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紫色の月光

紫色の月光

第八話「『許さない』」

第八話「『許さない』」


<アメリカ 巨大卵の前>


 しん、と人影一つない町の中。二人の男が街中を巡回していた。一人はネルソン・サンダーソン警部。そしてその隣にいる青年は相棒のジョン・ハイマン刑事だ。

「警部、人一人いませんよ」

 ジョン刑事は辺りを見回してからネルソンに言った。因みに、何故かネルソンはバナナを幸せそうな顔で頬張っていた。何となく猿を連想させる光景である。

「……なあ、ジョン。あれ、何だと思う?」

 ネルソンはバナナを口の中に入れながらジョンの遥か後方を指差す。其処にいるのは人間とはいえそうにない、一言で言えば謎の生命体としか言いようがない物体だった。無論、これは皆からよく引っ張られては伸びる謎の社員である。

「………宇宙人ですかねぇ」

 その壮絶な光景の前に思わずそんな単語が出てしまったわけだが、慌てないだけ良い方である。

「……なあジョン。俺の勘が正しければ……あれは地球制服を企む宇宙人に違いないと思うわけだ。考えても見ろ。この謎の卵っぽいのが世界各地で五つも現れていると聞く。もしかすると奴が呼び寄せたのではないか?」

「その……地球攻撃の為ですか?」

 ネルソンはバナナを飲み込みながら頷いた。しかし残念ながらそれは間違っているのだが、案外筋が通っていると言えばそうだ。

「うむ、こうなったら奴を逮捕して直接問い詰めるしかない」

 すると、ネルソンはまるでカートゥーン漫画に出てくるキャラクターのようにダッシュした。その恐るべきスピードは人間のレベルを超えている。

「たぁぁぁぁぁぁぁいほだぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 その恐るべき迫力は某大怪盗三世を追いかける警部さんを髣髴とさせる。片手に持つ手錠が太陽の光に照らされて不気味に光った。

「なーんでまたこんな所に来るハメに……ん?」

 謎の社員は背後から迫るネルソンの気配に気付いて振り向いてみると、ネルソンが恐ろしい形相のまま全力ダッシュしてこちらに突っ込んでくるトンでもない景色が飛び込んできた。

「ぬおおおおおおおおお!!!? 何者ッスかあんた!?」

「俺か!? 俺の名はこのアメリカで生まれ育ったダイナミックウルトラファイティングジャスティスデンジャラスデリシャスエクセキューションハリケーンな正義の男、ネルソン・サンダーソン警部だ!」

「意味わかんねーッスぅぅぅぅぅ!!!」

 ネルソンに追いかけられながら謎の生命体は逃げ出す。何が何だかよく分らないが、今は逃げないといけないと脳が伝えてきたのだ。

「逃がさーん! スピードアップ!」

 次の瞬間、ネルソンの足の回転スピードが上がった。オリンピックに出たら余裕で金メダルを獲得できるであろうその脚力は一瞬にして彼と謎の生命体の距離を縮める。

「あんた本当に人間ッスか!?」

「バナナを食べ終えた今の俺に敵はいない! 食らえ必殺の――――」

 ネルソンの拳が突き出される。その鉄拳は勢いよく謎の社員に向かって放たれるが、社員はぎりぎりのところでこれを回避する事に成功した。
 ただ、問題なのはその素手の一撃がそのままの勢いで命中した自販機を木っ端微塵に破壊してしまったことだろう。

「ぎゃああああああ!!!? 洒落にならないッス!」

 あんな一撃食らったら人間じゃなくても死ねる。と言うか、何モンだこの警部さん。

「逃がすか、受けろ必殺のジェノサイドバズーカ!」

 単に炭酸飲料をシェイクしてそれを吹っかけただけである。しかしこれが見事に目に命中してしまい、謎の社員は意外な形で大ダメージを受ける事になってしまった。

「ぎゃああああああ!! 染みるッスぅぅぅ!!」

 何とも哀れである。しかしネルソンは容赦がない。そのまま謎の生命体に手錠をかけようとして、

「うおあたぁっ!?」

 バナナの皮を踏んでずっこけた。しかもモロに。
 だが、それでも元気なネルソンは頭を抑えながら立ち上がる。

「おのれ宇宙人! この俺に一撃を与えるとは……!」

「いや、あんたが勝手に倒れただけッス!」

 妙な光景が出来上がっていたその瞬間、自由の女神以上に目立つ存在となっていた巨大卵にひびが入った。


 ○


<メサイア基地 地下バトルフィールド>


 神鷹・快斗は必死にゼッペルの攻撃をかわしていた。ゼッペルの攻撃スピードは相変わらず超高速の域。半年前に戦った時と変わっていない。

「くそっ!」

 快斗は二本の刀をキメラにへし折られている。なので彼は素手で戦っているわけだが、リーチの関係もあってゼッペルの水晶刃の方が有利だ。

「そぉらそらそら!!」

 その状況で自分が有利に立っていると自覚していたゼッペルは徐々に快斗を隅の方に追い込んでいく。

「ち!」

 そうは上手くいかないぞ、とでも言わんばかりに快斗の鉄拳がゼッペルの顔面目掛けて繰り出される。しかし、それは目の前に突然出現した水晶の壁によって見事に封じ込められる。

「!」

 拳を水晶壁によって弾かれた快斗は舌打ちをしてから後方へと下がろうとして、立ち止まった。部屋の隅のほうへと追いやられていたからだ。

「受けよ、クリスタルディメンション!」

 ゼッペルの両手が床に着くと同時、快斗を中心とした空間に青いオーラが発生する。

「これは―――――!」

 その直後、床と天井から無数の水晶の矢が発射された。数にして軽く500はある。

(避けきれない!)

 四方八方から襲い掛かってくる矢をかわしきるのではなく、最小限の防御で済ますべきだと考えた彼はガードの体制を取る。
 しかし突然足元から水晶の槍が生え、彼の身体を貫いた。
 その直後、次々と矢が快斗に命中していく。

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 痛みが全身に走る。急所だけは当たらないように腕で振り切り、上手く回避しても次から次へとやってくる矢の前にその腕もズタズタにされてしまう。

「死ぬが良い快斗! この俺の手でな!」

 ゼッペルが勝ち誇ったように言うと同時、彼は素早く快斗の背後に回りこみ、

「死ね、欠陥品め!」

 不気味な笑みを浮かばせたまま快斗の身体を水晶の刃で切りつけた。その傷跡から鮮血が噴水のように吹き出し、ゼッペルの美しい顔を真っ赤に染め上げる。

「―――――」

 床に倒れる瞬間、快斗の瞳がまるで何か驚きに満ちたような、そんな目に変わった。しかし、これに気付いた者は誰一人としていなかった。

「快斗殿!?」

 水晶の檻に閉じ込められたサルファーが叫ぶ。その隣ではリディアとネオンが険しい顔でゼッペルを見ていた。

「案外あっさりと片付いたな……次は誰だ?」

 ぺろ、と血を舐めながらゼッペルがこちらを見てくる。それを見たサルファーが遂にキレた。

「おのれ、ならば我輩が――――!」

 飛び出したらそのまま殴りかねないほど熱くなっているサルファーだが、それをリディアの手が制した。

「な、何をするのであるか!?」

「騒ぐな。まだ勝負はついちゃいない。――――見ろ」

 サルファーが思わず場を見渡してみると、快斗が血まみれのまま立ち上がっているではないか。

「何!?」

 流石にコレにはゼッペルも驚いたらしく、思わず振り向く。

「……死んだと、思ったか?」

 消えてしまいそうな声で言った。それに対し、ゼッペルは鼻で笑う。

「ふっ、何が出来ると言うのだ。その身体で。既に立っているのもやっとだろう」

「―――――」

 しかし、快斗の目はゼッペルを直視して離さない。そして、ゆっくりと口が開かれた。

「お前、ゼッペルじゃないな」

「!?」

「本物のアイツの一人称は『私』で、『俺』じゃない。それに何より」

 其処まで言ったと同時、快斗の姿が目の前から一瞬にして消え去った。
 一体何処に、とゼッペルに成りすました何者かが混乱していると、背後から超強烈な拳が彼の背に突き刺さるようにして命中した。

「が――――――!」

 悶絶。しかし快斗は後ろから静かな声で囁いた。

「何より、あいつは俺とは違って背後から攻撃するなんて卑怯な真似はしない男でね」

 そのまま蹴り飛ばす。怒りに燃えた目を殺意と共にゼッペルに成りすました男にぶつけたままの強烈な一撃だ。

「立て。その程度じゃ死んでないはずだ」

 男がそれに応えるようにして立ち上がると、彼は不気味に笑いながら快斗を見る。

「ふっ、正解だよ。よくわかったな。――――その通り、俺はレインボー・ジーンナンバー6、ギロンだ」

 ギロンはゼッペルの姿のまま再び戦闘態勢に入る。しかし、快斗はそれが気に入らない。

「俺の能力は相手の記憶の中を覗き込み、その中にいる戦士に変身する事が出来る。貴様の記憶の中で一番利用できそうなのを使わせてもらったよ」

 ギロンはそのまま話を続けた。快斗は、ただそれを無言で聞いていた。

「しかし、馬鹿な野郎だな。ゼッペルとか言う奴は。敵と真剣勝負したがり、そして一対一ではお前の時のようにお互い対等な勝負をしたがる。そんな事しなけりゃ普通に生き残れたかも知れねーのになぁ?」

 へらへらと笑いながらギロンが言う。
 しかしその次の瞬間。

「五月蝿んだよ、このクズ野郎!」

 快斗がキレた。その余りの迫力の前に、思わず味方のはずのサルファーやネオンまで震えてしまう。

「ならどうするってんだ? 邪眼使い」

 ギロンが挑発するかのように右の人差し指をちらつかせる。だが、

「貴様に邪眼は使わない。――――貴様如き邪眼抜きでも十分!」

 快斗はコートの中に手を突っ込むと、其処から爪を装備して、取り出した。その爪は五本の指それぞれの部分に刃が備わっており、手と指の動きに合わせてその刃も動く作りになっていた。まるで鬼の手が両手に生えている感じである。

「このダークネイルブレードさえあれば十分!」

 快斗は先ほど装備した爪――――ダークネイルブレードで手招きをし始める。

「後悔すんなよぉぉぉぉぉ!!!!」

 ギロンが水晶刃を作り出すと、そのまま高速のスピードで快斗に切りかかる。
 しかしそれよりも更に速いスピードで、快斗のダークネイルブレードの人差し指と中指が水晶の刃を挟み、その軌道を停止させた。

「何だと!?」

「刻む……! 痛いなんて思うな!」

 快斗が叫ぶと同時、右のネイルブレードが横一文字でギロンを刻む。

「ジェリンヌ!」

 スピードを上げて縦一文字に切りつける。痛みで力が抜けたギロンは思わず水晶の刃を手放してしまう。
 その隙を快斗は逃さない。その両手の刃が敵の血を欲している獣の様な牙を向ける。

「ブロジェットォ!!」

 右と左のネイルブレードが十の字にクロスする。それと同時、ギロンの腹部に出来上がった大きな十の字の傷口から鮮血が吹き出した。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 恐ろしく痛いのだろう。しかし此処で快斗は手加減なんかしない。

「トドメ!」

 右のネイルブレードがギロンの顔面に迫る。しかし次の瞬間、ギロンの身体が突然ブレだした。
 そしてそのまま彼の身体が、まるで特撮物に出てくる怪人が巨大化するかのように大きくなっていった。それも機械となって。

「――――――あれは!」

 見上げると、其処には全長80mクラスの機動兵器がいた。それも見た感じRMAに似ている。恐らく、構造を参考にしたのだろう。

「見たか神鷹・快斗! これが俺達レインボー・ジーンの特徴だ! 俺達は全員揃って機動兵器に変身する事が出来るのだ!」

「……あれま」

 流石の快斗もこの光景の前には唖然としたままである。

「死ね!」

 機動兵器と化したギロンの拳が振り下ろされる。まるで隕石のように床に命中したそれは一撃で轟音と共にクレーターを作り上げる。
 しかし快斗はこれを回避していた。全身ボロボロだと言うのに凄まじいスピードである。

「はっ! 幾ら回避してももうお前はボロボロ。このまま死にやがれぇぇぇぇ!!!!」

 再び拳が振り下ろされる。しかし快斗は再びコレを高速のスピードで回避しながら叫んだ。

「サルファー! 俺の鞄が其処にあるな!?」

 言われたサルファーは足元を見てみると、確かに其処には鞄がある。恐らくこれの事だろう。

「そいつの中にヤクルトがあるはずだ! ソイツをくれ!」

「この非常時に何を考えているのであるか!?」

「いいからよこせ!」

 此処で言い争っても仕方がない、と判断したのかサルファーは鞄の中を漁りだす。すると、一つのジュースを見つけた。

「ええい、多分コレであろう!」

 確認もせずに快斗に投げる。それを受け取ったカイトは封を開けてごくごくと飲み始めた。

「ぷはっ! ………」

 次の瞬間、何処からか彼はギターを取り出し、叫んだ。

「へっ、くだらねぇな……俺の歌を聴けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

「えええええええええええええええ!!!!?」

 流石にこの意味不明の事態には全員が驚愕した。しかし次の瞬間、快斗がギターを捨てて鬼の様な形相でサルファーを睨み付けた。

「オイコラ! コーラじゃねぇかコレ。ヤクルトだヤクルト!」

 ああ、さっきのコーラだったんだ、とサルファーは思った。

「ええい、ならばこれで!」

 再び何か飲み物を快斗に投げる。そして快斗はそれをキャッチしてから再び飲み始めた。

「ふぅ………」

 次の瞬間、何故か場が異様な静けさに包まれた。しかもどういうわけか桜吹雪が舞っていている。

「……粗茶になります」

 そして快斗はどういうわけか敵にお茶を勧めていた。しかし敵が疑問の声を発する2秒前にイキナリ立ち上がってはそのお茶を捨てた。
 そしてぎろり、と赤い眼光をサルファーに向けて叫ぶ。

「今の抹茶だ! ヤクルトだっつってんだろう!」

 やはり確認もせずに投げたのがいけなかったようだ。サルファーはちゃんと確認してから今度こそヤクルトを投げる。尚、他のパターンも見てみたいというのが本音だが、このままだと自分が殺されかねないので此処はあえて従っておいた。

「……」

 快斗は一気にヤクルトを飲み干すと、静かに腕を下ろす。
 一見、何の変化も見られない。

「はっ、そんなもん飲んだところで何が変わる!」

 ギロンが隕石のように鉄拳を向ける。その破壊力は先ほど出来上がっているクレーターで十分証明されている。まともに受けたら、ましてや生身で受けたらただでは済まないだろう。
 しかしその拳が今にも命中しそうなのにも関わらず、彼は静かだった。そして言う。

「例えアイツが許しても、アイツの生き方を笑ったお前を、許さない!」

 右拳が繰り出される。それはギロンの隕石の様な巨大な拳を簡単に弾き、そのままギロンの右腕を吹っ飛ばしてしまった。

「な―――――!」

 んだと、と続く前にギロンは気付いた。右腕だけではなく、自身の身体全体に次々とヒビが入っていくのを、だ。

(まさか、たった一撃のパンチでこの俺が――――機動兵器状態になった俺がたった一撃の、しかも生身のパンチだけで!?)

 その思考が最後まで続かないうちに、ギロンの思考がブラックになった。


 ○


<ブラジル 巨大卵の前>


「何で私が……」

 とか呟きながらユウヤの妻、ラフィは卵の前にいる。一応、店の事はアルエ達に任せたから良いとはいえ、流石にこんな訳の分らない物の為に来るのは気が進まない。

「まあ、ちゃっちゃっと片付けて帰りますか。子供達も待っていることですし――――」

 其処まで言いかけた瞬間、突然卵にひびが入る。そのまま中身が卵の中で暴れ始め、卵を粉砕していく。

「………」

 ラフィは唖然としながらその光景を眺めていた。そしてその視界に映し出されたのは全長大凡300mの巨大な竜である。しかも機械の竜だ。

「あ、あんなのが世界中にいるんですか?」

 流石にデカさからして予想だにしなかった物が出現してしてしまった為か、ラフィは汗を流しながら呟いた。
 
 竜の眼光が怪しく光る。それと同時、竜の口から野太いレーザーが発射された。その先にあるのはブラジルの一つの都市。

「あ――――」

 次の瞬間、光と共に都市が一瞬で消滅した。まるでキノコの様な煙が肉眼でも確認できる大きさで立ち昇る中、竜は次のターゲットを探すため、キョロキョロし始める。

「させませんよ。これ以上は――――」

 ラフィが戦闘モードに入ろうとした次の瞬間、突然空から何かが飛んできたのを彼女は見た。

「え―――――?」

 最初はただ光が迫ってきたようにしか見えなかったのだが、それがドンドン近づいてくるとその正体が肉眼ではっきりと分る。

「……槍に乗ってサーフィンしている人が二人!?」

 何とも凄まじい光景である。そしてその槍に乗っては竜を眺めている青年二人は空中を切りながら竜にご挨拶をしていた。

「よ、ドラゴン! 俺の名前はエリック・サーファイス、別名怪盗シェルだ! ……他ならぬマーティオの頼みとあらば断れないんでな、てめぇを倒すぜ!」

 エリックの後ろにいる眼鏡をかけた青年、切咲・狂夜は呆れた眼でエリックを見ていた。

「……エリック、カッコヨク決めようとしている所悪いけど、マーティオの頼みってのはいらなかったんじゃないかと」

「阿呆、こういうのはテンションが大事。ほら、お前も眼鏡を外せ」

 やれやれ、と狂夜は眼鏡を外す。
 すると次の瞬間、何故か狂夜の目つきが一瞬にして鋭くなり、髪の毛が逆立つ。更には発しているオーラまでもが変化した。

「おうおうそこのドラゴン! この我が切裂いてくれる!」

 どういうわけか一人称と性格までがらりと変化している。眼鏡を外すと人が変わるという人間がいるらしいが、どうやら彼はその一人らしい。それにしては性格が正反対なのだが。

「行くぜ、リーサル・ランス! 奴に目に物見せてやれ!」

 そう言うと、エリックと狂夜を乗せたまま宙を浮いている槍は勢いよく竜に突撃していった。





第九話「ゲーム」



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