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紫色の月光

紫色の月光

最終話「追いかけっこ」

最終話「追いかけっこ」





「ふははははははははははははっ! マラミッグ邸での出来事で四天王が全員出動できないとなると、この俺が自ら出向くしかないだろうが!」

 元気よく吼えるところがまた警部の親父らしいな、とエリックは思った。
 だがよく考えてみる。

(親父っつったって見たところ60はありそうなオッサン超えのオッサンじゃねぇか。しかも最終兵器と融合してるわけでもねぇーだろ)

 横にいるネルソンや今まで相対してきた連中と比べても、パイロは果てしなく一般人だ。
 大体にして、向こうはヘリでこちらに近づいてくるつもりのようだが、此処に来るまでの時間、自分達はノンビリとしている気は一切ない。
 自分達の帰りを待っているであろう宇宙船の元まで一気にランスで飛んでいくまでだ。

 そうすれば向こうも追ってこれるはずがない。
 そのはずだったのだが、

「いまからそっち行くからちょっと待ってろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

『何か空中を走ってるううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!?』

 どういうわけかオッサンは空中を走っていた。
 文字通り、自分の足で空中を走っているのである。

 ぶっちゃけありえない。

「あれがオヤジの脅威の人間離れした技。『極・走』。例え重力の法則で足が落ちてしまっても、落ちる前にもう片方の足を前に出すことによって空中を走り続ける超人技だ」

「アンタのオヤジ本当に人間なんだろうな!?」

 キャラに合わずに冷静に解説するネルソンだが、エリックには堪ったものじゃない事実だった。
 
「我は今、初めて警部が超人の理由を知った気がする……」

「私もグレイトにそうだね……」

 ガックリと肩を落としながらも、親子なんだなぁ、という事実を実感し始める狂夜とフェイト。

「と、取りあえず急いで逃げるぜ! じゃあな警部、言わなくても平気だと思うけど、元気でな!」

 言い終えると同時、エリックはランスの柄の上に乗り、空中サーフィン状態に入る。
 だが、その直後。

『おおーい、迎えに来たぞー』

「へ?」

 何事もないかのように平然と顔を出した巨大な影があった。
 修復を終えたアルイーターの宇宙船である。

『あれー? 何か終わった的な雰囲気だったから迎えに来たんだけど、何この慌しい空気?』

 全く状況を理解していないDrピートの能天気な声が響くが、これは正に天が自分に与えてくれたラッキーだと信じたい。

「Drピート、話は後だ! 急いで俺たちを回収してくれ!」

『OK。ハッチ、オープン』

 宇宙船の真下から、脱出用の出口が開かれる。
 位置的にエリックたちの真上になるが、ランスで一気に飛んでいけばあそこまで辿り着くことは造作でもないことだ。

「よーし、そんじゃあとっとと行くとしようか――――」

 振り返った、その瞬間だった。
 
 目の前に白髪のオッサンのむさ苦しい顔面ドアップが視界一杯に広がる。
 一ミリでも前に顔を突き出せば、このオッサンとちゅーだって出来るだろう。
 死んでもしたくはないが。

「貴様が怪盗シェルだな? 匂いで判ったぞ」
 
 物凄く間近に迫った顔面を突きつけながらも、パイロはエリックに問いかける。最早断定しているので問いかける、とは違ったレベルかもしれないが。

 取りあえず、エリックとしては喋った際に動く唇が自分の唇に触れそうなので、早いところ退いて欲しい気持ちで一杯だった。
 でも言ったら自分からオッサンの唇を奪ってしまいそうな予感がしたので、迂闊には喋れない。これは困った。
 と言うか、匂い云々以前に自分は確かこのオッサンと会ったことはないはずだ。
 まあ、警部の親父だから詳しいところまでは突っ込むまい。

「貴様をこれから『危険物』として、逮捕させてもらおう。馬鹿息子は警官辞めちまったしな!」

 唾がかかった。

 取りあえず、むさ苦しすぎるので数歩後ろに下がる。
 すると、目の前のオッサンもソレにあわせて数歩前進してきた。

 視界からオッサンを退けたいので数歩後ずさってみる。
 すると、目の前のオッサンもソレにあわせて数歩前進してきた。

 関係ない奴から見れば、社交ダンスの練習でもしているのかと思える程奇妙な光景だった。

「いいか、貴様の天下も今日で終わりだ! 明日からは貴様の天下を打ち破った勝者として、この俺がポケモンリーグに挑む!」

「何で!?」

 話が全く見えてこない方向に向かいつつある。
 見ていて頭が痛くなりそうな光景だが、ここでネルソンは言った。

「オヤジは最近、ポケモンにはまってるんだ」

「それだけぇ!?」

 寧ろ、このオッサンの存在そのものをゲームの世界に投げ飛ばして欲しい気持ちで一杯だった。

「つーか、何で俺だけ? 他はどうなんだよ他は?」

 最もな意見を追い詰められてるエリックは言う。
 自分の核貫通能力を持つランスが危険な代物だと言うのは理解できる。
 だが、狂夜やフェイト、ネルソンに生き残ったソルドレイクだって十分に危険ではないだろうか? 自分だけ特別扱いされても困る。
 と言うか、そもそもにして目の前のオッサン自体が危険な存在だと思う。もういっその事自分で自分を逮捕してくれ。

「過去の実績、出来事を踏まえて判断した結果だ。お前はオーストラリアの時は何処からか巨大ロボを出現させ、ニューヨークでは警察署からデータを盗んでいる。挙句の果てには自由の女神をぶっ壊してくれたんだから、危険物扱いされるわ」

 悔しいが、全く反論できなかった。
 
 しかし今この男に捕まる訳には行かない。

「いや、だけど俺これから宇宙人のトコ行かなきゃいけないんだけどなー。見逃して欲しいなー?」

 子供かお前、とフェイトが後ろから呟くが、この際プライドは捨てる。
 
「うっそー!? マジでお前宇宙行くのかよ! すっげー!」

 すると、パイロは目を輝かせながら食らい着いてきた。
 精神年齢はあんま子供と変わりないらしい。ネルソンの親父なだけあってあまり驚かなかったが。

「そうそう、そして映画で言うと三部作並みの大冒険を経験して悪の宇宙人の本拠地に乗り込むの。ここで捕まったら、映画の始まりとしてはつまらなくないかなー?」

 想像してみると、確かにつまらない。
 冒頭10分で捕まって終わり、なんてオチじゃ詐欺もいい話である。何のための三部作か。

『こらー! 誰が悪の宇宙人かー!?』

 宇宙船越しでアルイーターが喚いているが、敢えて気にしない方針で行くエリック。
 
 何故なら、今はやらなきゃいけない事があるからだ。

「成る程、確かにつまらない」

「でしょー?」

 どうやらオッサンは納得してくれたようだ。
 これで心置きなく宇宙への旅に出れる。

「それなら、お前を逮捕して俺が代わりに主人公になろう」

「やっぱ警部の親父だよこのオッサンはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 早速手錠を構えるパイロ。
 もう自分が主人公になれると思ってノリノリである。

「ちっ、仕方がない……!」

 すると次の瞬間、丁度パイロの真後ろにいた狂夜が走り出す。
 
「む?」

 気配を感じ、すぐさま後ろを振り向く。
 その時だった。

「うおりゃあああああああああああああああああああ!!」

 ソードを構え、狂夜はパイロに切りかかる。
 このままでは一向に話が進まないと思っての緊急手段だった。

 しかし。

「!?」

 振り下ろされた最終兵器ソード。
 その鋭利な刃が、事もあろうかパイロの人差し指と中指の間に挟まれて動きを停止してしまったのである。

「ぬ、ぐ……!?」

 全力で刃を押し込もうと力を込めるが、刃は微動だにしない。
 ソレは詰まり、パイロのパワーが狂夜のパワーを完全に上回っていることを意味していた。

「なら!」

 すると次の瞬間、反対位置にいたエリックが至近距離からランスの矛先をパイロに向けて突き出す。
 当然、先ほどの異常すぎる身体能力を見れば真っ先に回避するはずだ。
 その時が勝負である。その際生じた隙に、どれだけ早く宇宙船に乗り込めるかがこの勝負を決めるのだ。

 ところが、

「げっ!」

 事もあろうか、ランスの矛先までパイロの反対側の人差し指と中指の間に捕まれてしまい、身動きが出来なくなってしまった。
 いくら超人でも、こんな奴はいていいのか?

(ウォルゲムやバルギルドだってこうはいかねぇ! つーかオッサン、あんた普通の人間なんじゃないのぉ!?)

 いや、警部のDNA提供者としてそれはないな、とエリックはすぐに自分の考えを取り直した。
 しかしこの状態では禄に動けやしない。
 と、なれば。

「このまま逃げる!」

 あっさりと最終兵器を手放すエリックと狂夜。
 その行動に最初は呆気にとられたパイロだが、

「ぬ!?」

 自分が手に取っていた二つの武器が一瞬にして消え去り、すぐに持ち主である彼らの手元に戻っているのを確認すると、すぐさま構えなおした。

「成る程、古典的な武器だと思っていたが、手品を仕掛けてあるみたいだな」

 ならば、

「このパイロ・サンダーソンの本気を見せてやる! そう、全ては俺が明日の主人公になるために!」

 パイロを無視して逃げ出そうとするエリックと狂夜だが、ハッチへと飛びつく前に伸びてきたパイロの腕に捕獲される。
 まるで直接伸びてきたかのような錯覚さえ覚えてしまう程の早業だったが、驚いている暇はない。

 何故ならば、

(今の俺とキョーヤはこのオッサンに直接捕まえられてるからだ!)

 最終兵器そのものの転移は出来る。
 しかし、流石に自分自身をテレポートさせることはいかに怪盗と言われるエリックにも不可能な事だった。

 しかも、勢い余ってエリック、狂夜の二人はパイロと共に浮遊大陸から飛び出してしまった状態にあったのである。

「え?」

 その状況を理解するには、数秒かかった。
 だが、重力の法則にしたがっている以上、このままいけばどうなるかはすぐに頭に浮かぶ訳で。

 その結果はズバリ、落下である。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」

「え、エリック! 狂夜!」

 その光景を見て思わず飛び出すフェイトだが、そんな彼女にエリックと狂夜の二人は叫ぶ。

「先輩、俺たちはいいからあんただけでも宇宙へ! あんたがいないと多分、向こうとは上手く行けねぇ!」

「幸い、このオッサンは我とエリックを標的対象としている! 行くなら今だ!」

 空中でランスの能力を使い、その場で浮遊する三人。
 ごちゃごちゃと揉めながらも、しっかりと伝えたいことを伝える辺り流石と言ったところか。

「ええい、そうはいかん! 女、貴様も逮捕してこの俺が主人公だ!」

 だが、主人公になりたがるオッサンは全く空気を理解しちゃいなかった。
 ランスの能力を天然で便乗しているのをいいことに、空中でエリックと狂夜の二人と共に揉め合っている。

「おおっと、そうはいかねぇ! 初登場したばっかの奴にそう易々と主人公の座を与えられるかっての!」

 フェイトを逮捕しようと突っ込むパイロだが、後ろからエリックと狂夜の二人に押さえ込まれて上手い具合に前進できない。
 これでは目の前の女が宇宙へと飛ぶのを黙って見ている他なかった。

「……では警部。私はグレイトに宇宙へと行って来る。あの馬鹿二人を頼む」

「頼まれても困る。明日から主人公はこの俺だしな。フルハウス並みのハートフルな家族ストーリーをお茶の間に送ってくれる」

 こっちもこっちで物凄い好き勝手をほざいてるな、とフェイトは思った。
 しかし暫くはこの騒がしい空間ともおさらばなのだと思うと、それでもよくなってきた。

「ではグレイトに行って来るぞ弟達よ! 私達がグレイトに帰ってくるまで、生き延びろよ!」

 そういうと、彼女は着陸した宇宙船に乗り込んだ。
 一番の主要人物を乗り込ませた後の宇宙船は、これ以上の厄介ごとに巻き込まれるわけには行かない。

 すぐに宇宙へ飛び立つだけであった。

「頑張って行けー!」

 それがエリックの彼らに対する、最後のメッセージだった。
 それ以上はもう何もいう事はない。

 彼らならきっと、自分達の分までやっていけると信じられるのだから。








 宇宙船が飛び立った後、浮遊大陸には二つの影しか残っていなかった。
 ネルソンとソルドレイクの二人である。

「……詳しい状況ってのはわかんねェけどよォ。どうやら俺は生き残ったみてーだなァ」

 タワーから引き摺り下ろされたソルドレイクは、タワーとバルギルドが消えたと同時にボーンから元の姿に戻っていた。
 取り込まれてた際の記憶は曖昧のようだが、自分がどんな状況にあるのかはなんとなく理解できているらしい。

「そうだ、貴様は生き残った男として、死んだ奴等の分まで生きる義務がある……ような気がする」

「最後なかったらかっこいいぜェ」

 どこか嘲笑うかのようにしてネルソンに言うソルドレイク。
 だが、生き残ってしまった以上、確かにそう言えるのかもしれない。本来なら自分も死んでいたはずなのに生きていたという事は恐らく、そういうことなのだろう。

「で、貴様どうするつもりだ?」

 問いかけられたその言葉に答えることは、ソルドレイクには出来ない。
 自分には帰る場所もなければ、迎えてくれる人もいない。やりたい事もない。

「…………何もやることねぇーなー。ある意味じゃ外で追いかけっこしてるあいつ等の方が羨ましく思えるぜェ」

「そうか、ならウチに来い」

 当たり前のように言われたその言葉に、すぐには反応できなかった。
 頭が理解するまで数秒。
 身体が反応するまで更に数秒かかったからである。

「……なぁんでそうなるのか簡単に頼むぜェ」

「実は俺、警官辞めたから家族の収入源が無くてな。この際事業でなんかやるのもありかなーと思うんだ。で、お前従業員一号な」

「何でだよ!? つーか、何する気だテメェ!」

「第一希望としてはヒーローショーだが、これは流石にウチではやれんな。人数も圧倒的に足りないし。まあ、帰ってから決めるぞ」

「ちょっと待てやコラぁ! 俺はまだ納得してねェぞ! こら、離しやがれェ!」

 その後、ネルソンとソルドレイクは迎えに来たヘリでアメリカの地に帰ることとなる。
 ヘリ内でソルドレイクが騒ぎまくっていたが、ネルソンは聞く耳を持っていなかったんだとか。

 余談だが、この数日後。
 浮遊大陸に二人は再びやってくることになる。

 ほぼ一日かけて二人が作ったのは、この浮遊大陸で死んでいった者たちの墓だった。
 遺体として見つかったのはタワー内で死亡したネオンのみだったが、ヘリの中で死んでいったジョン・ハイマン。タワーと共に消えていったマーティオたちの墓も忘れずに作り上げる。
 だが、墓を作っている最中に、ソルドレイクはふと疑問に思ったことがある。

(マーティオのクソヤローの持ってたサイズがねぇな……最終兵器自体はぶっこわれねぇはずだが、何処行きやがった?)

 大陸内をくまなく探したつもりだが、それでもサイズは見つからない。
 
(もしかして、どっかで相棒を見守ってるのかね?)









 宇宙船が飛び立った後、エリックと狂夜は空中でパイロに追いかけられるハメとなっていた。
 ネルソンが警察を辞めた後なだけあって、流石に彼までは追ってこなかったのが唯一の救いだろうか。

「でも、あのオッサン存在だけで反則だろ! なんで平然と重力の法則無視できるのさ!?」

「ソレはズバリ、この俺が史上最強だからだ!」

 最早理由になっていない。
 どうやら頭に行く前に栄養分が無駄に身体に行ってしまったようだ。

「しかし、流石にこれ以上追いかけられるとこちらも疲労がたまるのみだ。どうする?」

「どうするってお前……どうしよう?」

 超人、パイロは普通に戦って勝てない。
 かと言ってレベル4を発動させてもこの男は普通にかわしてくるから恐ろしい。

「エリック、核貫通は?」

「止めてくれ。もう俺は疲れた……」

 と言うか、バルギルド戦のすぐ後にアレはないだろう。
 常識的に考えて、疲労も限界である。

「ただでさえボロボロだってのに……ここであんなギャグキャラの化身みたいなのが相手じゃ何か気力が」

「其処を何とかするのが主人公の宿命だろうに」

 しかし真面目に言うなら、核貫通をしようにも集中力を研ぎ澄ます必要がある。
 だが、パイロはこちらにその隙を与えてくれない。24時間マークされては、こちらに何かの行動をする余裕も与えないつもりなのだろう。

「しかも今ランスを飛ばすのに使ってるからな……ウォルゲムの時はギリギリで停止させてたからいいとはいえ、今回はそんな余裕ねーぞ」

 何せ、向こうは元気バリバリだ。
 ウォルゲムやバルギルドはある程度弱っていたから何とかなったものの、元気なパイロ相手には核貫通を使えない。

「じゃあ、どうする?」

「決まってんだろ」

 そういうと、エリックは一つの結論を狂夜に示した。

「向こうが疲れて足が止まるまで追いかけっこよー!」

「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!?」

 此処に来て妥協案が追いかけっこと言うのも悲しい話である。
 しかし他にいい案があるのかといわれると、正直何も無い訳で。

「ほう、この俺と追いかけっこをすると言うのか!? いいだろう、やってやろうじゃないか!」

「へっ、怪盗様の逃げ足舐めんなよ!」

 そう言うと、エリックはランスの柄を一回こつん、と叩く。

「こいつはこの一年と少しの間、俺と一緒に色んな事を頑張ってくれたんだ。あんたの足がどんだけ危なかろうが、逃げ切ってみせるぜ」

 なあ、相棒。

 そう言うと同時、ランスの矛先がそれに応えるかのようにしてきらり、と光った。
 
「ほれ見ろ。相棒もこういってる」

「いいだろう、それなら俺もフルパワーで望む!」

 言い終えると同時、パイロの空を蹴る足の速度、回転数が更にヒートアップし始める。
 つまりはスピードアップし始めたのだ。
 コレまで互角だった差が、今にも詰まりそうな状態である。

 コレを見ては流石のエリックも焦り始める。

「げえええええええええええええ!!!? 嘘だろオッサン!」

 そんな自転車漕いでるんじゃないんだから、と訴えるが、パイロはお構い無しで空中を駆ける。

 もう何でもありだった。

「ふははははははははは! 我が走りに敵は無し!」

 もう絶好調どころの話じゃない。
 すぐ隣にぴったりと迫るまで、時間にして数秒。そうすれば手を伸ばして逮捕されるまで時間の問題だ。

「ランス、頑張れ! お前が頼りだ!」

 すると次の瞬間、最終兵器ランスの柄尻に火が点火した。
 比喩ではない。
 まるでミサイルのような状態だが、火が点火することによってランスは爆発的加速力をこの場に晒したのである。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」

 ただ、あまりに突然の事だったのでエリックと狂夜は風圧に晒される羽目になってしまったのが問題だった。
 通常のランスの空中サーフィンだったらある程度調整されて問題ないが、こっちはどうやら乗客涙目の仕様の様である。

 特に後ろに座っている狂夜は尻が熱かった。

 柄尻に火が点火したので、熱がこちらに伝わる所の話ではないのである。
 ファングを受け継いだ彼でなければ、恐らく尻が燃え上がっていただろう。ズボンは焦げてきたが。

「なぁんのぉ! 負けんぞ!」

 しかしそれでもパイロは黙ってはいなかった。
 向こうがスピードアップしたなら、こっちもギアをあげるだけである。
 自分に限界なんぞ無い。あったとしても無い。無いったら無い。
 限界あるだろ、と思ったらぞの時点で負けなのだ。
 
「故に、今だ必殺のギャラクシー、ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」

 その瞬間、パイロの足が銀河を走った――――気がした。
 しかし自分で言うだけあって速い。
 人間、自分の限界なんて定めちゃいけないんだな、と改めて思える光景であった。

「しかぁーし、こっちのランスとの差は縮まってないぜ!」

「このパイロ様のスタミナは無尽蔵よ! 貴様等ひょろひょろのガキと比べるんじゃない!」

 確かに。
 認めたくは無いが、向こうはあれだけの超人技を炸裂させておきながら息を切らしていない。
 と言うか、人間じゃないだろあの親父。

「スタミナ無尽蔵だろうがなんだろうが、ランスに勝てるかってんだぁ!」

「エリック、尻が! 尻が熱い!」

 後ろで狂夜が喚いているが、今は気にしない方針で行く。
 何、狂夜なら後数時間は大丈夫のはずだ。

(ん? 待てよ……)

 パイロを見る。
 向こうは全速力で走りまくっており、こちらしか見ていない。
 あれだけの超人技だ。他に余裕なんてないだろう。

(と、なればちょい無茶させちまうが……)

 その瞬間、エリックはランスの柄を強く握った。
 そして次の瞬間、彼はランスに命ずる。

「緊急停止!」

 柄尻のロケット噴射が停止する。
 ソレと同時、ランスは空中で急停止。機関車が急停止するような擬音は響かなかったが、彼らの脳内ではきちんと響いているのでOKとする。

「なぁんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 しかしパイロは緊急停止を今更行えない。
 一度銀河を超えようとすると、足は中々思うように止まれないのだ。
 故に、彼は急停止したエリック達を逮捕するどころか、そのまま追い越してしまったのである。勢いのあまり。

「しまったあああああああああああああああああああああああああああああ!! まさかそんな弱点を突いてくるとはおのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおれえええええええええええええええええ!」

 台詞がもはや完璧に悪党だが、気にしちゃあいけない。
 だが笑えないのは止まろうにも足がいう事を聞いてくれないことだろうか。
 勢いが完全についてしまい、拍車がかかったこの足は最早誰にも止められないのである。

 故に、彼は突進する。

 目の前にそびえ立つ高層ビルに。




 ずごぉん!




 空中に浮きながらも、エリックたちはその惨状を見た。
 高層ビルに激突したパイロ。激突した階からは黒煙が立ち上り、どういうわけか火まで上がっている。何も知らない人から見れば、爆発が起きたと思うだろう。
 
「すげぇ、人間ミサイルだ……俺、あそこまでギャグマンガ的な人間ミサイル見たとことねぇ」

 そりゃあそうだ。
 ガックリと項垂れるエリックだが、一応コレで一難去ったと思っていいだろう。

「……勝ったと思っていいんだろうか?」

「エリック、取りあえずズボン買いたいんだが?」

 後ろで狂夜が何か言うが、生憎財布が無いので無視しとく。
 まあ、どっちにしろあのビルの破損状況を見る限りでは絶対に無傷ではありえないはずだ。その隙に逃げれればこちらの勝ちだろう。

「さて、この先どうするよキョーヤ?」

「取りあえずユニクロにでも行ってズボン欲しいな」

「そうだよなー、地球に置いてけぼりになった以上、先輩に任せて俺達は地球で待機するしかねーよなー」

「いや、だからズボンを……」

「かといって、行く当てないよな俺達。どっかいい場所ねーかなー?」

 ズボン……、とどこか未練がましそうにエリックを見る狂夜だが、それでも今は財布が無いから無理なのだ。
 ソレよりも今の問題はこれからどうするか、である。
 ニックの所に居候するにも変な男が住み着き始めて身の危険を感じるし、マラミッグ邸は警官がマークしているだろう。かと言ってホテルに行くだけの大金は持ってないし……

「いい場所はあると言えばあるぞ」

「え?」









 狂夜の言う場所に従うと、そこには古びた小屋があった。
 場所は日本。
 嘗て自分達が暮らしていた山小屋である。

「おお、確かにここなら住み慣れてるから困らんな。暫くはここに隠れてるとしますかー!」

「ズボンの替えはどこかな……」

 ある意味では心の故郷と言える場所だが、それでも二人はマイペースに行動している。
 いや、心の故郷だからこそ安心して自分をさらけ出せるのだろう。
 いずれにせよ、あらゆる意味で疲れ果てた彼らには休息が必要だった。そういう意味では、この場所は正にピッタリの場所だと言えるだろう。

「……なぁ、キョーヤ」

「うん?」

 改めてズボンを履き替えた狂夜が、眼鏡をかけなおしてエリックに反応する。

「真面目な話、本当にこれからどうするよ? やる事もやっちゃったし」

 最初の目標はイシュへの復讐だった。
 それがどんどんエスカレートして宇宙人や邪神の絡む話になっていって、身も心も限界を超えるような戦いを経て行った。

「けど、宇宙は流石に無理だよなー……もう宇宙船ないもん」

 やることがなくなってしまった。
 これからの生きる力を何処に向ければいいのか、今のエリックには判らない。

「うーん、そうだなぁ」

 狂夜も首を傾げてから考える。
 だが、生きる目標がなくなったのは彼とて同じだった。
 エリックについていき、そして彼と共に生きていくことを決めた狂夜にとって、エリックが目標を無くした事と言うのは、自分の目標がなくなったことを言うのだ。

「僕ら、怪盗なんか名乗ってたけど裏を返すと何もしてないフリーターだしねぇ。下手したらニート」

「そうなんだよなー。この社会は何だかんだで厳しいのよこれが」

 小屋で暮らすのはいいが、この小屋はネットが繋がっていないのが最大の難点だ。
 趣味の動画鑑賞も出来ないし、ネット通販もできやしない。そもそもにして収入源が無いから買えもしないわけで。

「こうなったら、思い切って1から変えてみる? 生活スタイル」

「は?」

 突然の提案に、エリックはすぐに対応できなかった。

「詰まり、今が何の目標も無いなら新しい目標を立てればいいんだよ。それこそ、大統領になるなり、カーネル・サンダースおじさんみたいな感じになるのもありだし」

 ふむ、と顎に手を当てて考えてみる。
 後者はともかくとして、確かにこれからを生き抜くために何か新しい目標を立てておくのは悪くは無い。
 出来れば宇宙に行った皆の力にもなれる方向で、だ。

「よーし、じゃあなるか。大統領!」

「え、マジで!?」

 何だか物凄くあっさりと決めてしまったが、こんなんでいいのだろうか。
 
「だってよぉー、警部も警官辞めて新しい生き方するんだろ? 俺だって何時までも怪盗やってる訳にはいかないでしょー。せめて、先輩達が帰ってきた時になんかしてやれることくらいはやっておきたいし」

「それで大統領、ねぇ?」

 例として出しておいてアレだが、エリックが大統領になれるもんだろうか、と狂夜は思う。
 何せ、大学以前に高校も入学してないし、それ以前に元はといえば泥棒で追いかけられている身だ。こんなんから大統領になんてなれるんだろうか。

「まあ、普通に考えたら無理だな。だが、俺はその方が燃える」

「おいおい……」

 よし、と思い立ち上がるエリック。
 その直後、彼は今後の目標を見定める。

「うおーし! 今日から俺は大統領目指して頑張ろうじゃないの! 行くぞ、キョーヤぁ! 先ずは明日を生きる為に銭溜めだ!」

「元気だねー」

 勢いよく扉を開けては、どっかに走り出すエリック。
 何処か当てでもあるんだろうか。

「キョーヤ、何してやがる!? 置いていくぞ!」

「はいはい、今行くよー」

 やれやれ、と何処か自嘲気味に笑いながらも、狂夜は部屋の中を振り返る。
 最初に視界の中に入ったのは自分が小屋の中に置いていった一枚の古ぼけた写真。
 次に目が行ったのはイシュ戦が終わった後の記念に撮影した全員集合写真だった。こっちは自分が先程飾ったものである。

 その写真には、今はいない者が写っている。
 だから彼らに対し、狂夜は言った。
 せめて、今は居ない彼らに届きますように、と願いを込めて。

「行って来ます」

 彼らは生きている。
 
 我武者羅に、生きている。
 どんなに強大な壁が立ち塞がっても、ソレを砕いて前に突き進んでいく。

 立ち止まりたくないが故に、彼らは進む。
 ただ、前に向かって。
 這い蹲ってでも前に進む。それだけのために。







 彼らは生きている。













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