|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
千葉県で幼女が殺害・遺棄された事件の裁判が進んでいる。
が、裁判に進むまでにしなけらばならない手続きがあったように思えて 仕方ない。 なぜなら、容疑者が知的障害者(医学的には「精神発達遅滞者」) だからだ。 (本ブログ中で「精神障害者と犯罪」について何度か書いているが、 今回の容疑者はこれとは全く違うカテゴリー) 知的障害者と言われる人(諸説あるが、一般にIQ70未満と規定される)は、 そもそも「犯罪」という概念があいまいだ。 「おなかがすいたから食べた」 「欲しいから手に取った」 「興味があるから、持って帰った」 など自らの感情をストレートに表現したときに「窃盗」などの犯罪行為と認定され、 逮捕、起訴、裁判という法的措置を受けることになるが、そもそも、「犯罪」の 認識がない人間に法の裁きを適用するというのが正当なことなのか。 「悪いこと」「法律」「犯罪」「罰」などというのは、知的レベルが一定以上ないと 理解できないものだ。 いま、刑務所に収監されている受刑者の多くが知的障害者だと訴える元議員がいる。 調べてみると、犯罪を犯す者の20%が知的障害者だという数字がある。 罪状は、「窃盗」が圧倒的で、「放火」「住居侵入」「暴行」というのが 多いようだ。 一般社会における知的障害者の割合が1~2%程度だそうだから、20%というのは 異常に高い比率だということがわかる。 その理由は、 ★知的障害者の何気ない行為が「犯罪」と認定されやすい ★逮捕された知的障害者が知的障害者として扱われない ★起訴の根拠や罪状が健常者と同等 ★知的障害者は事情聴取に適応できない。警察や検察の誘導がある ★裁判において、知的障害者を理解する土壌がない など、知的障害者を一般健常者と全く同じく扱い、同じ手続きで取り調べや裁判を 続けていくことの不条理を許している限り、犯罪者における知的障害者の比率の高さを 改善することはできないだろう。 また、知的障害者に対する教育が不十分であることも大きな要因だ。 中学1年生のとき、こんなことがあった。 私の通っていた中学は、3つの小学校の卒業生が集まってきていた。 出席簿の順番の関係で、私の後ろにいる子が知的障害者だったのだが、 その子が私を頼りにするので、いつも世話を焼く形になった。 朝礼での整列や教室の移動に始まり、体操着や水着への着替え、おめかしに至るまで どうしたらいいかを聞いてくるので、事細かに教えなければならなかった。 最も驚いたのは、中学生になるのに、自分の名前を書けなかったことだ。 平仮名さえも。同じ小学校出身者に聞いてみると、 「(当該の彼女は)特殊学級にいたので、どんな授業をしていたのか私は知らない」 という答えだった。 名前も書けない子が、「連立方程式」だの「うじでんの法則」だのと言われても さっぱりわかるわけがないし、ただ席に座って時間を無駄に過ごすだけの学校生活は、 苦痛以外の何物でもない。 で、私は、点線で平仮名を書き、なぞる順番を数字で示す練習帳をつくった。 彼女は毎日6時間にわたって一生懸命それをなぞり、1ヵ月もしない間に書けるように なった。次は漢字。5文字ある彼女の姓名を人文字ずつクリアし、1年生の間に 自分の名前や数字、アルファベットなど、多くの文字が書けるようになった。 そこで思った。 「小学校で何を教えてきたのだ」 と。中学1年生の私がつくった練習帳など、教育的な根拠や効果などわからない 子どもだましのものだったはずだ。けれど、6年間小学校に通った彼女ができて いなかったことをどんどんクリアしていけたのだ。 つまり、知的障害者に「何かを教えよう」とする姿勢が学校になかったということだと 思う。 「無駄」だと思ったのか、「無理」だと思ったのかは知らない。 が、それで6年間を棒に振った彼女の人生について考える教育者はいなかった ということは確かだ。 2年になると、彼女は別のクラスになった。 最初、彼女は寂しそうにしていた。声をかけるとうれしそうだった。 休憩時間になると私のクラスに来ては、楽しそうに話していた。 新しいクラスでも楽しくやっているのだと思っていた(言葉は片言。私には 理解できたが、クラスメイトは理解してくれなかったのかもしれない)。 が、3年になり、再び同じクラスになったときに愕然とした。 1年のときから、何も変わっていなかったのだ。 書ける文字も、できる動作も1年のときのままだった。 私はさらに高度な練習帳をつくった。 そんな私を見て、席が近くなった同級生が私と同じようなことをしてくれるように なった。彼女は新しい「私」に目を輝かせた。彼女の近くにいる「私」が増えた おかげで、彼女は修学旅行に行くことができた。 彼女の親が「修学旅行には行かせない」と担任に言ったことを知った我々は 「自分たちが責任を持って面倒をみる」と進言し、修学旅行は実現した。 親は、「おねしょ」を心配したのだ。 「夜中に一度起こさなければならない」と。 「そんなことは、一緒の部屋の人間がする」と約束した。 1年のときに出会った彼女は粗暴だった。 人のことを考えたり、思いやったりする能力は皆無だった。 頼りにしているはずの私に牙をむくこともたびたびだった。 体が大きく、力が強い彼女の攻撃には手を焼いた。が、一つ一つ「いけないこと」の 説明をし、わからせていった。力仕事だった。 3年のとき、文化祭の演劇で使った大道具を燃やしたとき、みんなと一緒に 涙を流していた。 私は、人間はこうやって成長するのだ、と実感した。 自分に置き換えてみると、小学低学年くらいまでに獲得した能力のように思う。 自分では気づかずに。 それを目の当たりにして、私は、そして同級生は、人間が成長することの意味を 実感できた。彼女のおかげで。 ただし、「学校」という狭い世界で、犯罪を犯す危険にさらされることなく 楽しく過ごせたからこそ実現できたことであることも確かだ。 人間社会のルールやモラルを認識するチャンスを与えられなかった知的障害者は 犯罪と隣り合わせのところで生きていかなければならい。 しかし、きちんとした「教育」があれば、犯罪を「悪いこと」と認識することも できただろうし、そうした行為を回避する知恵もついたはずだ。 社会が、知的障害者にきちんとした教育をしているとは思えない。 そうした怠慢(と言っていいかどうかわからないが、子どもの私レベルでできた ことさえ教育者や教育機関ができなかった)が、防げる犯罪を生んでいると 言えるのかもしれない。 亡くなった幼女はかわいそうだ。 が、裁判を受けている知的障害者も不幸だと感じざるを得ない。 [I experienced]カテゴリの最新記事
亡くなった幼女が気の毒でなりません。
知的障害、自閉症である息子が人様に迷惑をかけないで、息子自身もまた自分を活かしながら生きていく方法を、場所を、毎日求めております。 犯してしまった罪なら償わなくてはなりません。 彼の母親の苦しみ、悲しみを我が身に置き換えても、そう思います。(2008.12.27 11:42:08)
Protea Mamaさん
死ななくてもよかった幼女、殺さなくてもよかった被疑者……どちらも悲劇です。社会が生んだのだと思います。すべてを家族だけに抱え込ませて、社会が責任を負おうとはしない。 中学を卒業するとき、彼女のおうちを訪ねて、お母さんや姉妹と話をする機会を得ました。そのときの話もまた書きたいと思います。よければ、またお越しください。(2008.12.27 16:28:20)
プロテアママさんとこからやって来ました。
中学時代に貴重な体験をされたんですね。 今、その同級生さんはどの様に暮らしているので しょうか?? ske3888さんの行動が、たくさんのske3888が 増えたんですネ。 私の息子にも、たくさんの支援してくれる お友達が増える事を願うばかりです。。(2008.12.28 15:25:14)
superiocityさん
ご訪問、書き込み、ありがとうございます。周囲の友達が、私を助けようと思ってくれたのかもしれませんが、きっと、彼女と私の関係をうらやましく思ったのだと感じていました。自分のつくった問題集を、彼女が目を輝かせてやってくれることに、それまで感じたことのない感動をもらったのだと。彼女との日々は、私に人生に確実に何かを残してくれています。ご子息も、多くの友達に出会えるように願うと同時に、彼女や、そのほかの障害を持った友達とのエピソードを書く機会を持ちたいと思いますので、よろしければまたいらしてください。(2008.12.28 17:01:07)
沼津のおやじさん
ご訪問ありがとうございます。 このブログへ書き込みしてくださっているnori309さん、Protea Mamaさんやsuperiocityさんたちは自閉症のお子様をお持ちです。皆さん、毎日を工夫して、努力して、お子様の成長を助けておられます。よければ、ここからジャンプしていってみてください。(2009.06.12 11:25:38)
記事を読ませて頂き感動いたしました。
成人がとった行動ならまだしも・・・。 見習うべきで、今以上に質の高い仕事をせねばと考えさせられる記事でした。 (2011.10.24 04:38:52)
柴田 豊さん
教育関係に携わっておられる方でしょうか。 子どもだからできたことだと思います。同じ時間、同じ空間にいながら、我々と全く違う気持ちを味わっている彼女の苦痛が体感できたから、体が動いたのでしょう。でも本当は、授業がわからず、じっとしていられない彼女が前にいる私にしきりに何かを訴えようとする(むずがる、だだをこねる、といった類の行動)をうまく回避するために編み出した私なりの技だったのかもしれません。最初はそうでも、それまで未知だった「文字」というものを知り、それを自分の指で生み出していく行為に彼女がどれほど感動したか、そして、そのことに対して私がどれほど喜びを覚えたか…。 人はだれでも、毎日成長します。それを厳然と見せてくれた彼女には、心から感謝しています。人は、人とのかかわりの中でこそ生きていかれるのですね。 返信が遅くなって申し訳ありません。 よろしければ、フリーページにアップしている「ちーちゃんと過ごした日々」もご覧ください。ここに登場する「彼女」は「ちーちゃん」です。 (2011.11.10 14:02:21) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||