|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
自称中東考古学の天使♪
だって、他に女の子いないから、不戦勝。 相棒のパズズは 新アッシリアと新バビロニア時代(紀元前一千年紀頃)に 頻繁に画像化された珍しい悪魔 彼は赤ちゃんを守ってくれる風の神なんです。 エクソシストじゃ随分悪者あつかい、しかもドラクエにも出てた・・・ 歴史って、考古学って、人類学って、民俗学ってなんだかムズカシイ?! 世界史の授業みたいでイヤ?つまんなそー? そんなコトいわないで、そこには楽しいことがいっぱい詰まってる☆ とゆ~楽しいガクモンの世界へ ちょこっとご案内です♪ 初めてきた人は、カテゴリ「考古学」「美術」「歴史」のを読んでくだされ♪ 美術/考古学のブログだよん [全402件]
ちょっと離れてる間に機能がいろいろ変わってる! メッセージ、足跡、BBSがなくなったのですね。 なるほど。。。 最近はあんまり古代のこととか全然やっていなくて 日本の美術とかの勉強をしたりしてます。 東洋美術はとても面白いなぁと思うのですが どうも難しそう、とか分かりにくそう、とか色々身構えてしまいますよね。 基礎知識が沢山必要なイメージ。 事実、そりゃ、必要なこともあると思います。 着物を着るのだって、洋服みたいに行かなくて割と面倒なのに似ています。 ですが、やっぱりそれなりの努力、手間をかけて学ぶということが より深い広い世界への扉になることも事実です。 早分かり、丸わかり、こうすれば簡単 スグ分かる、短時間でマスター こういう手法も必要なことがあります。全体像をパッと掴むのに有効です。 ですが、もう一歩踏み込んで、手間隙がかかる勉強をするのも そうしないと見えない世界を見ることになると思います。 ということで、また。
言葉にできない、という表現があるけど、それじゃまるで言葉の表現が低い時限のものみたいじゃないか。 私はビジュアル表現の世界を好んできたけど、言葉の力を信じてる。 美術史も古代美術も、どちらもビジュアルと言葉を繋ぐ分野なの。 言葉にするから、伝わることが沢山ある。 もちろん、言葉が万能だといってるんじゃない。 言葉にもちゃんとその領分があると言いたい。 大体、そんな万能なものなんてあるか? 万能なものがあると信じたい人って、依存体質じゃないか? 言葉が万能じゃないからといって、責められる理由もない。 何かに万能を求める神経の方がおかしい。 一生懸命言葉にする中で見えてくるものが沢山ある。 でも言葉にすることで失われるものがあるんじゃないの? なんて言う人がいる。深く考えて言ってるんじゃない。 なんとなくそんな気がするから言ってる。 その「言葉にすると魔法とけちゃう」効果に対する専門用語が存在する。 「言語隠蔽効果」verbal overshadowing effectという。 そんなことが起きるのは、中級者が上級者に移行する過程のみだ。 初心者と上級者には、言語隠蔽効果は起きない、ということが土器鑑定の研究から分かった(笑) おあいにくさま「この気持ちは言葉にしたくない」なんていうのは自分が中級者だと表明するもんだからね。
母のメモを見たら「リテラシー」と書かれていた、その定義とともに。 大変結構ではないかと。 リテラシー。さまざまなところに付けられるようになりました。 もともとは読み書きを指すんですが。 古代なら、読み書きが出来るのは特別な人たちだけでした。 古代エジプトでは書記以外の仕事をクソミソに言う話が残っているくらい それくらい特権的なものだったようです。 今では、特に日本に住んでいると読み書きはもう当然のことのように言われています。 実際、先進国でも識字率(リテラシー)100%じゃない国は沢山ある。 ドイツなんかにも結構いるそうですね。 私の場合は、アート・リテラシーとか、ビジュアル・リテラシーとか 歴史資料リテラシーなるものの重要性とか、その向上がもたらす楽しみについて えんえんと語ってきたような気がします。 私は思えば、日々、ずっと、アート、ビジュアル、歴史に関するリテラシーについて 思いをめぐらせた結果を書いてきたようです。 それら諸々のリテラシーとは、必ずしも「疑ってかかる」という事だけではありません。 例えば、テレビで「焼き芋を食べると計算が早くなる」と言っていたからといって 鵜呑みにはしませんよね。しますか?では焼き芋食べましょう。 まぁ、それはないとして。「疑ってかかる」という説明だけでは、私は中途半端だと思います。いちゃもん付けてるのと違いを見せましょう。 これは本当だろうか?と疑うだけでは、ほんの始まりにすぎません。 ではどうやったら確かめられるだろうか?その検証するための方法を持っているかどうかが大事です。一番大事なのは、論理的な思考力です。いくら道具が揃っていても、論理的な思考力がないのでは、もっともらしい擬似科学の餌食になるかもしれません。 リテラシーは疑うというより、吟味する、という言い方のほうが角が立たない気がします。なんでも「ほんとに?」なんて言っていたら、屁理屈言いの感じ悪い人だという評判がたってしまいそうです。そう、疑り深く、ではなく「情報を吟味する」の方が私にはしっくりきます。 この世の中、答えは必ずしも一つではありません。 立ち位置によっては、別の答えが正解になることもあります。 同時複数正解もありえます。 そういうことも含めて考えることも、情報リテラシーの一環です。 そして、リテラシーなんてものが必要なのはどうしてか? そこから考えることもリテラシーを身につける第一歩になると思います。 情報がどんどん立体化して、さまざまな角度から見られるようになることは とても楽しいものです。面倒くさい、というよりは、面白さを優先する価値を感じます。 ゲームするのだって、スイッチくらいは入れるのと同じです。
チック・フリックな映画とは、チック(女)が喜びそうな映画、という意味です。 私は古代美術が好きなくらいだから、映画もクラッシックな嗜好があると想像される場合もあるのですが、全くない。歴史映画・ドラマなども特に興味がない。 私が一番好きなジャンルはこのチックフリックです。ただ、それを発言することが持つ意味合いに慎重なだけです。 代表的なのが、メグ・ライアンが出てたようなのとか、ブリジット・ジョーンズとか、『キューティ・ブロンド』とかみたいな映画ですね。 そういう映画を私は大変に好むのですが、そういう映画が好きそう、というイメージが持つ破壊力に対して慎重になります。そういう映画が好きな女に対する世間の冷たい視線へがあるわけですし、それに対して無自覚であると認識されることを恐れるわけです(笑) しかし敢えて言おう、私は『高慢と偏見』が大好きだ。 『ブリジット・ジョーンズの日記』だって『10日間で上手に男をフル方法』だって『キューティ・ブロンド』だって大好きだ。 最近見たのだって『幸せのレシピ』『つぐない』『ジェーン・オースティン』だよ。文句なしに、モテない女が一人で見て涙ぐめる映画だ。 どのジャンルの映画が好きか、という事が指し示す意味・情報は非常に多い。『スター・ウォーズ』好き、という発言が持つ意味は、十中八九、単純・ミーハーなどだ。 チック・フリック映画が好き、という発言は、ファッションで喩えるなら「私、花柄とかリボンとか好き」に近いかもしれない。 では30代女性がディズニー映画が好き、という発言はどうなるのか?これはどうなのか?ここの意味合いは掘り下げる価値があると思う。おそらく、キティちゃんの小物類を使用することに対応しているのではないか?と予測している。 因みに、私が他に好きな映画のジャンルはハリウッド超大作「スター・ウォーズ」「X-MEN」のようなものだ。映画の趣味に関しては、自分に残念さを感じる。
メソポタミア面白いよ、と言っても何を指しているのかが実は曖昧。 メソポタミアってどの時代?どの地域?ということすら、厳密には曖昧だ。 ■場所・期間 メソポタミアという地域そのものは、チグリス・ユーフラテスの2つの大きな河の間の地域ということで、言葉の定義としては正しい。しかしながら、メソポタミアの地でおこった文明が見せた広がりはエジプトだの中央アジアだの、今のトルコやイラン、イスラエルのあたりまで広く広くいきわたった。タイムスパンもざっくりと長い。文字が生まれたのが紀元前3000年頃だけど、その後いつを終わりにするの?って感じ。だいたい、楔形文字を使うのを公式にやめたあたり?みたいな?この辺りも適当。 だから余計にどこからどこまで、とは決めにくい。 インドだったら、あのインドの半島あたりでしょ?とか、あんな風に半島になってると区別がつきやすいんだけど。トルコも分かり易いよね、アナトリア半島。だけど付け根のあたりが微妙だよね。 ■民族・言語 民族だってバラバラだ。なんなら、何系か分からない人たちだらけだ。 結局、カッシートは何系なのか、微妙に結論が落ち着いたみたいだけど、言語系統が分かるだけで、どんな風貌だったのかなんてもっと分からないよ。 言葉は?楔形文字じゃないの?って思うだろうけど、楔形文字は漢字みたいなもので、その文字が表していた言語は複数あって、しかも言語系統が違う言語まである。そもそも楔形文字で書かれたシュメール語とアッカド語は日本語と英語くらい違う(ちょっと言いすぎかもしれないけど)。でもトルコ語とヒンズー語くらい違うといっても問題ないと思う。 ■その他 この統一感のなさ。なのにメソポタミアというひとくくり。 つまり、「その他」じゃないかとすら思えてくる。そう、エジプト文明、黄河文明、インダス文明、その他。しかしエジプト文明とメソポタミア文明は密接な繋がりがある、非常に密接だ。しかし従属関係はない。地続きだからそこそこ交易があるってとこ。 この輪郭線の曖昧さ、かといって核が明確でもないメソポタミア。実際は中国だって同じじゃないか、南北朝時代はどうなんだ、ばっちり統一してた期間の方がトータルは短いんじゃないか?中国史というのは、中国という塊があると人に認知させるのに本当に役立っている。 メソポタミアは、やってる人たちも正直そんなにまとまってはいない。 もちろん認知度も低い。従ってやる人も少ない。 デフレスパイラル。 しかも以上のように、認知度を高めるのに必要な分かり易さもない。 エジプトのあの時代を通じた一貫性がうらやましい。 エジプトのあの領土の一貫性がうらやましい。 エジプトのドラマになる有名なファラオたちがうらやましい。 エジプトのあの見たらエジプトと分かる横顔だらけの分かり易い絵がうらやましい。 エジプトの煌きがうらやましい。 エジプトのピラミッドがかっこよくてうらやましい。
サラリーマン原理について聞いた。びっくりした。 とにかく、出世するということに興味があるか、組織でくびにならないように程ほどにクサりながらも生き延びるか、そういう風に自分のマインドセットをしておくことが大事なようです。すごい。 育ったうちが自営業だったし、お爺ちゃんはどっちも公務員で、しかも同居してたお爺ちゃんはなんというか浮世離れしてた人だから(その割には出世したんだけど・・・)そういう一般的な組織内部での自衛本能的な生き方に触れることがなかった。時々お付き合いする男性などがそういう人だったりしたけど、わりと要領のいい人だったような気がして(転職しても困らないタイプ、大体が純日本人が相手じゃないし)とにかくそういう価値観の人に触れる機会がなかった。 そうだ、そういえば大企業で定年まで勤め上げるような人が身近にいたことがない。 驚いた。そうか、どうりで私は、世間知が薄いはずだ、と改めて思ったのでした。 いずれにしても、≪日本≫という国の中の自分、なんて捉えたら掴まえ所がなさすぎる。自分の世界を狭めたほうが、よく周りの関係性が見えてくる。だから、自分が空間を把握できる程度の組織の中にいるのは、認知的な?負担が少ないのかもしれないと思う。 研究でもテーマがspecificでnarrowな方が、日々の作業は楽だと思う。 行き詰ったときの打開は大変かもしれないけど。そんなのなんだってそうだ。 そうか、本当に組織内で出世することを最重要課題にして、それを自分にセットして生きる人がいるんだ。銀河鉄道999は現実だったんだ!機械の体を貰うんだ!と言うんだ・・・ せっかく手に入れた自由だけど、まだ自分には早い、という風に思うことだってあると思う。 せっかくの自由だけど、持て余すことがある。 だから、わざわざ座禅なんかに行っても、魔境に入っちゃって、ハイになって仏様が見えた!とかトランスになったりする人も出てきちゃうんだと思うんだ。。。だって自由になるより、何かしらに捉われていたり、判断力がなく何かに縋るほうが楽だからだと思う。
ポワロシリーズの作者、アガサ・クリスティは 有名な考古学者マロワンの妻だったわけですし ポワロはメソポタミアで殺人事件を解決したりするなど 中東考古学とも関わりが深い・・・ そんなポワロの映像化が22年を経てついに完結すると Mail onlineで知りました。 ポワロ役のデヴィッド・スーシェは最後の5作に(『カーテン』を含む) サインし、クリスマスシーズンに放映されるそうです。 知らなかったのが・・・ スーシェは本当は低い声でキレイな英国英語を話す人なんですね。 もう完全にポワロと同一視してしまってました。 1930年代のイギリスのイメージ、素敵だなぁと思うけど 実際に暮らすのは大変だったのかしら? よっぽどお金持ちで身分が良くない限りは? |一覧| |