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紫色の月光

紫色の月光

第八話「未知との遭遇」 前編

第八話「未知との遭遇」 前編



 朝の7時。エリックは何時もよりも遅めに起床した。普段着に着替えていると、台所にはエプロン姿のマーティオが料理をしていた。はっきり言って似合わないような気がする。

「起きたか、エリック」

「ああ……ニックは?」

「何でも、先日手に入れたノートパソコンを弄って、本当に宇宙人と交信出来るのかどうか試すんだそうだ」

 ああ、そういえばそんな物を手に入れたっけか、とエリックは思った。正直に言えば、彼はあまり宇宙人なんてものがこの世に居るとは思えない。

「おい……幾らなんでも本当に宇宙人なんて居るわけがないだろうが」

「さあ? そいつは分からないぞ。もしかしたらこの俺も地球侵略の為にやって来た宇宙人かもしれん」

 それなら地球人類は滅亡だな、とエリックは思った。

「冗談はともかく、ニックを呼んで来い。奴は部屋でまだ作業中のはずだ」

「OK」

 エリックは眠たげに目をこすりながらニックの部屋へと向かう。



 ニックの部屋は電球の明かりが点けっぱなしだった。どうやら一睡もしていないらしい。

「ニック。朝飯だとよ」

「何!? もうそんな時間なのか!?」

 エリックは睡眠時間が少ないのにも関わらず(と言うか無い)元気そうなニックを見て、流石だな、と思う。あのネルソン警部と追いかけっこをして逃げ切れた老人なのだ。かなりのタフである。

「で、どうなんよ。問題のうちゅーじんとの交信は」

 エリックはやっぱり馬鹿にしていた。平仮名になっている辺りが特に。

「ふむ、実は後エンターキーを押せば作業は完了なんじゃ」

 その言葉を聞いてエリックはこけそうになった。

「おい、って事は俺はナイスタイミングで来たって事か?」

「そういうことになるのぉ」

「おい、貴様等。先ほどから何をしている? 飯が冷めるぞ!」

 そこに、今度はマーティオがやって来た。先ほどと変わらずのエプロン姿であり、普段から大鎌を振り回したり手榴弾を大量に使用したりしているようにはとてもじゃないが見えない。

「マーティオ、何でもエンターキーを押せばうちゅーじんとのこーしんが出来るそうだ」

「ほう、うちゅーじんとのこーしんか。面白い、やってみるがいいさ」

「何かさっきから二人とも妙に人様の努力を踏み弄るかのようにやる気のない発言してないかなー!?」

 二人は敢えて無視した。

「ま、いいや。折角だからエンター押してみようぜ。……ノリで」

「そうだな、ノリでな」

「ノリでそんなん押しちゃっていいのかなー!?」

 ニックは先ほどまでの自分の努力を殆ど無視してる二人に抗議の声を上げたが、またしても無視された。

 エリックは『ノリ』でノートパソコンのエンターキーを押した。そう、これはあくまでノリだったのだ。宇宙人なんぞいるもんか、と思っているエリックらしい行動である。




 それから数日後。

 場所を変えて、日本、青森。

 冷え込んできた東北の風はやはり山での生活には少々きつい物だ。そこで切咲・狂夜(きりさき きょうや)は1ヶ月ぶりとなる街へと降りる事にする。

「いやぁ、それにしても流石に11月は冷えるなぁ」

 狂夜はロングコートを羽織って街へと行く。彼は普段は絵描きとして、山小屋で一人寂しく暮らしている。

 それで儲けになるのかと言われれば、実は少々困ったりする。そもそも絵描きは度が過ぎた趣味と言った感じなのだ。彼は山で狩りをすることで何とか生き延びているのである。

 


 街に辿り着いた狂夜は、街に下りると同時に必ずやりことがある。それは10年代の友人との国際電話である。

「さて……出るかな、あいつ等」

 彼は受話器を持って電話番号を入力する。




 エリックはこの日も7時に起きた。数日前と同じように眠たそうに目をこすっていると、居間から話し声が聞こえてくる。

「……マーティオか」

 しかし話しているにしてはマーティオの声しか聞こえない。と言う事は電話で話をしているのだ。




「キョーヤか、久しいな。そっちは相変わらずのようだな」

『ああ、さっき久しぶりに新聞を見たら驚いたよ。君達は世界中で『怪盗』として知られるようになっているんだね。僕も頑張らないと』

 知られる原因はやっぱり刑務所での一件だろう。前回の女怪盗も言っていたように刑務所で暴れたと言うのはかなりのインパクトがあったのだ。

「別に頑張らなくても良いぞ。お前が有名になると言うイメージは何となくつかん」

『はははは。相変わらず容赦がないね』

「それで、1年間の山生活はどうだ? 慣れたか?」

『慣れるもクソもないだろう? 僕達は小さい時は皆、山でよく修行していたじゃないか。逆に街よりも山のほうが落ち着くよ』

 狂夜とマーティオ、そしてエリックの三人は小さい時からの幼馴染だ。それぞれの事情で親が居ない彼らは全員ある人物に引き取られた。

 その人物の名前は古叶・翔太郎(こがのう しょうたろう)。彼は世界各地で才能があり、引き取りやすい子供を集めて、最強の戦士を育て上げようとした男である。

 と言っても、引き取れたのはエリック、マーティオ、狂夜、そして彼らの兄弟弟子にして最強の先輩でもある人物の四人だけである。

 その人物はエリックたち三人が一斉にかかっても倒せないほどの強さを誇っており、あのマーティオが尊敬する数少ない人物でもあるのだ。

 しかし、何故かかなり謎に包まれている。名前、生年月日、血液型。そして年齢までもが不明なのだ。ある意味恐ろしい先輩である。

「ところで、先輩があれから何処に行ったのかお前知らないか?」

『いや、僕も山生活が続いていたからさっぱりだよ。やっぱり先輩はショータロー先生が亡くなったショックがまだ続いているのかな』

 翔太郎は癌でこの世を去っている。それが今から4年前の話であり、彼ら四人の兄弟弟子が『自分の道』を探し始めたキッカケでもある。

「そうか―――――お、今エリックが来たから代わるぞ」

 マーティオはそういうと、居間にやって来たばかりのエリックに受話器を渡した。

「分ってるとは思うが、キョーヤからだ」

「ふあ………もしもし?」

『久しぶりに会話する相手に向けて欠伸とは随分だね?』

「言うな。起きたばかりなんだから当然だ」

 余談だが、エリックを秋葉原に連れて行ってギャルゲーマニアにさせたのは他ならぬこの男である。



 狂夜は懐かしい二人との会話にすっかり時間をとってしまっていた。向こうが少しだけ羨ましくなる。昔、翔太郎を入れて仲良く五人で暮らしていた時が懐かしくなってしまったのだ。

 それとなく空を見上げてみる。

 こうしていれば思う。空は何時までもこんなに青いのに、何で僕達は変わってしまうんだろう、と。

 優しい先輩、昔から物騒なマーティオ、食い意地を張っていたエリック、そして泣き虫だった自分。

 今では皆それぞれの道を行っているというが、狂夜は思う。

(また、皆で暮らせたらいいのにな)


 そんな時である、狂夜の目はある飛行物体を捕らえた。それは飛行機も真っ青なスピードで上空を飛んでおり、今まで彼が見たことがない飛行物体の形をしていた。

「……何だ、あれ?」





 その日の夜。オーストラリアのとある銀行にて。

 銀行の前にはパトカーが何十台も停まっており、入り口前に並んでいる。そんなパトカーの前に偉そうに立っているのはネルソン・サンダーソン警部だ。相棒のジョン・ハイマン刑事はその隣で銀行を見上げている。

「警部、最近の銀行は無意味に大きいと思ったのは自分だけでしょうか?」

「いや、それは大いにあっているぞ、ジョン。こいつは何か変な物でも隠している気がするな」

 因みに、この銀行は確かに大きい。何と言っても普通の銀行の1.5倍もあるんだから当然だ。

「隠してるって………具体的に何を?」

「それが判れば苦労はしない。さて、予告時間まで後5分か」

 今回、彼ら警官は怪盗シェルとイオから犯行予告のカードを受け取っている。相変わらず大胆不敵である。

 尚、内容はこうである。

『前略。本日午後10時45分。****銀行にて金と目ぼしい物を頂いていきます。by 怪盗シェル&イオ』




「しかし、我々は中の警備はしなくていいんですか? 部下だけに任せちゃって……」

「そこだ、ジョン」

 すると、ネルソンは妙に真剣な顔つきになりながらトークを始めた。

「俺は今回、どうもおかしいと思う。奴等二人は今まで盗む物をきちんと書いて犯行予告を出していたはずだ。それなのに何だ今回の犯行予告。あやふやなんだよ、この目ぼしい物と言うのが!」

「もしかしてヤバイ物でも盗むつもりでしょうか?」

「かもしれん。事と場合に寄ればこの銀行のお偉いさんも逮捕だ。それを見届ける為にも、俺達は此処で待機だ」

「はい!」

 『も』ということはやっぱり怪盗も捕まえるつもりなんだな、とジョンは思った。



 五分後、犯行予定時刻になったと同時、銀行内のサイレンが鳴り響いた。

 ネルソンは待ってましたと言わんばかりににやりと笑う。

(さあ、何を盗んだ! 見せてみろ!)

 すると、何故か入り口前の石段が展開し始める。

「……へ?」

 ネルソンがマヌケな声を放ったと同時、「それ」がゆっくりと姿を現した。それはネルソンたちもよく知っている物である。

『せ、戦車!?』

 そう、今回怪盗シェルとイオは戦車と金を盗んでいたのだ。因みに、何で戦車が銀行にあるのかというと、単に銀行のお偉いさんが趣味で手に入れたものだからだったりする。

 この世の中は何が起こるかさっぱりわからない。だからこそ怪盗二人は盗みが止められないのだ。

「しかし、戦車に乗れるとは思いもしなかったな」

「ああ、あの銀行のお偉いさんは地下に趣味で集めた物があるって聞いてたものだからどんな物かと思えば……まさか戦車だとはな」

 因みに今二人が乗っている戦車はAH-IVと呼ばれる豆戦車である。1930から40年代にかけて盛んに武器購入を進めていたイランの要求に基づいてCKD社が1935年に完成させた豆戦車だ。

 この戦車は何が凄いのかと言えば、豆戦車に分類されるのだが画期的な特徴を持っていたことである。それはこれまでの豆戦車とは違い、全周に機関銃火力の発揮が可能となった事である。

 しかも戦車な訳だからこれで周囲のパトカーなんて敵じゃなくなっているのだ。

 因みにこの戦車は全長3.2m。全幅1.79m、重量3.5トン。乗組員は丁度二人となっている。

「おお、エリック。ネルソン警部が追ってくるぞ」

「マジか!? あの人は戦車相手でも追ってくるのかよ!?」

 AH-IVは追ってくるパトカーに機関銃をぶっ放す。 それはパトカーを問答無用で破壊するのだが、ネルソンはそれでも怯む気配は見せなかった。

 そういう意味では流石ではあるが、かなり無謀である。



「ちょっ! 警部! 戦車相手にパトカーと拳銃じゃ勝てませんよ!」

「何を言うか! ジョン。そんな物は気合と根性で何とかなる!」

「いや、なりませんよ!」

「馬鹿者! お前はコーチから何を学んだのだ!?」

「コーチって誰ですかっー!?」

 ジョンの叫びはやっぱりネルソンには届かない。因みに、そのジョンの横でさり気無く彼らの一味と化している犬は震えていた。

「如何なる時にも戦いに必要なのは気合と根性! 後はなせばなる!」

「無茶言わないでください!」

 しかしその瞬間、奇妙な出来事が起きた。戦車が止まったのだ。しかも攻撃はしてこない。



 無敵キャラとなった気分だったエリックとマーティオだったが、突然戦車が停止したのには流石に焦った。しかし、別にエンジンが停止したわけではない。

「じゃあ、何で止まったんだ?」

「なあ、エリック」

 そこでマーティオがエリックに話し掛ける。

「どうした? マーティオ」

「俺の気のせいならいいのだが……この戦車、空飛んでないか?」

「へ?」

 その光景は壮絶な物であった。重量3.5トンの戦車がどういうわけか空を飛んでいるのである。

「ええええええええええええええええええええっ!? 何で!?」

「ふむ、これが俗に言う『超エネルギー』とやらの神秘なのか……」

「お前は何を言ってるのだ、こんな時に!」

 エリックは怒鳴った。しかしそれでも戦車は止まらない。どんどん上空に吸い込まれていき、先ほどまでいた街の光が点に見えてきた。……一つを除いて。

「……で、何でネルソン警部のパトカーも一緒に空飛んでるんだ?」

「それは寧ろ俺が知りたい」



「おお、ジョン! ポチ! 信じられん、このパトカーはM78星雲出身なのか!?」

「変なこと言わないでください警部!」

 ネルソンはこんな時でも大騒ぎしていた。寧ろこんな時だからこそ大騒ぎする物なのだが、ネルソンの場合はそれとは違っている。純粋に好奇心が働いているのだ。

 因みにポチと言うのはネルソンが勝手につけた犬の名前である。その犬は突然上空を見上げたと同時、吼え始める。

 それを見た二人は何事かと思って空を見上げると、そこには巨大な飛行物体があった。その飛行物体は100m近くのドラム缶のように見える。

 そのドラム缶の底が怪しい光を発する。それと同時、戦車とパトカーはドラム缶の中に吸い込まれていった。




「え!? 何、あれもしかして……」

 超が付きそうな巨大なドラム缶を見て驚いているエリックとマーティオは何となくそれが一体何なのか理解し始めてきた。

「本当に宇宙人なんですかああああああああああああっ!?」

 エリックの叫びも虚しく、現実は容赦なく彼らを飲み込んでしまう。


 世の中は本当に何があるのかわからない。



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