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つくねえさんの今日の日記「オビはいらん!」というのがあったので思い出したのが、先日買った復刻版時刻表の昭和5年版のもの。
巻末の鉄道営業案内のページ(運賃・料金や鉄道のルールなどの解説などが載っている)に、今では考えられないような車内での注意書きがありまして、たとえば ・トンネルなどを通過するときは窓を閉めて戴きたい。 SLが当たり前の頃、トンネル内では煙が車内に入ってきたのです。 ・飛乗りや、飛降りはやめて戴きたい。 当時の客車は出入り口を手で開ける方式ですので、列車が動いている間でも飛び乗り・飛び降りができます。今でも鉄道イベントとか大井川鉄道などで活躍してます。 発車ベルがなって列車が動き始めてすぐなら助走をつけて飛び乗れそうだし、イラチな人なら列車が完全に停止する前に飛び降りた人も多かったのでは(私が子どもの時、福知山線で飛び降りしてケガしたひとがいてました)。 で、時刻表でオビといえば日南線沿線の小京都「飫肥」じゃなくて、さきほどの注意書きにこんなのが。 ・裾を捲って脚を出したり、襦袢一枚になったり、婦人が細紐一つでゐたりすることはやめて戴きたい。 着物が当たり前の時代ならではの注意事項です。 家の中とかご近所あたりだと、オビなしで腰紐や前掛けだけで着物をまとっていたこともあったのでしょう。 列車内では、ちゃんとした格好が求められた時代。 「オビはいらん!」は、当時の列車内では通用しなかった。 今でも着物に詳しい人が、夏になると「浴衣を着て電車乗るなんて!」と目くじらたてるのは、列車の中では服装を正すべきというこの当時の注意事項が今に残っているのかもしれません。 もっと余談でいえば、戦前の「三等寝台」では、どのようにして寝ていたのでしょうね(二等以上の寝台には浴衣が備え付けられていたとか)。 林芙美子さんの「田舎がえり」のなかに、寝間着と風呂敷を持参し、あのせまい寝台(当時の三等寝台は三段式で寝台幅52cmです)の中で器用にオビ結びをしたり、畳んで風呂敷に収納したりという記録が載っていました。 着付け教室ではまず教わらない、高度な着付けテクニックです(笑)。 ・・・あ、着物のオビの話じゃなかったですね。失礼。 本のオビの話。 ついつい余談がすぎてしまいました。 続きは、のちほど・・・ [出版業界あれこれ話]カテゴリの最新記事
ナイス!です。編集者の腕で日記もこうなる。やるヤン。続きが読みたい。(2006年02月21日 13時38分09秒)
諸行無常4141さん
>ナイス!です。編集者の腕で日記もこうなる。やるヤン。続きが読みたい。 ----- お褒めのお言葉、ありがとうございます。 やる気がでてきました♪ そういえば新聞一面下をかざる「編集手帳」とか「天声人語」とか書いている人、知識のひきだしが半端じゃないですよね。 どういう生活しているんだろうか・・・ (2006年02月21日 14時29分04秒)
いいじゃないですかぁ(笑)
しかし昔の電車(汽車?)って、JALみたいにタカビーだったんですね。 それにしても「戴きたい」という言い方が最高。(2006年02月21日 18時36分43秒)
佃島ひとり書房さんまいどです。
>いいじゃないですかぁ(笑) 確かに、細紐一つで着物着るご婦人が今いたら、すごく粋ですねえ。 昔なら、こんな事例があるみたいですけどね。 「1950年代の漁村」 http://library.osu.edu/sites/rarebooks/japan/2_13_photos.html >しかし昔の電車(汽車?)って、JALみたいにタカビーだったんですね。 >それにしても「戴きたい」という言い方が最高。 まぢレスすると、当時の鉄道省は、JALはおろか運輸省より格上の役所らしい。そういった問題が露呈したのが、先日の福知山線脱線事故だとか。 (2006年02月21日 19時27分46秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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