下に納め無念無我となって、眼に現れざる鬼神也とも、我太刀に触るる物は忽両断すべき心意凝結して、夫より太刀を右より左へ切り払ふ、是を右剣
と云ふ。又左より右へ切り払ふ。是を左剣と云ふ。四方を切り払ふの心、又上段に取直上段より一打にする。是天の万物を降ろすの意也。地は我体なりと思ひ、天地四方に象る。
叉如V元太刀を取直す。それ万物一源に記するに象る。扨て勝負に望む時には勝負の念起る故に、心胆を臍下に納。其の収むと云う事はいたって難き事也。因って常に修行せずんばあるべからず。無念無想となり、我も無く敵も無き処より一気決断する也。喜怒哀楽衰悪欲の常念を棄てるより天然と汚物生ずる也。其の自然たる処の精神を剣に移し使用す。其の行と云ふは、前に言ふ如く我忘念を右剣左剣と切払ひ真向より一太刀に我念の起るを切払ふ也。其の心筆解の非v所v及大意述而己自得して可v知。是伝三段の太刀の遣法也。慎可v貴也。
四習之事
習うに四つの品あり、其の一つは師に習ひ、其の二は己に習ひ、其の三は相手に習ひ、其の四は場に習ふの四つの習也。習うとは学也困也と訓す。
服行ニ所伝丶業―業熟して可v知也。
― ニv 漢文の 返り点 読 順。
礼記月令に鷹の学習すとあり。雛鳥の巣を離れんとして、日々飛ぶ事を重ね学ぶ。これを習うと云ふ習うという文字の義也。
故に人の事もまた右に云ふ如く、日々に其業の修行を重ね、鳥の飛行を習ふが如くなる意也。師に習うと云ふは先達の師に随ひ教えを受け日々修行するを云ふ。己に習うとは師傳習熟し己を工夫鍛錬するを云ふ。相手に習うと云ふは、己と工夫鍛錬したる業を相手と交換し其の善悪を試み再三習うを云ふ。場に習うとは道場にて修業するに其の場の広狭又は板敷き或は高低等常に稽古する味替わる也。叉人多く集まりたる時は初心の内は記の置くるることあり。俗云う場に呑まるる等と云えり。皆気より起きる所也。実地に臨んでは路の凸凹険易或いは石砂多き地、其の不利を得篤する事、是修行の心得也。
四習之事
習うに四つの品あり、
其の一つは師に習ひ、
其の二は己に習ひ、
其の三は相手に習ひ、
其の四は場に習ふ
の四つの習也。習うとは学也困也と訓す。
服行ニ所伝丶業―業熟して可v知也。
― ニv 漢文の 返り点 読 順。
礼記月令に鷹の学習すとあり。
雛鳥の巣を離れんとして、日々飛ぶ事を重ね学ぶ。
これを習うと云ふ習うという文字の義也。
故に人の事もまた右に云ふ如く、
日々に其業の修行を重ね、鳥の飛行を習ふが如くなる意也。
師に習うと云ふは、
先達の師に随ひ教えを受け日々修行するを云ふ。
己に習うとは、
師傳習熟し己を工夫鍛錬するを云ふ。
相手に習うと云ふは、
己れと工夫鍛錬したる業を相手と交習
修し其の善悪を試み再三習うを云ふ。
場に習うとは、
道場にて修業するに.其の場の広狭又は板敷き或は高低等常に
稽古する味替わる也。
叉人多く集まりたる時は初心の内は記の置くるる事有り。
俗云う場に呑まるる等と云えり。
皆気より起きる所也。
実地に臨んでは、路の凸凹険易或いは石砂多き地、其の不利
を得篤する事、是修行の心得也。
次回は
手之内之事、 敵弓手見之事 目付之事
を写し書きたいと存じます。
それが終わり
兵 法 目 録
八 相 発
破
一 刀 両 断
右 転 左 転
長 短 一 味
法 定 解
龍 尾 左
右
面 影
鉄 破
松 風
早 船
曲 尺
円 連 刀 連
体 連
陰 之 構 之 事
陽 之 構 之 事
相 構 之 事
相 心 之 事
後 十一項目 続きます。
窮 理 巻
龍 之 巻
続き
理 歌
天 理 勝
極 意 傳
巧 妙 剣
心 妙 剣
続き
免 許 傳
|