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2012年、ビビちゃん70歳! [全19件]
大学の春休みと夏休みを利用して2回もニュージーランドで ホームステイを体験してきた愛子さんから 「一年間働きながらニュージーランドで暮らしたい。 ワーキンホリディ・ビザっていうのがあるの」 と言われました。 主人はその話しを聞いて私に「どうする?」と尋ねたのです。 私はいつもの軽い乗りで 「行かせなかったら一生恨まれるんじゃないの~?」 と答えたのです。 そんな一言で主人も納得したのか 愛子さんはあっと言う間に手続きを済ませ (大学も1年休学することにして) 行ってしまいました。 成田を発って二日目、電話が鳴りました。 急いで出た電話の向こうから愛子さんが 「私セスナに引かれちゃった!」と言い、 「でも何でも無かったの!」 と内容の割には明るい声なのです。 驚いて詳細を聞く私に説明してくれた事は 今回のホームステイ先の「コロマンデル半島」に着いて ファミリーと会いお互いの紹介を済ませたらご主人が 「愛子飛びに行かないか?」と言ったのだそうです。 コロマンデル半島はリゾート地で、 ここの家族はキャンプ場を経営していたりして、 半島の周遊のためにセスナも所有していたのです。 セスナを操縦するホームステイ先のお父さんと もう一人ホームステイをしていたヨーロッパの女の子と みんなで格納庫からセスナを引っ張り出す作業に 愛子さんも加わり、 そしてロープを握り後ろ向きに歩きながら引っ張っていたら すべって転んでしまい、足首の上にセスナの車輪が通り過ぎたのだそうです。 その瞬間、愛子さんは「重い!!!!」 と思ったそうですが 特に何ともなく足が動いたので自分でも驚いたみたいです。 その飛行場は原っぱで下が土だったので、セスナに押され 足が地面にめり込んだために無事だったのだそうです。 心配して駆けつけた家族も何事も無かったので 「奇跡」が起きた事を喜び、そのまま皆で 空からの素晴らしい景色を満喫したとの事でした。 ![]() (これはすごい低空飛行では?) そんな事があって、あっと言う間に家族に溶け込み 町でもこのニュース?で有名になり、お店屋さんや 語学学校でも「セスナに引かれたって?」と次々に声を掛けられ いっぺんに地域にも溶け込む事が出来たみたいです。 愛子さんにはいつも驚かされる事ばかりです。 ![]() その他にも、お勤め時代ですが、出張で一人 デンバーから冬の山道(ロッキー山脈)を運転して 打ち合わせに行ったり、 ドイツのミュンヘンでは(これも冬!)深く考えずに 「アウトバーン」の車の流れに乗っていたら 180キロも出ていて、「これ以上はもう駄目!」と 追い越し車線から左の車線に戻ったとか 聞く度にこちらの寿命がちじむ思いをさせられます。 でもそう言う話しを聞くのが楽しみで帰りを待ちわびてる ビビちゃんでもあるのですが・・・ 以上が愛子さんのもうひとつ(3つ?)の武勇伝でした。 如何でしたか?
私のやっている事のひとつに3人の「孫ちゃん日記」があります。 同居している現在 新・中学1年生の男の子(拓ちゃん)、 小学4年生の女の子(美寿ちゃん)、それに愛子さんのところの 4才のれいちゃんの日記です。 そもそもは10年前、愛子さんが結婚して家を出た頃、 当時仕事で家族と一緒に長野県に住んでいた息子(愛子さんの弟)が 「同居したい」と言ってきたのです。 そして静かだった私たちの生活に 2才の男の子、孫の拓ちゃんが飛び込んで来たところから始まったのでした。 可愛い盛りの拓ちゃんも一日中おとなしくしている訳ではありません。 特に夕方ママが忙しくなるその時間帯にいたずらが始まり、 注意すると泣き叫び、走りまわっては大変な騒ぎになるのが 毎日のパターンだったのです。 「うるさい、うるさい」と眉をしかめてばかりも居られません。 「何かこの喧噪を楽しむ方法は無いか?」と考え、 思いついたのが「孫ちゃんウオッチング」だったのです。 それからはペンとメモ用紙をいつも持ち歩き、 拓ちゃんのしゃべった言葉や様子を書き留めたのでした。 これは私なりに大当たりでした。 書いてみると子供の話す言葉の一つ一つが 宝物のようにキラキラ輝いているのです。これを 「この子が大きくなって自分の話した言葉を読んだらどう感じるか?」 と思うととても楽しみになり、そして私の「生きがい!」になって行ったのです。 2番目の孫の美寿ちゃんは、ママのお腹の中にいる時の様子から参加しました。 愛子さんの子供、レイちゃんは同居じゃないので「孫ちゃん日記」は無理? と思いきや赤ちゃんの時はサロンや愛子さんの家で ベビーシッターが仕事のひとつになり、 こんな事を書いては不謹慎ですが愛子さんが関節リウマチになってからは 家事とれいちゃんのサポートで、平日は朝晩一緒に過ごすので 「ウオッチング」が出来ているのです。 あまりの忙しさに「黎ちゃん日記」の原稿はたまりにたまってしまいましたが 自分のブログの原稿と並行して、暇を見つけては現在に追い付こう と誓ったビビちゃんです。 その中で私なりに決めた事があります。 これはあくまでも「小学校に入学までとする」です。 子供でもプライバシーの侵害で 大きくなった孫ちゃんに迷惑を掛けないことをモットーにしたのです(笑)。 それにしても10年続いているのですから自分でも感心しています。 やはり「継続は金?(ゴールド)」かも知れませんね! ![]() (レイちゃん1歳、美寿ちゃん小1、拓ちゃん小4の頃。 主人のブログ登場は遠慮させて頂きました)
レイちゃんが日に日に大人に・・・ 大人みたいなれいちゃん(4才3ヶ月)と 子供みたいなビビちゃんは毎日戦いの日々です。 ![]() (春休みにプリキュアの映画を観に行ったれいちゃん。 感想は「もぉ変身ばっかりだったぁ~!!」) 2012.3.05(月) ○○ごっこ遊びの好きなれいちゃんが 「ビビちゃんは子供を食べる悪い魔女ね」 と言うので、いきなり「食べちゃうぞ!」と脅かしたら 「最初はどんな魔女もやさしいの!」 と叱られてしまいました。 そして「どれ位太ったか聞いて?」と言っています。 「あ~分かった!ヘンデルとグレーテルのお話しの魔女ね?」 と聞くと「ウン」と嬉しそうにうなづいています。 え~ビビちゃんお釜で茹でられるのイヤダ~ 2012.03.05(月) ママが夕方、近くの病院で注射のため出かけました。 私が「れいちゃん今日の夕飯何がいい?」 と聞いても返事をしないので、 「昨日は何食べたの?」と聞いてみました。 れいちゃんから 「忘れた~、だから今日は何でもいいよ!」 と言う答えが返ってきました。 2012.03.08(木) 車の中でれいちゃんが 「パパもアレルギーなの、ポツポツじゃ無くて咳、 木のお花のアレルギー!」と教えてくれました。 「あぁ杉の花粉症ね」 れいちゃんの説明はしっかりと伝わります。 2012.03.13(火) 朝、早めにお迎えに行くと れいちゃんがよく見ている子供の番組を付けてないので 私が「テレビ見る?」と聞いたら 「ウゥン、今本読んでるの」 と言ったので「偉いね!」と言うとママが 「あのね」と昨日の出来事を話してくれました。 昨日の夜、れいちゃんがパパに 「今日は勉強して、遊んで、テレビ見て、いい子だったよ」 と報告したらパパが「テレビ見るのは褒める事じゃないけど・・・」 と答えたらしいのです。 成程、それを気にして今日はお勉強一筋なんだ! 2012.03.15(木) 夜8時を過ぎてお片付けする時れいちゃんに 粘土とハサミを「これ自分で片付けて!」と」渡したら 「ビビちゃんひどいじゃないの、いっぺんに2つも持たせて!」 と怒っています。 私が「でも2つ持てたじゃないの!」と言うと 「ウン!」と得意気な顔をして持って行きました。 ちゃんと置いてネ 2012.03.16(金) ダンスの発表会を控えたれいちゃんが、ママに 「瞑想は発表会無いの?」と聞いたので ママが「うーん、そうね~…みんなで目をつぶって ステージに座っていたらおかしいでしょ?」 と答えて3人で一緒に笑っていたら、 笑い終わったれいちゃんが 「でも見ている人も瞑想すればいいじゃない!」 と言ったのでママが「それはいいアイデアだね~!」 とその発想振りにビックリしています。 れいちゃんはまだ4才児です 2012.03.23(金) テレビの歌に合わせてれいちゃんが トランポリンの上で夢中になって踊っています。 私が台所の中で「トランポリンの幅分かっているのかな~」 とひとり言を言って又顔を上げるといつの間にか れいちゃんはトランポリンから下りて踊っていました。 夢中で踊っていても冷静なれいちゃんです いつもママに「危ないからダメ!」と言われている 整理ダンスにれいちゃんが登っています。 私が「危ないよ!落ちたら頭やお顔が割れちゃうよ」と脅かすと れいちゃんに「頭は割れるけど顔は割れない、柔らかいから」 と言われてしまいました。 どこでそんな事を覚えたのか感心してしまったビビちゃんです 2012.03.26(月) 園から「春休みに入るので」と預けてあった「お着替え」が戻って来ました。 ママが 「れいちゃんは園で一度も着替えた事が無いんだね、 公園で汚さなかったから」と言ったので私が 「普通おもらしして着替えるのよね、れいちゃんのお尻がえらかった!」 とほめたら、れいちゃんに 「お尻がえらかったんじゃ無くてれいちゃんがえらかったの!」 と言われてしまいました。 そうそうれいちゃんとお尻がえらかった!! 2012.03.29(火) 鼻水が出たり鼻が詰まったりするので 小児科に予約を入れ、れいちゃんを連れて行きました。 普段の様子はママがメモを書いたのを れいちゃんが先生に渡しています。 それを読んでから先生が私に質問をしたら れいちゃんが自分で答えています。 「今日は鼻水出た?」「出ない!」 「咳出た?」「ウン!」、 「いびきかいた?」と聞かれたら 「かかない!」とかなり強く」答えています。 先生が笑いながら 「れいかちゃんは寝ているから分からないと思うよ」 と言っても「かかない!」 そしてこともあろうに 「いびきは男の人がかくものでしょ」 と言ったので 先生とそこにいた看護婦さんたちに大笑いされてしまいました。 4才でいびきを理解しているなんて・・・でも女の人もいびきはかくよ!
1990年代始めのことです。 ニュージーランドでの三度目のホームステイ (ワーキングホリディビザで1年間)が終わり もう少しで帰国すると言う愛子さんから船便が届いたのです。 中にはいろいろ重い荷物に混じってビデオテープが入っていました。 主人とテレビの前に座りそれを見て驚きました。 その頃、流行り始めたばかりの「バンジージャンプ」の録画だったのです。 私もテレビで見たことのあるその渓谷に架かった橋の上から 愛子さんと友人の飛び降りるシーンがすべて録画されていて、 それが普通ではありません。 まず最初が愛子で、見物客たちのカウントダウンに合わせて 橋の上から飛び降り、水面に着く寸前でバウンドして上がって来た時に カメラに向かって空中で身体を起こし、満面の笑みで「ピース!!」 とポーズを取ったのです。それがバッチリ大写しに…。 それが順番待ちの人や見物人に大受け、拍手喝采で カメラの周りの人たちが口々に何か叫んでいる声まで入っています。 続いて一緒に行った友人の番です。 彼女はまだギャラリー全員でカウントしている最中に 勝手に飛び降りてしまったのです。 見物人たちは、またまた大受けしています。 この女の子達は…と手で指して スタッフ達が大声でしゃべっているのが ジェスチャーゲームみたいです。 それにしても二人とも大胆です。 ホームステイでニュージーランドに行くのも最後だと 友人(もちろん女性)とNZ一周旅行を計画したのは知っていました。 けれど「バンジージャンプ」の話しは聞いていません。 驚かそうとしたのか、言えば止められると思ったのでしょう。 何日かして帰国して来ました。 愛子さんは挨拶もそこそこに「どうだった~?」と 目を輝かせながら聞いています。自分はまだ見ていないのです。 私たちに「無謀を叱る」暇も与えてくれません。 それでも「すごかったよ~」と言いながら 又テレビの前で最初から一緒に楽しんだ私でした。 今度は細かな説明付きです。 聞くと、あのピースポーズは橋から飛び降りる30分前位から イメージトレーニングをして実現したそうなのです。 バンジージャンプの受付のところに、これまでに すごいジャンプをした人達の写真が飾ってあり、その中に バウンドして上がって来たてっぺんで身体を完全に起こして グリコのマークのような格好をしている人の写真を見て 「私もあれをやってみたい!」と思ったそうなのです。 現在の愛子さんの状態は愛子さんにしか治せないと認識しています。 それでもこんなバンジージャンプをしたことを思い出して イメージ療法の一環になればと願っているビビちゃんです。 ![]() もう一つ愛子さんの武勇伝?を思い出したので また今度書いてみますね!
2008年7月にビッグサイトで開催された「癒しフェアー」に ボディ・マインド・スピリットも出展しました。 前回参加した時は愛子さんと私だけだったので ブースで一人になった時は心細くて緊張しましたが 今回は総勢8人、若い人達と一緒なので 何をするのも楽しく準備も手際よく進んで行きました。 時間が経つにつれ、広い会場には色々な癒しのセッションブースや グッズ(本、お香、クリスタル他)のブースが処せましと並んで ライトが当たり、まるで宝石箱をひっくり返した様相になっています。 開催までに時間があったので少し周りの様子を見て歩きました。 私が興味を持ったのは「オーラの写真を撮る」お店でした。 後で時間があったら行こうと楽しみが出来ました。 午前10時、いよいよ「癒しフェアー」の始まりです。 私と五味さんは交代で受付と(60代の受付嬢?!でした) 「リコネクティブ・ヒーリング」の体験セッションを 提供することになっています。 次々と予約カードを持って見えるお客様に対応している内に 時間がどんどん過ぎて行き、いつの間にか会場は 人・人・人で埋め尽くされて前へ進むのもままならない様子です。 ![]() 私が行きたいと思った「オーラ写真」のブースは いつ見に行っても蜿蜒長蛇の行列が出来ていて とても行けそうにもありません。 こうして二日間を過ごし閉館の時間になりました。 私は皆と一緒に後片付けを始め、ゴミを捨てに行こうとして 「オーラ写真」を撮るお店の前を通りかかりました。 ここも忙しそうに仕舞支度をしていましたが、私は 「あの~もう駄目でしょうか?」と声をかけてみたのです。 そしたら片付けの手を止めて 「いいですよ~」と快い返事が返ってきました。 説明も省略してすぐ大きな椅子に腰かけ 決められた所に手を置き写真を撮って貰いました。 少し待って出来上がった写真を見て驚きました。 ゴールドです! 全体がゴールドだったのです。 ![]() お店の方がプリントアウトした用紙を渡してくれながら 色々説明して下さったのですが、何を聞いたのかはあまり覚えていません。 それくらい興奮していたのです。 でもプリントをよく見るとハートがゴールドで後は黄、オレンジ・赤オレンジでした。 そこにオーラの説明が書かれていました。 私が有頂天になる位どの色も良い事ばかりが書かれてあったのです。 自分の記録にもなるので長くなりますがここに記すことにしますね。 Chakra TEXT BY: 有限会社 オーラジャパン ------------------- オレンジ 中央 ------------------- 非常に創造的である。貴方は心底の芸術家であり、 現在貴方は心身ともに力強く感じ、 エネルギーと熱意に満ち溢れ自信を持っているので、 願っている全ての事が完成する。 この時期は「進みなさい」という意味です。 今オリジナル的なアイディアや計画があったら今始めなさい。 オレンジは又創造と独立の意味である。 ------------------- 黄色 左 ------------------- 太陽が登るように、黄色は暖かさと明かりをもたらす。 黄色は知性を代表する色である。 マスタード色の職人から、あるいは崇高な思想を持ったゴールド色まで、 いろいろな色合いがあるが、貴方の将来は刺激と喜びに満ちあふれている。 ------------------- 黄色 右 ------------------- 世間は貴方を元気で、ハッピーで、遊び好きな人とみている。 又、手のかからないラッキーな人である。 黄色は太陽の輝きと暖かさを示し、 外交的で楽天家でみんなの中心人物になる人である。 黄色は 休養 、すなわち重荷、いろいろな問題、嫌がらせ又 社会的制約から解放されることを意味している。 貴方はその輝くばかりの美しい微笑みの中で、 全ての人々に幸せと喜び与え、まるで太陽の恵みのごとく暖かい存在である。 ------------------- 赤|オレンジ 喉 ------------------- 人々は貴方のカリスマ的な人柄に惹かれるのをどうする事も出来ない。 貴方は精神的で力強く自分を表現する。 生まれつきの芸人で、舞台の灯の中で浸っている。 人々は貴方を力的で陽気な仲間として見、 たちどころに貴方に惹き付けられる。 すぐ友達になり、貴方はパーティの主役を努める。 ------------------- ゴールド ハート ------------------- 貴方は楽しみ、自然に接し、娯楽や、快楽を求めている。 貴方は自信と自己尊重を持ち、自分の力を信じている。 人生において、自分が社会に貢献出来ることがわかり、 人々とそれを分かちあいたいと願っている。 貴方は訪問する先々で、明かりと希望と幸福を与える。 貴方の子供っぽい無邪気さは、人々を気楽にハッピーにさせる。 貴方のユーモアは会う人々の精気を癒し、高める。 貴方の創造性と人生に対する気楽な態度は、多くの可能性を生み出す。 以上です 私の人生でこんな最高なほめ言葉は生まれて始めてです。 これを永久保存版にしたいと思っていますが、 オーラはその時その時で変わると聞いています。 あれから4年近く経ち、現在自分のオーラが どんな風に変化したか知ってみたいビビちゃんでもあります。
2007年に愛子さんからリコネクションを受けた頃 元々慢性中耳炎だった私は、疲れが出ると 弱い部分である耳が炎症を起こしていました。 60才半ばで慣れない仕事の疲れか聴力も低下し 悩んだ末に、愛子さんからもう一度 リコネクティブ・ヒーリングを受ける事にしたのです。 いつもと同じ様にベッドに横になり「おまかせ!」 と期待を手放し目をつむりました。 いつもの見える鮮やかな色を眺めている内に 目の前に私がダブって見えて来ました。 どんどん増えてきて30人近くにもなったでしょうか? その私がこぶしを握り全員?が一斉に 「治る!治る!絶対治る!」と シュプレヒコールがいつまでも続いたのでした。 その時私はこんなビジョンを見せられたのだから 「治る」と確信を持ったのです。 でもその後炎症は益々ひどくなり 耳の鼓室まで手術が必要になってしまいました。 両耳共、人工鼓膜を貼る手術でしたが 左はかろうじて成功、右は2回受けたのですが失敗に終わりました。 術後の聴力が落ち着いてから検査を受け 両耳とも補聴器をして現在まで仕事は続けてこられました。 それから6年補聴器のお蔭で何不自由なく過ごしていましたが 朝の目覚まし(電子音)が聞こえず、 鳴ると主人に起こしてもらっていました。 それが何故か、ここ何日かは大きく聞こえ 自分で目覚ましを止められていたのです。 でもそれを特に気を留める事も無く過ごしていたのですが 3日前サロンから家に帰り着き耳に手を当てると はめていたはずの右の補聴器がありません。 どこかで落としてしまったのです。 一応バス停までの道を探してみた後、翌日は サロンに行って部屋の隅々まで探しましたが見当たらず どこで落としたかも分からないので諦めるしかありません。 仕事に支障をきたす訳にもいかず、 いつもの補聴器店に行き、新しく作る事にしました。 前回の検査データがあるのですが 「聴こえ」のテストを受ける事になりました。 両耳の検査を済ませ、検査室から出てくると いつも担当して下さる方から 「渡辺さん、右の聞こえがアップしていますよ!」 と聞かされました。 その時も補聴器無しでかなり大きく聞こえています。 補聴器を失くし、がっかりしていた私は一転して 「宇宙の力であの時のビジョン通りに聴力が治る!」 と喜びに舞い上がってしまいました。 新しい補聴器の感度も一段階下げる事にしました。 「信じる者強し」です。 この補聴器もいらなくなる日が来るかもしれないのですから… 主人には悪いのですが(散財かけて) 足取りも軽く家路に着いたビビちゃんでした。 ![]() 写真は、四回目のリコネクティブ・ヒーリングを受けた頃の私と 生後一か月のレイちゃんです。
私が2007年に受けた「リコネクション」は 「人生を本来の目的に向かって導くもので、 受けるのは一生に一度でいい」 と言われているワークと聞いていたので リコネクティブ・ヒーリングの時と違い、 かなり緊張していました。 「さぁ始めますよ~」と言う愛子さんの声に もうベッドに横になっていた私は 静かに目をつぶりました。 始まった途端、これまたリコネクティブ・ヒーリングの時と違い 身体が軽く浮いた状態になりました。 そして愛子さんの手がどこにあるかに意識を向けている内 いつの間にか目の前に大きな金色の三角のおむすび (この時自分が感じたままです)が、燦然と輝いていました! 私は両手を大きく伸ばし、その三角のおむすびを やっとの思いで捕まえました。 するとその「三角のおむすび」が動き出しました。 私はしっかりつかんでいたので、ベッに寝ていた状態から つかんだまま、ゆっくり起き上がってしまったのです。 終わってから愛子さんが 「まるでゾンビみたいで怖かった!」と言っていました。 不思議な事に翌日の2回目の時も金色の大きなおむすびが現れ それを私は同じように捕まえて又ベッドから起き上がる という同じ体験をしたのです。 これは何を意味するのか未だに謎です。 後日サロンにお越しになったオーラソーマのセラピストさんに話すと 「ビビちゃんそれはおむすびではなくピラミッドよ」 と教えてくれました。 そう言えば見える色もツタンカーメンそっくりなのですから 「ピラミッド」だったのかも知れません。 おむすびにしては大き過ぎました。 確かにあれは「ピラミッド」です! これは今でも度々思い出す私の豪華な思い出です。 ところで、そのリコネクションを受けた後 リコネクションの施術者になるためのセミナーに参加し、 エリック・パール博士のサイン会に並んだのですが 「ハグ、プリーズ!」と言って ハグしてもらった(というか私が抱きついた?)時の写真です!! ![]() 硬派の主人はこの写真を見てもノーコメント、無反応です。 |一覧| |
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