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華原朋美が小室哲哉と別れたあと、
<白い馬に乗って芸能記者たちの前に現れた会見>。 廃人一歩手前まで落ちて、しかしそれでもどうにか蘇り、しかし彼女が今どこで何をしているか不明である。 ● 以下はウィキより、華原朋美の項からの引用。 1998年2月、自身出演のJT「桃の天然水」のCMオンエアがスタートする。6月にはレコード会社をワーナーミュージック・ジャパンに移籍し、11枚目のシングル「tumblin' dice」を発売。7月にはフジテレビ月9ドラマ『ボーイハント』でドラマ初出演。同月、初のドラマ主題歌となった「here we are」を発売。11月には3枚目のアルバム『nine cubes』を発売したが、同年12月に小室と破局を迎える。破局後に、長かった髪をバッサリ切って、3年連続出場である『第49回NHK紅白歌合戦』では、小室プロデュース最後のシングル曲「daily news」を歌唱した(小室のバック演奏はなし)。 当時は、雑誌『JUNON』で“なりたい顔1位”にも選ばれるなど、そのハイトーンヴォイスやブランドスーツ・ワンピースを着こなすファッションから、同性から支持された。安室奈美恵の“アムラー”に対して、華原は“カハラー”と呼ばれ、“平成のシンデレラ”とも呼称された。ハローキティ再流行のきっかけ(当時、サンリオ社長も華原朋美効果を認めた)や、牛丼の「つゆだく」、“ヒューヒュー”でお馴染みの「桃の天然水」が年間1,600万ケースを売り上げる商品となるなど、ブームリーダーにもなった。 1999-: ガス事故騒動、番組企画で渡米 [編集] 1999年、同1月30日、自宅で料理中にガス中毒で倒れ緊急入院。この時、初めて年明けから休養していたことと小室との破局が報じられる。翌2月、休養中に初のベストアルバム『KAHALA COMPILATION』を発売し、首位を獲得。5月、芸能事務所をプロダクション尾木に移籍し、新聞社向けの復帰会見を行うが、わずか一週間後に自宅マンションのロビーで貧血で倒れ再入院。翌6月17日、御殿場の乗馬クラブ・アルカディアで不完全なまま2度目の復帰会見を行い、結婚宣言や一週間後にそれを撤回するなど、奇矯な言動を繰り返した。7月には初のファンクラブ『Pretty Eye』を発足し、復帰シングル「as A person」を発売、オリコン6位となる。全国4都市でPRイベントを開催し、『ミュージックステーション』を皮切りに8ヶ月ぶりにTV復帰した。11月には全曲自身作詞によるアルバム『One Fine Day』を発売し、オリコン初登場7位を記録。初のファンイベントも開催した。しかし、翌2000年早々に再び「100%の自分を取り戻す」ために無期限休養に入り、カナダへ留学する。 2009年1月17日、急性薬物中毒で病院に搬送されたと報道される[3]。医師から処方された精神安定剤を所持しており、大量服用による薬物中毒と報道されている。 (引用終わり) 全ては、 <人類進化のために男と女があるが故の不幸> である。もちろん、こうした、ここまでの不幸や破滅を経験せずに恋愛の果実を得る男女が殆どだけれども、こうした絶望を味わう男と女も少なくはない、決して。 で、今度は酒井法子である。 野島伸司との破局のあと、彼女は「人生を投げてしまった」のかもしれない、半分無意識的に。 高相祐一という男は、ジャンキーとして有名な存在だったという。野島との破局と時を同じくして、薬をやっていたとも考えられる週刊誌の記事もある。愛を失うという苦しみから、薬(麻薬覚醒剤その他)が与えてくれる快楽は救ってくれたのかもしれない。薬を手に入れる手段としての「夫」が、高相祐一だったのではないだろうか、という推論も成り立つ。 それにしても、中森明菜や華原朋美よりもヒドイ世界にまで、酒井法子は落ち込んでしまったものだと思う。以下は週刊誌からの引用。現在発売中ですので、どうぞ買って読んでみてください、他の情報もいろいろと豊富です。……もっとも、ネットに出ている情報量には敵わないけれども。 ● 週刊新潮 2009年8月27日号 元カレ「野島伸司」が責任を取らなかった罪と罰 歴史に「もしも」は無い、という。だが、あの恋が成就していたら酒井の覚醒剤地獄もなかったのでは……そう思わずにいられないのだ。93年11月、酒井は人気脚本家・野島伸司(46)のマンションに”手作り弁当”を届ける姿をフォーカスされた。同誌の取材に彼女は、〈お弁当を作るようになったのは、外食ばっかりだと栄養も偏るし、素朴なものを食べたくなりますよね。それで作ってあげたいなあと思ったんです〉。熱愛発覚を受けての記者会見でも、〈いま一番大切な人。胸を張ってお付き合いしていると言える方です〉と堂々と想いを語ったのである。 交際のきっかけは、同年4月から放送された野島ドラマ『ひとつ屋根の下』に酒井が出演したことだった。 「当時は、ドラマを書けば必ずヒットという超売れっ子だっただけに、所属事務所も応援していましたね」 芸能記者が振り返る。 「麻雀好きの野島は、雀荘に酒井を同伴することもよくあった。その際、彼女は食事や飲み物など、かいがいしく野島の面倒をみていた。その後も、酒井が”娘が欲しいので結婚は早くしたい”と発言するなど、結婚は秒読みと思われていた。95年11月に2人がモルディブに旅行した時には極秘入籍説も出たほどです」 だが、97年秋、2人に突然の破局が訪れる。 「野島の関心がより若い女優に移ったと見る向きは多かった。事実、数年後に当時18歳の深田恭子との親密交際が報じられましたね。それに、多難な生い立ちゆえ温かい家庭を夢見た酒井の気持ちが、生活感の希薄な野島には重荷だったのでしょう」(先の記者) 無論、男女の真実は第三者には窺い知れないが、男としての野島の「責任」を問う声も少なくなかったのである。翌98年に”でき婚”した高相と酒井の末路は、かくの如し。この冬の『ラブシャッフル』で平均視聴率8・8%と大コケ、後がなくなった脚本家は、果たして元カノの地獄絵に何を思っているのだろう。 (引用終わり) ● 週刊文春 2009年8月27日号より 途中から 酒井の人気は九〇年代に入っても衰えることなく、台湾、香港、中国などに飛び火して、アジアのスターとなった。 「そんな折りに酒井と対談したいとオファーしてきたのが、当時『101回目のプロポーズ』などで人気絶頂だった脚本家の野島仲司氏でした。対談後、野島氏が『彼女のためにドラマを書く』ようになり、その 後、恋愛関係に発展したのです」(女性誌記者) 九三年には、酒井が野島氏の自宅に手作り弁当を届ける姿がフォーカスされた。同じ頃オンエアされた「ひとつ屋根の下」(フジテレピ系)は最高視聴率三七 ・八パーセントのメガヒットを記録。その後の「星の金貨」(95年・日本テレピ系)も大ヒットし、主題歌の「碧いうさぎLはミリオンセラーとなり、NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。 酒井は最高のパートナーを見つけたかと思われた。 「野島氏は『酒井でなければやらない』と入れあげ、酒井は酒井で一時も野島氏のもとを離れたくないらしく、二日以上の泊まりのスケジュールは組めなくなった。アジア公演を頼んでも、酒井が拒否するんです。二人の関係が深まるにつれ、事務所はロを出しづらくなり、二人のことも恐る恐る聞くような感じになってしまいました」(事務所関係者) 二人は結婚寸前とたびたび報じられたが、九七年、交際四年で突然の破局。 「野島氏のエキセントリックな言動についていけなかったのが原因で、彼女の方から離れていった。逆上した野島氏はサンミュージックに『酒井を俺のところに戻して下さい。どうして事務所が言い聞かせられないんですか。タレントは誰と付き合うか考えないといけないでしょう』と猛抗議したのです。それで状況が変わらないと知るや、野島氏はすっかり落ち込んでしまったようです」(同前) 九八年の秋の香港公演で彼女の異変に気付いたのは、前出の音楽記者だ。 「アイドル時代の酒井はタバコをとても嫌っていて、周囲の喫煙者がビクビクするほどでした。ところが空港でその酒井自身がタバコをプカーッと吸っているのを目撃したのです。いったい何があったのか、首を傾げてしまいました」 この目撃直後の十二月、酒井はスポーツショップ経営で自称プロサーファーの高相祐一容疑者と電撃入籍し、妊娠三ヵ月の”できちやった婚”が発覚した。 (引用終わり) [『週刊文春』が書いているような、酒井法子が野島伸司を振った、というのは他の情報から考えて、全くのデマ、だろう。どうして週刊文春がそうした情報操作をしたいのかは、不明である。] 中森明菜が手首(というか腕)を大きく切って自殺未遂を起こしたのが、1989年。 華原朋美がズタズタボロボロになって、<御殿場の乗馬クラブ・アルカディアで不完全なまま2度目の復帰会見を行>ったのが、1999年。 そして、渋谷の路上で2時間近く喚いた挙句逃亡し、「薬を抜いてから」酒井法子が警察に自首してきたのが今年2009年。 恋愛というものの厳しさ(?)を教えてくれる事件が、10年毎に起きている。 クラブ・アルカディア、か……。アルカディアと聞くと、こんな言葉を思い出す。 "Et in Arcadia ego" 朋ちゃんも、かつては、アルカディアでの日々の幸福を十分に謳歌したのである。この写真を見て欲しい。 ![]() 週刊誌に出ていた雑な印刷の写真だけれども、それにもかかわらず、この朋ちゃんの笑顔がどれほど輝いているものか、十分に伝わるだろう。小室哲也と見つめ合いながら、これ以上の美しい満ち足りた笑顔が考えられないほどの輝きで、彼女は笑っている。つまり、彼女はこうした 「アルカディアにいた・Et in Arcadia ego」 のである。 こうした幸福な恋愛を知らずに生きて、そして死んでゆく人も多い。 それを考えたなら、たとえ破局を迎えたとしても、朋ちゃんは「幸せ」ではないのか、と思う。 もっとも、こんなメタボおじさんの考えなど、朋ちゃんの知ったことではないだろうけれども。 でも朋ちゃんは、偉い。 絶望のどん底に突き落とされても、彼女の場合は覚醒剤に手を出すことはなかったようだから、酒には溺れたのかもしれないけれども。 人類が進化してゆくためには、今後も男と女に別れた有性生殖が必要である。力で殴り合いの「配偶者決定」を人間ができない以上、社会の規則に従った恋愛をして(例えば多重婚は認められないとか、覚醒剤や麻薬で家庭や社会を崩壊させてはいけないとか)、生きてゆくしか方法はない。 しかし、そんなことは、平安時代の昔から、いや、もっと昔から、元始的な社会というものができて、恋というものが生まれて以来、ずっと続いていることである。万葉集にも古今和歌集にも、恋愛に苦しむ男と女たちの嘆きと恨みと悲しみに満ちた歌が数多く散らばっているではないか。
Last updated
2009.08.25 07:10:31
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