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ひょんなことから医者になって早24年。毎日が慌ただしく過ぎていく。医療崩壊だ医師不足だと大変な時代になったおかげで仕事が少しも楽にならない。たまにはグチぐらい書かせて下さい。
ぼやき日記 [全301件]
久しぶりの更新。 昨年来、アフリカからの産婦人科医師がうちの病院に何度も見学に来ています。えらいうちも国際的になったもんやなあ。 JICAが主催しているプログラムの一環で当地の医大付属病院に長期研修に来られています。彼らの目標は「世界で一番赤ちゃんが死なない国での周産期医療をその眼で見て学ぶ」ことです。 今回はコンゴ民主共和国からの齢50才のベテラン産婦人科医師ヴィッキー氏です。 彼らが見たいのは、大学病院のようなおおがかりなシステムでは無くて、我々のような最前線の中規模病院が行っている医療のようで、大学病院からの紹介で我々のところに見学に来ています。 今日はたまたま手術が入っていたので、手術室での清潔度のレベル、使用する器械、出血量の測定法などを見学しました。説明しながら、コンゴの状況をいろいろ聞いていると、日本とのちがいに愕然とします。 医療でいうと 国、民間ともに医療保険は無し。政府の役人と軍関係者は医療費が無料だが、その他の人間は全て医療費全額先払いが原則。 例えば手術が必要な患者は、医療費を全て先払いしておかないと入院できない。結果としてかなり裕福な人間以外は病院に来ることさえ無い。 産科に関していうと、日本のように母子手帳などを通して妊婦を市町村が把握するようなシステムが無い。病院で出産するのは都市部の極一部の富裕層に限られ、ほとんどの出産は助産師もいない状態で自宅で行われている。したがって周産期死亡数すら統計がきちんととられていない。 産後出血が止まらない等で病院まで運ばれてくる例などは、たいてい病院にたどり着く前に亡くなっているそうです。 「緊急の場合はどうするの?目の前で患者が死にかけてたらお金どうこうよりも先に治療するでしょう?」 「それは医師の判断によるけど、先に治療してその後お金が支払われない場合は担当医の持ち出しになるんです(T-T)」と困惑顔でした。 うーん、なんというか。唖然・・・ コンゴ民主共和国は長い間植民地支配され苦しめられて、その後独立したが内戦が絶えず、国情が中々安定しない国です。鉱物資源が豊富な国で、常にその富を狙われているが故に争いが絶えないそうです。今でも国境周辺では武力紛争がしょっちゅうあって、国家予算の多くは軍事に振り向けられ、医療にはほとんどお金がまわってこないとヴィッキー氏はこぼしておりました。 昨年見学に来ていたマラウィーの医師達と比べると、同程度の貧しさながらコンゴの方が国の将来に先が見えないという諦観のようなものが感じられました。 ヴィッキー氏が日本の病院を視察していて特に感動したことは、「常に先輩が後輩を教えていること」だそうです。 え?当たり前やんそんなのと思うのですが、聞いてみると彼の国では新人は上司によほど気に入られないと中々教えてもらえないそうです。みんな個人主義で好き勝手やってるのかな。 外国の人から指摘されてわかる日本の良さ。
自炊(書籍の電子化)は高速スキャナが安価で購入できるようになったことから、急速に普及し出しているらしい。 職場でも自宅でも本棚から本が溢れ出して久しいので、なんとかせねばと思っていたところでした。あちこちに本が散乱し出すと、読みたいと思っている本を中々探せなくなったりするのも困ってたし。 そこで3週間前に富士通の高速スキャナを3万円程度で購入し、自炊を始めてみました。裁断機は幸い職場にいいのがあるのでそれを使っています。 やってみると意外と簡単。最初は本をバラすのに抵抗がありましたが、今じゃ裁断機でバッサリとやるのが快感。すでに40冊以上をパソコンに取り込みました。 その結果、こんな残骸がたくさんできます。捨てるには忍びない気もしますが、そもそもスッキリ片付けるのが目的なので、思い切って捨ててます。 ![]() スキャナの取り込み用ソフトが自動的にpdfファイルにしてくれるので、後はそれを読めばいいというわけです。かなり分厚い本でもpdfファイルにして100メガバイトにもならないくらいです。 しかし40冊くらいでは、ちっとも片付かないなー
最近すっかりブログは放置プレイでしたが、実はfacebookの方で忙しくなってきてそっちにかまっていました。 今年の1月に中学生のときの同窓会があって、そこでfacebookをやってる人間が意外と多く、いっそのことfacebook上でも同窓会やろうみたいな話になって、さらには偶然に大学の同級生からも名前で検索してたどり着いたのか、友達承認リクエストが次から次に・・・・ そんなことで慣れないfacebookにおおわらわで、ブログは放りっぱなし状態でした。 Facebookはブログと違って匿名性が無い閉じたサークルですから、匿名性を残したブログとは自ずと随分書く内容も変わってきますし、身内だけなので随分みんな気楽になんでもかんでも書き込んでる人が多いようです。 男は仕事のことや、趣味(まあ、当然似たものが集まってくるので、私の場合バンドの話とか)が多く、若い女性は圧倒的に食べ物のことを書いてることが多いですね。(どこそこのお店の何がおいしかったとか) やっぱり平和なんやな、日本は。 閉じた比較的安全なサークルなので自分の写真を掲げている人も多い。さすがに女性はみな勝負できる写真を選んでますね(^-^) と思ったらfacebookは今や大人気で、急成長企業だそうな。 株式時価総額は1000億ドルにものぼるらしい。 創始者はなんと27歳というのだから驚く。若いからできた発想なのだろう。 さて、ブログに載せる話としては、最近ハマり出した自炊について。 「自炊」というのは書籍の電子化のことですが、これもfacebook経由で友達に教えてもらった言葉。明日からボチボチ書いていきます。
すっかりご無沙汰ですが、あけましておめでとうございます。 11月~12月はテンション下がりまくりの時期でした。 父の死の直接的、間接的影響が予想外に大きく、改めて父がいろんな意味で要になっていたことを感じます。 普段は離ればなれに暮らしていた家族が、父の亡くなる少し前から頻繁に会う機会ができるのですが、そこで微妙な軋轢が出てきます。 要の父がいないことで、不要な衝突も出てきたりします。 まあ、どこの家族でもありがちなことかも知れないですが・・・ 私自身、親父と突っ込んでもっといろんな事を話しておくべきだったと後悔。とかく息子と父親なんてあらためて顔つき合わせてマジな話をするのは苦手なものですし、「言わんでもわかってくれているはずや」などと勝手にお互い思ってたりするものですが、親父が亡き後、残っているのは母と妹二人と私。 男は私一人で、全く多勢に無勢。家族といえど女性に男の気持ちをわかってもらうのはかなりむずかしいものです。 「お父さんならわしの言うことわかってくれたはずや」などと言おうものなら、 「何自分勝手なこと言うてんのよ。」の一言で終わり。 かと思いきや、女性軍の間でも微妙な不協和音が生じていたりもする。その間こちらには矢が飛んでこないので助かる。 まあ、ともかくは黙って耐えて過ごすことにしよう。こういうとき仕事が忙しいのはありがたい。とにかくやらなきゃいけなことがあるってことで、自分にもまわりにも言い訳になるから。 実家で整理をしていたら、幼少時(たぶん4歳くらい?)の自分の写真がみつかりました。このころは悩みがなかったんだろうなあ。 ![]()
マラウィという国をご存じだろうか? アフリカの東南部にある内陸の小国で、人口は1300万人ほど。ちょうど日本の十分の一ほどの人口。 その国から二人の産婦人科医がうちの病院に見学にやってきた。 日本がどのようにして、世界で最も赤ちゃんが死なない国になったのかを知りたいという。 1000人の生まれた赤ちゃんにつき、1才までに亡くなる人数を乳児死亡率と言い、、日本では3であるが、マラウィではこれが122。なんと40倍だが、おそらく統計の数字に登らない死亡が相当数あるので、実際はもっと多いだろう。妊娠、出産、新生児死亡と、一度も医療機関を経ることなく事が終わってしまう例が圧倒的に多いらしい。 我々が日常的に行っていることが、彼らには驚きの連続のようだ。 正常の妊娠であっても医師が妊婦健診を行い、出産も立ち会っていることが彼らの国では考えられ無いようだ。話を聞けば、産科医が国全体で8人!しかいないとのことで(そのうち2人がここにに来てていいのかいな(^ ^);)、ほとんどの出産がmidwife立会の元での自宅出産。当然よほど異常が無い限り妊婦が医師の前に現れることは無い。 しかも彼ら医師の元に患者が運ばれてきても、すでに胎児が死亡していたり、妊婦が亡くなってしまっていることが多いそうだ。 妊娠・出産に積極的に医療が関わっていく必要性をひしひしと感じてくれたようである。 さらに彼らが驚いたことの1つに、日本の医師の過酷勤務がある。彼らが見学に来たときは私は当直明けで、連続して30時間以上働いており、この後も手術やカンファレンスがあって、帰れるまであと6時間ぐらいあること、こんな勤務を月に5~6回はこなさなければならないことを話すと、 "Incredible! Your wife will leave you!"と脅されてしまった(^ ^); てっきり彼らの方が過酷勤務をこなしているんだろうと思ってたけど・・・
親父の葬式から10日経って、ようやく日常に戻りつつある。 人間生きている間に喪主になることなんてせいぜい2~3回くらいだろうか?喪主慣れしている人なんていないと思うので、みんな突然の大役に右往左往するしかないんだろうな。その慌ただしさで、身内を亡くした悲しさはいくらかでも紛れるのだろう。 今は、心にぽっかりと穴があいたような感じだ。 何かにつけ親父の顔を思い出してしまうが、とりわけBGMなどでバイオリンの音色が聴こえると痛烈に思い出す。 親父は学生時代からバイオリンを弾いていて、私が子供の頃は仕事から戻るとしょっちゅう練習していた。私の頭の中でバイオリンの音色と親父の顔が条件反射的に結びついている。 中でもこの曲はよく弾いていたなー・・・タイスの瞑想曲 親父の部屋には主を亡くしたバイオリンが寂しそうに横たわっている。 |一覧| |
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