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![]() 神社本庁のお役人に黒神さまがいたのは20年ほど 以前である。 今は黒神町で昔は黒上村である。 腹五社の台地である。 天平時代噴出の溶岩原と言われているのである。 筑紫の日向の黒上山(鍋山)の時代である。 大隅国桜島郷黒上村を経て大隅郡黒上村、文禄年代 までである。 明治期に黒神村になって腹五社は原五社ではない。 腹五社大明神か腹五社神社と呼び名変わっても デメジンサーは浜嶋大明神である。 腹五社神社は腹五社(ハラゴシャサー)である。 ミヤマとは神社境内の地であり社殿をさすのである。 他にハヤマサーなるものは早馬さまは 馬頭観音の祠である。 以下腹五社神社の由緒書き込みは歴史研究者の資料である。 桜島口から5キロほど行くと有名な「埋没鳥居」がある。 ここを見に来たことがかってあったのだ。 それは黒髪という集落にある「腹五社神社」の石の鳥居だが、 高さ3.3メートルあった鳥居が、大正3年の大噴火によって、 上60センチほどを残すだけに埋もれてしまった。 当時の村長の英断で惨状の生き証人として これをそのまま残したのだという。 集落680戸が全滅したというからすさまじい。 それでも死者はそれほど出ていない。 全島でも200人足らずの被害で、 それも火山灰に埋もれたからというわけではない。 船で逃げる際に転覆したというケースがほとんどらしい。 腹五社神社はこの奥にちゃんと鎮座していた。 腹五社神社の祭神はニニギノミコト、ホホデミノミコト、ウガヤフキアエズノ命、 それにそれぞれの后(コノハナサクヤヒメ、トヨタマヒメ、タマヨリヒメ) が祭られている。 いわゆる天孫三代である。桜島には五社神社がもうひとつあり、祭神も同じだ。 他に大社としては「月読神社」がある。 これはまさに隼人のいつき祭るものだと聞いている。 京都田辺の月読神社との関係が取りざたされているようだ。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |