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テーマ:家庭菜園(57059)
カテゴリ:アンソロポロジー
「天使の歌が聞こえる」 ドロシー・マクリーン /山川紘矢・亜希子・訳 2001/10 日本教文社 単行本 261p 原書1980 No.953★★★☆☆ ピーターとアイリーンとともにフィンドフォーンの創立メンバーの一人とされるドロシー・マクリーン。のちに登場する若きディビッド・シュパングラーとともに、アメリカにわたったとされる。創立メンバーの三人の本を読むと、それぞれの立場の距離感も測れるのだが、しかし、まぁ、よくぞ、ここまで自己にこだわり続けることができるものだなあ、とあきれる。 安手の宗教社会学者たちの、きわめて主体性を押し殺し、客観性を装う臆病なスパイ行為にも困ったものだが、フィンドホーンの人々の、この独特な粘りつくような自我への固着はいったい、どうしたものだろうか。出来事やイベント、ストーリーの積み上げの中で、「歴史」ができたのはわかるが、天使や聖霊、妖精や、内なる神、それらの声に従う、という感覚。 小説どころか少女漫画なども苦手中の苦手である私には、これらの「内なる声」シリーズは、どこか少女漫画に匹敵するような、どこか、こっぱずかしくなるような居心地の悪くなる感覚をかもし出しているように思われる。ああ、こんなことを書いてしまったら、ますます敵を作ってしまう。 どこをどう、ということを指摘することは今のところはやめておこう。ストーリー性があるものは、ついついそのストーリー性の中に巻き込まれしまうことが多いが、実は、ストーリーに含まれなかったイベントや重要事項がごっそり抜け落ちていることがある。しょせん、ストーリーはフィクションでしかない。ストーリーに書かれなかった部分を幻視しなければ、ホントのことは見えないだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.01.25 22:23:31
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