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紫色の月光

紫色の月光

第七話「マリオネット」

第七話「マリオネット」




 
 フィティング艦内のとある一室、その中にカイト・シンヨウはいた。
 先ほどから彼はチェンを倒す際に使用した邪眼の副作用に襲われている。頭痛と吐き気の凶悪なコンボだ。
 普通ならそれを抑える薬があるのだが、生憎切らしてしまっている。しかしこれは一時的なものだ。時間さえ経てば元の状態に戻る、それまでの辛抱なのだ。
 
 しかし、そこにこの部屋の本来の持ち主が帰ってきた。

「……人の部屋に勝手に入るなんて、マナーがなっていませんね」

 色違いの髪のツインテールが印象的な彼女の名前はマラミッグ・マガンダン。カイトもよく知っている天才少女である。

「すぐに出て行く。持病みたいなのが止まったんでな」

「その前に訊きたい事があります」

 彼女の意外な一言に思わずカイトは顔を上げる。

「貴方は何故そこまで戦えるんでしょうか? 仲間を殺したあのアンチジーンへの復讐ですか?」

 アンチジーンの単語が出てきたところでカイトは反応した。何故彼女はこの単語を知っているのだろうか。

(あの馬鹿、喋りやがったな)

 その問題はすぐに脳内で解決された。そんな事をこの艦内で喋れるのはスバルしかいないではないか。
 つまりスバルが喋ってしまったという事である。

(……帰ったらお仕置き決定だな)

「あのー、人の話聞いてます?」

 マラミッグが半目になってカイトを見たと同時、カイトはようやく質問されているのを思い出した。

「そうだな、復讐と言えばそうなる。あいつ等が憎いかそうでないかと言われたら俺は間違いなくYESを選ぶね。そして、決めたんだ」

「何をですか?」

「今度こそ絶対守りたい物を守ってみせるって、な」

 そういうと、カイトはゆっくりと立ち上がった。
 邪眼の副作用は大分落ち着いてきた。これでもう普段どおりに戦えるはずだ。

「行くんですか? ………後、どれくらい殺すつもりで?」

「さあ? そんなの分んないさ。――――でも、俺の家族や仲間を殺そうと言う奴がいるんなら、俺は問答無用でそいつを殺す」

 その言葉に嘘は無かった。
 カイトはいい終えると、もうこれ以上話す事は無いとでも言わんばかりに部屋から出て行こうと歩を進め始めた。

「……もし、もしも復讐を終えたらどうするんですか?」

 背後から少女の声が聞こえる。しかしカイトは振り返らずに答えた。

「その時は、家の中で笑いながら過ごすさ。――――だって、それが俺のちっぽけな幸せなんだから」

 しかし次の瞬間、マラミッグの部屋の電子ドアが自動的に開いた。カイトはまだ操作はしていないから、恐らくは来訪者であろう。

「……あ」

 しかしその来訪者の姿をカイトの視界が確認した瞬間、彼の表情は一変した。何故ならそこに居たのは嘗ての彼の上官だったからだ。それもよく知っている。

「ゼンガー少佐……!」

 その名がカイトの口から零れると同時、ゼンガーはマラミッグの室内へと入り込んできた。そしてその右手には刀が力強く握られていた。

「!」

 次の瞬間、ゼンガーは無言でカイトに切りかかった。その斬撃のスピードは正に驚異的といってもいい。
 しかしその一撃をカイトは右手で『掴んでいた』。
 これが鋼で出来た腕でなければ間違いなく腕は切り落とされていただろう。

「ちぃっ!」

 カイトは空いている左手でゼンガーに拳を突き出そうとする。
 しかし突き出す瞬間、右腕が『切り落とされた』。

「何だと!?」

「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ゼンガーはまるで獣の様な叫びをあげると、再びカイトに切りかかってきた。
 しかしカイトはその斬撃を紙一重でかわすと、一旦ゼンガーとの距離を置こうと考えた。
 だが此処はマラミッグの部屋である。流石に一室ではそんなに距離を置く事も出来ないし、何よりこの場には三人もいるんだから狭いわけである。

(やっぱ何とか少佐を切り抜けて部屋の外に出るしかないか……!)

 カイトはそれとなくゼンガーの足元に目を向ける。
 そこには先ほど切り落とされた自身の右腕があった。
 流石に刀で切り落とされるとは思わなかったが、しかし思えばあのナックによって多少はダメージが与えられているのだ。もしかしたらあれで脆くなっていたのかもしれない。

(畜生、帰ったらエリオットに代わりの義手を貰わないとな)

 幸い、機械の義手なのだから一応は痛くは無い。しかし流石に右腕がつかえないのは痛い。
 果たして左腕だけであの名高いゼンガーに勝てるのだろうか、という疑問が彼の頭の中に伝わってくる。

 しかし同時に思う。

 ゼンガー・ゾンボルトは果たしてあのように狂気に満ちた目をしていただろうか、と。

 確かに彼特有とも言える威圧感は感じるが、それとは別の「感覚」と言うものがゼンガーから伝わってくる。
 負の感情をエネルギー源に変える邪眼があるのだから更に良く分る。あのゼンガーの目は正に天敵を見る目だ。あんなに凄まじい敵意をぶつけるゼンガーを、カイトは見た事が無い。

「ちっ、厄介な事になったぜ………」

 カイトは舌打ちをすると、左手に銀の刀、白銀狼牙を持つ。
 左手一本で今回の敵を切り抜けられるかは分らないが、それでもやるしかないだろう。

「今回は、厄介な特別ゲストを連れてきてくれたぜ……!」

 カイトは自慢の足で走り出す。
 左手に強く握る銀の刀身がぎらり、と光る。その瞬間、銀の一撃が横一線に放たれた。 しかしゼンガーはこれを回避していた。
 そこから放たれる一撃はゼンガーが持つ刀による突きである。

「くっ!」

 しかしこの一撃を、カイトは身を屈めることで回避する。まるでボクシングのストレートをかわすかの様な感じだ。
 それならばここからカイトのカウンターが放たれる。―――――はずが、何故かカイトは放たない。
 彼は刀による一撃ではなく、蹴りによる相手の体勢を崩す行為を選んだのだ。

「ぬお!?」

 ゼンガーが床に倒れると同時、カイトはマラミッグの部屋から飛び出した。
 そしてそれを追う様にゼンガーはこちらを睨みつける。しかしカイトはゼンガーを見てはいない。
 
 彼が睨む先にあるのは廊下のT字路。その右側であった。

「ゲストにはそろそろ客席に行ってもらうか」

 そう言うと、彼は笑みを浮かべながら銀の刃を縦一文字に振り下ろした。
 しかしそこには誰も居ない。その一撃は誰かを殺す為の一撃ではないのだ。
 
 だがしかし、マラミッグは見た。
 自身の部屋の中で鬼の様な形相をしてカイトに襲い掛かったゼンガー・ゾンボルトが突然その場に倒れこんだのだ。
 
 しかしどうやら気を失っているだけのようである。

 だが、そうなったら自然と疑問が出てくる。
 一体カイトはどうやってゼンガーを気絶させたのか、である。
 それとなくマラミッグはゼンガーの身体を調べてみる。すると彼女は一つの発見をした。
 先ほどまではまるで分らなかったが、ゼンガーの身体の各部に「糸」が存在しているのだ。そしてその糸は途中で途切れていた。カイトが先ほど斬ったからだ。

「これは……!」

「そう、これじゃあ操り人形だ。そうだよな? ―――――サイラス・ルーベン副艦長?」

「―――――――え?」

 カイトの口から発せられた人物の名前にマラミッグは驚きを隠せない。
 サイラスと言えばこの艦でも1,2を争うほどの信頼感の持ち主である。それがゼンガーを操ってカイトに斬りかかったと言うのが彼女にはどうしても信じられなかった。

「………やはりばれていたか」

 しかし現実は酷い物である。
 カイトが睨んでいる先、T字路の右側から人影がゆらりと現れた。
 その人影は連邦軍少佐、サイラスその人であった。

「当たり前だ。そんなに凄まじい殺気を感じ取れないほど俺は落ちぶれていないね」

「成る程、少々甘く見ていたようだ……」

 カイトはサイラスが言い終えたと同時、左の刀を構えなおした。
「それじゃあ、覚悟はいいか? サイラス、いや、アンチジーンナンバー5とでも呼ぶべきか?」

「右腕が無い状態のクセに何を言う! ナンバー5を甘く見るな!」

 サイラスはフィティング艦内のメンバーが今までに見た事が無いような形相に表情を変えると、素早くナイフを取り出した。
 
 カイトはアンチジーンの驚異的な身体能力について来れる数少ないジーンの一人だ。その為、普通に銃弾を避ける事が出来るアンチジーンの身体能力について来れるという事なのだから、彼もまた銃弾を普通に避ける事が出来るという事になる。
 だから彼らがお互いに有効な武器は銃よりも、接近して相手に直接、尚且つ確実にダメージを与える刃物類と言えるのだ。

「義手とはいえ、右腕のお礼は利子をつけて返してやる!」





 スバルはフィティング艦内を走り回っていた。いや、正確に言えば『敵』から逃げているのだ。何せ彼が向こうに敵うのはスピードくらい。捕まったら確実に殺されるのだ。
 そしてそのスピードが凄い。何せ100mを3秒で駆けるんだから異常だ。

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 しかし流石に疲れは出てくるものである。脚力だけなら自信があるスバルだが、スタミナには少々自信が無いのだ。これは彼の永遠の課題と言えるだろう。

「待てぇぇぇぇ!」

 そして疲れが見えてきている彼に追い討ちをかけるかのようにバーシャルがやって来る。
 スバルはノアロをシデンに任せたのは良いものの、自身はバーシャルを倒す手段を何一つ考え付いては居なかった。
 向こうはカマキリ人間、彼を捕まえたら確実にその自慢の両手の刃で切り殺すつもりだろう。

「ちぇ! もっと体力つけないと……」

 でも、それ以前に無事に帰れるかな、とスバルは思う。既に視界にはカマキリ人間がこちらに迫ってくると言う、SF映画みたいな展開が迫ってきている。

「観念したか!?」

 バーシャルは息切れしているスバルに向けて勢い良く右の鎌を振り上げる。

「それなら死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 そして振り下ろされる。それは凄まじいスピードでスバルの顔面に向かっている。
 しかしそんなバーシャルの顔面に影が突然覆い被さった。
 そしてそのままそれはバーシャルの上に圧し掛かってくる。

「ぬお!?」

 その突然の出現に驚いたバーシャルはそのまま床に倒れこむ。無論彼の上に銅像のように乗っかっている影の重さも原因の一つである。
 そしてその原因を作った人物の名前をスバルは口にした。

「ガレッド、トリガー………!」

 カマキリ人間の上には銃を構えた赤髪の少年とエメラルドグリーンの少年の姿があった。彼らはスバルの無事を確認すると、

「ふいー、間一髪……!」

「土壇場のテレポーテーションの恐さを思い知ったかカマキリ!」

 ガレッドはバーシャルの頭部を、トリガーは腹の部分に銃口を突きつけている。流石に避けられると言ってもこんな至近距離では回避できない。

「ぬ……!」

「チェックメイト、だぜ」

 そう言うと、ガレッドはゆっくりと、しかし確実に引き金を引いた。それと同時、乾いた音が響く。
 そして、そのままバーシャルが起き上がる事は無かった。





 ナイフを構えたシデンはノアロの両手に注意しながらも彼への攻撃を試みる。しかし相手の身体能力は自分よりも上だ。そんな相手に接近戦を試みると言うのはかなり不利である。

「ちぃっ!」

 まるで少女の様な可愛い顔をしたシデンだが、今の彼の表情は険しい物であった。

 勝つ見込みが無いのである。
 何分、向こうは手で触れただけでこちらに大ダメージを与える事が出来る。臓器へ直接攻撃を仕掛けてくるからだ。
 しかしそれに対してこちらは銃がまるで使い物にならないと言うのが痛かった。彼ははっきり言って銃の扱いが得意なタイプなのだ。なのでナイフはあまり使う機会が無いわけである。

(こんな事ならもうちょっと接近戦に慣れておくべきだったかな)

 しかしそんな事を考えていても時は戻ってはくれない。それなら彼は「今の彼」が持てるだけの力で頑張るしかないわけである。
 しかし、それでも先ほどからかなり危ない戦いとなっているのは事実である。何分、向こうは手で触れただけでもこちらに大ダメージを与える事が可能なんだから困った物だ。

(ナイフ以外で使える武器は何か無いかな………)

 しかし銃は使えない。そして接近戦では圧倒的に不利と来たのではシデンは絶体絶命である。

(何とかあの手を防げれば……!)

 そこでシデンは考え付いた。
 向こうが自身の能力を使って攻撃してくるのなら、こちらも能力を使えば良いのではないか、と。

「決まり!」

 彼は悪戯っぽい笑みを浮かべると、神経を集中させる。
 しかしノアロは容赦なく突撃してくる。

「何が決まりなのかね!? イツキ君!」

「本日の艦内気温です」

「何!?」

 すると、突如としてノアロの肌は感じた。極寒凍結とも言える凄まじい寒さを、だ。
 これがジーンナンバー4、シデン・イツキの能力である。俗に言う凍結能力だ。

「あ、ああああああ………!」

 ノアロの目には信じられない光景が出来上がっていた。自分の足が、どんどん凍りづいていっているのである。
 何とか止めようと、必死になってシデンに手を伸ばすが、彼には届かない。何故ならシデンは何時の間にかノアロの背後に回りこんでいるからだ。

「寒いですね、艦長。―――――そのまま動かなくなってください」

 その一声をノアロに聞かせただけで、彼の意識は暗黒の中へと旅立っていった。そこに残されているのはノアロだった物で出来上がった氷の像である。

「…………残酷だよね」

 そう言って、シデンは静かに銃を氷の像に構える。
 次の瞬間、乾いた音と共に氷の像は粉々に砕け散った。







 サイラスに注意するべき点はやはり彼の能力にある。
 彼は糸を自由に操り、そしてその糸を繋げた相手を自由自在に操ると言う能力の持ち主である。俗に言う人形使いだ。
 しかし伊達にナンバー5。身体能力はナックやチェンとは比べ物にならないほど高い。獣化できないとはいえ、彼の身体能力はナックやチェンの獣化版よりも高いのである。

「ちっ! 流石に右腕無しじゃちょいときついぞ!」

 愚痴を言いながらもしっかりと応戦しているのは彼らしいと言えば彼らしい。しかし彼の左手に握られている白銀狼牙はサイラスのナイフ攻撃を寄せ付けはしなかった。

「くそ! これほどまでとは……!」

 流石に左腕だけでもここまで強いとはサイラスは思わなかった。まともに戦ったら、カイトには勝てないだろう。
 では、どうするか。そんなの決まっている。自身の能力を使うのだ。

「!」

 カイトは自身の身体に起こった異変に気づく。
 突然、身体の自由が利かなくなり、尚且つ身体が宙に浮き始めたのだ。

「こ、これは!」

「ふん、流石のお前も私と戦いながらでは静かに繋がっていく糸の存在には気付けなかったようだな」

 サイラスは右掌を広げてカイトの前に突き出す。次の瞬間、彼は力強く握り拳を作り出した。
 それと同時、カイトの身体が悲痛な悲鳴を上げる。
 このまま身体がバラバラに引き裂かれてしまいそうな、そんな痛みが全身に走ってくるのだ。

「………ぐあ!」

 痛みを何とか堪えようとするが、身体が言う事を聞かない状態ではそんな物は無駄である。

「そのまま首を切り離してやる」

 サイラスの冷酷な言葉が聞こえる。しかし、次の瞬間。カイトは床に倒れこんだ。
 首も普通に繋がっていれば、身体も自由。完全にサイラスの糸から脱出できたのだ。

 しかし、どうやって?

 そう思ったカイトの目の前に一つの影が現れた。その影の正体は彼も良く知る男、ゼンガー・ゾンボルトである。


 
第八話「ハゲタカ」







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