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国語力を上げるには? 国語力アップ!ストーリー作文 芦永奈雄の国語塾:小平村塾偏差値42が1日で70になった高校生の実例
国語力を上げるには?芦永奈雄の日記:「本当の学力」は作文で劇的に伸びる国語塾 [全265件]
ショックだった。 まさか、あのマイケルがもう死んでしまうなんて。 実は、存命の有名人で、会ったことのない人の中で、一番、会いたかった人だった。 コンサートに行ったこともなかったけれど、あのマイケルのダンスにはしびれたクチだった。 文字通り、スーパースター。 いろいろスキャンダラスに報道されていたけど、あれだけ超有名人ともなれば、普通の人生なんて送れない。 子どもの頃から芸能界で活躍してきて、「普通の暮らし」というものがわかるはずがない。 せめて、あの世で、誰にもじゃまされず、ネバーランドで、子どもに戻って、愉しんでほしいと思う。 (親しみをこめて)マイケル、ありがとう。
先日5月13日、ストーリー作文賞の選考会が開かれ、受賞作の発表が行われた。 ストーリー作文賞受賞作は、該当作なし。 奨励賞が1編選ばれるという結果になった。 選考委員は、芥川賞作家の三田誠広氏とわたし芦永奈雄の2名。 意見が分かれることもなく、すんなり、そういう結果に落ち着いた。 奨励賞受賞作の子は、中学生。 中学生が、芥川賞作家から、選評のコメントをもらうというのも、すごいことだと思う。 まだまだ1回目で地味だけど、意義深いことを始めたなと実感。 これをもっともっとメジャーにしていきたい。 さて、発表の日であった、15日は、夕方から、日本文藝家協会のパーティーがあり出席してきた。 もう、これで、5、6回目だろうか。 毎年、顔を出されていた早乙女貢氏が昨年、お亡くなりになったので、ある意味、軽いショックを覚える。 会場では、1年ぶりにお会いした黒井千次先生に挨拶をした。 お元気そうでなにより。 芥川賞の選考委員をされているので、以前は、選考会の翌日、お会いしたときなど、「ホット」なニュースをじかにお聞きすることができたが、それもなくなり、少し残念。 まだまだお元気そうでなにより。 ストーリー作文賞がもう少し、知名度が上がってきたら、黒井先生にも選考委員をお願いしてみようかなどとちょっと検討中(引き受けていただけるかどうかは、わからないけれど勝手に夢を膨らませている)。 今年は、新会員の山根基世さんによる、オープニングセレモニー(?)として、太宰の作品の朗読で始まった。 元NHKアナウンサーの、あの山根さん。 挨拶の話し方などではわからなかったけれど、朗読が始まったら、あー、そうそう、この声、とうなずく。 さすがだった。 番組中の声として聴くと、出来上がった「作品」として聴いてしまうので、そういうものだと思っていたけれど、生で聴くとやはり、迫力とでもいうのか、違うものがあった。 山根基世さんの声は、わたしにとって、一番なじみ深いのは、なんと言ってもNHK大河ドラマの「太平記」だ。 わたしはあの作品が大好き。 主人公の足利尊氏演じる真田広之氏が、しぶくてしぶくて実にいい味を出していて、実は3年くらい前に作品を見直したのだけれど、そのときにすっかり好きになってしまった。 あの、ナレーションの生の声が聴けてちょっと感動。 そんなこんなで、パーティーが終わると、例年のことだけれど、三田誠広先生と、とある団体のスタッフ2名と合わせた4人で、打ち合わせ兼飲み会。 この日は、文学的に非常に中身の濃い日であった。 (実はこの後も、生まれて初めての経験が待っているのだったが、それはまた次回!)
かねてより、思っていることがあった。 子どもの感性や表現力は、おとなにはとてもまねできないものがあるのに、どうして子ども自身による文学がないのか、と。 児童文学というのはある。 しかし、あれは、子どものためではあっても、所詮、おとなが書いた文学。 もっと子ども自身が芸術性を追求できるような環境があれば、子ども自身による文学が一気に花開くに違いない。 そんな思いで、「ストーリー作文賞」が創設の運びとなった。 選考委員は、発案者のわたしももちろん入っているけれど、わたしの先生であり、芥川賞作家でもある三田誠広氏を迎え入れての賞となった。 しめきりは3月末日。 「ストーリー作文賞」公式サイトはこちら。 http://www.ashinaganao.com/sentence/storysakubunprize.html
新年、あけましておめでとうございます。 さてさて、世間では100年に一度の不況だとかなんとか言われているけれども、わたしが思うのは、新しい時代が到来する、ということ。 5、6年前から、友達などに、「サラリーマンという形態は30年後はなくなっていると思う」と口にしていた。 いま、派遣切りでどうのこうのと言っているけれど、正社員だってじきに同じような目に遭う。 わたしは、おとなになってから歴史に興味を持って、断片的にであるけれど、いろいろ勉強してみると、まったくと言っていいほど同じことが繰り返されているということに気づいた。 栄枯盛衰は世の定め。 これまで平和すぎた。 これからは、これまでできあがっていた秩序が乱れ崩壊し、新しいものが築かれていくプロセスに移り変わっていく時代だと思う。 変化を嫌い、なにもしないことが好きな人たちにとっては厳しいと思う。 だけど、変化を愉しみ、新しいものを築いていくことほど愉しいことはない。 幕末の頃、幕府が倒れ、新しい時代がやってきたように、いつまでも古いものにしがみついて変われない人は暗い時代に写るだろう。 しかし、新しい時代がやってくるという姿が見える人には、こんなに愉しいことはないのだ。 もちろん、一時的につらかったり苦しかったりする目には遭うと思う。 しかし、そんなのは長い人生にはつきもの。 自分で切り拓けるかどうか。これからは個人の力量・能力がますます問われる時代がくると思う。 安穏と生きてきた人たちには厳しい。 正直、わたしはこれまでの時代に少々窮屈していた。 新しい時代がやってくる。 これからは、Nの時代だ。 新しい人たちよ、目覚めよ!! (↑小説のタイトルのような…)
ずっと能力開発の研究に取り組んできた。 いまも研究している。 一方で、いろいろ調べていき、試し、形にしていくにつれ、あることに気づいた。 能力を極めることと、ブレイクすることはあまり関係がない、ということ。 たとえば、わたしの親しい知り合いに俳優のプロダクションの社長さんがいる。 その人から聞いたけれど、テレビ番組などに出演でき、いい役どころを演じられるのは、大手6社で占められている、とのこと。 その6社で、「枠」が決まっている。 だから、他の小さなプロダクションなどは、「おこぼれ」に近いような役をもらってやるくらいらしい。 もちろん、大手6社に属していないと、100%いい役がもらえないということではない。 が、ほとんどは、そういうことらしい。 ただし、実力がないのに、ブレイクするというのは、本当に本当に「ときの運」を得た場合だけだろう。 やはり実力は要る。 ブレイクするには、実力があるのは当たり前。それは前提で、その後に重要になってくるのが「ブレイクの法則」だ。 「ブレイクの法則」というのを完成させたわけではないけれど、だんだん見えてきた。 実力は大事だけれど、極めることとブレイクすることの相関関係はあまりない。 来年はひとつ、これを試してみようと思う。 うまく行けば、来年から、そうでなければ、3年から5年くらいかかるかもしれない。 |一覧| |
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