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田んぼ日和 〜仲澤自給自足塾体験記〜 [全98件]
![]() たった七ヶ月間の出来事でしかありませんが、 『まほろばの里 仲澤自給自足塾』は、 虫や生き物から目をそらしていた一人の男の子に 自然の豊かさを教えてくれました。 ![]() たった23回の実習でしかありませんが、 『まほろ場の里 仲澤自給自足塾』は、 理屈っぽくって頭でっかちだった大人を(笑) 子どものようなアクティブでクリエイティブな存在にしてくれました。 ![]() たった数時間の作業なのに、 『まほろ場の里 仲澤自給自足塾』は、 であった人をかけがえのない大切な人だと感じさせてくれます。 また、あたりまえのように存在している 家族や友達の大切さやありがたさに気づかせてくれます。 ![]() あたりまえのものが、 あたりまえに存在している。 それなのに、なぜかあたたかい。 まほろばの里は、 そんな場所だと思います。 まほろ場の意である 『平らなる場所』『平和なる場所』 の言葉通り、 そこには、あるものが当たり前に存在し、 互いに尊重される、 『自然』そのものがありました。 来年、今年の延長線上で『第2回』を実施することに、 (ブログを書いている身でありながらこんなことを書く失礼を どうかお許しください)わたしは反対です。 先生の体調のこと、 里の方の負担、コンセプトのずれ、 このまま何の総括も議論もなく、安易に2回目をはじめないよう、 切に願うしだいです。 さらに、まほろばに来年から始まる、新しいプロジェクトがあるとも聞いています。 わたしはそのプロジェクトを本当に楽しみにしています。 できれば関わりたいくらいです。 しかし、こうは書きましたが、 この塾が、参加者や関係者に残したものは、 はかりしれないものがありました。 見切り発車的にスタートした意義は大変大きかったと思います。 だからこそ、「ただ、教わりっぱなしにしない。」 それがわたしたちの責任であるような気がします。 具体的には、これから一人ひとりの口から、 その思いが語られ、 一人ひとりの行動によって、 まほろばが実践しようとしていたものが 具現化させることだと思います。 わたしは楽しみにしています。 もちろん行動します。 わたしもあの写真の男の子のように変わったことだと思います。 どう変わったのでしょうか? 自分のことはなかなかわからないものです。 もう少し経ったら、このブログを読み返してみようと思います。 茂木はこれから冬を迎えます。 単に寒いだけのたいくつな時間だと思っていた里の冬も 目をこらすと、次の春の準備をいたるところでしているようです。 そして、里の人たちは皆暖かく、 ただそこにいるだけで幸せな気持ちになります。 よろしかったら遊びに行きませんか? 以上でブログ『田んぼ日和 〜まほろ場の里仲澤自給自足塾体験記〜』を終えたいと思います。 最後までお読みくださりありがとうございました。 Last updated 2009.11.14 20:28:20
こうして振り返ると、たくさんの経験をさせていただきました。 あらためて、先生に、里の方々に、そして茂木の自然に御礼を言いたいです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ありがとうございました。 Last updated 2009.11.12 12:14:02
![]() ![]() 井村さんから収穫祭の写真を提供してもらいました。 まほろばの里の自然が育んだ野菜たちです。 7ヶ月前の今日11日、このブログをはじめました。 どんなことを書いたのか覚えていなくって、 バックナンバーをひもといてみました。 するとこんなことが書いてありました。 このブログは、今までまったく農業に縁も関心もなかった自分が、 ひょんなことから本日開講する「まほろばの里仲澤自給自足塾」に参加し、 田んぼづくりを教えてもらう歩みをできるだけ同時平行で書いていくものです。 なんせ農業シロウトのブログですので、 「できるだけ」という表記でお許しください。 農を知りたい方。 田んぼをやってみたい方。 自給自足や半農半Xに関心がある方。 それから生き方に迷っている方。 (わたしも自分の生き方に迷った末とりあえずここにたどり着いたので) こんなことを書いていたんだ、と思いました。 この七ヶ月、週末ごとに(けっこうお休みしましたが)自然にふれ 体を精一杯動かし、自然の変化や厳しさ、癒しのようなものを 体験させてもらいました。 当初「自然に行けば問題が解決できる」 「自然と触れ合えば新しい自分になれる」と安易に考えていました。 そして「農をやれば世界中の問題が解決する」と思っていました。 それが大変乱暴な思想だとは当時、ちっとも思いませんでした。 でも、そこでも、人の考え方の違いにぶつかったり、 自分の至らなさや弱さをはっきり認識したりすることになりました。 かえって悩みの糸がこじれました。 あらゆる問題は、人との対話不足にあり、 つきつめていくと、自分との対話不足にしかないんだと痛感しました。 どんなに素晴らしいことや理想的なことをしても、 そこに関わる人との対話がなければ、ときに暴力にさえなってしまう、 ということを痛感しました。 一時期、友達に「家族や自分、問題から目をそらしている」 と言われたことがありました。 自然や農を体験すれば幸せになる、というのは幻想なんだ、 と、自分の甘さを猛省しました。 しかも、自然の中にいて自分を見つめると、 ものすごくせきららです。 ガラス張りの入れ子の中に自分を閉じ込め、ながめるような気分です。 正直、それがとっても苦しくって逃げだしてしまったこともありました。 でも、回を重ねていくごとに、自分を許したり、認めたり ちょっとほめたり、忘れていた過去や未来のことを思い出したりして、 自分が自分であることを少しだけ受け入れてきました。 すると、塾生のそれぞれのよさが身にしみてわかり、 本音の話ができ、彼らに今の自分を開示することができました。 同時にみんなの心境の変化もわかり、またいとおしくなるのでした。 それはもしかすると、自然がぼくらを後押ししてくれたのかもしれません。 「自然によって育まれる」っていうはもしかすると、 ハードルのようなものがあって、自然は、 そこを越えた人にだけ手を差し伸べてくれるのかも知れません。 「これからもずっとこの関係を大切にしていきたい」 井村さんが、写真とともに書き添えてくれた言葉です。 わたしもそう思います。 農業の技術や知識についてはほんの入り口にもならない 実習だったかもしれませんが、 わたしもこの出会いを大切にしたいと思っています。 Last updated 2009.11.11 07:12:11
![]() 写真が縮小できない、というくだりを読んで、 井村さんが送ってくれました。 井村さん、ありがとうごさいます。 写真は、丸太を使ったテーブルと椅子を準備している様子です。 あの丸太は、裏山のものです。 私事ですが、最近、学習塾のアルバイトをしています。 高校受験の迫った生徒さんに勉強を「教えて」います。 そこで気づいたのですが、 教えるというのはこちらが理解して欲しいことを 相手に「伝える」という行為のような気がしました。 「それ教えたよ」 「もう習っているでしょ」 塾でも先生がそんなことを言うのですが、 それは先生が一方的に言っただけであり、 教わる側には伝わっていないのかもしれません。 伝える側が「もう教えた」と言ってしまうと 完了してしまう恐れがあるのです。 本当の学びには学ぶ側の気づきがある。 そんな気がします。 そのためには、できるだけ言葉を排除した 「非言語的なコミュニケーション」が必要なんだと 思います。 なまじっか言葉があると、 「教えた」「教わった」と先走ってしまうような気がするのです。 (言葉は便利ですが、ときに形骸化して、お互いにわかったつもりに なってしまうことがあります) わたしはそれを「教えない教育」と呼んで、 模索してきました。 学校の先生を辞めて、特別なことをしようとしましたが、 今のところ、なかなか上手くいきませんでした。 わたしは「教育者仲澤先生」が知りたくって この塾に参加しました。 自分の思っている教育に自信がもてなくって、 『教えない教育』のヒントが欲しかったのです。 先生は、一貫して作業という形を通して、 わたしたちに表現してきました。 言葉少なく、たんたんと作業をわたしたちに 見せていきます。 決して手を抜きません。 そのやり方は、ときおり 「乱暴」っていうカテゴリーにくくられることも あったかもしれません。 しかし、確実にぼくらに気づきを残していくのです。 井村さんには井村さんの気づきを。 とよちゃんにはとよちゃんの。 飯田さんには飯田さんの。 尾高さんには尾高さんの。 そして、わたしにはわたしの。 その人の状況に応じて、まるで自然のように。 先生との出会いで、わたしは 「教えない教育」の意味を再考しました。 精一杯表現し続けること。 ここに尽きるのだと思いました。 今から三十年位前『はたらくおじさん』 という教育テレビの番組がありました。 わたしはとっても好きでした。 内容は、タイトルの通り、 日本のさまざまな仕事を紹介するものです。 十五分足らずの番組ですが、 そこには人の生き様や仕事の奥深さのようなものが 凝縮されていて、子ども心にわくわくしたものでした。 先生の働く姿を、先生が開拓とともに歩んできた人生を 子どもたちに見せたい、なと思っています。 Last updated 2009.11.09 06:54:32
先日、現地スタッフであり、この塾を支えてきた井村さんから、 収穫祭当日の写真を数枚送ってもらいました。 こちらにアップする予定でしたが、画像が重たくって載せられません。(哀) さといも、かぼちゃ、さつまいも……。 収穫された作物がぴかぴかに洗われて奉納されている写真は、 この塾が一応の結末をむかえたことを象徴していたのですが……。 パソコン音痴でごめんない。 さて、今日は、塾を主催した「メダカのがっこう」の年に一度の交流会です。 メダカのがっこうの会員、協力する農家、 環境や福祉、教育などそれぞれのジャンルで活躍されている方が集まり、 大変にぎやかなイベントです。 今回、仲澤先生ご夫婦、井村さんをはじめとする塾生が参加して、 塾の報告をされるそうです。 わたしの友人のフォークシンガーも参加し、数曲歌っていくそうです。 きっと多くの方の賛同を得ることと思います。 残念ながらわたしは行かれませんが、なごやかな会になるでしょう。 話しは変わりますが、 ブログを閉じるにあたってこれだけは書いておきたい、 ということがいくつかあります。 それを順に書いていきます。よかったら読んでください。 塾の最中「ホース事件」という出来事がありました。 それは、もうずいぶん前、7月下旬のことでした。 わたしが、田んぼ周辺の下草を草刈り機で刈っていたとき、 誤って排水ポンプのホースを草刈り機で切ってしまったのです。 (勝手に「事件」とつけちゃいました。) 「あちゃ!」 疲労も極限で、このホースのそばの草を刈ったらヤバイ! とは思っていました。 実際、わたしがミスするちょっと前に他の人が稲を誤って刈っちゃっていました。 しかし、不思議ですね、体はどんどんホースの近くの草を刈りに行くのです。 自分にそんな技術はないのに……。 こんな自分でも先生のために役に立ちたいと思っていたのです。 さて……。 塾生なので(笑)黙っているわけにもいかず、悪さした子どものような気持ちで 先生のところに行きました。 先生は電機柵設置の最中で、じっと背をむけて、 ただわたしの話を聞き、押し黙っていました。 背中に備え付けた蚊取り線香の煙だけが「むむうっ」て立ち上っているんです。 「むむうっ」です(笑)。 もう、むちゃくちゃ怖かった……。 先生は、あとでいくから、とわたしにジェスチャーしました。 しばらくたって先生がやってきて、ポンプのスイッチを入れました。 切り口から水があふれて噴水のような水柱が立ちました。 まるで斬られたわたしの血管から血が噴き出しているようでした。 「ホースの切れたところを切断して本体と針金でつなぎあわせなさい」 先生にそう言われたのですが、なかなか上手くいきません。 三十分以上うまくつなげず、しどろもどろしていると、先生がやってきて 「もういいから」と言われました。 それまでの凍りついた表情から一転して柔和な顔になったので、 悲しくって涙がでそうになりました。 自分ができなくって悔しかったのと、ただでさえ忙しい先生に 迷惑をかけた思いで気持ちがぐちゃぐちゃになっていました。 後日、先生が「あの人(わたし)はいつも周りの人に気を使っている。 気がそれているからやっちうんだ。」といったそうです。 わたしという人間の本質をいいえている言葉だと思いました。 わたしも子どもを教える、という仕事をしているからわかりますが、 「そこに意識がない子」ってたくさんいます。 目がいろいろなところに向いて、意識が自分の中心からはずれて……。 わたしも小さい頃からそんな子でした。 まわりの人が、何が欲しいのか、 特に親が何を欲しているのか、ということばかりを考えていました。 自分がそうだからよくわかります。 そういう子に何かを教えるのは無理だと。 その子の方が上手で、先生が望むものを先に読みとりにいくのです。 ですから先生から見ると、その子は自分の思う通りになっている気がするんですが、 子どもの側からすると、先生の言っていることはちっとも体得していない……。 じつは頭でわかった気になっているだけで何もわかっていないのです。 先生は、その子が、本当に何かに関心を持つまで辛抱強く待つことしかないのです。 そして、今ある「その子の役割」に敬意を払うことしかできないのでしょう。 塾が始まってのわたしは、まさにそのような生徒でした。 ただの頭でっかちでした。 風のうわさで聞きましたが、 先生は、わたしのような生徒をどうすればいいのか迷ったようです。 秋に先生にお会いしたとき、それまでの先生とは違った何かを感じました。 先生が人間的に好きになっていました。 一方のわたしもあの出来事を境に変わりました。 一見マイナスだと思われる出来事さえ、誰かに何かを与えること。 相手に迷惑をかけたことさえ、相手に何かを考えさせること。 それを再認識しました。 ですから、もしかすると、かかわりを恐れ距離をとり、ただ傍観することや その想いや感情を表現しない、というのはなんの学びも生み出さないのではないだろうか、 と再考しました。 これから塾の総括が始まることと思います。 一人ひとりにとってどんな学びや成果があったのか 来年以降や将来的にこの塾をどうしていくのか、 みんなの意見を聞きたいですし、 わたしなりに表現していきたいなと思っています。 Last updated 2009.11.07 12:27:30
収穫祭にむけて、お米の準備です。 写真後方の大きな機械は「乾燥機」です。 お米を良質な湿度に保ってくれる機械です。 ![]() 米袋の中に次々にお米が落ちてきます。 ![]() 洗濯機のような機械は、精米機です。 もみのついた米をまず玄米ともみにわけます。 玄米の中に緑色をしたお米が多いので尋ねてみると、 今年の気象条件、発育条件を考慮して、 青いうちに刈り取りをしてしまったからだそうです。 玄米をさらに精米し、白米と糠にわけます。 ![]() 白いお米が出てきます。 以前、コイン精米所でかいだようなほんわかした香りがしました。 思わず数粒手にして口に入れてしまいました。 畑にしても、こうした作業にしても、無意識に手が伸び、 作物を口にするようになったのは、ここの場所が安全で興味や関心が 自然にわきあがってくるからだと思われます。 削り取られた糠をなめると甘く、驚いてしまいました。 お米をかむと甘みがあるのは糖分が豊富だからですね。 この糖分を有効活用して、糠を発酵肥料にしているそうです。 ![]() こうして多くの手をかけ白米が誕生しました。 表記するのが恥ずかしいくらい、田んぼとは断片的なかかわりでしたが、 この半年の流れを自分なりに体験することができました。 この土地に、お膳立てしてくれた方々に、一緒にいた友達に、 感謝いっぱいです。 このお米の後日談ですが、 仲澤先生の配慮でみんなに分けてくれました。 塾生のとよちゃんが当日いなかったわたしの分まで届けてくれました。 黒米、赤米、そしておなじみのコシヒカリや、茂木の食卓でお世話になった 農林22号などが種類ごとに袋につめられていました。 (農林は粒が長めで卵かけご飯でいただくと本当に相性バッチリです) 子どもたちが喜んで手にしていました。 雨の中届けてくれたとよちゃんの優しさがとっても嬉しかったのと、 まほろばの想いがわたしの家にやってきてくれたことがありがたく、 しばし手を合わせました。 Last updated 2009.11.03 09:47:50
4月から始まった「まほろばの里自給自足塾」 先日の土曜日、日曜日は、今までの歩みを振り返り、 その収穫を祝う「収穫祭」が行われました。 (残念ながらわたしは前日までで当日のメインイベントには 参加できませんでした。) まだ若干の補習や講義は残っていますし、 そもそも農作業に終わり、という線引きはありませんが、 とりあえずの完了のイベントであることには間違いありません。 ここまでたどり着いたことに本当に感無量です。 企画してくれたメダカのがっこうの方はもとより、 スタッフの井村さんや尾高さん、そして塾生のみんな、 ZUTTOの皆様に本当に助けられました。 たくさん感謝しています。 そして、何よりも先生、まほろばの里の皆様の愛がなくては決して なしえなかったと思っています。 この場をお借りして、まほろば里の皆様に心より御礼と感謝を伝えたいと思います。 ありがとうございました。 当初、計画段階では様々な講師陣が参画し、多種多様な実習と講義を 「茂木」というフィールドで行うイメージでした。 「自給自足」というのも誰かが定義した「自給自足」を模するというより 色んな考えや実践を通して、それこそプリズムのように七色に光る、 奥行きのある自給自足を学ぶ、という感覚でした。 現在は「田んぼ塾」のような印象を何も存じない方には与えてしまいますが、 仲澤先生は講師陣の一人として「田んぼ部門」を担うという認識がありました。 しかし、結果的には先生にそのすべてが重なってしまった形になりました。 その後、先生が体調を崩されました。 にもかかわらず塾をスタートさせてよいのかわたしの立場なりに悩み心配しました。 二月に自分の目で先生のご様子を確かめに行ったくらいでした。 途中までなんだかよくわかりませんが、「先生ごめんなさい」って謝っている自分がいました。 また、本来自分たちで用意しなくてはならない食事を里の方々に お願いしてしまったのも、徐々に罪悪感のようなものがわいてきました。 また、自分自身がスタッフなのか塾生なのか、その立場や役割にも迷いました。 そんな自分がどこまで首を突っ込んで話をして良いのか、出て行っていいのか悩みました。 当初は、みんなとの対話ができないことや連絡が上手くとれないことにもどかしさを感じました。 自分の経済状況や生活を考えると、家族を置いて毎週出かけることにも疑問を感じていました。 とにかく「罪悪感のかたまり」でした。 でも塾生が仲良くなったり里の方との交流が生まれると、本当にここがなくてはならない 場所になりました。 それまでは単に、お互いの想いや願いが、誤解や思い込みによって分からなかっただけでした。 時間をかけることで、そして創造することで「相手を願う気持ち」「相手への深い愛情」が見えてきたのです。 一人ひとりのことを書けば、紙面がいくらあっても足りないくらい、どの方も本当に 素敵な方々です。わたしは大好きです。 今回の塾、「理念」や「コンセプト」を最初に強く打ち出してしまったことで、 (もちろんみんなが集まるための「何か」がなければなりませんが) そこに「ねばならない」ととらわれてしまったことで、本来すべき相互理解をなおざりにしてしまったような気がしました。 実際、先日の塾でもお互いの適性を生かした役割分担のようなものが生まれていて、一つの組織体のような印象をもちました。 自然や農作業を平易なものとはけっして考えてはいませんが、 あまりにも格調高いものにしてしまい、『人の営み』『心の通い合い』の部分を忘れてしまったのかもしれません。 この塾の営みで関係者の誰一人、その心をいためていないことを願っています。 そして、これはシロウトの思いつきに過ぎませんが「自給自足」というのは、 もしかすると、さまざまな立場の者が対話し、お互いの持てるものを共有の場で惜しげもなく与えあう行為ではないでしょうか。 卓越した技術を用いて自分だけで完結させる類のものではないように感じました。 収穫祭というフィナーレではありますが、本当の「スタート」はこれからのような 気がしました。 わたしは、今後は、『師弟』というより仲澤先生やそのファミリーを応援する「ファミリー二号」としてわたしと妻と子どもたちでエントリーしたいと思っています。 決して上手にくわはふるえないけれど、わたしたちができる何かがある。 それを惜しげもなくまほろばの里で表現できたら、と思っています。 ![]() 塾生の方が「ちゃちゃ、とつくったカレー」 尚、今回のレポートを行いまして「塾」の宣伝を趣旨としたこのブログを閉じたいと思っています。 (タイトルを変えるのか、ブログそのものを止めてしまうのかは思案中です。) お顔の見えない、今まで読んでくださった方に、心から御礼を申したいと思います。 Last updated 2009.11.02 22:57:29 |一覧|Recommend Item
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