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紫色の月光

紫色の月光

エピローグ

エピローグ


 予想はしていた事態だった。
 しかし、いざ目の当たりにしてみるとやはり驚いてしまう物である。

「カイちゃん。もういいじゃないか……」

「甘いぜ紫伝。お前は優しすぎる……!」

 メサイア基地跡地で、リディアは快斗に銃を突きつけられていた。恐らくは一発でも命中したらHUMでさえ簡単に貫通する類だろう。

「俺を殺すか、神鷹・快斗」

「それであいつ等の無事がずっと保証されるのなら遠慮なく引き金を引くよ、俺は」

「成る程、つまりは俺にも選択する余地があると言う事か」

 すると、快斗は言った。

「ジーンΧの身体はウィルスプログラムで自壊した。コアもだ……最早お前はジーンΧとしてではなく、意識があるプログラムとして生きる事になるだろう」

 だが、と彼は続ける。

「意識があると言っても、元は軍の兵器……何より俺にはお前が何を考えてるのかわからん」

「そうだな、正直、そこら辺は自分でも分らない」

 銃から目を離さず、恐怖と言う感情を持たない柔らかな笑みでリディアは答える。

「言い訳になるが、俺の自我は覚醒して間もない。……その前までのあのリディアだと、こう答えたんだろうな。『ずっと神鷹さんについて行きます』と」

 しかし、

「今の俺は、知能が発達した赤子も同然だ。もっと何かを体験し、考えて、勉強して、それから何かをしたいと考えたい……『リディア』として、な。その返答では駄目か?」

 沈黙が流れた。
 しかし、その沈黙を破ったのはやはり快斗であった。

「……俺はある事を証明したいと考えている」

「ある事……?」

「例え兵器として軍に作られた存在でも、『自分の意思』や『心』で社会に溶け込めて、普通の生活が出来るんだと言う事だ」

 そう言うと、快斗はそのまま振り返った。そして歩き出す。

「俺は、トリガーやガレッド、栄治や紫伝にそういう意味では期待している。不器用な俺に出来る事は、ジーンという『マシーン』をこれ以上好き勝手にさせない事だから」

 だから、

「お前にも期待してやる……じゃな」

 それだけ言うと、快斗は振り返りもせずに去って行った。
 正直に言うと、少しだけ意外だった。あの男は敵なら問答無用で殺してくる奴だと思っていたからである。

「多分、認めたんだと思うよ?」

 すると、横にいる紫伝が呟くように言った。

「君が『ジーンΧ』としてではなく、一人のHUM『リディア』として生きる、と言う事に」

「………」

 既にあの男の背中は米粒くらいにしか見えない。 
 だが、今はその姿がやけに大きく感じられる。
 
「確かに君は今は赤ん坊も同じ、これから色んな経験をして生きていくしかない。でも大事なのは生まれた場所でも、皮膚の色でも、人間かどうか、と言う事じゃなくて」

 大事なのは其処に行き着くまでの『過程』だ。

「その証拠にホラ。この世界は意思を持った機械達が人間達と共存している……流石に差別とかはあるかもしれないけど、それでも手を取り合って生きようとしているのは確かだと思うな。だから、焦らないで。彼等に可能なのだから、君でも出来るはずだよ」

 そう言うと、紫伝は満面の笑顔を見せてから歩いて行く。

「僕も期待していいかな? 君の『これから』に―――」

「……勝手にしろ」





 その二ヵ月後、快斗の元に一通の手紙が送られてきた。
 送り主の名は『リディア』と記されている。

『本来ならメールでも良いかと思ったが、此処は初チャレンジと言う事もあって手紙にしておきたいと思う』

 書類の山そっちのけで彼はその手紙に視線を集中させる。

『あれから、俺は色んな物を見てきた。お前と二人で行ってきた所にも行ったし、初めて体験した事も……まあ兎に角色々だ。一々書いていたら時間がかかる。……正直、全てが新しく見えて、全てが輝いて見えて、そして全てが不安だった。一人旅して1ヶ月以上経過しているが、正直貧乏という物の辛さを日々感じている』

 幼稚園児並の汚い字を一文字一文字解読しながら、そのまま読み続ける。

『恐らく、お前と過ごした『リディア』も俺の一つの可能性なのだろう。よくお前に怒鳴られていた物ではあるが、今にして思えばそれが『楽しく』思える。何故だろうか…………言葉では説明できないが、それが楽しいと感じれるなら楽しいのだろう』

 あの時はどちらかと言うと振り回されてたな、とか思う。

『最近の写真も同封しておいた。よかったら見ておいてくれ……後、お前の言う『期待』には出来る限り答えてやる。じゃあな。―――――追伸、ゼッペルの奴には済まなかった、とでも伝えてくれ』

「自分で伝えやがれ、ばぁーか」

 そう言うと、彼は同封の写真を一枚一枚手にとって見る。富士山が見えたり、氷山が見えたり、動物園の中で撮ったと思われるものまである。

「……期待してやるよ。だから頑張りな」

 すると、突然彼のもとに通信が入った。
 なんでも、客が来たらしい。





 誰だろう、と思い面会室へ行くと、其処には思わず固まってしまいそうな人物がいた。
 綺麗な金髪ロングヘアー、ルビーの様な赤い瞳、そして自分と同じようなジージャンに黒ズボンの少女が。

「……なんでお前が此処にいるんだ?」

 わなわなと拳を震わせながら言うと、リディアは言った。

「いやな……その……有り金が底をついてな。働かせて欲しくって」

 結構恥かしいらしく、顔が真っ赤である。しかも視線を合わせようとしていない。

「……此処が今の俺の職場と知っての事か?」

「五月蝿い、お前以外に頼れそうなのがいないんだよ!」

 思わず溜息をついてしまう。
 どうやら、コイツとの腐れ縁は、まだまだ続きそうである。

 だが、その腐れ縁のお話は、また別の話になる。


                             完


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