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幸せのカタチ・愛のカタチ [全19件]
「自分の人生に影響を与える人に出会うでしょう」 そんなことを言われたのは、今年の春でした。 そんな人に出会うことなんてめったにないので、半信半疑で聞いていました。 だけど、出会った。 私の考え方を、今までの自分を見つめなおさせてくれる人に。 落ち込んだり、悩んだり、そしてまだ今も答えを見つけられないでいるけれど、そんな人に出会いました。たぶん、その人はそんな風には感じていないと思う。でも、私には大きな影響を与えてくれました。自分を見つめなおすなんて行為は、今まであまりやってこなかった。少し気になって、考えたフリをしてきたことはあっても、今までは私を守ってくれる人がいたから。 今は、そんな人はいない。 だけど、だから、きっとその人の言葉をきちんと受け入れることが出来るんだと思う。 それがネガティブに働いて、自信がなくなる時は、悲しくもなるし、嫌だなって思うこともある。でも、そんな人に出会えたのは、私は幸運だったと思う。 その人になにもお返しを出来ないけれど、いつか、私もその人の役に立ちたい。 恋愛とか、愛情とか、そんなことは分からない。 だけど、私もその人にお返しをしたい。 私に何ができるのか。 分からない。 だけど、何かをしたい。 どうしたら、いいんだろう?
いつも走ってきたけれど、頑張らないことが重要なのかもしれないって思い出した。 昔は「なるように、なるさ」って言葉が嫌いだった。 幸せは自分の手で掴むものだって。そう、思ってきた。 だけど、きっとそれは少し違う。 自分で幸せは引き寄せるものだけど、幸せは、そこに、どこにでもあるもので、それを気がつくかは自分次第なんだ。幸せを探して、頑張ると多分、幸せが分からなくなる。 頑張って走り続けたら、それは苦しくなって、余裕がなくなる。 頑張るよりも、楽しむことが重要なんだ。 頑張るよりも、それを好きになることが大切なんだ。 幸せって何だろうって思い続けて、考え続けて、やっと真実に近づいてきた気がする。 頑張らない、でも、愛すること。 頑張らない、でも、自分から何かをやりたいと思う。 そういう気持ちを持ち続けたい。
相手のことを思って気遣いをする。 それはとても素敵なことだけど、たまには我侭もいいのでは。 気遣いと自分のやりたいこと。 これを上手く天秤にかけて。 自分がやりたいなら、やる。 それでいいこともあると思う。 そして、気遣いが、人を傷つけることも、きっとある。 そこに傷ついてしまう人がいる限り。 優しさは、ある意味、冷たさとの紙一重の境界線。 バランスが大切。 相手に自分の気持ちを伝えることも、大切だと思う。
必要なとき、その場にいること。 これもとても大事なことだと思う。 一人の人間が、 それも特に特別な技術や技能を持っていない人間が出来ることはとても少ない。 しかし、たった一つ出来ること。 それは、その場にいること。 運や偶然もあるかもしれない。 何も出来なくても、そこにいる。そんなことしか出来ないけれど、それが時には、役に立つこともあるかもしれないと思えるようになった。 そんな愛情の表現もあってもいいでしょう。 気の利いた言葉も上げられないけれど、力になってあげることが出来ないけれど、そこにいる。最低限のことかもしれない。だけど、私は、必要なときに、貴方のそばにいれたらいい。 そう切望する。
最近は文明の利器が発達しているから、距離を超えられる。 遠くにいる人とも近くにいるかのように、連絡を取り合えて、それも電話代なども安く抑えられる方法がある。それも声だけのコミュニケーションじゃなくて、顔を見られる。逆に近くにいるよりも、いつもは知ることが出来ない顔とかを見ていられる。 肌のふれあいも大切だけれど、離れていても、いろいろな方法を考えて、お互いに寂しくないようにする工夫をいくらでも考えられる。 お互いのことを考えて、アイデアを出し合うこと。 それが歩み寄るということ。そして、それがお互いの距離を短くするんだと思う。ゆっくりと時間を共有して、だけど、お互いの立場を尊重すること。 これが大切なことだと思う。
愛とは様々だけど、いわゆる異性との間での愛情(恋愛)は、ひとつに集中しなければならないようだ。 Aさんも好きだけど、Bさんも気になる・・・ そんな中途半端な状態では、本当の愛なんて知ることは出来ない。そんな当たり前のことを、ある人から言われた。それぞれにいい人。複数人いることは、ある意味居心地が良かったりする。逃げがあるからね。 でも、いいところも、悪いところも全部ひっくるめて、なおかつこの人と共に居たいと思うかは、一人の人とじっくりと付き合ってみないと分からない。そのためには言葉が必要で、そのためには、恥だとか見栄だとかは、捨てなければならないこともあると思う。 自分の正直な、素直な姿を知ってもらいたい。 そう思える人。 私はやっとそんな人に巡り合った気がする。
「愛してる」 恋人同士の甘い会話。 そんな一言が発せられないことってありませんか。 言葉で伝わることと、伝えきれないこと。 身体で伝わること、態度で伝わること、表情で伝わること、などなど・・・色々な気持ちの伝達方法があるけれど、「愛してる」そんな一言が大切な時もある。たまに、その場の雰囲気でこの言葉を発することもあるし、そして同じ言葉を発しても気持ちが伴わない場合もある。 気持ちのぶつかり合い。それがお互いの理解を深める第一歩だとするならば、そこに必要なことは、言葉と信頼とそして愛情だと思う。男女間に関わらず、親子や友人の関係でも同じことだ。 心が不安定な時は特に、言葉が必要になる。 たぶん、心が揺らいでいる時は、言葉が特によりどころとなる。 「愛してる」などの愛情表現は、男女間ならば、たぶん付き合い始めた当初、必要な言葉だと思う。そのうち、心が繋がって、お互いに信じあうようになったら、言葉は必要なくなるのかな。理解しあうための言葉は必要としても、愛情を確かめ合う言葉は、きっと必要なくなるんだ。 なんとなく、そう思った。 |一覧| |
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