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カテゴリ:アンソロポロジー
荒井(健) うん。高校時代の話だけどね。あれは小学館からでてきた雑誌だったんだけど、劇画誌の世界には、けっこうおもしろい雑誌があったんです。(中略)『ボーイズ・ライフ』は、さいとう・たかをの「挑戦野郎」っていう冒険物の劇画があっておもしろかった。後の「ゴルゴ13」よりこちらの方がぼくはは好きだな。p202 キタ~~~~、ボーイズライフ。いつかはこの雑誌のことを思い出してみたいと思っていた。この雑誌をきっかけに中学校一年のぼくらは漫画肉筆誌『ボーイズファイター』を創刊したのだった。1966年。6月にはビートルズが来日している。この年に『週刊プレイボーイ』が10月に創刊。『週刊パンチ』は先立つこと64年4月に創刊している。 だけど、この本、感動したのはこのへんだけだなぁ。Popeye誌はあまり好きではなかった。81~2年頃、瞑想センターで一緒に共同生活していた、コピーのお仕事のY氏の愛読書も、たしか『ブルータス』ではなかっただろうか。 この辺は同感だな。こうなればいいな、というところがあったけど、そういう風にはならなかった。 北山・・・・おれはその頃にはもう、アメリカ・インディアンっていうものの世界に触れていたから、アメリカ・インディアン的なものを日本でもっと紹介したらいいんじゃないかとは思うんだけど、そういうものが『ポパイ』の売りになるとは、とても彼らには思えなかったんじゃない? だから『ポパイ』では、そういう記事を一度もやってないはずだよ。p354 北山 ・・・・・ニューエイジ的なものもできなかった。そこがやっぱり『ポパイ』の限界だよね。彼らはアメリカで現実に起こっていることが見えなかった。だから、お金を出して買えるものしかわからなかったてことだよ。すべて値札がついてないと載せないという風になっていったんだから。『ポパイ』は写真に撮れないものを扱えなかった、最後までね。・・・・p365 この辺のことはよくわかる。 北山 ・・・・いくら西海岸文化とか言ったところでね、西海岸の文化のごく一部しか紹介していないんだけど、日本ではそれが全部だみたいに思わせるトリックがあるわけだよね。そういうトリックに、もちろんこっちも加担してた部分はあるんだけど、嫌気が差したっていうのが正直なところなんじゃないの? p365 たとえば『平凡パンチ』なんかは当時どう見てましたか? 北山 おれはそれほど重要視してない。やっぱりそれは片岡義男さんとか、横尾忠則さんとか、そういう人たちが出てきたことは認めるにしても、それが次の若者文化のなにかになったなんて考えるのは、おこがましいと思う。『パンチ』は何も生まなかった。今の大人の週刊誌の原型をつくっただけであって。やっぱりあの時代に生まれた中で、次のサブ・カルチャーをちゃんとつくってきたのは、『ぴあ』とか『だぶだぼ』とか、いわゆるミニコミみたいなところからはじまった雑誌であって、『平凡パンチ』がそれを生んだわけではないよ。p371 そうだ。おこがましいぞ、『平凡パンチ』。 北山・・・・あの時代って、おもしろい時代だよ。70年から76年くらいまでの間の6・7年間というのは。日本ではすごい重要な時代だったかもしれないって、今、思うけどね。あの時期に何をやってたかが、きっと今に問われるだろうね。われわれの世代はでは。p376 私もそう思う。私は北山より5才下だけど、明らかに同世代人としての意識は共通しているものがある。 ということで、とあるところで『ボーイズライフ』の画像を発見したので、ご拝借。
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Last updated
2008.06.29 14:43:03
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