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【企業の業績】
明日からいよいよ9月。今年度も後半戦に入った。景気は果たしていいのやら。日本のどの企業も後半戦このままのペースでいけるのを確信するかそれとも挽回を図るか。企業活動も戦争となんら変わらないところが多々ある。勝つか負けるか。戦争と唯一違うのは「不本意ながら死なねばならない」兵士がいないことである。 (桶狭間の合戦) 桶狭間の戦いは、永禄3年5月19日(1560年6月12日)に行われた合戦。 2万5千といわれる大軍を引き連れて尾張に侵攻した駿河の戦国大名・今川義元に対し、尾張の大名・織田信長が10分の1程とも言われる軍勢で本陣を強襲し、今川義元を討ち取って今川軍を潰走させた、歴史上最も華々しい逆転劇と言われた非常に有名な戦いである。東海地方に勢力を拡大し続けてきた今川氏はこの戦いを契機に没落し、逆に勝利した織田氏はこれ以降畿内制覇に向かって急成長していったことで、戦国時代の重要な転機となった。 ![]() (ミッドウェー海戦) ミッドウェー海戦(日本側作戦名 MI作戦)は第二次世界大戦中の昭和17年(1942年)6月5日(アメリカ標準時では6月4日)から7日にかけて行われたミッドウェイ諸島沖で行われた海戦。アメリカ海軍は航空母艦1隻に対して、日本海軍は航空母艦4隻と多数の航空機を失う大敗北を喫した。結果、日米の空母戦力はこの時点で均衡した。 ミッドウェイ作戦の敗因は結局おごりである。「アメリカなんか予想したより弱い」これがすべての敗因につながった。ミッドウェイ作戦は当初、空母六隻で実行される計画であった。(実際ハワイ作戦は空母を六隻使用している) しかし、準主流の空母二隻が珊瑚礁海戦で破損したためにミッドウェイ作戦に間に合わず、結局空母は四隻で決行されたのである。「アメリカは弱いからこちらの空母は四隻でも大丈夫だ。それに修理中の空母二隻は二流の搭乗員が乗っているからどうせたいして役にたたない」こんな慢心があったのである。 それに対してアメリカは必死であった。日本軍の暗号を解読して次ぎの作戦目標がミッドウェイ島であることを突き止めた。さらに味方の劣勢をカバーしようと必死になって索敵をし、万全の準備をととのえていたのである。 ![]() 業績が良くなると企業は経営幹部も含め社員の間に「慢心」が広がり、「ミッドウェー海戦」の悲劇を生むことになる。そうなると「この状況を打開せよ」という上級命令により「挽回してみせる」という夢に賭けて「桶狭間病」が会社に蔓延し、「こうなって欲しい」が現実のように思えてくる。「こうしかならない」と「こうあって欲しい」は全く違うのだ。 よく言われることだが「信長の偉大さは終生、桶狭間を模倣しなかったこと」だという。彼自身この合戦が奇跡だと思い、二度と使わなかったというのである。 桶狭間を信じず、ミッドウェイの二の舞を演じないようにしている企業はどれほどあるのだろうか?皆さん方の会社ではいかがですか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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