地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく
「シャングリラ」東チベットの仙境へ
渡辺千昭写真集 東京新聞出版局 2003/6
LPレコードのジャケットの大きさよりやや小ぶりではあるが、大きなサイズの全頁アート紙印刷の写真集。山岳写真家の著者が1992年から10年あまり撮り貯めた東チベットの自然を中心に編集されている。前半は、4000m、5000mを超える高地のヒマラヤの山並みが治められている。山並みと一口に言ってしまうが、峰々のひとつひとつにキチンと名前がついている。四季折々の顔を持っているに違いない。一つの峰でも、見る角度によって、さまざまな顔を見せているはずだ。
ほとんどブルーを基調とした壮厳な大自然の中の、時には静寂が、時には、さまざまな音が、声が聞こえてくる。高地を流れる沢の水音。満々とたたえられた湖の水面を渡る風の音。あるいは、霞や雲が流れる白い音さえ聞こえてくる。その遥か下で、草を食む馬達のほんの小さな足音が聞こえたりする。そして、聞こえるのは、ヒマラヤの山々のいざないの呼びかけ。壮大な姿を見せながら、空に向かってそびえたち、白き衣装をまといながら、さらに高きところ、さらに全ったき色なき色の世界へと、見る者を誘う。
後半は、レンズの角度が上ではなくて、横や、谷の下を望む。光、花々、平原の花、花々に彩られた大地、可憐な、赤、青、白、紫、黄色。人々の暮らしもある。日々の暮らし。生命力。牛の群れ。笑顔。衣装。旅行者が旅のところどころで撮影した写真群ではない。写真を通して何かを見んとする写真アーティストの息遣いが聞こえる。巻末には、一枚一枚の撮影記録(カメラ機種名やフラッシュ名、フィルム名)が残されている。
解説の前田耕作は書いている。
仏教究極の経典「時輪タントラ」が生み出されたのは超俗絶険の地シャンバラであったという。また理想的な「世界の王」によって統治されていたとう虹の都アガルタはシャンバラの異名であるという。シャングリラとはこれらのシャンバラという思念の自然的結晶であるのだろう。
渡辺千秋にとってのシャングリラは、神秘家たちの幻視的な理想郷などではない。山と谷と流れがあれば、人の気配が漂えば、そこがシャングリラであった。p73
著者の渡辺千昭も書いている。
本書の書名「シャングリラ」とは理想郷を意味するサンスクリット語である。この言語が多くの人々に知られるようになったのは、1933年に出版されたジェームズ・ヒルトンの小説「失われた地平線」の舞台となった理想郷の地名として登場したことによる。その地名は架空のものであったのだが、小説では中国南方の山奥にあるように描かれているため、近年、中国の中旬権、稲城権、理唐県など、雲南省や四川省の辺境山岳エリアではそのモデルの地として発見や主張がなされてきた。特に2002年には雲南の中旬では「香挌里拉=シャングリラ」と地名も変更し開発が進行している。p83
昨今の雲南省麗江や中旬(香挌里拉)エリアの観光開発による「変化」は目を見張るものがあり「発展」と引き替えに「俗世間外の桃源郷」とさえる鮮度が失われていく寂しさを感ずるのは私一人ではあるまい。p83