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世界を遊び放蕩した中年おやじ「アトムおじさん」が、鎌倉の地より、湘南スタイルの優雅で華麗な生活を提案できたらと思っています。
「1月号」(便利情報源) アトムおじさんのお奨めサイト(アトムおじさんのブックマーク目次) アトムおじさんの過去日記(読みだすと徹夜の「アトムおじさん」の日記目次) アトムおじさんのグルメ三昧 (アトムおじさん推薦のグルメ品の数々) 極上商品セレクション(アトムおじさん推薦の生活を豊かにする極上品の数々) アトムおじさんの裏技クッキング(テレビ、雑誌で紹介された裏技クッキング) 続・アトムおじさんの裏技クッキング(テレビ、雑誌で紹介された裏技クッキング) レストランガイド (お客さんによる、お客さんのための投稿レストランガイド) 美術館、博物館ガイド (優雅な週末のために、エリア別美術館及び展覧会情報) 地域情報 (東京ウオーカーの全国版地域情報) ライブカメラ (今、現在の日本のライブ映像が見られるよ!) アトムおじさんの日記 [全1177件]あの日、前日に横浜から深夜バスに乗り込み、予定どおりに早朝の仙台についていた。 娘とふたりで、山形にいる息子のところに行くのに、少し、仙台観光をするつもりだった。時間を有意義につかうためもあり、そこで選んだのが、深夜バスだった。 山形と仙台というのは、東京と横浜のような距離感覚の場所で、高速バスを使えば1時間ほどで、移動が可能な近さだったのだ。山形に住み、仙台で働く方という方もいる。 とりあえず、夕方までの時間があったので、私たちは、名所の多い、杜の都、仙台の町を観光しようと考えていた。 荷物をコインロッカーにJR仙台駅のコインロッカーに預けた私たちは、24時間営業のマクドナルドに行き、モーニングコーヒーとハンバーグをつまんでいた。 そして、どこを観るか、案をねっていた。 青葉城のあたりを散策するのもいいし、松島のほうへ行き、遊覧船に乗るのもいいかなと思っていた。 町は少しずつ、明るくなり、人の数も増えていった。 荷物をコインロッカーに預けてしまったので、身軽だった。 町を歩き回るときは、いつもそのようにしていた。しかし、そのことが、そのあと仇となってくるとは、そのとき、気づかなかった。 荷物には、洗面道具や着替えだけでなく、地震に備えて、小型笛もつけていたのだ。 数時間後に起こるあの大地震のあと、仙台駅は壊滅状態になり、いっさい入ることも、近づくことさえできなくなるとは、そのとき、想像もしなかった。
お元気ですか お久しぶりです。 いやはや、1年ぐらいブログを更新していませんでした。 これはまずい・・・かな。 実は、私、昨年は、とんでもないことが、次々と起こりました。 まずは、3月11日仙台で、あの地震にあい、避難所生活をしておりました。 それから・・・・ (続く・・・・たぶん)
姫路、明石、神戸を旅した。 姫路は、これから五年間の改修工事に入るという姫路城を見るためだった。 姫路城は、世界遺産でもあり、外国人も含めて、すごい観光の人だった。 ホテル日航に宿泊したが、ここからの夜景の城も素晴らしかった。 明石は、魚の棚商店街をぶらついただけだったが、 それでも関西の商人パワーを感じた。 関東からくると、関西との違いを感じる場面がいくつかある。 商人にパワーというのも、そのひとつだ。 魚の棚商店街では、明石のタコを、まだ、買うという、 はっきりとした意思表示もしていないのに、 勝手に安くしてやるからと、言うと、パッケージに盛りはじめてしまう。 この強引さは、やはり、すごい。 姫路や神戸にも、中国人の観光客が多いが、たぶん、彼らにも勝てるのは日本では、関西だけだろう。 神戸では、異人館にも、関西商人の血を感じた。 横浜の異人館は、神戸のように、すぐ横に並んでいるというより、ひとつひとつが大きくて、離れている。 神戸の異人館のほうは、まずグループ化されていた。 風見鶏の家のグループ、ブルーパスポートのウロコの家のグループ、そのほかにイエローパスポートのグループに別れ、それぞれが、連携して、うまく商売が成立つような仕組みになっている。 ブルーパスポートはうろこの家、北野外人倶楽部、旧中国館、旧パナマ館などなどだが、このパスポートを買ったときも、、説明を聞いているうちに、特別に団体割引の料金でいいからと言われた。 「あれれ、」という感じだが、なかなか、商売がうまい。 そのてん、横浜など、同じ異人館が多くても、のんびりしたものだ。 ほとんどが無料だし、せいぜい、異人館がレストランに利用されているくらいだ。 ほかにも、関西で戸惑うのは、電車のエスカレーターの並び方だ。 関東は左側に並ぶが、関西は右に並び、私も横をすり抜けていく人をふさいでしまうことが何度かあった。 しかし、神戸は、ひさしぶりだった。 なにせ、このまえが、阪神大震災のときだった。 役所の中で、雑魚寝をしながら、ボランテイアの日々を過ごした。 電車から、長田地区の復興ぶりを見た。 三宮駅周辺では、様変わりに驚いてしまった。 あの時は、町が爆弾でも、落ちたかのように、いたるところが破壊され、 ようやく建っているビルも、どこかまっすぐには建っていないような気がしていた。 今回の旅は、 時間がなく、駆け足だったが、 神戸はやはり、お洒落で、そして、あいかわらずスイーツは上質だと思ったのだった。
横浜の港を、毎朝、ジョギングしている。 日本大通を抜け、県庁、を抜け、大桟橋から、赤レンガや、山下公園を走りぬける。 その後、仕事に入るのが日課になっている。 アンチエイジングというわけでもないが、 筋力と金力。 老後に必要な資材としては、そのふたつは重要ではないだろうか。 老いても、過去は語らず、夢を語るためには・・。 そんなことを考えていた。 テレビで、三浦雄一郎氏を見た。 あの年齢で、チョモランマに登るために、足に錘をつけ、肩に荷物をしょって、普段から歩いていた。 ネットで、記事を探した。 「プロスキーヤーの三浦雄一郎さんは2003年に70歳でチョモランマ登頂を果たし、世界最高齢登頂記録を樹立。 その後記録は破られるが、今年75歳でのチョモランマ挑戦には別の目標があった。 後期高齢者による「アンチエイジング(抗加齢)」の可能性を実証することである。 しかし、彼も若き頃より「アンチエイジング」を目標にしていたわけでない。 ある経験が彼の「尽きることのない目標追求」へのきっかけとなったのだ。 プロスキーヤーとして実績を残した彼も、60歳の手前で現役引退を意識して、毎日ゴロゴロしていた頃があった。 それまで鍛えた体がすぐに肥満し、高血圧、糖尿病のおそれが出てきた。 山登りもまともにできなかったようだ。 しかし、彼は普通の人に戻る道を選ばずにトレーニングを再開し、体を作ったのだ。 彼の父、「三浦敬三氏」はかれ以上のスーパーマンとして知られる、2年前に101歳で亡くなったが最後までスキーと登山を愛し、体を鍛えていたらしい。 そんな父親を見ながら、メタボ体型でゴロゴロしているわけにもいかなかったのだろう。 彼のチョモランマ登頂による「アンチエイジング実証」への挑戦がはじまったのだ。」 (2008.9.9 ライブドアニュース) 夢があれば、生きていける。
息子から、ひさしぶりに連絡があった。 スチューデントドクターとして、いろいろな科をまわっているらしい。 今週は、心臓外科ということだ。 本を読んだ。 最近は、医療の本も多い。 「これから先もずっといっしょにいられるとおもっていたから、 お前たちといっしょにいる時間のたいせつさに気がつかなかったんだ。 」 『病院で死ぬということ』山崎章郎著
わずか四小節のその旋律にさらわれて 私は子どもに戻ってしまい 行ったことのない夏の海辺にいる。 『旋律』谷川 俊太郎
正月に、神社に初詣に行かれたかたも、多いが、 いたるところに御霊神社という名があることが、子どもの頃、不思議だった。 どうやら、 怨みをいだいたまま、憤死した人は、その霊を静めるために、日本では神様になってしまうらしい。 菅原道真は、太宰府天満宮や北野天満宮。 平将門は、築土神社や神田明神 として神様になる。 井沢元彦は『逆説の日本史 古代黎明編』の中で、 出雲大社は大国主の怨霊を恐れた大和朝廷が、大国主をなだめ、封じ込めるために造った神殿であるとまで、述べている。 では、その怨みのなかでも、メガトン級は? 天皇の歴史は、権力闘争の歴史でもあるのだが、 そこで暗殺、変死、自殺、憤死など非業の死を遂げた天皇も多い。 * * * * 「特筆すべきは、その中に呪い殺された天皇や神の怒りで亡くなった天皇、怨霊となった天皇など、異常な死を迎えた天皇がいることです。 その代表格が保元の乱に敗れ讃岐に流された悲運の帝・崇徳天皇。 爪、髪、髭を伸ばし天狗のような姿で自らの舌を噛みちぎり、その血で大乗経に天下滅亡の呪いの言葉を書き記し憤死。 死後、飢饉や洪水、大火が続いたため崇徳院の祟りといわれ、鎮魂の神社や寺が建てられました。 驚いたことに、孝明・明治・昭和天皇がその霊を鎮めるため祈りを捧げ、神社を建てるなど、近現代でも国家的な鎮魂が行われているのです。 強い恨みを抱いて亡くなった天皇の霊を鎮めて祀り「神」にし、その絶大な霊力を現世に活かそうとする。 この日本独特の宗教観は天皇の存在と深く関係しています。」 産経ニュース 2009.1.31 * * * * とにかく、 この崇徳天皇の怨霊、未来永劫呪い続けるという、 呪いが、あまりにすごいため、 孝明天皇は幕末の騒乱を、崇徳天皇の怨霊の仕業と信じ、 明治天皇は、崇徳天皇の御霊を鎮める神社を京都御所のすぐ近くに創建する。 この崇徳の霊を呼び戻して、造営したのが白峯神社。 発議は孝明天皇、完成させたのは明治天皇。 なんたって、 天皇が自らの舌を噛みちぎり、 その血で大乗経に天下滅亡ですからね・・。 この呪いは、超、超のつくメガトン級のため、 昭和天皇は東京オリンピックの直前、 昭和39年9月21日、 東京オリンピック開催に際し 四国の香川県坂出市の崇徳天皇陵に勅使を遣わして、 崇徳天皇式年祭(八百年式祭)を執り行わせている。 そして、 怨霊が日本国に祟らぬよう、 歴代の天皇たちが真剣に祈ってきているというわけなのだ。 このあたりは、『怨霊になった天皇』竹田 恒泰著に詳しい。 瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ(崇徳院)
The human heart is vast enough to contain all the world.
あらゆること、すべては人間関係ではないかと思うときがある。
私の配偶者は、あるところで教師をしている。 そこでの困ったことを、ときおり、相談される。 名前でしかしらない人たちの断片的な行動を、私は頭の中で、想像する。 そして、求めに応じた助言をしているときがある。 後日談を聞かされる。 私の助言が少なからず影響しているときもある。 そんなことが正しいのか、間違っているものか、私にもよくわからない。
親族の集まりにいく。 そこには、複雑な人間関係がある。 人が集まれば、そりが合う、合わないがある。 大きな渦、小さな渦。 主張する親族、気配る親族、無関心、関心の微妙なバランスをとりながら、 親族という血の集団が、人生の節目、節目に、 ふいに思い出したように集う。
仕事にいく。日常的に。 経済や効率の話から、形而上的や、世俗的な話までもがくりひろげられ、 やがて、 仕事の話より、生理的な人間関係でものごとが決まっていくときもある。 皆、そこで感情をつき動かされ、おろおろしたり、苛苛したり、感動したりしている。 この集団は、いったい、なんなのだ。 ゼネルシャフトなのか、ゲマインシャフトなのか。
すべてを放擲したくなる夜がある。
このまえも、そんな夜がきて、 インターネットで、ラサからネパールに入国する手段を探っていた。
夢は、枯野をかけめぐる。
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