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 雪之嬢2005Re[1]:「はしたない」(02/12)かよ2773さん 今は多いのですね~。 ...
 dream-boatRe:「はしたない」(02/12)昨日は、お寄り頂きありがとうございま...
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雪之嬢2005の日記 [全1701件]

March 06, 2012楽天プロフィール Add to Google XML

お誕生日おめでとう。 
[ 愛しき人・友人 ]  


お誕生日おめでとう。

我々も良い歳になってしまいましたね。

今、お義母様と電話で話しましたよ。

電話する前に、アドレス帳を準備するのを忘れて、受話器を持ち日本の番号を押し
そこでアドレス帳と思ったけれど・・・不思議ですね。
やはり忘れていませんでしたよ。

お義母様の骨折後の状態がまだまだ良くないみたいですね。

お姉様はリハビリの効果があり、車の運転が出来るまで回復されたようですよ。

最後に墓前で報告しておきますと言われて、まだ泣き虫の私は涙がでそうでした。

今年は寒い冬でしたよ。

なかなか咳がとまりません。

こんな話ししなくてもすべて見えていますよね。

何時も、何時までもありがとう。





Last updated March 06, 2012 08:56:00 AM
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February 17, 2012

習慣化 
[ 道徳・教育・おばあちゃんの知恵袋 ]  

今朝の通勤電車下車時、老紳士が私を先に降ろして下さいました。

勿論、通勤電車では迷惑な行為なわけですが・・・

その時に改めまして『習慣化』に尽いて考えました。

朝の挨拶・・・
脱いだ靴を揃える・・・

沢山の習慣化された行動や考え方・・・

ある日、出かけようとしました時に3.4歳の男の子が私に『Bonjour ボンジュール(こんにちわ)』と声をかけてくれました。

そうしましたら、男の子のお父様が『Bonjour Madame(こんにちわ マダム)』と言い直すようにおっしゃっいました。

その時も習慣化に尽きまして考えさせられた一瞬でした。

きっとこの男の子は、一生『Bonjour Madame』とMadameを付ける事でしょう。




Last updated February 17, 2012 07:44:02 AM
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February 13, 2012

太陽とともに生きた日本人 
[ 黄金の国ジパング・日いづる国 ]  

友人から紹介して頂きました。

------------------------------

■ 太陽とともに生きてきた日本人

「さようなら」は元々、いま使っているように長い時間会っていて分かれるときの言葉ではなく、日本人がすれ違いざまに誰とでも、親しく挨拶を交わしていた時代の言葉でした。

「今日(こんにち)は。元気ですか。」
「ええ、とても元気です。」
「左様ならば、ごきげんよう。」

という一連の挨拶文句の中の一部が「さようなら」だったのでした。
今日とは、太陽のことです。
元気とは、元の気、これもまた太陽から受けるエネルギーや恵みのことです。

「あなたがいま、お天と様の気と共にあるのでしたら、それは心も穏やかで良いことでしょう。」

元々「こんにちは」も「さようなら」も一連の挨拶だったんですね。
あなたは太陽と共にありますか?という確認の言葉でした。

なんて心が晴れやかになり、気持ちの明るくなる挨拶でしょうか!

そしてそれがすべての日本人のごく日常の会話だったわけです。
このことは、私も知らなかったように、普段使う言葉でも、その本来の意味を戦後世代の私たちはあまり知らないようです。

昔から日本では、日の出と共に手を合わせ、太陽に感謝を捧げるという習慣がありました。これは世界でも珍しいほうの習慣だそうです。

この挨拶からも分かるように、日本人は昔から「自分たちは太陽と共に生きているのだ」というのを意識的にも無意識的にも理解している人たちでした。

例えばイギリス人の方に「イギリス人とはなんだ」と聞くと
「ジェントルマンシップを持っていることです」と答えます。

フランス人の方は
「ボンサンス(良識)を持ち、フランス文化や伝統に深い理解を持っていることです」と答えます。

ドイツ人の方は
「ジャーマンスピリットを持っていることです」と答えます。
ジャーマンスピリットとは何ですか?と聞けば
「社会の善いことには喜んで賛同し、悪いことは力を合わせ改革していけることです」と答えます。

境野勝悟先生に
「日本人とは何ですか?と聞かれたときははっきりと答えてください」
と次のように教えていただきました。

「日本人とは、自分たちの命の原因が太陽であることを知って、その太陽に感謝して、太陽のように丸く、明るく、豊かに、元気に生きる。これが日本人です」

こうした精神文化を残してくれた日本の先人たちに感謝をしています。
ありがとうございます。

「日本のこころの教育」

    境野勝悟 著

      致知出版社



Last updated February 13, 2012 09:44:46 AM
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February 12, 2012

「はしたない」  (4) 
[ 道徳・教育・おばあちゃんの知恵袋 ]  

最近、「はしたない」という言葉を聞かなくなったような気が致します。

「はしたない」という言葉は、日本人の品格を感じる言葉だと私は思っていますが、我々の時代のものが使わなくなった為に勿論その次の世代の若者の間では聞かれないのかもしれません。

我々はしっかり次世に伝える役割をしなければならなかったのでしょう。

本日、ある出来事を耳にしまして情けなくなりました。

あるお嬢さんが婚約者の家においでになって、おもてなしする婚約者の母親が飲み物を伺われると・・・
「〇〇は飲まない。〇〇は飲まない。普段から飲むのは果樹100%のみです」と・・・その上、結婚にあたり「一軒屋が当然」などといろいろな条件にも匹敵する事を・・・

その話しを伺ってすぐに私が感じました言葉が
「はしたない」でした。

若い方々に解って頂けるように具体例でお話しましたが・・・

「天皇陛下が私は果樹100%しか飲みませんので」と訪問された所でおっしゃいますか?と・・・。

「はしたない」・・・

この言葉をもっと頻繁に使いたくなりました。




Last updated February 12, 2012 10:03:17 PM
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January 15, 2012

Galette des rois  (4) 
[ 各国のドラマ ]  

仏の街の1月はGalette des roisの香りに包まれる。
Galetteが大好きな私も勿論毎年その年の優勝店のGaletteや有名店のもの複数戴く。
直訳するとGaletteとは丸くて扁平なもの、roisは王様。よって「王様たちの薄くて丸いパン」。

歴史はローマ時代までさかのぼる。
農耕神Saturneを祝した祭りの中で12月25日をNoël、1月6日をEpiphanie祭と設定した。Galette des roisはこのEpiphanieにちなんだお菓子。

Saturne祭では最終日にくじ引きで王様を選び、その宴会の王としていたそうです。
現在はGalette des roisを人数分にカットし(以前は人数プラス一人分にカットし、貧しい人々に捧げていた)、その場で一番小さな子がテーブルの下に隠れる。

大人が一切れずつ取り上げ、「これは誰に?」とテーブルの下の子に尋ね、子供が居合わせた人々の中から指名していき、ガレットが配られる。
ガレットの中にはfêveと呼ばれる小さな陶器製のオブジェが一つ隠されている。このフェーヴが当たった人が王様となる。

ガレットと買うと紙製の王冠がついてくる。フェーヴが当たった人はこれをかぶり、その場の王様となる。昨年は私も女王になる事が出来たが、今年はまだなれていない。Galette好きな私はまだ続けるつもり。

今年は社内ではPierre Herméのフランボアーズ味のGalette。
トラデッショナルな本来のGalette好きの私には少々邪道でしたが・・・お味は? そして王様は残念ながら社長でした。

Pierre Herméは今年ハートを三つに分けたfêveなどを入れて入る。現在二つのかけらが会社内で揃った。あと一つ・・・
あ~商業ベースに乗せられてしまっている。

これからまだStéphane LOUVARD、Didier DUCHESNE この二つのメゾンはやはり試したいと思う理由の一つには、fêveの楽しみがある。
勿論味わいたい理由が第一。



Last updated January 15, 2012 6:56:32 PM
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December 24, 2011

止まったタクト  (2) 
[ スピリチュアル ]  

知り合いから紹介して頂きました。

止まったタクト~「1万人の第九」で起きた、前代未聞の“奇跡”】
by Takeshi Shiba on Wednesday, 21 December 2011 at 16:46

  

2011年12月4日(日)、大阪城ホールで開かれた「1万人の第九」。  

それは例年とは明らかに違う、心が震える濃密な3時間でした。  

  

冒頭、宮城県南三陸町の防災庁舎の廃墟が場内のスクリーンに映し出されます。

生中継の映像。

冬場の三陸地方特有の強風が激しくマイクを叩き、

ボコボコした音が生々しさを感じさせます。  

  

そしてその廃墟の前から、自身も被災した福島の詩人・和合亮一さんが、

「高台へ」と題した自作の詩を朗読しました。

バックでは、佐渡さんが教えるスーパーキッズオーケストラの弦楽メンバーが、

「G線上のアリア」をゆっくりと奏でます。  

  

和合さんは、津波が来ることを知りながら最後まで避難を呼びかけて還らぬ人となった、  

若い女性職員の死を悼み、激しい調子で

「生きていてほしかった!」と叫び声を上げると、

1万人の場内は緊張に包まれ、すすり泣く声が漏れ聞こえました。  

  

  

次に登場した、2年連続参加の平原綾香さんが、  

「ひまわり」「ジュピター」など3曲を披露。  

「日本のディーバ(歌姫)」と呼ばれる平原さんの音域の広い歌声が、ホール中を包み、  

慈しみの心や人間愛が、歌詞から伝わってきます。  

そして、これまで被災者の支援活動を積極的にしてきた平原さんが、  

曲の合間に体験談を語り、皆が聞き入ります。  

  

「被災地に行った時、ある学校のブラスバンド部の子に言われたんです。

『自分は両親を亡くしたけれど、音楽があったから、ここまで来れました』って。

それを聞いて、私も、歌に心を込めなければ、と思いました…」



同じく、被災地で支援コンサートをしてきた佐渡さんも、語ります。



「釜石に支援コンサートに行った時、地元のオーケストラが迎えてくれたんです。

 3分の1の人が、楽器を流されて何も持っていなかった。

それでも会場に集まって、

“手拍子”で『上を向いて歩こう』の演奏に参加してくれたんです。

何も持ってなかったのに、一緒に“演奏”してくれたんですよ…」



そう言った後、佐渡さんは言葉に詰まりました。



泣いていました。



「もう、ボクは泣き虫なんですよ。すいません…」



音楽が結び合う、人の輪を、会場の誰もが感じているように見えました。

平原さんの「ジュピター(原曲はホルスト作曲「惑星」“木星”より)」は、

第1部の最後で、1万人がコーラスをつけるという演出。

普段以上のスケールで歌い上げられました。



    

休憩をはさんで、第2部の「第九」に。



耳の聞こえなくなったベートーベンがこの曲に込めた、

「すべての人間が“ひとつ”になる」という願い。



それを、2011年の現実と重ね合わせて、全身全霊を込めて表現する佐渡さん。



第1部で、佐渡さんは話していました。

「同じ第九の音符でも、今年は違うように見えるんです」。





そして終盤の有名な「歓喜の歌」の大コーラスが始まる直前、異変が起きました。

  

佐渡さんが、身をかがめて動かなくなったのです…。



巨大なスクリーンに映っていた佐渡さんの表情。

それは、演奏中に、手を合わせて、祈る姿でした。

  

震える両手。何かをつぶやいている口元。

目は閉じ、神頼みをしているような所作。

タクト(指揮棒)は、佐渡さんの両手に挟まれて、動きません。



指揮者が指揮をしない…。



5秒、6秒、7秒…。まだ動かない。

この前代未聞の出来事に、それでも演奏は続きます。

クラシックの演奏会ではありえない、ざわめきがホールを覆いました。



それは驚きであると同時に、誰もが佐渡さんに導かれるように、

祈りを捧げた時間でもありました。



演奏はそのまま、“世界最大”の第九の合唱へ。

大阪城ホールの1万人と、中継で結んだ仙台会場の1000人の歌声が響きわたり、

演奏は終幕を迎えます。



「ブラボーーーーーーーー!!!」

ホールのあちこちから絶叫が聞こえます。

拍手は鳴り止みません。多くの人が泣いています。

被災3県から集まった仙台の参加者も感極まっています。

佐渡さんや平原さんたちは、3度のカーテンコールに応えました。

  

(写真はいずれも過去の「1万人の第九」から) 

  

佐渡さんの言葉です。  

  

「震災を前に、音楽が無力であることを思い知らされました。

音楽には、人のいのちを直接救う力は無いけれど、

それでも何かをしなくては、と思っていました」



もちろん、大阪城ホールを埋め尽くした1万人、そして仙台会場の1000人(中には、被災地から来て頂いた被災者の方も多数参加)が泣けば、何かがすぐに解決するわけではありません。

ただ、参加し、共感し、大粒の涙を流したそれぞれの人が、

この日を出発点に、何か具体的な行動をしていく第一歩にしていければ、

今年、「1万人の第九」を被災地と結びながら開催した意味はあったと思うのです。  

  

2011年の「1万人の第九」。

それは、たった一度きりの、奇跡の演奏会でした。

 

「音楽が、なぜこの世に存在するのか?」  

    

その根源的な問いへの答が垣間見えたような、

誰もが深く心に刻んだコンサートだったのです。  

  

2011年の日本で、芸術に果たせる役割があるとすれば、それは、

「人の心を突き動かし、

アクションを起こさせる動機を生み出すもの」

ではないかと、思います。




Last updated December 24, 2011 07:41:50 AM
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December 19, 2011

少しの勇気  (2) 
[ スピリチュアル ]  

先日に続きまして、また再投稿ストーリーですが・・・
クリスマスに向けて・・・

人生を豊かにするのは、行動するための少しの勇気と、たくさんの失敗
ミルトン・エリクソンという有名な心理学者とあるおばあさんの実話です

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*

ある時、エリクソン博士の旅行先に、
お金持ちのおばあさんが訪ねてきました。

「私はお金に不自由は全くなく、大邸宅に住んでいます。
イタリアから取り寄せた見事な家具に囲まれて、
コックが毎日、素晴らしい料理を作ってくれます。

私は庭仕事が好きでしますが、
ほかのことは全部メイドがやってくれます。

けれども私ほど不幸な者はいません。
寂しくて寂しくてたまりません」

とその人は訴えました。

エリクソン博士はその話を黙って聞いていました。

『わかりました。あなたは教会に行きますか?』

「時々行きます」

『では、あなたが行っている教会で、
その教会に属している人のリストをもらいなさい。
そのリストに誕生日を書き入れてもらいなさい』
と言いました。

『あなたは庭仕事が好きといったけれど、
園芸の中で何をするのがいちばん好きですか?』

「アフリカすみれを育てるのがいちばん好きです。
水やりも大変ですし、そう簡単には増えません。
でも私はそれが上手にできます」

と老婦人は答えました。

『家に帰ったら、教会の人のリストを誕生日の順に並べなさい。

そして、誕生日が来た人のところに、
あなたが育てた花にきれいなカードを添えて置いてきなさい。

誰にも見つからないように、
そして、誰から来たかわからないようにするのですよ。

これが宿題です。そのうちに、
あなたがいちばん幸せな人になることを請け負います。

もし幸せになれなかったら、
飛行機に4時間乗って、私のところにいらっしゃい』

と博士は言いました。


その老婦人は心が虚ろでたまらなかったので、
さっそくこれを試してみました。

博士から言われたとおりに、
今月は誰が誕生日か調べ、きれいな鉢を作りました。

誰にも見つからないように、
朝三時に起きてこっそり鉢を届けました。

そのうちに、そのことが町で評判になりました。


この町は素晴らしい町で、
天使が誕生日にすみれの鉢をお祝いに持って来てくれる、
という噂がたちました。

なぜなら贈り主がわからなかったからです。


その人はエリクソン博士に電話をかけて、
「誰にも気づかれないで宿題は成功しています」
と報告しました。

博士は
『あなたはどうですか、まだ不幸ですか?』と聞きました。

老婦人は「えっ、私が不幸だなんて…」と答えました。

『あなたは半年前に私のところに来て、
「私ほど不幸な者はおりません。お金もあるし立派な家もあるけれど、
心の中は空っぽです」
と、私に話したではありませんか』
とエリクソン博士が言いました。

老婦人は
「そうでしたね。すっかり忘れていました」と答えました。


3ヶ月が経ってクリスマスがきました。

クリスマスの夜に、その老婦人からエリクソン博士に
また電話がかかってきました。

「先生、今日のクリスマスほど不思議なクリスマスはありませんでした。
庭師が大きな門のそばにクリスマスツリーを飾りました。

今朝、そのツリーの下に、クリスマスプレゼントが
たくさん置かれていました。

その贈り物には名前もなんにも書かれていません。
でもどれも私がほしいようなものでした。

いつも私がかぶっているような帽子だとか、
いつもしている手袋とピッタリ合うスカーフなどが並んでいました。

花の種や新しい誕生日カードもたくさんありました。
いったい誰から贈られたのかわかりません」


町に住む1人のおばあさんが、
明日は85歳になるから老人ホームに入ろうと家族で相談していました。

そして、我が家で最後の誕生日を向かえ、皆に祝ってもらいました。

テーブルの上にきれいなすみれの鉢が置いてあるので、

おばあさんが
「これは誰からのプレゼント」と聞きました。

「天使から」と家族中が答えました。

おばあさんは本当に天使からだと思いました

自分のことを思ってくれる人が家族以外にいる、
ということがとても嬉しかったのです。

老人ホームに行くのはとても寂しかったけれど、
移っていく勇気が湧いてきました。

この家族が、あんなにおばあさんの気持ちを変えるような
贈り物をしてくれた人は誰だろうと調べました。


それが大邸宅の奥様だとわかりました。

何も不自由はしていないだろうけれども、
自分たちも同じことをしようと思い、町中で相談して贈ったのです。

「自分の人生の中で、こんなにうれしいクリスマスを迎えたことはありません

と老婦人は言いました。


エリクソン博士は

『“おたがいさま”という言葉があるように、
あなたは喜んで今日のプレゼントをもらっていいのですよ。
あなたが庭に種を蒔くと、その種は花になって
あなたのところに返ってきます。
あなたは小さい種をいっぱい蒔いたから、
立派な花になってクリスマスに返ってきてくれたのですよ』

と言いました。





Last updated December 19, 2011 05:45:17 AM
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December 18, 2011

最後の晩餐  (2) 
[ スピリチュアル ]  


こちらですでに紹介させて頂いたストーリーですが・・・
本日、思い出すきっかけがありましたので再度投稿させて頂きます。

レオナルド・ダ・ビンチのキリストと12人の聖人を描いた最後の晩餐に纏わるお話です。
イタリアで、子供達に伝説として言い聞かせているお話だそうです。

******************************

この絵を完成させるのに
ダ・ビンチは20年かかったそうです。

まずキリストの絵を最初に
書こうとして、
モデルとなる人を求めて
町に出て公園を歩いていたときに
とても目が澄んでいて、
肌がすごくきれいで、
すがすがしい好青年を見つけて
その人に「モデルになってください」
と言って、その人を座らせて
最初のキリストの絵を書いたのだそうです。

それから徐々にひとりづつ
弟子の絵を書いていって
最後に残ったのが
裏切り者のユダでした。

そのユダの絵がなかなか書けなくて
20年もかかってしまったのだそうです。

ピッタリのモデルも
なかなか見つからなかったそうです。

そんなある日、
酒場の薄暗い片隅に
すごい男が座っているのを
見つけたのです。

人生の悲哀、裏切り、
憎しみ、妬み、嫉みなどを
全身に背負ったような男でした。

その人に、
「モデル代を払うから何時間か
 私のために時間をくれないか」
と言いました。

「いいですよ。
どうせ俺の時間なんか
誰も必要としてないし」

そう言ってモデルになることを
引き受けてくれました。

その顔をモデルにして
やっとユダの顔を描く事が
できたそうです。

「ああ、やっと描けた」

そう言ってダ・ビンチが
安堵の息を吐いたときに、
このモデルの男の目から
涙が溢れ出てきたそうです。

「なぜ、泣いているのですか?
 感動して泣いたのですか?」

とダ・ビンチが聞きました。

するとそのモデルが答えました。

「あなたは私を忘れたのですか」

「えっ?どういうことですか?」

「20年前にあなたは、
私をモデルにしてこの顔を
描いたのですよね」

と、キリストを指して言いました。

「それが20年経って、もう一度あなたに
 声をかけられたので、今度は誰のモデルとして
 描かれるのかと思ったら、最後の裏切り者である
 ユダの顔を描くということだった。
 これが泣かずにおられようか」

 ということで泣いていたのです。

この20年の間、この男性は
人の悪口を言い続けていました。

世の中のこと、人のこと、
恨み言、憎しみ言を
ずっと言い続けてきたそうです。

その結果として、
一度はキリストのモデルになった人が
なんと、その裏切り者であり、
人生の敵意と憎しみを一身に背負った
ユダの顔のモデルに選ばれてしまったのです。

...............................................

人間の顔でいちばん素敵なのは
やっぱりなんといっても笑顔だそうです。

笑顔の時に使う顔の筋肉と
怒ったり悲しんだりしたときに
使う筋肉はぜんぜん別の筋肉だそうです。

いっぱい、いっぱい笑顔を作って
笑顔の筋肉を鍛えて
いい顔を作っていきたいですね。



Last updated December 18, 2011 10:40:52 AM
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December 11, 2011

もみの木 
[ 各国のドラマ ]  

昨日出かけようとしましたら、もみの木の香りが・・・

管理人さんがクリスマスツリーの準備の為にお花屋さんに設置してもらったのでしょう。
(少々遅いような気がしますが)

とても良い香りの中で、ある言葉を思いだしました。

あるフランス人女性が。。。「クリスマスは、もみの木の匂いが良い想い出」と。

我々は子供の頃からツリーの木は本物ではなかったので勿論匂いはなく、別の想い出がありますね。
木の香りをクリスマスの想い出に育つ国・・・

これもなかなか素敵ですね!




Last updated December 11, 2011 08:45:40 AM
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November 28, 2011

虹蔵不見  (4) 
[ 自然の力 ]  


ログイン出来たかと思いましたら、早速本日2つめの日記・・・
気まぐれすぎますね(笑)

“壮美にも 別れ惜しむや 時雨虹”

虹が隠れる季節に入るそうです。

下記日刊暦ページより引用

◇七十二候「虹蔵不見」 

「虹隠れて見えず」
初冬の虹という話題として、まずはこの七十二候の言葉から始めてみることにいたしましょう。  
「虹隠れて見えず」は中国から伝来した時の書き方では「虹蔵不見」。 
これを「虹蔵(かくれ)て見えず」と読みます。

さて、初冬のこの時期になぜ「虹隠れて見えず」とあるかと云うことですが それは虹と雨は切っても切れない関係にあるからです。この記事の冒頭でも書いたとおり冬になると雨は雪へと姿を変えてしまいますから、虹もその姿を隠してしまうと云うことです。  

虹は、「虫偏」の文字であることからもわかるとおり、古代中国では生き物の一つ、竜の一種と考えられました。竜は水を操る神獣と考えられていましたから、その一種である虹にも水を操る力があると考えられました。 
虹の力を及ぼす水、それは雨。  
現代の私たちは、冬になって雨が降らなくなると虹が出ないと考えますが、古代の人たちは、冬は雨を呼ぶ竜、虹が姿を隠す時期だから雨が降らないと現代の私たちとは違った見方で虹と雨の関係を捉えていたようです。

◇時雨虹(しぐれ にじ) 
初冬の日本ではまだまだ雨が降ります。
この辺は七十二候や二十四節気が発明された中国の内陸部より日本の気温が高いという気象条件の違いのためです。  
初冬の日本に降る雨というと、思い出される言葉に「時雨(しぐれ)」があります。
時雨は短時間にサッと降って雨が上がり、雨が上がったと思ったら またサッと降り出すそんな雨のです。  
虹は、雨がなければその姿を現しませんが、かといって雨だけがあれば姿を現すというものではありません。
虹が姿を現すためには雨と太陽の光が必要だからです。
雨と太陽の光という組み合わせが必要な虹にとっては、この降っては晴れ、晴れては降る時雨は、雨も太陽の光の両方が揃う姿を現すのに絶好の天気です。  
時雨雲が雨を降らせ、やがて頭上を去って変わりに青空が顔を覗かせると、頭上を去っていった雨に青空から覗いた太陽の光が当たって虹が生まれることがよくあります。
こうした虹が「時雨虹」です。  
虹は太陽の光が斜めから差し込むほど、空の高いところまで広がった大きな姿となります。
初冬の太陽は、夏と違って日中でも地平線からあまり高いところに昇りませんから、この時期に現れる時雨虹は大概がとても大きな見事な虹となります。  
冬の本番となれば完全に姿を消してしまう虹ですが、姿を隠す前には別れの挨拶でもするかのように、見事な時雨虹となって初冬の空を飾ります。  
冬には姿を消してしまう虹ですが初冬のこの時期、時雨が止んで太陽が顔を覗かせたら、太陽の反対の方角に姿を隠す前の虹の大きな姿を探してみてください。


Last updated November 28, 2011 08:18:23 AM
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