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地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

2008.01.09
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カテゴリ:mandala-integral


「万物の理論」ビジネス・政治・科学からスピリチュアリティまで
ケン・ウィルバー /岡野守也 2002/9  トランスビュー  単行本  317p
 
No.930★★★★★

 ヶ月前に図書館にリクエストしていた本だが、市内にも県内にも、近隣の県にも貸し出し用のものがなかったと見えて、この本は、リクエストし本人がリクエストしていたこと忘れていた頃になって、ようやく、海峡を越えて遠い北の大地からやってきた。でも、なんにせよ、ありがたいことだ。正月早々、インテグラルするか。

 当ブログにおける「インテグラル」カテゴリは、本のみの読書から脱却して、もっとネット情報とのインターフェースをかんがえようという試みではあるが、そのインテグラル(統合)というコンセプトとコピーをウィルバーから借りている以上、まぁ、特例的に彼をこのカテゴリで読んでいくのも悪くはあるまい。

 ィルバーは現代の一流思想家であり、その主張はえてして難解になる。しかし、「万物の理論」は彼のほかの著作にも多数言及しており、ウィルバーの統合的哲学へのすぐれた入門書になっている。「世界のスピリチュアル 50の名著」p374

 と、T・バトラー=ボードンも言っている。読み終わったあとの感想で言えば、私はどちらかといえば、「存在することのシンプルな感覚」のほうが好きだが、こちらは近刊なので、選択肢の範囲を比べるには、過去の評論に対してはフェアではない。しかしながら、ウィルバーの視点は、当ブログで[ OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2 ] を模索していく上では、不可欠なものとしている。証拠に、「OSHO/gnu0.0.2のための21冊」にも一冊ウィルバーを加えておいた。

 ケン・ウィルバーは、現代アメリカの、というよりは現代の世界の、もっともすぐれた思想家の一人であり、二十一世紀という海図なき嵐の海で漂流・遭難することなく航海し続けるための、今望みうる最善の羅針盤、最高の水先案内人(ナビゲーター)であると思う。p1(訳者まえがき)

 その評価自体には異論はないが、人はなぜナビゲーターを必要とするのか、なぜウィルバーはナビゲーターにならんとしているのか、というところにすこし疑問は残る。ナビゲーターというと、このブログでは、ほかにコリン・ウィルソンシュタイナーなどを思い出すが、これにOshoを加えて、これらの人々の拠ってたつところのあり方を比較してみるのも一興かもしれない。

 さらに昨年夏(2001)、筆者が翻訳家の吉福新逸氏とともに訪問した折、意識の進化・発達について、ハーバードの発達心理学者たちと共同の研究の計画が進められていると聞いた。
 つまり、ウィルバーはもはや「ニュー・エイジの旗手」や「トランスパーソナルの代表的な理論家」といったレベルを超え、アカデミズムの内部にも支持を得、大きな影響を与えつつある、本格的な(英語でいえばオーセンテッィクな)哲学者・思想家に成長・変貌したのだと言っていいだろう。p309(解説とあとがき)

 などと涼しい顔で書き流しているが、 「ニュー・エイジの旗手」や「トランスパーソナルの代表的な理論家」 などとレッテルを貼っていたのは、吉福や翻訳者ご自身たちではなかったか? ウィルバーはもともと、これらの評価をよしとはしていなかった。

 ンは日本で熱狂的に読まれているけれど、「ニューエイジ」派とみなされているらしい。そう聞いてケンはひどく憤慨した。「グレース&グリット」(上)p393
 
 
と、亡くなった前の妻トレヤが日記に書いていたが、このような間違った(と、とりあえず言っておこう)紹介のされ方が、私にとってはもともと違和感を抱かせる原因になったし、その紹介者たちへの不信感へとつながっていったのだった。いずれにせよ、長い休止期間ののちに、またウィルバーを読み始めることができるのは幸せだ。


 り返しておくと、私がそうした統合的な取り組みをマスターしているということではなく、ただ単に日誌が、霊性を別扱いしないで、つまり生活に対立するものにしないで、日々の仕事、遊び、パーティ、病気、休暇、セックス、お金、そして家族のまっただ中に置くこと、そのことによって、読者が自分の生活の中で統合的なアプローチに対してもっと親しめるよう誘うことを望んだのである。
p232

 と、ウィルバー自身は書いている。謙遜や言い回しの違いはあろうが、「私がそうした統合的な取り組みをマスターしているということではな」い、と明言している限り、「旗手」や「代表」というあやまったイメージと同じく、「一流思想家」だとか「最善の羅針盤」「最高の水先案内人」、あるいは「本格的な哲学者」だとかいうレッテルどもに対しても眉唾でなければならない。これらの評価は「贔屓の引き倒し」だ。

 のようなレッテルに惑わされて、ウィルバーを過大評価することは、ウィルバーが望んでいることから、遠く離れていく危険性が大きい。「霊性を別扱いしないで、つまり生活に対立するものにしないで、日々の仕事、遊び、パーティ、病気、休暇、セックス、お金、そして家族のまっただ中に置くこと」とウィルバー自身が語っているように、ウィルバーは、神棚に上げられて評価されるべきではなく、野において一緒に戯れる仲間の一人でなくてはならない。

 当ブログにおいては、今後、もうすこし「神秘主義」に「偏って」いく予定である。しかし、それは「マーケットプレイス」というカテゴリで語られる段取りになっている。と、狙いは定まったものの、Meditation in the market placeというコンセプトにどこまで迫れるのだろうか。必ずしも勝算はない。

 こで一つ、疑問を呈しておけば、神秘主義といえば、ほとんど「転生」を肯定的に捉えているのが普通であり、例えばOshoはほとんど肯定的とみていいだろう。ではウィルバーはどうか。彼の「哲学」や「思想」の中に「転生」をどう組み込んだか、ということではなく、彼自身は、どう「転生」してきたか、どうか、ということについて、彼自身がどう捉えているか、である。トレヤが亡くなっていく時、また見つけてね、という約束は、さて、来世において果たされるのだろうか。

 ウィルバーのナビが活用されるとすれば、ウィルバーの「転生」が明らかにさえる必要があり、またウィルバーの「転生」があきらかにされることは、ウィルバー自身についてあげつらうことではなく、読者や私自身の「転生」について、明示される機会を促す結果にならなくてはならない、ということだ。






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Last updated  2008.01.21 19:57:07
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