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テーマ:本日の1冊(3685)
「英知の辞典」 <3> Osho Oshoの「辞典」の中に、マルチチュードという単語があるだろうか、と見てみたが、日本語のこの「英知の辞典」の中には見つからない。もちろんCROWDとマルチチュードは別ものではあるが、別物であるはずだということを明確にしておくためにも、ここは、Oshoの「群衆」についても、いまいちど押さえておかなければなるまい。 群衆に従って生きるなら、人は惨めな状態にとどまるしかない。なぜなら、群衆は惨めなものだからだ。そのすべての思考形態が惨めさの根本原因だ。過去を志向する意識が彼らを惨めにしている。彼らには現在を生きる情熱、強烈さというものがない。もはや存在しない過去の郷愁に生きている。それはまったく愚かなことであり、時間の浪費だ。群衆は自らの過去に準じた未来、ありえない未来について考えている。そのどちらも存在しない----過去はもはやないし、未来はまだやって来ない。この二つの非存在のあいだで群衆は圧しつぶされている。彼らはうつろなまま、満たされないまま、それゆえに惨めだ。
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Last updated
2008.12.04 21:51:22
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