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婆九礼の日記

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2006/09/12 楽天プロフィール Add to Google XML

日本女性の愛と情念の原点 PART 1
[ 日本・日本文化・日本語・文学論 ]    



日本女性の愛と

情念の原点







この女性は西暦734年当時16才でした。
どうですか?
なんとなく現在でも通用する容貌を備えていると思いませんか?

。。。と言っても、これは興福寺の国宝館に安置されている阿修羅像です。
僕は、この仏像のモデルになった女性のことを話しています。

この阿修羅像を造ろうと言い出したのは誰あろう光明皇后(光明子)なんですよね。
しかも、その目的は亡くなった母親である橘三千代の供養のためなのです。
そして、そのモデルになった女性と言うのは、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。

この阿部内親王こそ、後に孝謙天皇(称徳天皇)となる女性なのです。2度女帝になった人です。

もちろん、この阿修羅像のモデルになったのが当時16才の阿部内親王だったという確証はありません。
僕が、この仏像の造られた背景を調べた結果、阿部内親王以外には居ないだろうと思って、そう想定したまでのことです。

阿部内親王以外にも、モデルになる女性が考えられるのだ!。。。と信じている人が居たら、ぜひコメントをお願いします。

ところで、更紗さんも指摘しているように...




阿部内親王(孝謙・称徳天皇)は
道鏡がらみの言い伝えのせいで
日本史からほとんど抹殺されていた悲劇の女帝ですね。

by 更紗 2006/05/29 01:22

『日本女性の愛と美の原点 PART 1』のコメント欄より


この阿部親王という女性は、後世によからぬことを言われた女帝なんです。
この女性が攻撃の対象となったというより、道鏡がボロクソに言われました。
その道鏡を庇護したというので、孝謙・称徳天皇もボロクソに言われたというわけです。

このコンビは江戸時代になるとアダルトグッズの業界ですっかり有名になってしまいました。
葛飾北斎が「魂胆遣曲道具」の中で『道鏡鎧甲(よろいかぶと)』と画題をつけて道鏡を登場させていますが、
道鏡が鎧兜をつけて戦いに臨んだということはもちろん記録にありません。
この鎧甲(よろいかぶと)とは性生活をサポートするための性具なのです。
それに道鏡の名を付けたというわけです。
詳しいことは次の記事を読んでください。
『道鏡と孝謙女帝は性具でも有名』

道鏡を馬鹿にした、というより面白半分に道鏡を笑い者にした次の川柳に、この辺の事情が良く表れています。



道鏡は本当に悪者だったのか?

当時僧を目指すということは、言葉を換えれば人間にある全ての欲を絶つことでした。
色欲、物欲、権力欲など、相当な覚悟とそれに打ち勝つ強靭な精神力が必要だったのです。
生半可な人間にはとうてい真似の出来ないことでした。

道鏡は語学にも才能があったと見え、留学僧でもない道鏡が兄弟子・良弁に付き添って唐招提寺の鑑真を訪れた時、二人の会話が理解できたと言います。

道鏡はさらに難解なサンスクリット語にも精通していたのです。
辞書も教科書も、ましてやテープもない時代に異国語を習得することは大変なことだった。
したがって、相当の頭脳の持ち主であったことはまず間違いないようです。

しかし、当時、悪い僧侶も確かに居ました。
仏教が隆盛するに伴い、様々な問題も現れ始めていたのです。
まず、僧侶としての戒律を守る者が少なくなってきました。
生活の苦しい多くの庶民が、税を免れるために、勝手に出家し僧を名乗るようになってきたのです。

これに困った朝廷は、正式に僧侶としての資格を与える“受戒”を行える僧を、唐から招請することを決め、それに応え、鑑真和上が多くの困難を乗り越えて来日したわけです。
以来、僧侶として認められるためには、“受戒”の儀式を受けなければならない決まりとなりました。

この“受戒”の儀式を行える場所=「戒壇」(かいだん)を持つ寺院が、畿内の東大寺、九州諸国の筑紫観世音寺、そして東国の下野(しもつけ)薬師寺の3カ所と定められました。
これらは、総称して「三戒壇」と呼ばれました。

道鏡のレベルの僧侶になると、セックスにむちゃくちゃをするような僧はまずその地位を保つことが出来ません。
この当時の宗教界は、それ程腐ってはいません。とにかく鑑真和尚が居た頃の話です。

なぜ道鏡は藤原氏に憎まれたのか?

称徳天皇が亡くなると、道鏡は下野(現在の栃木県の県域とほぼ一致する)にある薬師寺に左遷されてしまいました。
称徳天皇がまだ健在だった時に、道鏡は臣下としては最高の太政大臣まで上りつめたのです。
多くの歴史書は道鏡が天皇になろうとした、と伝えています。

もちろん、称徳天皇と道鏡は夫婦同然に性生活をエンジョイしていた、ということになっています。

こうした一連のことを考えると、その概要が見えてきます。

なぜこの女帝と道鏡がこれほどまでに貶(おとし)められねばならないのか?

それは、その後権力の座に返り咲いた藤原氏(主流派)に憎まれたためです。
称徳天皇もれっきとした藤原氏の一員です。
一員どころか、一見して藤原氏の中核の座を占めていたように見えます。
あの有名な光明皇后と聖武天皇の娘です。

この光明皇后という人は自分が藤原氏の出身であることを終生忘れませんでした。
忘れないどころか、署名には『藤三女』と書いたほどです。
つまり藤原不比等の三女であることを肝に銘じていた人です。

称徳天皇というのはこの皇后の娘ですから、当然ながら藤原氏であることを認識していないわけではありません。
しかし、この人は藤原氏にあって反主流派の立場を貫いたようです。

この称徳天皇という女帝は二度天皇になっています。
最初の時は孝謙天皇と呼ばれました。
しかし、この時の実権は母親である光明皇太后と彼女の甥である藤原仲麻呂(藤原氏主流派)によって握られていたのです。

のちに『藤原仲麻呂の乱』を起こして殺されるのですが、この仲麻呂は藤原氏特有の権力欲に駆られており、政治を自分の思いどうりに操ろうとしたのです。
そういうわけで、孝謙天皇と衝突したわけです。しかも、母親は、すっかり仲麻呂の言いなりになっているわけです。
つまり自分の娘が天皇であるにもかかわらず、ないがしろにしていたわけです。
これではおもしろいはずがありません。娘として母に反抗する気持ちが頭をもたげてきました。

要するに、光明皇后と藤原仲麻呂(主流派)に対する称徳天皇と道鏡(反主流派)という図式になります。
光明皇后が亡くなると仲麻呂と孝謙上皇は完全に敵対関係になりました。
これは、『藤原仲麻呂の乱』という形で決着を見るわけです。つまり、反主流派が政権を奪取したわけです。

しかし、主流派は黙って手をこまねいていたわけではありません。
藤原永手を中心にして、例の『六韜』の教えに基づいて暗躍を開始しました。
この『六韜』がどういうものか、まだ読んだことがない人は次のリンクをクリックしてじっくりと読んでみてください。
これは、何を隠そう藤原氏のバイブルです。

『マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?』


Last updated  2006/09/12 04:03:03 PM
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姉歯氏は、創価学会員   an_idleさん


愚か者のidleよ! 良く聞け! ばか者!   婆九礼さん

愚かなan_idleよ!良く聞け!

>創価学会の狂信者達は、どこまで身勝手なのでしょうか?

愚かなIdleよ!おまえこそ身勝手だああああ!
ネチケットも知らないで、
迷惑スパムコメントを付け回っている愚か者!
オマエのような人間のクズが居るから、いつまでたっても日本が住み良くならないんだぞおおお!

人の事を言う前に、まずオマエ自身がまともな人間になれ!
人間のクズ!
迷惑スパムコメントを止めるんだよおおおお!
馬鹿なオマエは、一体いつまで同じ事を続けるんだよ!
ばか者!
オマエは鼻つまみ者になってるのが分からないのかよおおおお~~~???
オマエは嫌われているんだよおおおおお~~~

誤解のないようにはっきり言うけれど、
僕は創価学会が嫌いだよ!
でもそれ以上に愚かで、ネチケットを知らず、
迷惑コメントスパムを続けている愚かなオマエの事が創価学会以上に嫌いだよおおおおおおおお~~~

ばか者おおおおおおおお~~~~

“馬鹿の一つ覚え!”
“馬鹿は死ななきゃ治らない!”

馬鹿なオマエのことを考える時、この2つの名言が思い浮かぶんだよ!うへへへへ。。。。

>被害者の代表も創価学会員?という情報も読んだ覚えがあります。

こういういい加減な事は書くんじゃないんだよ!
確証があることだけ書くんだよ!
ばか者!

自信がもてる事だけ書くんだよ!
愚か者!

>創価学会の悪行もいい加減にして欲しいですね。

馬鹿ああああ~~~
オマエこそいい加減にしろォ~~!!!!!
いい加減に迷惑コメントスパムを止めるんだよ!
分かったかあああああ~~~!
ばか者!

===つづく===
(2006/09/13 03:13:46 PM)

愚か者のidleよ! 良く聞け! ばか者! (その2)   婆九礼さん


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